覗いた明日に沈黙す。
霄太師の肩に頬を押し付け、ゆらゆらと歩く振動に思わずとろんと瞼が落ちる。
密着しているからか、なんともまあ久しぶりすぎる抱っこという感覚からか、妙な安堵感に張り詰めていた物が切れてしまったのだろうか。意味深過ぎた彼のあの言葉も、考えても無駄というか、到底私には行きつくことのできないものなのだろうと思うと、考えるのも馬鹿らしくて放棄してしまったし。それ以後、霄太師は極々普通に私を運んでくれる物だから、穢れにあたった疲労感と今だ残る倦怠感のおかげで、どっと睡魔が押し寄せていた。
あー・・・・なんかもう色々気がねせんでいいと思うと楽だわ本当。人と擦れ違わないのも幸運だ。あるいはそれに関してもこの仙人が何かしているのかもしれないけど。
うつらうつらと記憶が一瞬飛びかねないほどの睡魔と戦っていると、割と周りのことがどうでもよくなってくる。しかしながら、歩いている霄太師がピタリと足を止めたのと同時に、かけられた声には一気に意識が覚醒したが。いや、それはするしかないだろう絶対。
「お前・・・何をやっておるんじゃ?」
どこかで聞いたことがある声、いやそれよりも「誰か」の声がしたということが問題である!びくん、と肩を揺らしてもたれかかっていた霄太師から勢いよく離れ、ぐるりと振り向く。
一時的に長くなっている髪が一瞬視界を覆い隠し、頬を打ってから流れていく。覚醒した意識と見開いた目に、心底驚いたように目を見張っている・・・茶太保が、籠一杯の桃を抱えて佇んでいた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ギャアアァァァァ!!!!
一気に血の気も下がるというか、血圧が上がるというか、どちらにしろいい状態にはならない。内心の絶叫を現したように口をぱっくりとあけて絶句している私を尻目に、霄太師は明るく彼を呼んだ。
「おぉ、茶の。なぁにこの子供がちょっと疲れておるようじゃから休ませようと思っただけじゃよ」
「お前がわざわざか?傍から見たらただの誘拐じゃな」
「人が善意で行っておるというのに誘拐とはなんじゃ誘拐とは!!失敬なっ」
ぷりぷりと怒る霄太師をはん、と鼻で笑う茶太保は素晴らしいと思う。どうだか、と言いたげに胡乱な一瞥を向け、さらさらと真っ直ぐな白髪を揺らして、茶太保はゆるりと霄太師から私に視線を向けた。
ギクリ、と肩を竦ませる。非常にまずい。確かに一度顔合わせはしたが、それとこれとはまた別である。女官が霄太師に抱っこされている、それだけでも事だというのに(誰かに目撃でもされれば太師気に入りの女官と面倒な噂が立ちそうな状態だ)、明らかに今の発言は霄太師が私を気にかけていると言っているようなもの。
なにせ彼自らの行動なのだと明言してしまったようなものなのだ。ましだと思えるのは、ある程度の事情を相手が知っているから、まあ多少の目こぼしはされるだろう、という可能性があるということ。知らなければ大層面倒な勘違いをされてしまうこと間違いない。
私はどう茶太保に言うべきか考えあぐね、眉間に皺を刻むと茶太保は心配そうに眉を曇らせた。
「大丈夫か?殿」
「え?」
長い裾を廊下の床に滑らせながら歩み寄ってきた茶太保が、顔を覗きこむように見つめてくる。伸ばされた皺だらけの手が額にあてられ、熱はないな、と呟くのを呆然と耳に入れながら、何度か瞬きを繰り返して開けっぱなしの口を閉ざす。それから小首を傾げる間に、茶太保は霄太師に視線を投げかけてさっさと行くぞ、と声をかけた。
「なんじゃ、お前も気になるのか」
「霄一人では不安じゃからな。医者を呼んだ方がいいか・・・」
「いや、それには及ばんよ。多少休めば済む。それに、あまり事を大きくしたくはない。・・・殿にとっても、内密にすませた方がよかろう?」
「え、あ、そうですね。少し休めばすぐに回復しますので、お気になさらず」
さっきまでの戯れあいとは別に、真面目な顔で話しを進めてしまうニ人に呆気に取られ、振られた内容に咄嗟に頷く。
確かに、霄太師の部屋でお医者さんに見られたなんて、どうしたって噂が流れてしまうだろう。しかも茶太保まで関わってしまったとなると、どうしても厄介事の種しか思い浮かばないのだが。
