堂々巡りの思考の果てに
「それでね!紅貴妃様は私を咎めるどころか助けてくださったのよ!!あぁ私、紅貴妃様に一生ついていくわ・・っ」
「それは、それは・・・よかったですねぇ、香鈴さん」
大きな瞳をうるうると潤ませて、白い頬を薔薇色に染め替えてうっとりと手を組む香鈴さんにやや引きながらも、適当な相槌を打って新しい花茶をいれる準備を進める。
その横で同じように手を動かしながらも紅貴妃様はどーのこーのと、自分の感動興奮を語る姿は、なんていうか、女子高を彷彿とさせた。なまじ香鈴さんが美少女なものだから、絵になりすぎていて怖い。自分にはその「心酔」といってもいい感覚がどうにも掴めないので曖昧な受け答えしかできないが、要するに彼女は自分の感情を吐露したいだけなのだ。
聞き流すのが1番である。姦しいのはなれないなぁ、と思いながら湧かしたお湯を注げば、私がやるよりもよほど手際よく彼女が仕事を進め、再びお盆にお茶をのせた。
「今度は躓かないように気をつけてくださいね」
「わ、わかってるわ。紅貴妃様の前で同じ失敗なんてもうしないんだから・・!」
言いながら決意を固めた表情でそそくさと紅貴妃・・・秀麗ねえさんのところまで静かに歩いていく香鈴さんの背中を見送り、私は大きく肩を落とした。はぁ、と同時に溜息が零れる。
彼女の足元をみれば、そりゃ裾踏んでも可笑しくないだろうと思うぐらいに長いのだ。
かくいう私も長い裾が足に纏わりついて、うっかり踏んづけてしまいそうで実は結構びくびくしている。首元は何かびらびらしたものが出ているし、袖も長い。羽衣みたいな布までつけて、しかもそれらが市井で着ていたものとは段違いの布地で。そして何より微妙な気持ちになるのが。
「鬘、ねぇ・・・」
二つに結わえて肩よりも下にさらさらと揺れる髪を弄って溜息を零す。しかも髪型があれだ某美少女戦士のリーダーみたいな感じ。高い位置でのお団子にツインテールとかもう私に憤死しろとでもいうのかと。低い位置ならまだしも、高い位置は中々どうして。遠慮したい物がある。楽しそうに嬉々として飾り立ててくれた胡蝶さんやら秀麗ねえさんやら、人のことより自分のことーーー!!って叫びたかった。くるくると髪を自分の指に巻きつけて、また溜息。しょうがない、しょうがないのだ。私の元の髪の長さではこの世界ではみっともない通り越して痛々しいぐらいなのだから。女官に扮するためには必須だったのだ鬘は。
だけど私こんな仕事やるはずじゃなかったのに・・・!さら、と指に巻きつけた髪を解いて、ぐるりとあたりを見まわす。本当に広く煌びやかで朱塗りの柱やたくさんある部屋の一つ一つ、素晴らしいぐらいの建物である。きっと現代なら文化財、あるいは世界遺産として登録されるのかもしれない。あまりにも場違い且、文化的な要素漂う建物の名前は――後宮。
なんでか知らないが、微妙に原作の渦中に足を踏み入れかけているこの現状、どういうことですか霄太師。
※
元々、原作が進もうが秀麗ねえさんが官吏への道を走ろうが、双花菖蒲が家に尋ねるようになってこようが影月君がしばらく居座ろうが、ともかくもそういったこと諸々私は赤の他人のごとく関係ないです知りません頑張ってください、というスタンスのまま、平凡に眺めているだけだったはずなのだ。
そうそれは近しい位置から・・・まるで邵可さんのように見守るのではなく、あくまでもどこまでも外側から関係ないように。その辺の村人Aのごとくのんびりのほほんと、面倒なことに巻き込まれることもなく、だ。
原作第1巻で詳しく自分の立場を分析するのなら、まず私は秀麗ねえさんが後宮に行っている間、家で普通に彼女が役目を終えて帰ってくるのを待っていたはずなのである。後宮で何があろうが、それこそ彼女達が死にかけるような騒動があろうが、公にされない限り知ることもないように。
私の場合は反則技で知っているからあれだが、つまり朝廷やら後宮やらは微塵も関係なく、一般庶民のままでいたはずなのだ。それが私が描いていた未来であり当然に訪れる明日でもあり、心の底から願うことでもあったのだ。だというのに、だというのに・・・!
