ラッパのマークは必需品



 その情報は先輩の女官からもたらされた。お茶会の合間に、噂話のように気軽に、且先輩女官は嬉しそうに語らう。曰く、後宮に李侍郎がきているらしいと。その情報を生返事且、至極どうでもよく聞き流し、甲斐甲斐しくも進められるお菓子をもそもそと頬張る。
 最近、というか後宮に入ってから専らだが、皆よほど子供好きなのかなんなのか、お茶会に基本引っ張りだこなのが疲れるんだが。甲斐甲斐しく世話焼かれることはまま、だ。
 基本的に引きこもり気質にある私には女の会話というのは結構ついていけない。
 しかしそれでも専ら聞き役で、適当に相槌を打っていたりすれば美味しいお茶とお菓子が食べられるのでそこはまあ、結構嬉しかったり。他にも様々、噂話からちょっとそれって話していいの?という裏話まで色々な会話をふんふん、と頷きながら聞いている。
 女の噂話は侮れない。しみじみと思いながらお茶を一口。というか、李侍郎が後宮にねぇ。考えられる理由といえば、秀麗ねえさんに用があるかだが、女嫌いを名言している彼だ。
 府庫で済ませられるものなら府庫内で終わらせるだろうし、ここにくることはほぼないだろう。ということは。

「迷ったな」

 ほぼ断定で零した呟きは幸いにも先輩女官さん達には届かなかったらしく、今は李侍郎から派生して将来有望の美形官吏の方へと移っている。品良く笑いながら、結婚するならやっぱり将来有望で、あらでも誠実なお方がなどなど。好みについて語り合っている中にも、やっぱり藍将軍の名前が必ず1回は上る辺りに、人気の度合いを知るものだが。
 それにしても李侍郎が迷ったということは、きっと今頃道を尋ねることもなくさ迷ってるんだろうなぁ後宮を、とぼぅ、と考える。親切な人がさりげなく案内してあげればいいが、女というだけで敬遠されそうだ。まあ、その内藍将軍が助けにくるだろうとは思うんだけども。
 予定調和のごとく想像できる光景を思いつつ、決して自分が動こうという気を起こさない私は、とことん逃げまわろうとしているのに他ならなかった。大体どこにいるかもわからないんだし、わざわざ助けに行こうなどと思わないし。野次馬根性逞しくお顔拝見、などとも思わない。だから話しはそれまで、だったのだ。この広い後宮で、出会う確率など限りなく低い。
 遭遇したところで遠目であれば逃げるのは可能。そして私は思考を李侍郎から、女官の会話へと変えていくのである。


それが約3時間ほど前の話だったはずなんだが。


 ・・・・・・・・・・いっそ哀れみすら覚えてしまうのは、なんだかなぁと思うんですが、李侍郎。
 向かい側の廊下で、何かこう、とても近づき難いオーラをおどろおどろしく発散させながら表面は無表情を装っている李侍郎の姿を見つけた時に、思わず関わりたくないという思考も吹っ飛んで可哀想、という同情すら浮かんだ。すっかり李侍郎が後宮で迷子になっている、なんてこと、あのお茶会の席からすっぽーん、と忘れていたというのに。
 見つけた瞬間そういやそんな話しもあったな、と思い出すと同時にあれからもう3時間も経っているのに、という驚愕が隠せない。てっきり藍将軍なり親切な人なりに助けてもらっていると思っていたのに。もしくは秀麗ねえさんにでも遭遇するとか、しているかと思っていたのに・・・まあ、親切な人はあのおどろおどろしい李侍郎の空気を突破して話しかけられてこそ、なので普通の深窓の令嬢の女官殿には無理かもしれない。

「まだ迷ってたのか、あの人・・・」

 呆れと同情と感心が混ざり合った心境で呟き、本当に方向音痴なんだなぁ、としみじみと実感してじっと彼を遠くから眺めみる。ずんずんと歩いているのだが、廊下の分かれ道に入ると立ち止まって思考している。遠目では顔まで判別はできないが、眉間に皺寄せて一生懸命考えているんだろうなぁ。そこを曲がったらもう私には彼の姿を観察することはできないのだが、まあ誰かに、できるならば珠翠さまとか秀麗ねえさん、あるいは藍将軍に見つけて貰えるといいね、と思う。やがて結論に至ったのか思いきったように曲がり角を曲がっていった李侍郎を見送り、今度こそ無事に外朝に行けるといいねぇ、とのんびりと応援して私も歩き出した。助けてやれよ、とか観察してんなよ、とか言われるかもしれないが。

「誰が好き好んで変なフラグ立てるかっての」

 危険は事前に回避するものである。大丈夫、餓死する前に見つけて貰えるって。
 まあ、多少気がかりではあったが・・・なんとかなるだろう、という確信があるのでさして深く考えず歩いていったのだが。それから30分ほど経った頃だろうか?