人の口に戸は立てられないのだ。そんな面倒はご免被りたい。茶太保に向き直り口角を持ち上げて軽く会釈をすれば、彼は目尻を緩ませてくしゃくしゃと頭を撫でた。
・・・・・・・・・・つーかなんで私三師の内ニ人に囲まれてるんだ?ふと思い当たったことに首を傾げたが、さっさとニ人が動き出した事によって、私の疑問は喉の奥に飲み込んだ。なんか・・・物凄い面子に遭遇しちゃったな・・・・。
※
「慣れぬ場所だからな、気疲れが出たか。全く、だからこんな子供を巻き込むのは感心せんと言ったんじゃ」
「まあ多少無茶であったとは思っているが、それでも殿がいることで秀麗殿も心労は少ないようじゃからのぅ。全くの無駄ではあるまい」
「無駄ではなくても無茶だと言うんじゃ。秀麗殿が無事でも、この子の体調を省みん理由にはならん。・・・桃はいるか?殿」
霄太師の部屋について椅子に座ったところで、ぶつぶつと茶太保が苦言を述べる。
それに霄太師は多少罰が悪そうにしつつも反論するのをねめつけ、茶太保は籠一杯の桃を一つ手に取り、私に微笑みかけた。
寝台に寝た方がいいのではないか、という話も上がったんだけど、まあ穢れ自体はもう体には残ってないし、少しじっとしていれば事は済む。
丁寧に断りをいれて、茶太保と霄太師に挟まれて椅子に座るというなんとも居心地の悪い状態になる羽目になった。大人しく寝ていればよかったか。さすがにこの状態は、と体を縮こまらせながら、小さく頭を振る。
「いえ、お気遣いなく」
「子供が遠慮するものではないぞ。この桃は美味いんじゃ、今剥いてやろう」
「え、そんな!自分で剥きますからっ」
「よいよい。少し待っておれ」
いやいや太保にそんなことさせるわけにはいきませんよ常識的に考えて!!あわあわと手を動かすが、茶太保はただ笑うだけでさっさとピンク色の桃の皮を剥き始めてしまう。
つるりとよく熟しているのか簡単に剥けてしまう桃を見ながら、なんてこったい、と絶句した。わきわきと指を動かしたがすでに行動してしまっているものは止められない。
まいった、本当にまいった。どうしよう。おろおろと視線を泳がし、霄太師に止めると必死に目で訴えてみる。なんとかしてください!!と伝えてみれば、果たして伝わったのかどうか。霄太師はこくりと真面目な顔で頷き、
「茶の。わしにも剥いてくれ」
「自分でやれ。ほれ、食べなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いただき、ます」
馬鹿だこの爺様。真顔でほざいた霄太師に一瞥すら向けずに両断し、私に剥いた上に切り分けてくれた茶太保は瞳を和ませてすすめてくる。
こうなってしまってはもうどうにもならない、と諦めて私は桃を一つ爪楊枝にぶっ刺し、口に運んだ。とろとろと蜜のある白色の桃はつるりと口の中に入り、甘い風味が口一杯に広がる。汁気も十分のそれは本当に甘くて美味しくて、思わず頬を緩めてもぐもぐと口を動かした。おいしひ・・・。香り高い桃に満足していれば、横から霄太師の腕が伸びてくる。そしてそれは、桃に届く前にべしりと情け容赦なく茶太保の手で叩かれた。おぉ。
「なんじゃ、ちょっとぐらいいいではないか!ケチっ」
「爺が口尖らせてもなんも可愛くないわ。これは殿に剥いたのじゃから、お前はお前で勝手に剥いて食べるがよかろう。まだあるんじゃから」
「冷たいぞ、お前」
「生憎男に、しかも爺にわざわざ切り分ける趣味は持ち合わせてはおらぬのでの。美味いか?」
「はい。とても美味しいです」
にっこりと笑いながら、本当、この爺様達って若若しいよなぁ・・・遣り取りがお茶目な爺様を通り越してる気がする、と一人ごちる。もぐもぐと桃を頬張りながら目の前で行われている戯れあいに、これが彩雲国の首脳とも言える三師かと思うと、ひたすら微妙な気持ちになった。優しいんだけどね。不自然なぐらいよくしてくれるんだけどね。特に茶太保の方は。
なんだかなぁ、と思わずにはいられない。いや、本当に可笑しいと思うのだ。なんで茶太保はただの女官に、こんなに優しくしてくれるのだろう?
