透明な空に溶け落ちた、1月の前奏曲
肺に送り込む空気が針を飲み込んだかのように痛みを帯びる一月の某日。
元旦も三が日も過ぎて、初詣に来る人も減ってきた神社はあの目も回るような忙しさも為りを潜めて思わず欠伸が出るほどにのどかだ。
太陽は燦燦と神社の境内を照らしているけれど、時折ぴゅう、と吹く風は冷たく、肌を刺激する空気はひりひりと痛みを訴える。今日は文句の付けどころのない晴天だけれど、それだけで暖を取るには心許なかった。
家の中に入りたい。炬燵に入って蜜柑食べたい。テレビをみながらまったりしたい。ストーブにあたって漫画でも読みながらゴロゴロしてたい。神域にいるというのに願望丸出しでそう思いながら、竹箒を持ってざかざかと石畳の上に落ちた木の葉を掃き集めていく。
このアルバイト、いつまで続くのだろうか・・・。いや昔からお世話になってる神社だし、神主さんも結構高齢だし、そんな有名所の大きな神社ではなくて、地域密着型の小規模な神社だから(所謂土地神を祭ってる地元の神社って感じ?)別段掃除とかは苦ではないんだけれども、一番忙しい時期は過ぎたのに今だこき使われているのは何故なのか?
いやまぁ、私がずるずるとじゃぁこれで。というタイミングを逃したからなのだが。アルバイトといっても正規の、というよりもご近所のお手伝いに近いので、明確な区切りはあまりない。ちゃんとお給料は頂いているし、寒い以外に特に不満は無いので構わないのだが、いやでもやっぱり寒いのって辛いよね。暑いのも嫌だけど。
まぁ、でも、そろそろ潮時でもあるので、切り出してもよい頃合か。受験勉強ももう詰めに入る頃だし、他のアルバイトもこなさなくてはならない。つらつらと予定を頭の中で組み立てながら、集めきった枯れ葉をちりとりに放り込んでいくと、本殿とは別の自宅込みの事務所から、のっそりと青い袴をはいた神主が出てきた。対する私は赤い袴を穿いているのだけれど、最早あまり上がり切っていない足で砂利をざらざらと蹴りながらこちらに来る神主さんに、枯れ葉を取る為にかがめていた腰を戻して体を向き直らせた。
その姿が見えたのか、神主さんは目尻の垂れ下がった皺で目元を細くしながら、ニコニコと笑みを浮かべた。
「頑張ってるねぇ、ちゃん。ほら、手をおだし」
「・・・?」
竹箒の柄を掴んだまま、指先を擦ると神主さんは一層目尻の皺を深めて、突然にそう言い出す。疑問を顔に浮かべながら竹箒から片手を離して差し出すと、ころん、と二個。黄色い包装紙に包まれたキャンディーがころころと転がる。
「わぁ、ありがとうございます!」
「空気が乾燥しているからね。喉を痛めちゃいけないよ」
のど飴をぎゅっと握りこみ、顔を綻ばせると神主さんの目元が一層下がる。やっぱりこうも乾燥した空気だと、風邪も引きかねない。時期が時期だし、状況も状況だ。風邪などごめん被りたく、のど飴の存在は正直ありがたかった。
「今日は一層冷え込むからねぇ・・・。それから、すまないのだけど、本殿の中も掃除を頼んでもいいかな?」
「あぁ、それは構いませんよ。ここが終わったらすぐに」
「悪いねぇ。それが終わったら、温かいお汁粉を用意しているからね、一緒に食べよう」
「はい」
神主さんはいい人だ。わざわざ私の分までお汁粉を用意してくれるとは!神主さんの奥さんのお汁粉は甘すぎずほどよく塩気のあるとにかく絶品のお汁粉なのだ。
とりあえずレシピを教えてもらいたいところなのだが、味の匙加減が全て目分量というか長年の経験に基づくとかで、明確な分量などないから奥さんの味に中々到達しないのがここ最近の悔しいことである。マジで美味しいのにあのお汁粉!
申し訳なさそうにしながら、最後に私の頭を一撫でして背中を向けた神主さんに、これでも私今年から高校生(予定)なんですけど、と思いつつまぁいいか、と流すと飴玉を懐に仕舞いこみ、竹箒を再び握りなおすとはぁぁ、と白い息を吐き出した。