「・・・・・・・・・・・・・・・・まだいた・・・・」

 また同じ廊下をとことこ歩いていた頃、やはり同じように対岸の廊下をずんずんと歩く李侍郎の姿を見つけた瞬間、呆れが先走った。さっき、あの廊下の角曲がったはずなのに・・・。
 舞い戻ってきたのかあの人。思わず立ち止まり、30分ほど前と同じように彼の行動を眺めてみる。さっきよりもオーラが何か必死さを纏いはじめている気がするけれども。
 本当に本気で、破滅的な方向音痴なんだ。今度はずんずん歩かずにきょろきょろと周りを見渡して必死に道の確認をしようとしている李侍郎を遠目に観察しつつ、結局助けてくれるような人には会えなかったんだなぁ、とぼんやりと思考を巡らせる。ここから見える限りでいっそ泣きそうなほどに真面目に困っているのが伝わる。遠目なのに、あぁ大変そうだなぁととてもよく伝わるのだ。ちょっと良心が疼き始めるぐらい切実そうだ。そりゃそうだ。
 かれこれ5時間近く後宮で迷っているのだ。泣きたくもなるだろう。元々女嫌いなのに女の巣窟にいるんだから。助けるか否か、関わりたくないとさっさと見捨てていた私がそう思い始めるぐらいに哀れみを誘う。彼もまさか遠目でこんな子供に哀れまれているとは思いもしないだろう・・・あ、なんか涙が。

「ここで良心に負けると何かに巻き込まれそうな気がする・・・しかしもう一回見捨てるのもなぁ・・・」

 究極の選択だ。てっきりさっさと藍将軍あたりが救出にくるものだと思っていたのに。
 じっと挙動不審気味におろおろとしている李侍郎を眺めながら、しばらく葛藤に頭を抱える。こういう場合、関わると絶対何か余計なことに巻き込まれるのだ。今までの経験論から行くとそうなるのだ。つまり良心に負けると駄目なのだ!だがしかし、良心とはつまり良心であって負けるものでもなくて・・・というか本気で李侍郎が可哀想というか。
 迷子になるのは心細いんだよね。わかる。途方に暮れるのだ。道に迷わなくても、何に迷っていても。・・・そういう時は、とても不安になる。かくいう私も正直後宮に入ったばかりの頃は道に迷いかけることが数度あった。いや実際迷った。その場合は他の女官の方々が助けてくれたし、私自身助けを求めたから事無きを得たけれども、李侍郎にそれは望めない。何故なら彼は迷子を認めないから。あれ自業自得じゃねぇ?ふと思ったが、まあそこはさておき、と横に置く仕草をする。うーんうーんうーん・・・。

「・・・・・・・・・・くっそ李侍郎のばーか!」

 一回悪態をつき、これで変なことになったら恨んでやる、と内心で思いながら廊下から出て庭に出ると、真っ直ぐに突っ切る。道なりに行くよりも早いのだこうした方が。
 なにせ真っ直ぐに彼の元へ行っているのだから。立ち止まって頭を抱え、時折挙動不審に後ろを凄い勢いで振りかえっている李侍郎を視界に収めながら、さながら一人芝居のようだ、とやや呆れた眼差しを送る。どうやらまだ私には気がついていないらしい。
 きっと自分の中の葛藤とかでそれどころではないのだろうけれど、好都合。
 そう頷きながらさっと対岸の廊下に上り、ぱたぱたと服を払ってから李侍郎の背後に立った。うんうん唸る背中を見て、深呼吸一つ。さぁて。

