六花が全てを埋め尽くした、2月の譚詩曲



 2月はチョコレートの季節だ。甘くて美味しくて種類も豊富なチョコレートが数多く出回る時期で、一年の内でもっともチョコレート業界が賑わう季節。店頭に並ぶ新作のチョコレートも手作りお菓子キットも豊富に揃う中で、高価なチョコも美味しそうな生チョコも二百円とか三百円とかしちゃうチョコも無視して、百円均一で桜の花と「合格祈願!」と大々的にポップが飾られているチョコレートを購入して、封を切った。
 箱入りのそれのミシン目をぺりぺりと剥がし、ころころと転がる一粒を手にとって口に放り込む。普通に美味しい。舐め転がしながら、口内の温度でとろとろと溶けていくそれを嚥下し、パッケージをひっくり返せば吹き出しがあって、そこにメッセージを書き込もう!みたいなことが小さく書いてあった。あぁ、これ自分で購入するタイプのじゃなくて別の人間が応援ようにあげるチョコだったのか。まぁ結果は同じだ。どっちにしろ胃袋に入るんだし。
 その箱の封を閉じて鞄の中にチョコレートを押し込みながら、ぴゅう、と吹いた風に首を竦めてマフラーに鼻先まで埋まる。学校規定の丈を律儀に守っている制服のスカートからむき出しの膝小僧が冷たい外気に晒されて寒い。濃紺色の冬用に作られたスカートは夏用のそれよりも重くて、なのに少し強い風が吹けばぴらぴらと捲れ上がる。
 容赦なくスカートの中にまで入り込む風を恨めしく思いながら、ズボンが駄目ならせめてタイツぐらい許してくれればいいのになぁ、と白い靄を吐き出した。
 せめて素足の面積が減ればもうちょっとマシなんじゃないかと思うのに、校則では膝丈のスカート、そして黒タイツなどは禁止されていて、まぁ守ってない子もいるんだけど、それでも校則を破ったことによる後々の面倒を考えれば、やっぱり規定通りの格好に準じるわけで。
 雪さえもチラついて積り始めた町中を、束ねた髪を揺らしながら目的地までてくてくと歩いた。耳よりもやや下の位置で束ねた髪のせいで後ろがすーすーしてマフラーをしているといえどもなんだか寒々しい。というか出した耳が冷たい。前髪も目元にかからないようにピンで止めたまま、時折通る車の中に似たような年頃の制服を着た子供が乗っているのも見えて、目的地はどうあれ目的は一緒なんだろうなぁ、と思う。あ、胃が痛い。
 腹巻とカイロは常備しているが、外的要因ではなく内面的、つまり精神的にこれから行わなければならない苦行にキリキリと胃が痛んだ。うぅ・・・受験とかマジ滅びればいいのに。
 特に面接。面接試験とかもう本当この世から消えれば良いのに。学科も実技もそれはそれで嫌なのだが、しかし面接試験よりもマシだと胸を張って言える。
 しかも今から受けるところは早乙女学園という芸能専門学校で、正直実技とか学科よりも面接で全部決まるんじゃないかとか思ってしまう。いや勿論勉学も大切だし疎かにはしないのだろうけれど(おバカアイドルもいいと思うけど、知識があるのに越したことはないし)、しかしやっぱり芸能といえば人に見られるお仕事だ。私はアイドルコース志望ではないけれど、それにしたって、やっぱり芸能分野に入るのだから引きこもりでいいわけではないだろうし。まぁつまり、面接の比重って本当に大きい。