「な・ん・で・わ・た・し・が!!こんなところにいぃぃぃっ」
キイィィ!!と地団太踏むような消化しにくい行き場のない感情を、叫んで外に出したい衝動にかられながら、後宮のどこぞの庭の片隅でぶちぶちと草をひたすら抜いて鬱憤を晴らしていく。ひたすら地味でしかも指に草の汁が染み込んで爪の間が緑色になるが、気にしない。洗えばとれる。
ぶちぶちぶち、と根元から引っこ抜いたり、固く根を這っているものは上の葉っぱだけがとれたり、とにかくも草花には迷惑極まりないだろうが、やつあたりさせてもらう。ていうか女官って8歳でもなれるものなのか。いや本来ならば試験を通らなければなれないのが普通なのだから、今回が特別なわけで。(霄太視の要請だものね。試験なんかふっ飛ばしてたわそういや。一応諸々珠翠さまからはご指南頂いたけど)ということは普通はなれないのだろう。当たり前だ。まだ8歳なのである。そんな子供が受かるなんて、よほどの天才かあるいは私みたいな年齢詐欺者ぐらいしかいない。それでも私が受かるとは思わないが。
「霄太師め霄太師め霄太師め・・・っ!!なんで巻き込むのよなんでそこで私?!」
怨念のごとくぶつぶつと呟き、こんもりと抜いた草で山をつくって、泣きながら告白した秀麗ねえさんを思い返した。いやむしろ秀麗ねえさんも秀麗ねえさんだ。
人の意思も聞かずお金につられて私を売るだなんて、売るだなんてえぇぇぇぇ!!!
そもそも何故私まで話題に上がってしまったのか皆目わからないが、霄太師に更に金三百両追加すると言われて、即決してしまったのだ私の意見もなく!
確かに今は紅家の人達が保護者なわけだけど、だけどだけどこんなのってないよね?!
だって後宮だよ?!王様の膝元だよ!?政治に遠いような近いようなとにかく身分の高い人が一杯いるんだよ!?あと個人的事情で原作に関わりたくないというのがあるんだが、そこは置いといて。常識的に考えてまず無理だろうと判断してくれないと困る。
苦労すんの私なんだって本当。礼儀作法から始まり、女官の仕事は地味だけどたくさんあって大変だし、基本的に常に周りに気を配らないといけないから精神的疲労もすぐに堪るし、慣れの問題とは言われても慣れるまでが大変だ。
遺憾ながら、どうしようもなく身体的には子供なので体力もなく、やれることも普通の女官の方々よりも断然遅く少ない。
それが慣れなのか子供と大人故の差なのかは、まだ日が浅いのでなんとも言えないが。
―――結論から言えば、女官の仕事は決して甘くなどない。そんな中、試験にも突破していないようなお子様が放り込まれてまともにやっていけるかどうか。
考えてくれればわかるだろうに・・・お金につられるなんて私悲しい。(愕然として呟けばそれはそれは秀麗ねえさんから魂の篭った謝罪が返された。むしろ泣かれた)まあ、正式な女官ではないことは確かなので、実際の女官の方々とはまた違うことになっているのだが。紅貴妃様付きというのも手伝い、まだ普通の女官役よかましだけどー。でも本当に。
「無茶苦茶だ・・・」
そんな鳴り物入りでどうにかなるほど甘い世界でもないと思うんだが。
これで私の中身が中身でなかったら、どうなっていたことか。・・・いや?