「あ、あの李侍郎?」
「っな、なんだっ?!・・・ってお前は・・・」

 バッと物凄い勢い且吃驚したように振り向いた李侍郎の形相にむしろこっちが驚く。
 なんつー顔してんだこの人。鬼気迫り過ぎだ。そう思いながら、僅かに目を見張ったあと、パチリと意外そうに瞬きをした彼にそっと頭を下げた。

「奇遇にございますね、このようなところでお会いするなど」
「あ、あぁ・・」
「紅貴妃様をお迎えに上がられたのですか?そうでしたら申し訳ありません、貴妃様はもうすでに府庫へと向かわれたのです」
「そ、そうか。行き違いになったんだな」

 人目があるとなれば取り繕うこともできるのか、ごほんと咳払いをして、先ほどの挙動不審っぷりが嘘のように持ちなおす姿に感心を覚える。すごいな、その切り換えよう。
 さすが自称鉄壁の理性?だったかなんだったか・・・まあいいか。しかしこちらもなるべく不興と不信を煽らないように薄っすらと微笑み、こてりと首を傾げる。
 あぁもう不自然じゃないよね?!ちゃんと演技できてるよね私っ?!客観的目線で見れないから、李侍郎が不快に思っていないか、私が何かぎこちなくはないかわからずに、笑みを張りつける。そうしていると、不意に別の声がまた割り込んできた。低く滑りの良い声に、李侍郎のみならず私の顔もピシリ、と強張る。

「おや、絳攸に殿じゃないか。奇遇だねぇ、こんなところで会うなんて」
「しゅ、楸瑛・・・っ!」

 ばっと李侍郎が反射的のように動くのに対して、私は遠く逆方向を見て目を細める。
 ・・・・・・・・・・あぁそうさどうせ何か妙なことに巻き込まれるなんざわかっていたことさ!!
 だけどちょっと期待してもいいじゃん。何事もないかもって!案内するだけやったら終わるかもって思えたら嬉しかったんだあぁぁぁ!!!ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう。
 内心で悪態を吐き、ふるふると服の下で拳を握りながら世の不条理を嘆く。

「いつまで経っても府庫にこないと思えば、こんなところにいたとはねぇ。また迷ったのかい?いい加減方向音痴だということを認めればいいのに」
「俺は迷ってなどないし、方向音痴でもなぁぁぁい!!断じて!そんなことはないっ」
「まったく、君はいつかその矜持で餓死するんじゃないかい?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!黙れ常春頭あぁぁぁ!!!」

 ひょい、と肩を竦めて溜息を零しながら苦笑する藍将軍に対して、怒り狂ったように怒鳴り散らす李侍郎の声はよく響く。そんな大声を出しちゃ、他の女官さんに聞こえてしまうよ?
 鉄壁の理性は所詮自称か、と思いながらぼぅ、とその光景を見て、くるくると頭を回す。
 ・・・この人が出てきたんなら私が帰っても構わないよね。ていうか出るならもっと早く出てこいやお前。思いながら一方的に当り散らす李侍郎と悠々と聞き流す藍将軍に、おずおずと声をかけた。

「あの、お二方」
「ハッ!!・・・あぁ、いや、これはだな、」

 控え目に声をかけるとやっと第三者――つまり私のことだが――を思い出したのか、李侍郎が気がついたように怒鳴り声を押し殺して慌てて取り繕う。しかし、何もかもが今更である。わたわたと先ほどまでの遣り取りを誤魔化そうとしているようだが(自称鉄壁の理性を名乗っているんだから、こんな姿は見られたくなかったんだろう)、全てが白々しい。
 慌てている李侍郎の後ろで、ぷっと吹き出した藍将軍にちらり、と視線を向ければ李侍郎もギロッと剣呑な目で相手を睨んだ。仲いいなぁ、と目を細めれば、くつくつと可笑しそうに笑いながら藍将軍が涙目で小首を傾げる。

「で、なんだい殿」
「いえ、お二人はこれからいつもの勉強会に行くのですよね?李侍郎も連れて」
「そうだね。私がここにきたのは絳攸を探していたからだから」
「ううううるさい!!」
「わかりました。どうぞ主上を良きようにお導きくださいませ。では私はこれで失礼させて頂きます」