気にかけることすら滅多にないと思っていた。こんな風に関わるなど、思ってもみなかった。確かに私は見た目子供で、庇護欲をそそるものなのかもしれない。だがしかし、相手は雲の上の人であるほどに高い身分の人で、おまけに彩七家のうち茶家の当主なのだ。こんな庶民を気にかける道理があろうか?いくら、紅貴妃つきの女官として潜伏していたとしても、事情を知っているのだとしても。引っかかりを、覚えないはずがない。いや、そもそもこんなにも甲斐甲斐しくしてくれるような人であっただろうか。大して知っている人ではないけれども、どうにも違和感が拭えずに、ついつい眉間に皺が寄る。桃が一つで止まってしまった私に気づいたのか、霄太師との口喧嘩を一旦止めて、茶太保は私に振り向いた。たくさんの皺の刻まれた目の奥、知性を伺わせる細い眼差しが暖かな光を灯して微笑む。さらさらと揺れる真っ直ぐな白髪は、灰色とも言えずただ白かった。
「ん?どうかしたのかの?」
「いえ。・・・おニ人は仲がよろしいのだな、と見ておりました」
「そう見えるか?」
「はい」
悪友にしか見えない。正直に頷くと、茶太保は微妙な顔で黙り込んでしまった。
霄太師は大して気にした風もなく、いやむしろにやにやと笑っている。
対照的といえば対照的な反応に、もう一つ桃に手を伸ばすか迷いながら、あぁ、そういえば、と思い出した。ちらりと、茶太保を見やる。仲がいいことを肯定するか否かを迷っているかのような、渋面をしている彼に目を細めてぷすり、と爪楊枝を桃に刺した。
・・・この人は、いずれ死んでしまうのだ。遠くない未来に、今横にいる霄太師の手で。
目的は様々だったのだろう。詳しくは覚えてない。ただ、茶太保が霄太師を意識していた、ということぐらいはなんとか覚えている。だからこその悲劇。いや、悲劇といっていいものかすら、わからない。ただ、・・・・目の前で、生きている人が、優しくしてくれた人が、謀反を起こして殺されるのだろうという未来を、知っている。それは急に溜まらない気持ちにさせて、唇をきゅっと引き結ばせた。こんなにも、表面的には和やかなのに。水面下で画策されているものは、なんて、重苦しい。私には触れられない場所、触れたいとも思わない場所。
関係ないはずなのに、曖昧な記憶が私の内を冷え込ませた。――何も知らなければ楽なのに。
「・・・そういえば、殿」
「はい?」
「主上と秀麗殿はどんな感じかのぅ?」
鬱々とした思考に飲み込まれかけていると、霄太師が唐突にそんなことを問いかけてきた。
はっと顔をあげて霄太師を見上げて首を傾げれば、彼は笑いながら桃に手を伸ばし、行儀悪く手掴みをして口に放り込む。