「あの人だものなあ。わかってたからこそ、かな?」
何時の間にか草を抜く手を止めて頬杖の上に顎を乗せながら考える。何故、私がここに秀麗ねえさんと共に放り込まれたのかはわからない。その理由は、本当にわからない。
けれど、「放り込んでも大丈夫」だと、判断されたのは確かだ。でなければさすがに後宮に入れられることはないだろう。つまり、あの人は私がどういう人間なのかわかっていたのだ。なんたって相手は仙人。底の知れない狸爺。そしてこの国の名宰相。――当然か。
私が外見通りの人間ではないことがばれてしまっているのか。うーん。だから別にどうってこともないんだけど、微妙な気分になるなぁ。
「まぁ、もうどうしよーもないんだけどねぇ・・・」
後宮に入っちゃったし。仕事もそこそこ始めちゃってるし。辞められないのだ。しょうがない。
それに現実問題、金八百両は非常に美味しい。なぜ私にまで三百も払うのかは知らないが・・・まあ、凡人に及ばない考えがあるんだろう。
しかし非常に理不尽な気持ちは止められず、溜息を零してぐったりと肩を落とした。秀麗ねえさんからは泣きながら謝られたし、止められなかったことを邵可さんにも静蘭さんにも謝られたし・・・これでいつまでもぶちぶち言うほど子供じゃない。子供じゃないが、腹を括るしかないのだが、あぁやっぱりこうなんというか、非常に消化不良な!
「理由がわからないのが駄目なんだよねきっと。私がいる必要性がないというか、そもそも巻き込まれたくなかったことに巻き込まれかけてるのが嫌なわけで。怒ってるわけじゃないけど、もうそれはいいんだけど、アァ本当に意味わかんない・・・」
霄太師、何がしたかったんですかああぁぁぁ・・・・!!頭を抱えて苦悩する。
私をここに入れても意味なんてないのは明白なはずだ。無駄なはずである。
なのに、その無駄をあえて選んだ意図とは一体。――――まあ、しかし。
「要するにここにいても巻き込まれさえしなきゃいいんだよね!」
考えてもわかるはずがねぇ、と半ば諦めて丸投げし、前向きに、ポジティブに!と言い聞かせてガバっと顔をあげる。プラス思考でいこうよ私!そう、つまり、渦中にさえ巻き込まれなかったらいいのだ。
後宮にいても町にいても、事件にさえ巻き込まれずただ女官の仕事だけしていればいいのである。
ただ、何がそんなに嫌だったかというと、やはり女官の仕事は自分には過ぎたものだと思うし、子供じゃないからって仕事ができるわけじゃない。
お茶一つ淹れるのにも作法があって、動作一つにもなにかしらの順番があったりして、もう本当に覚えることがたくさんなのだ。わけわかんない。頭がこんがらがる。できないことばかりで、覚えようとしても簡単に覚えられることでもない。他の女官の方々にも多大なる迷惑を与えているし、私はせいぜい迷惑にならないように余計なことをしないことだ。
その上で現在勢威勉強中である。その上、折角定着していたお仕事を長期休むのは心苦しかったし、それにやっぱり、巻き込まれる可能性はココの方が高いのだ。
それを思えば私にとってここの仕事は基本デメリットでしかない。まあ、あえてメリットをいうのなら貴重な体験、普通見ることはないだろう朝廷の中を見られたというぐらいで。
あともしかしたら生で彩雲キャラ見られるかもしれないという点?ミーハーというなかれ。しょうがないでしょうそういうのは近くになるとどうしても思っちゃうんだからぁ!!