「・・まぁ、受かる気はしてないんだけどねぇ」

 冷たい空気を吸い込みながらぽつりと呟く。負け惜しみでも予防線でもなく、全くもってそういう気しか起こらないのだ。なにせ早乙女学園といえば倍率が200とかいう化け物学校。伝説のアイドルと名高いシャイニング早乙女が創立した馬鹿でかい学園で、入学試験の厳しさは他のどの学校よりも郡を抜いて厳しいと専らの話だ。
 熱狂的とまではいかないが、一般的にテレビを見ている人間なら誰しも知っている、といっても過言ではないほどにシャイニング早乙女といえば、過去のアイドルを語るにおいて欠かせないほどの人物なのだから、さもありなん。彼がこのアイドル時代の先駆けといっても可笑しくないほど凄いアイドルだったのだ、とは父親談である。
 まぁ、少なくとも何かしらの音楽番組を見てれば一回や二回はシャイニング早乙女を見ることはあるだろうし、過去の名曲、あるいはヒット曲として彼の楽曲が紹介されるのは「そろそろ飽きます」といえるぐらいの通過儀礼だ。
 私の学校の先生だって私に早乙女学園は無謀だといったぐらいだ。いや、学力的に無謀なのではなくて(多少厳しい面はあれども)、性格とか進路希望諸々含めての「無謀」なのだけれども。なんで今更そこなんだ?といわれて(なにせ当初は普通科とか情報処理とか、家政科とか?まぁそこらの極めて普通のほどほどに手が届く範囲の学校を希望していたのだ)遺言です、としか言いようが無かった。まぁ、音楽は好きだし、一応父親は作曲家であって多少なりとも経験はあったので、受けるだけ受けるって言うスタンスに、先生はあまりお勧めはしなかったが仕方なしとGOサインを出してくれた。
 身内に不幸がある以前からも親身になってくれていた先生だけに、ありがたいやら申し訳ないやらで・・・。まぁ、本来行く予定だった学校も受けているし、落ちても実は私にさほどのデメリットはない。一生に一度あるかないかの大博打、みたいなものだろう。本気でこの学校に受験にきている人たちには大層申し訳ないことを考えながら、けれどこんな思考の人間が受かるわけがないだろうと高を括っている。真剣である人間とほどほどの人間は、存外よく目に付くものだ。
 やったことのない分野に挑戦する不安と、ほんの少しの期待、でもそれ以上に平凡であればいいという願望を混ぜつつ、数多の学生が吸い込まれるように入っていく学校の・・・学校?と首を傾げそうな門扉を、やっぱり屈強な門番(門番?何故門番?)の横を通り踏み込んだ。
 ・・・・・・・・・・・・・・学校、なんだよ、ね?踏み入った校内は学校と呼ぶのも憚れるようなどこの中世ヨーロッパといえそうな校舎(・・・だよね?)そして右をみても左をみても決して行き止まりが見えない広大すぎる敷地。あれ、あの遠目に見える木々の群れは森か何かなのかな?ちょっと、いや、色々と、学校という概念を覆しかねない様相に、私は一度立ちどまり辺りを見渡し流れるように入門していく生徒たちを見やり、あぁここはやっぱり早乙女学園、というよりも学校なのか、と確認をとって、立ち止まる私をちらちらを横目で見ながらも通りすぎる生徒達に、肩身が狭くなりながら俯いて歩き出した。・・・何故、皆、この通常ではありえない学校の様相に動揺の一つもしていないんだ・・・!オープンキャンパスとかあったっけ?!あったのかもしれないな!私ここへの受験決めるの遅くて時期逃してたし!
 一度見てたらそりゃ耐性もできるか、と納得しながらも、いやこんな学校、どうやって建てたし、と金ぴかの銅像を見上げながら目を半眼に落とした。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・銅像?だよ、ね?ふと何気なしに見上げた銅像がまるで蝋人形のごとくリアルにシャイニング早乙女を模していて不気味だ、と思いながらまじまじと上から下までつぶさに観察し、首を捻った。本気で、生きた人間みたいにリアルだ・・・今にも呼吸を感じそうなそれに目を奪われつつも、はっとそれどころではない、と視線を外す。早く教室にいって落ち着かなければ・・・!あと寒いし!これだけ広いならきっと校内は冷暖房がしっかりしているはず!そんな期待をしながら、小走りに銅像の前を通り過ぎた。
 さすが芸能専門だけあって、ちらほら見える生徒は可愛かったりかっこよかったり綺麗な子が多い中を、逆に地味すぎて目立つといわんばかりの私は、それでも大衆に埋もれて認識されにくいように尽力していた。気配を殺す作業が得意なんで!
 それにしても、大抵は中学卒業して、という子が多いのもここの特色なのか、私とさして年齢は変わらないはずなのにキメキメメイクには何故かしょんぼりしてしまう。
 いや、綺麗だし可愛いんだよ。派手だし、似合ってないとは言わないけど、個人的に受験ってもっとこう、落ち着いてというか清潔感溢れるというか真面目なというか、まぁなんていうか、つまり、化粧とかご法度だし髪が染まっているのとかもイケナイことなんじゃないかという私の常識が覆されるというか。考え方が古いの?それともここが特殊なだけなん?個人的に、中学生にはまだ清純でいて欲しいんですよ・・。化粧とかまだいいじゃないか、素で可愛いじゃないかねぇ君達さぁ!スッピンって若い頃の特権だと思うのに・・・そんなバッチリされちゃうとなんだかお姉さん残念な気持ちになるよ。
 普通の学校ならまず見た目で減点されるような部分も、多分ここならそれもアイドル(または作曲家)になるには個性的でOKと言う感じなのだろう。何より目立たないとやっぱり駄目なんだろうし・・・あぁでもこの通常の受験風景ではあまりないだろう制服の着こなしや髪型やら見ちゃうと場違いにもほどがあるな私!
 いくら父の遺言だったとはいえ、やはり受験するんじゃなかったなぁ、と思いながら案内にそってやたらと広い講堂に集められ、長机の前に座り、学校指定の鞄を椅子の下に置いた。
 ・・・・・・・てか、本当に、馬鹿みたいに広いんですけど?いや元々あの門扉から入った時点というか入る前から「これ学校なの?」ってぐらいばかでかかったけれど(お城じゃないのこれ)、やっぱり中も相当広かった・・・。世界が違いすぎる・・・。
 とりあえず教室の壁にかかっている壁掛け時計で時間を確認しつつ、落ち着く為に学科の復習と面接の練習でも脳内シュミレートしておこうか、と椅子の下に置いた鞄からもそもそと教科書と単語帳を引っ張り出した。早く帰りたいな・・・・。