 顔を真っ赤にして怒鳴った李侍郎は軽くスルーして、藍将軍の言葉に納得するとそのまま頭を下げる。三十六計逃げるが勝ち。要するに巻き込まれかけても初期の段階でどうにかすれば大事にはならない。深く潜り込むなということである。元々李侍郎があまりにも長時間迷子になってるから、手を貸そうかと思っただけで、私以上に適任の人がいるんなら、わざわざ手を貸す必要はないのである。下げた頭を起こすと、にこりと口角を持ち上げたまま、藍将軍は目を細めた。

「あれ、君は行かないのかい?」
「これでも立場は弁えているつもりです。主上と紅貴妃様の邪魔を、女官がしてはなりませんでしょう?」
「・・・なるほどねぇ」

 あえてそんな感じでほのめかしてみる。別に、そんなことになっているとは欠片とも思っちゃいないが、藍将軍をかわすにはこの手の話題が一番いいだろう。
 実際、たかが女官が一緒に勉強会に行ってどうするというのか。それよか後宮に引っ込んで面倒事に巻き込まれないように努力するよ私は。にこ、と笑顔を浮かべてさっさと踵を返すと、意外なことに李侍郎から待ったの声がかかった。
 多少の驚愕と共に足を止めて振り向く。振り向いた先では、藍将軍も珍しいものを見た、というように目を見張っている。

「・・・何か?」
「いや、・・・お前、明日は暇か?」

 何かとても言い難そうに言葉を濁し、ぐっと眉間に皺を寄せた険しい顔で尋ねられる。
 そんな顔普通の子供に向けたら脅えられるぞ、と思いながらもきょとりと瞬き小首を傾げた。さらりと鬘の髪が肩の上を滑り落ち、何をいきなり言いやがったこの男、とまじまじと眺めまわした。
 ・・・李侍郎からこんな言葉が出る、なんて・・・あれ、何か変な事態への序章かっ?!ギクリ、と肩を揺らしながらも答えに困ったように眉を潜める。大体、

「暇かと申されても・・・これでも女官の端くれですので」
「あぁ、そうか、そうだな。すまん、言い方が悪かった。・・・明日、時間を作ってもらえないだろうか」
「絳攸?まさか君、そんな趣味が」
「馬鹿を言うな常春!そうじゃない。ただ、・・・とある方が会いたいと言っているだけだ」
「とある方、ですか?」

 もごもごとそれは何か言い難そうに言葉を濁して、ぼそりと言った李侍郎に首を傾げる。
 藍将軍の愁眉まで寄り、居心地悪そうに視線を行ったり来たりしている李侍郎はむっつりと顔を顰めた。しかし目はやたら真剣な上に必死である。訴えかけるような眼力にやや気圧されながらも、その不審感たっぷりな様子に眉宇を潜めた。可笑しい。明らかに可笑しい。
 まず李侍郎が私にこんな話しを振ることが可笑しい。不自然だ。有り得ない。
 けれど実際に起こっている、そしてその原因が「とある方」。・・・李侍郎関連でこんなにも彼が言いにくそう且真剣に必死になる、いやむしろ李侍郎関連でのとある方なんて・・・・。
 そこまで思った瞬間はっと目を見開いて、顔から血の気が引いた。サアァ、と音がするのならしたことだろう。ガタガタと震える指先をぎゅっと握り込んで、ぶつぶつ唸っている李侍郎と、何か考えているらしい藍将軍を見た。

「り、李侍郎・・・あのその、それは、絶対にお会いしなくてはならない方でしょうかっ!?」

 心持ち必死な気持ちで胸の前で手を組んで詰め寄る。いきなり積極的になった私に、驚いたようにしながらも、李侍郎はそれはそれはとても言いにくそうな顔で(いやこれはむしろ哀れみのような)低く唸った。

「いや、その、できればということなんだがどちらかというと半強制というかほぼ強制というかむしろ強制というか・・・・・・・・・・・・・・・・その、すまないっ!」

 苦渋の顔で視線がそらされ、ぼそぼそと言われて、最終的に謝罪された。物凄く真剣に物凄く必死に物凄く万感の思いを込めて物凄く哀れまれて。
 こんな李侍郎きっと見たことない。そう思えるほどに下がった眉とか悲痛な目とかが、もう色んな意味で私のジ・エンドを物語っている気がした。つまりそれはあれか、あれなのかあれなんですねあのお方なのかああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!
 頭の上に金盥が落ちてきたかのようなショックで愕然と慄く。絶句して固まっていると、そそくさと藍将軍が李侍郎の傍らまで歩き、こそっと何か耳打ちしていた。