指先で抓んで果汁の滴る桃を頬張った霄太師はもごもごと口を動かしてアホのように顔を緩ませてうむ、美味い。などと言っている。
その声に悩んでいたらしい茶太保も顔をあげて、呆れた様に目を半眼にした。
「手掴みで食べる奴があるか。子供の目の前で、行儀の悪い」
「わしにくれんお前が悪い。で、じゃ。どうなんじゃ?」
「はぁ・・・そうですね。なんというか、・・・親子?のような感じ、ですかねぇ?」
今のところまだそんな感じである。恐らくまだ主上の自覚がなされていないのだろう。
そもそも彼は子供っぽいし、秀麗ねえさんは世話焼きだ。必然的に男女という意識よりも親子的な意識が先立ち、傍目から恋人や夫婦のようには見え難かった。
あぁでも、主上はもしかしたら意識し始めているのかもしれない。母親への感情から、異性へと。
さすがにそこまで注意してみているわけではないから確信はないが、まあそろそろ時期なのかもしれないなぁ、と思考を巡らした。私に答えに、ニ人はふむ、と考え深そうに頷いた。
「親子か・・・年頃の男女がそれでいいのかのぅ」
「主上の入れ込みようを見ればもしやと思ったが、そうか、親子か」
「やはり秀れ、えーっと、紅貴妃様と主上の性質の問題もあるかと思います。どちらかというと貴妃様は世話好きですし、主上はその・・・純粋であられますから。そのせいでしょう」
子供っぽい、とはさすがに表現が悪いかと言い換えてみる。苦笑しつつ言えば、まあなぁ、とニ人は納得して顎鬚に触れ、撫で梳かした。高官としては考え物なのだろう。
なにせうまくいけば正式な貴妃が誕生するのだ。主上も政治に取り組み始めた今、問題はお世継ぎのことだけで。そうなると、ニ人・・いや、霄太師にしてみればこのままニ人がくっついた方が都合がいいだろう。
・・・まあ、秀麗ねえさんが全然そういうことに興味がないというか、それよりも大切なことが胸を占めているから、当分は無理な話だろうけれど。
結局彩雲国って最後どうなるんだろうなぁ?もはや原作を読む事などできもしない今を思い、どうなることやらと目を細める。
「秀麗殿が主上と恋仲になっていただければ一番なんじゃが」
「今のところはそれも見込めぬと。だが主上を見れば満更でもないのではないか?」
「どうにも主上の一方通行にしか思えぬよ。まあ、押して押して押し捲ればあるいは」
「まあでも黎深さまがなにかしてきそうですけどねぇ」
桃を食べてきちんと飲み込んでから発言すると、ニ人は一様に遠い目をした。黎深か。紅黎深か。そうじゃな。絶対邪魔してくるじゃろうな。主上の警護を強化した方がいいんじゃないのか。こっちにも被害がきそうじゃのう。最後に重たい溜息を零して、ニ人は桃を頬張った。
わぁ、黎深さまニ人になんかもうすでに精神的ダメージ与えてますよ?すっごい!