遠かったら時々思い出すぐらいでなんとも思わないんだけどねぇ。物理的に近いんだよ本当。もしかしたらこんなところでばったり遭遇☆とかいうこともあるかもしれないし。
いやないとは思うけど。そんな偶然そうそう起こるほどのミラクルなんて、
「そこで何をしている」
「わぁっ?!」
突然無防備な背後からかかった声に、どっきーん、と心臓が跳ねた。ついでに肩も大きく上下し、胸元に握り拳をあてて誰誰誰よ!?と振り向いて、目を丸くする。
咄嗟にぽかんと開きかけた口を閉じることには成功したが、丸くした目は何度も瞬きを繰り返して、背後に立っている人物に息を詰めた。―――ミ、ミラクルが起こってしまった・・・。
愕然としつつ、まじまじとその容姿を見上げる。蜜色の長い髪、同系色の瞳。整った容貌に長身のしなやかな体。武官とも文官ともつかない曖昧な雰囲気。
何より、イラスト、アニメで見ていた容姿と同じ――しいていうなら、目の前に確かに「人」として存在している、という点だけが、記憶と違うだけであり。あと服装だけど。
思わず天を仰ぎそうになったのは、やはり寸前で堪えてみせた。
「どうした?どこか具合でも悪いのか?」
「え?」
「随分と幼いが・・・その格好は女官であろう。珠翠を呼ぶか?」
「あ、い、いえ!具合が悪いわけではありませんので、あの、すみません。ありがとうございます」
慌てて立ちあがり、体全体で振り向くと礼を取る。そして、ほうと思わず息を洩らした。
・・・・・・九郎さんの、声だ。正確には、関さんの声。無論九郎さんほどきびきびともしていないし、固くもない。どちらかというと柔らかく、優しげな声ではある。けれど、よく似ている。
同じであるといってもいいのだろう。懐かしいぐらい、聞き覚えのある。秀麗さんと同じ。
朔と、九郎さん。―――胸のどこか奥で、ざわめくような、懐かしさ。
懐かしい声に震えそうになりながら、至極真っ当且、「犬っぽくない」という点に驚きながらも初対面なんだから当たり前かと俯いたまま思った。そういや一応この人王様。
なんというか印象が犬というか頭はいいけど馬鹿というか性格が性格なものだから、ちょっと抜け落ちていたけど。普通に毅然とした態度をとっていればそれは確かに「王様」の姿なのである。というか秀麗ねえさんが会う前に私がこの人に会ってしまった。吃驚だ。
今頃彼女はまだ王様に会えないいぃぃ!!と地団駄踏んでいるというのに、別の理由で地団太踏んでいた私が遭遇するってこれ如何に。私としてはきっと秀麗ねえさんから紹介されるか何かして知り合うだろうなぁ程度だったのに。予想外だわ。
「そうか。ならいいが・・・あぁ別にもう顔はあげてくれて構わないぞ?」
「は、はい」
言われて、ゆっくりと顔をあげる。目の前にはやっぱり美形。まあ美形なんざ見なれてるから今更どうということもないけれど。目福かねぇ、と思いつつちょこんと佇んでいると、劉輝はしげしげと私を上から下まで見て、吐息を零した。
「驚いたな。後宮にはそなたのような子供までいるのか?」
「え、あぁ、そう、ですね。私ほどの年齢はさすがに他にはいませんが、12、3程度なら」
「ふむ。いくつだ」
「八つを数えています」
「八つ!?・・・それでよく試験に通ったものだ・・・。そなたはよほど優秀なのだな」
「あはははは。・・・・・・・・・・・・・・でもやはり試験と本物の仕事は違いますしので・・・・」
心底感心したように言われて、ギクギク、と肩を揺らす。良心の呵責に違う、違うんです私試験なんか受けてませんからあぁぁ!!と内心で叫びながら苦し紛れに誤魔化してみた。
劉輝は純粋に頷いて、そうか。仕事はやはり大変なのだな、と納得したように呟いている。
