それが狂気を孕むと、知らぬまま。



 それは、それはとても、とても悲しいぐらい、懐かしいぐらい、狂おしいぐらい、暖かで、愛おしくて、優しくて、切なくて、とてもとても、とても、言葉にできないほど、言葉になどしたくないほど、わけのわからない、理由のない、根拠のない―――抱擁、だった。
 包まれているとだけ、わかった、それに、私はほろりと、何かを零した。
 ゆらりとゆれる、時折たゆたい、暖かいものに全て、全てを抱擁されていて、ほろほろと、零れていったように思えたけれど、それがどうなったのか、私は知らない。
 何故かまだ瞼は重たくて、開かなかったから、どうなったのか、見ることは叶わなかったのだ。瞼は重たくてまるで繋がっているかのように開かなかったけれど、不思議と以前(以前?)のような言いも知れない恐怖感は、なかった。  真っ暗だったけれど、この闇は得体が知れないものなどではなかった。暗いのに、あたたかくて。見えないのに、やさしくて。
 ずぅっと昔から知っているから、とてもなつかしくて。抱擁が、堪らなくいとおしくて。
 だからこそ、泣きそうにせつなくて。―――ただ、あまりにも、狂ってしまうほど、くるおしくて。  怖くない。こわくない。嫌じゃない。いやじゃない。ねぇ、だって――私、知ってる。
 知ってる、よ。これがなんなのか、知ってる。ずっと、ずっと、昔。
 覚えてられないぐらい、昔のことだ。知ることができないほど昔。忘れてしまっていた昔。
 やがてその世界が壊れることを知りながら、あまりに優しい世界の中で、私は己を抱きしめた。