「絳攸、もしかしてとある方ってあの方かい?」
「・・・そうだ」
「・・・・・・君、それはちょっと可哀想すぎるよ。こんな小さな子に何をしようとしてるんだい」
「俺だって、俺だってこんな子供をあの方の餌食にさせたくはない!!だが、逆らえないのを知ってるだろうお前?!できるなら俺も逃がしてやりたいぐらいだ!!」
「そうだね、私もできるなら逃がしてあげたいよ。・・・・・・それができればだけど」
「うぅ・・・わからん。どうして黎深様はこんな子供を・・・」
「いや、うん。なんとなく理由は察しがつくけど・・・だとしても、これはちょっと、ねぇ・・・」

 会話はサッパリ聞こえないが、ニ人からの痛々しいほどの同情の視線で、大体何を言われているのかは察しがついた。
 それはもう今だかつてこのニ人からこれほど同情されるような人間がいただろうかというぐらいの哀れみの視線だった。
 哀れまれてるってわかるぐらいの視線なんて初めてだよ私。視線が合ったので無理矢理笑顔を浮かべてみると、さっと両者から視線が外された。・・・・・・・・・・どんだけ・・・・・・・・・・!!

殿、強く生きるんだよ」
「はぁ・・・」

 ぽん、と頭に置かれて優しく、それはやさしく労わるように励ますように撫でられる。
 生返事を返して大人しくされるがままになっていると、目の前で李侍郎も膝をついて、がしっと両肩を掴んだ。ずい、と整った顔が近づいて、真摯な眼差しで諭される。

「俺もできるだけのことはしてやる。だから、挫けるな、強く、そう強く生きるんだ!」
「それは、どうも。・・・・・・・・・・・・・・・・・・とりあえず一応明日時間作っておきますけど、どこに行けばよろしいのですか?」

 最早諦めである。力の篭った同情と励ましを受けとめながら、達観した面持ちで小首を傾げると(人間、行き過ぎると冷静になれるものである)やたらと熱血していた李侍郎はこほんと咳払いをした。

「明日、そうだな府庫にこい。勉強会の後に連れていく」
「わかりました」

 こくんと頷くと、今度は無言で李侍郎にまで頭を撫でられた。藍将軍ほど優しくはなかったが、それでも撫でられてちょっと気持ちが浮上する。けどこれ確実に同情なんだよね。

「すまない。だが俺がなんとかしてやるから、頑張れ」
「私も微力ながら手伝うよ。殿、頼りないかもしれないけれど、頑張るんだよ」
「お二方、言えば言うほど不安を煽っている事実に気がついておりますか?」

 真剣に励まされるのは嬉しい時とそうでない時があるんだよ?というかこの励ましは明らかに死地に向かう人への対応に近いよね?
 何か悟ったように且、私の人生終幕か・・・と薄ら笑いを張りつけると、ぐっ、と言葉を詰まらせてニ人は視線を左右に流した。
 息ピッタリですね!思いながら私は大きな溜息を零し、やっぱり李侍郎達に関わるんじゃなかった、とぼやいた。
 ・・・いや、関わろうと関わらまいと、最終的にこれは逃げられない運命だったのだろう。なにせ相手は紅黎深さまだ。どういう過程であれ、結果的に引きずり込まれるのは自明の理。馬鹿馬鹿しいほどの決定事項のようなものだろう。例え私の預かり知らぬところであったとしても。
 まあ、理由はわかっている。わざわざ呼び出された理由は。つまりそういうことで、あぁだから私今度こそ精神的に色々やられるかもしれない、とガクリと肩を落とした。

「・・・世の中、ままなりませんねぇ」

 深く、深く呟いた言葉は、二人の指先を硬直させるには十分な響きを纏っていた。私の頼りは邵可さんの「きつく言っていた」ということだけである。
 これだけで命は多分助かるよね、けど精神的圧力かけられたら元も子も、思いながらそういうこと込みでなんとかならないかなぁ、と私はゆるゆると辞去を述べてその場を去った。・・・・・・胃薬って貰えるかな?