その様子から思わずさっと視線を外し(割りと顔に出やすいらしい私。だから日本人のアルカイックスマイルは重要なのだ)、冷や汗をたらりと流した。ざわざわ、と木々が風に揺られる音がやけに耳に響いて聞こえたが、その中に割り込むようにして劉輝の存外柔らかな声が、思ったよりも真っ直ぐに届いた。
「いつから後宮に?」
「つい先日です。3日ほど前に」
なんか普通に会話しちゃってるー、と思いつつ、さくさくと草を踏みしめて近づいてくる劉輝にドキドキと心臓を高鳴らせながらじっと見上げる。彼は思ったよりも警戒心のない表情で、緩やかに微笑みながら私の前に立った。憎たらしいぐらい首が反りかえる。疲れる。
「3日か・・・ん?その日は確か、後宮に貴妃が入った日ではないか?」
「はい。紅貴妃様と共に入りましたので」
「もしや、貴妃付きの女官なのか?」
お前が?とでも言いたそうに目を見張られ、まぁ確かにこんな子供が貴妃付きとは中々思えないよねぇ、と思いながらこくりと頷く。すると、更に驚くかと思ったが劉輝は何かを思案するように半分ほど瞼を伏せて沈黙し、それから躊躇うように口を開いたり閉じたりしている。その煮え切らない態度に首を倒すと、彼は意を決したようにそろそろと顔をあげて、口を動かした。
「その、・・・そなたの目から見て、紅貴妃とはどんな人間だ?」
「はい?」
え?なんだって?思わず聞き返すように小首を傾げて眉を潜めると、こほん、と咳払いをして劉輝はしゃがみこんだ。ついでに手招きをされたので、私も付き合うようにしゃがみこむ。
何故か密談するかのごとく近づいて、こそこそと庭先で私達は頭を突き合わせた。
視線が近い上に距離も近い。なんだこの体勢。私の疑問も内に仕舞い込んだまま、劉輝はこそこそと話し出す。
「だからな、その・・そう!主上に頼まれてだな、余、いや私は、貴妃の情報を集めているのだ」
「・・・・はあ。主上に、ですか」
お前やん主上。と思ったが言わないのがルールである。なんだ。一応気になってはいたんだ。会うまでは全然興味なかったのかと原作では思ってたけど。とりあえず適当に相槌を打つと、そうなのだ、と大きな動作で劉輝は頷き、キリッと顔を引き締めた。
「で?どうなのだ。えーと・・・そうだ。そなた、名前は?」
「あぁ。・・・と申します。あなたは、・・・どうお呼びすればよろしいですか?」
「む。そうだな・・・名前がないと不便なのだ・・・」
モロ口に出してますよあんた。明らかに可笑しいだろその発言、と思ったが突っ込まないのがルールルール、と自分に言い聞かせる。名前がないと不便って。明らかに今から名乗るの偽名ですよーって言ってるようなものだと思うのだが。・・・うん。劉輝だねこの天然具合。
最初の印象を払拭するぐらい原作通りの姿にいっそ生暖かい視線を送ると、あーだこーだと名前に悩んでいる様子に、ふぅと溜息を零した。
「・・・何か名乗れない理由でもあるんですか?」
「えっ。あ、う、そ、そうなのだっ。余、じゃなくて私は、名乗ってはいけないのだ」
「・・・・そうですか。なら便宜上なんとお呼びすればいいですかねぇ」
歯切れ悪いながらも頷いた劉輝に誤魔化されたかのように適当に流して、どう呼ぼうかなぁ、と明後日の方向を見つめる。とはいってもいきなり偽名なんざ思いつかない。
ネーミングセンスが問われる瞬間であるこういう時は。うーむ、と首を傾げ、不意に脳裏をそれが閃く。
「・・・ス●夫とかどうですか」
声繋がりで。
「ス、スネ●?・・・変な名前なのだ」
「あーまあそれはそうですよねー」
しかも苗字が骨川。うん。やっぱりやめておこう。さすがに容姿に合わない。んーじゃあなににしようかなー、とニ人してしばらくうんうんと唸り。(後でよくよく考えれば別に故意に呼ぶこともないんだから、考える必要があんまりなかった)
「じゃあ「むらさきさん」でどうですか」
「な、なんでむらさきなのだ?」
