忍者は体が資本です。



 両足を真横に大きく開いて、体を横に倒す。横っ腹が伸びるようにぐぐぅ、と曲げて、指先が爪先についたらそのまま数秒。いっちにーさんしーにーにーさんしー。
 体をまた元に戻して、今度は反対側も同じように体を横に倒す。指先と爪先を触れ合わせて、いっちにーさんしーにーにーさんしー。横っ腹が突っ張るようなこの感覚ももう慣れたもので、体を元に戻して今度は前に倒した。べたり、と胸部が地面につくとやはりそのまま数秒。ほんのちょっと前まではこんな体勢夢の又夢だったものだが、いやー人間やればできるもんだね!

「軟体生物になった気分・・・」
「まだそんなに柔らかくないだろ」
「いやーでも股割りができるようになっただけでもすごいと思うんだけど」

 ほらほら見て見て、縦もいけるし、立てばY字バランスもやってやれんことはないんだよ!倒していた体を起こして横にがばっと開いてた足を今度は縦にすると、ぺったんとそのまま座ることが出来る。これ、当初始めたときはそりゃもう股間が痛いわ足攣りそうになるわ、とにかく痛くて痛くてできるかこんなもん!って泣きそうになったものだ。
 それが今や、この股間の柔らかさ。足開いてほぼ真横だよ。水平だよ。ちょ、すごくね!?と思うのは昔の感覚が残っているからだろう。だって、普通に私体硬かったし。
 それが今じゃ長座体前屈もお手の物でございますよ。この柔軟さがかつてのスポーツテスト時に欲しかった・・・!

「それぐらい僕だってできるよ!」
「そりゃあできなきゃその体勢だと泣いてるでしょうよ」

 そういって対抗意識を燃やすかのごとく上ノ島君が同じように縦に股割りの体勢を取る。なんか客観的に見ると奇妙な感じなのだが、それでもどうだ!とばかりに胸を張る上ノ島君が可愛いので万事オッケーということにしておこう。さっすがー、と褒めると、満更でもない顔をした上ノ島君に、べたりと胸部を地面につけていた彦四郎君や黒門君、仁暁君が起き上がり、同じような体制をとった。うん。五人も集まってなにやってんだろうね。いや周りには他のい組の子も似たような体勢とって柔軟してるんですけどね。

「まぁでも、確かに、学園に入るまでこんなことできるなんて思わなかったよ」
「だよねー。忍者って柔軟さも必要なんだね」
「それはそうだろう。体が硬かったらあんな動きできないよ」

 あんな動き、とはつまり先生方の動き方や上級生の行動などを指しているのだろう。確かにあの身軽さ、体の動かし方、反り具合、並大抵の柔軟性では行えないだろう。
 体が柔らかいと同時にそれを支える筋肉も大分鍛えられているものがあるのだろうが・・・そういえば武術家やスポーツ選手に体の硬い人はあんまりいないとか聞いたことがある。
 体が硬いと怪我する確立も高いらしいし。やっぱ動くのに柔軟性は必要なんだなぁ。
 ということはだ、今の私の柔らかさならばフィギアスケートみたいなこともできるんだろうか。あの足あげて滑ったりとかスピンしたりとか諸々。いやまぁ、やる気はないけど。
 そんなぐだぐだと雑談を繰り広げつつも、ちらりと厚着先生を見やるとそろそろ集合をかけそうな雰囲気を感じ取り、とりあえず開けっぴろげだった足を素早く閉じる。
 かつて違和感を覚えた足の筋も、最早なんの問題もなく突っ張るような感覚もなく、すんなりと閉じるとむくりと立ち上がった。衣服についた土汚れを払い落とすと、そんな私の行動を見ていた彦四郎君が、同様に厚着先生の様子を感じ取って素早く立ち上がると周囲に声をかけ始める。

「みんなー集合ー!」
「おー」

 じょろじょろと彦四郎君の声に合わせて集まり始める周りに、厚着先生が満足そうに一つ頷くと整列するように声を張り上げた。それで横一列に並べば、今日行うことはマラソンだという。嫌だなぁ、走るの嫌いなんだが。基本的にインドア人間なので運動全般がさほど好きではないけれど。そう内心では思いつつも、やることはしっかりとやりますよ。授業ですもの。先生の号令に合わせて駆け足でグランドを回り始めたとき、頭の上を鳶がぐるぐると旋回していた。あぁ。

「いーい天気」

 遠くから、もっと気合いれて走らんかーーー!!!と、厚着先生の大声が聞こえてきて、咄嗟に首を竦める。ありゃりゃ。隣を走っていた彦四郎君と顔を見合わせると、どちらからというわけでもなく、へらり、と笑みが零れでた。