「あの兄馬鹿姪馬鹿はどうにかならんのか。その内寝首をかかれそうじゃわい」
「それはお前の日頃の行いのせいじゃろう。まあしかし、・・・あれは最早病気だ。国一番の医師でも治らんじゃろう」
頬杖をついて溜息を吐く霄太師に、茶太保は眉を潜めて肩を竦めた。私もあれは治らないよなぁ、と思いながら治ったら黎深さまって感じじゃないし、と一人呟く。
限りなく傍迷惑この上ないというか正直巻き込んでくれるな、という性質だが、しかしあれがあるからこそ愛嬌というものがあるのである。なかったら天上天下唯我独尊、冷酷無比なこの上なく性質の悪い人間でしかない。
周りにも世界にも興味のない、ひどく冷たく寂しい人になってしまうのだろう――そう思えば、兄馬鹿姪馬鹿は必然の賜物だったのかもしれないな。
しかし巻き込まれる側は非常に迷惑な話だが。いや本当、おかげで私がどんなに辛い目にあったか。今はもうすっかり体調も回復したからいいものの、吏部にはもう行きたくないなぁ、と切実に思った。(度々向かう羽目になるとは、この時誰も知らなかったが)
そんな雑談を交わしつつ、混ざってる自分ってなんなんだろう、と疑問を覚えていると、ドカドカという乱暴な足音が聞こえ、ばしっと扉が開く。
本人としては手加減しているつもりなのかもしれないが、勢いがなかなかよかったらしくて、扉は派手な音をたてて大きく開いた。
一斉に振り向けば、私だけがあ、と口を丸くあける。逆光を背負って室に入ってきた巨漢・・・ご老体の癖に本気でこの人ガタイいいよな、・・・と思わしめる宋太傳が、ぐるりと室内を見まわして私に視線を止めたとき、怪訝に眉を潜めた。
そのままズカズカと雄雄しく入ってくると、顎をしゃくってみせる。
「なんでこの餓鬼がいるんだ?」
「体調が悪そうだったから運んだまでよ。丁度近くじゃったからな」
「ほぅ。お前がか」
何か企んでるんじゃないのか、と言外に告げるかのように意味深に含めた宋太傳に、霄太師は気分を害したように、お前もか、と面倒そうな視線を投げる。
それにカカカ、と大きく笑って宋太傳は私の真向かいにどっかりと腰を降ろし、ちゃっかりと桃を、やはり手掴みで口に放り込んだ。
一口で食べ、何回か咀嚼をして嚥下する。太くしっかりとした喉がごくりと上下すると、宋太傳は口の片端をくぃ、と持ち上げてシニカルに笑った。
「日頃の行いだ。あー・・・だったか、お前」
「はい」
「あまりこいつを信用するなよ。狸だからな、この爺は」
「宋!殿に妙なことを吹き込むでないっ」
「いや、注意しておいたほうがいい。迂闊に信用すると危険じゃ、十分に注意するんじゃぞ」
「茶!!」
心外な!!と声を荒げる霄太師に、ニ人はくつくつと喉奥を震わせて笑う。
私はその会話に曖昧に笑顔を浮かべることしかできず、あはは、と乾いた笑い声をあげながら顔をそらした。・・・・・・・・・・・・・・・・・三師が揃っちまったよ・・・・!!
えーなにこの豪華面子ー。花はないけど豪華ー。いつぞやの庭先でのことを思い出しつつ、場違いだよなぁ、と私はドキドキしながら思っていた。いやだって、もう本当に、そろそろお暇したいな・・・!体調もすっかり回復したし、穢れも体に残っていない。
会話しているうちに倦怠感も消えうせて、行動するのに支障はなかった。それに、霄太師の部屋。これは本人が言っていた通りとても澄んだ空気だった。
神仙のいるところだと、なるほど納得というものである。それはさておき、どうやってこの場からお暇しようかなぁ、と三人揃えば姦しい、というわけではないがそれでも大人気なさが増した気のするご老人達を見つめて、こてん、と首を傾げた。
「三人とも、仲がよろしゅうございますね」
しみじみといえば、ピタリと言い争いを止めて、三人は三者三様に、酷い渋面で黙りこくってしまった。
その様子にくすり、と一つ笑い、口元を袖で隠す。あぁ、この人達は本当に、悪友そのもののようではないか。ただ、いずれそれが崩れてしまうのだと思い当たると、私はそっと瞳を細めて口を噤んだ。
なんとも言えない顔で新しく桃を剥いて切り分け、宋太傳はそのまま齧りつきながら、三人はぶつくさとこんな奴と、などとぼやいている。
これが欠ける日がくることを、知っていることが。ただただ、堪らない気持ちにさせた。
あぁ、やっぱりここにくるんじゃなかった。
少し辛くても、さっさと戻ればよかった。関わりあいになりたいなど、思ってなかったのに。
どうにもできない、否。しようとしない我が身が、少しだけ、ほんの少しだけ。
疎ましいと、思ってしまった。