ぎく、と私の目からみてもあからさまに肩を跳ねさせておろおろとしている劉輝に、よくこれで王様できるなぁ、思いながらそれはですね、と口を開く。
「着てる服が紫だからです。良い名前も思いつかないんで、パッとみの特徴でつけるしか」
まああと王様だしね。ということは言わないままどうですか?と首を傾げると、劉輝はしばらく悩んだあと、それでいい、と頷いた。じゃあ決定ということで。名前が決まったところで、本題に入ろうと思った、のだが。・・・・・・・なんだったっけ・・・?名前を考えることに没頭していたせいで、その前に何を話していたのか忘れてしまった。あれ?と首を傾げると、劉輝は溜息を零した。
「紅貴妃について、だ。で、の目からみてどうなのだ?」
「あぁ。紅貴妃様についてですね。そうですねぇ・・・とりあえず、女官の方の心は掴んでるみたいですよ。ついこの前も同じ貴妃付きの子が「私、紅貴妃様についていくわ!」て力説していたぐらいですし」
さながらマリみてのごとく。(紅薔薇様素敵!みたいなね)なんか緊張だとか関わりたくないとか諸々忘れたように思わずほぼ素で話しているのに、彼は気にしていないようにふむ、と頷いた。しかし私から見た秀麗ねえさんなんて・・・頑張りやで世話焼きで優しくて料理が美味しくて家事もよくできて頭良くてちょっと猪突猛進的なところがある、ぐらいで。ついでに守銭奴。おかげで私がこんな目に・・・・こほん。とりあえず、これを語ればいいんだろうが・・・貴妃が料理が上手で家事ができるなんてこと伝えられないし。というか今ここでそれ話したら原作が変わるしなぁ。
あんまり前情報とか、耳にいれない方がいいよね。ここは私が深く関わっていい部分じゃないし。そう。ここは秀麗ねえさんの領分であり、私はあくまでも彼女の緊張やらなにやらを解す為の言わばマスコットである。つまり、あんまし関わりたくないってことで。
「・・・人に聞くより自分の目で見たほうが早いと思いますよ?」
「えっ?」
じっと目を見て言えば、ギクリ、と肩を揺らして劉輝が口を噤む。その様子を見ながら、ふぅと吐息を零して薄っすらと微笑んだ。
「人から聞いたものは、所詮人の視点です。確かに情報収集も必要かもしれませんけど・・・変に先入観を作るよりも、自分の目でみて判断した方がいいんじゃないでしょうか」
「自分の目、で・・・」
「はい。結局最後は自分で判断するんですから。良いも悪いも、やっぱり主観の問題ですしねぇ。まあ、先入観は大きいですが。だからこそ、植えつけられる前に、会って、話して、それで考えればいいじゃないですか。会わないと見えるものも見えません。百聞は一見に如かずともいいます」
というかそろそろ私仕事に戻らないと怒られる。ついでに秀麗ねえさんの過保護が発揮されるかもしれない。そうなると中々大変なので、そろそろ切り上げなくてはならない。
予想外の出来事に時間を食ってしまったことに内心焦りながら、じっと考え込んでいる劉輝ににっこりと笑いかけた。
「と、こんなことあなたに言っても仕方ありませんね。主上に伝えないといけないことですし・・・」
「え、・・あ」
「よかったらお伝えください主上に。是非ご自分の目で見て、知ってくださいと。・・・紅貴妃様は、あなたに会いたがっていますから」
これでなんとか原作通りに進んでくれると助かるんだが。そう思いながら腰を上げると、追いかけるように彼の視線が動く。立てばしゃがみこんでいる劉輝よりも私の方が高くなり、見下ろす形になった。それでもやや視線が近いのが切ないんだけど!!見上げてくる視線を見返して目を細めれば、神妙な顔で劉輝はこくりと頷いた。
「・・・わかった。伝えておく」
「ありがとうございます。それでは、私は仕事がありますのでこれで失礼させて頂きます」
「うむ。時間を取らせてすまなかったな」
「いえ。お役に立てたのなら嬉しいです。それでは」
緩く頭を振り、礼を取ってから踵を返すと、あ、と後ろで声があがった。なんだ?と振り向けば、立ちあがった劉輝が躊躇うように視線をうろうろと泳がせている。怪訝に眉宇を潜めると、不自然に伸ばされていた手をぐっと握り締めて、彼は小さく微笑んだ。
「・・・また、会えるだろうか?」
「会えますよ。後宮にきてくだされば、会う確立なんてぐっと高くなりますし」
というか秀麗ねえさんと接触すればその内会う気がする。なので半ば確信を込めて頷けば、パァ、と彼は破顔して笑顔を浮かべた。なんだか、可愛らしい笑顔だと思った。劉輝の笑顔も気分が明るくなる笑顔だなぁ。
「そうか、・・・そうだな。、女官の仕事は大変かもしれないが、頑張るのだぞ。虐められたら私に言うといい。こんなところで蹲らずに」
「・・・・え?あ、はい。ありがとうございます?」
なんで虐め?と思いながらもこくりと頷くと、ひらひらと手を振られたのでもう一度頭を下げて庭から廊下へと戻る。かつかつと後をたてて、床の上に服の裾を引きずりながら、今確実に誤解されたよなぁ、と小さくぼやいた。
「別に、虐められてあそこにいたわけじゃないんだけど」
むしろ最年少だからか、あるいはやっと後宮に貴妃が入って盛りあがっているからか、皆よく可愛がってくれる。傍からみたら虐められて落ち込んでるように見えたのだろうか。
蹲ってぶつぶつ言ってたしな。見えないこともないかも、と思いうーん、と首を捻る。
不都合があるわけでもないけど・・・いいのだろうか。まあいいか。じゃあなんであんな所に、と言われても愚痴零してました、としか言えないし。しかもそれ結局虐められてるみたいに思われそうだし。うん。大差ない大差ない。
まあいいか、と自己完結をすませて、さてあとは今日の仕事をして、秀麗ねえさんとお話して、もしかしたら府庫にまで足を運ぶことになるかもしれない、と指折り数えて確認する。しっかし、いくら窓際職とはいっても府庫も立派な外朝に位置してるのだから、貴妃とはいえ簡単に入っていいところではないと思うんだけど・・・ついでに女官が入っていい場所とも思わないんだけど。そのあたりどうも緩いというか、どうなんだろうな?と思わないでもない。しかし詳しいことは私何一つわからないし・・・まあ、ばれなきゃいいんだろうばれなきゃ。そう思わないとやってけないので(深く突っ込んじゃいけない、深く突っ込んじゃいけない)やはりこれも内に仕舞い込んで。
「ちゃんと原作通りに事が進むといいんだけど・・・」
頬に手をあてて、憂い顔を作る。一応、やるだけやってみたけど・・・うーむ。ちゃんとうまくいくのだろうか。なにせこれは小説でもなければゲームでもアニメでもない、リアルの世界なのである。現実に体感しながら時間が進み、先のことなどわからないのだ。
一応、原作に乗っ取っているのならば、大丈夫のはずだけど。けれど。
「・・・変わる運命も、あるしね・・・」
私が、かつて知っているからこそ運命を変えていったように。ゲームストーリー通りに進めることもできた。だけどあえて違う道を選んでみた。皆が死ぬようなところなんて、例え一度とはいえ見たくなかったから。
そんな、恐ろしいこと。体験したくもない。だからできるだけのことはやってみた。結果は、・・・決してハッピーエンドなんかじゃ、なかったけれど。
だけど、ストーリーがあらかじめあっても変わる物は変わるのだとはっきりしたことでもある。まああれは私がそういう中心にいたから、というのもあるかもしれないが・・・とにかく。
「私が心配しててもしょうがないか」
なにせ私は今回外野である。当事者達は別の人。結局、彼等を中心に物事は進んでいくのだ。
ならば、余計なことはせず考えず、私は私の与えられたことをこなしていくだけでいい。
そう。だって私には、関わりのないことなのだから。呟いて、そっと目を伏せた。