六花が全てを埋め尽くした、2月の譚詩曲
「やだ、あの人すっごくカッコイイ!」
「ねぇあれ、もしかしてHAYATOじゃない?」
「えぇ、まっさかー。HAYATOがなんでここを受験するのよ」
ひそひそ、ごそごそ。受験会場とは別の浮き足立った喧騒が聞こえながらも、それどころじゃない私は顔もあげすにひたすらに教科書と単語帳、要点を自分なりに絞ったノート、そして面接対策に悪戦苦闘だ。
むしろ教科書などを開いていない人たちはどれだけ自信があるのだろうか。それこそが信じられない。ここの倍率半端ないのに、周囲のイケメンに現を抜かしている暇があるのだろうか・・・。まぁ、それで落ちても自業自得。直前の悪足掻きだと腹を括っている人もいるだろうし、私個人にはなんら関係のないことなのでやはり意識は教科書に引いたマーカーに落ちていく。数学は苦手なんだよなぁ。この公式は、と。
そうこうしている内に、バタン、とドアが開く音が聞こえた。咄嗟に顔をあげれば、短い髪にぴっしりとスーツを着こなして、いささかきつい目元ながらも男臭く丹精な顔立ちのすらっと背の高い男性が教室に入ってきた。ざわぁ・・・!と周囲の反応が異常に大きくなる。私の真後ろに座っている男子が、「あれってまさか、日向龍也?!」と驚いていた。
・・・あぁ、アイドル俳優の日向龍也か。聞いたことがある。あと見覚えもある。聞こえてきた名前で記憶との合致を成功させて、わぁ、有名人、と感嘆の声を零す。テレビ越しでしか通常見られない芸能人が目の前にいるとかこれなんてサプライズ?というか、そういえばこの人ってシャイニング事務所所属だったな、確か。うん?しかしそれと今日向龍也がここにいることにどんな関係性が?ていうか仕事はどしたんこの人?首を捻りつつ、「マジで?」とか「うっそー!」とか興奮気味にざわめく周囲に、静かにした方がいいんじゃないかなぁ、とぼんやりと思考した。皆さん、ここ受験会場ですよ。今、受験の真っ最中ですよ。
それにしても、芸能学校だからといって、何故芸能人をここによこしたんだ。美形ばかりでなんか凄く居た堪れないよ。フツメンはいないのか。あ、隣にいた。いやでも目の前の教卓に立つ芸能人とかそこらで異彩を放つ一部に比べれば普通であって、もしかしら通常基準なら美形なのかも!
・・・・・・・駄目だ、私もそろそろ美意識がインフレを起こしているような気がしてならない。
無駄に美形な人間を見てきた経験から、人体の顔への評価が思った以上に高くなっているのかもしれないな・・・自分は平凡な顔してる癖に他人への評価が厳しいとかどんな痛い子だ。溜息混じりに、さすがにざわつき度が半端ない教室に教卓に立つ日向龍也・・・いやもう日向さんでいいや。は眉を寄せて、ばしっと冊子のようなものを教卓に叩き付けた。
さすがに受験空間ということと、教卓前にいる人物に注意が向かっていただけあって、その音は決して大きすぎるというわけでもないのに周囲を一瞬で静かにさせるだけの威力を放っていた。
まぁ、ついでにいえば眉間に皺を寄せた彼の顔が思った以上に迫力があって怖かったというのも理由にあるかもしれない。少なくとも優しい顔立ちをしていないだけに、睨まれると蛇に睨まれた蛙のようにびくついてしまう。・・・まぁ、眼光だけでいうなら他にも怖いのはたくさんいたから、そこまで縮こまることもないのだが、それでもやっぱりこうオーラというか雰囲気というか、ただものではない。
ピタッと口を閉ざした周囲に日向さんは満足そうに一つ頷いた。
「静かになったな。いいかお前等。ここは受験会場だ。そして今からお前等はここに受験する身だ。浮ついた気分だけならとっとと帰るんだな」
ぞんざいな口調で、厳しいことを言っているようだが、しかし内容に反論する余地はない。至極当たり前なことを、ちょっと乱暴に言っているだけだ。ここには受験をしにきているわけで、決して遊びにきたわけでもただ見学しにきたわけでもない。
もっともな言葉に、今まで何やら興奮していた周囲もはっとしたのか、顔を引き締めて口を引き結んだ。ちょっとそれ遅くないか?と思いながらも、口に出せるはずも無いので内心だけですませて、机の上に広げていた教科書やらを片付ける。
鞄に詰め込むと、もう。龍也ったら、と低い声なのにやたらとしなのある声が聞こえ、椅子の下に置いた鞄から顔をあげると、そこにはワイルド系美形の横に桃色の髪のこれまた美女がにこにこと笑顔で立っていた。わぁ、可愛い人だな。しかし待て。今彼女の容姿からは似つかわしくない低い声が聞こえなかったか?あとこの人も見たことあるな・・・名前なんだっけ?
再度周囲がどよ・・・っ!と戦いた気がしたが、先ほどの言葉に今度は誰も話し出す様子はない。それでもいくらかひそひそ声は聞こえたので、まぁそれぐらいは仕方ないのか、と並び立つ美男美女を遠目に眺めた。
「初っ端からそんな怖い顔して言わないの!皆びっくりしちゃってるじゃない」
「社会の常識を説いただけだろうが。・・・いいから、さっさと始めるぞ。無駄な時間なんて一つもないんだからな」
「それもそうね。はぁい、みんな。これから受験の注意点とタイムスケジュールをまとめた冊子を渡すから、ちゃんと読んで試験に挑んでね!」
・・・・声、やっぱり低いよぉ。顔と声のギャップにカルチャーショックを覚えながら、詐欺だ、と内心でさめざめと泣いた。あ、あんなに可愛いのに、何故声だけが・・・!
なにやら言い知れないショックと戦っていると、上からふと聞き覚えのある声が降ってきて、咄嗟に俯いていた顔をあげた。
「・・・どうかしたのか?」
「え?・・・あ、なんでもないです。すみません、ありがとうございます」
・・・・あれ。なんか聞いたことがあるな・・・?かっこいいというよりも綺麗が似合う繊細な顔立ちに雪のように白い肌が何故か艶かしい。とりあえず、横にいる子や斜め前にいる子よりもその顔立ちは秀麗だ。それでも声の低さや顔立ちそのものは女性というよりもやはり男性で、綺麗系の男子だなぁ、とちらと顔をみながらも、こちらに半身を回した状態で差し出している冊子を受け取って、軽く頭を下げた。
男の子はそうか、と一つ頷いて前を向いてしまい、私は改めて冊子を後ろの席の子に回しながら、前に向き直ると広い背中と彼の青色のさらさらとした髪を眺めた。・・・髪、青、なんだ・・・。さらさらとまるで音が出そうなほどキューティクルな髪質よりもその髪色に戦く。
青とか人としてありえないだろ・・・!いや目の前の男の娘であるあの人も桃色の髪の時点でありえねぇよ!と突っ込むべきだが、それ以上に顔と声のギャップに泣きそうだったのでスルーしておく。でも髪が青とか!青とかなんだよ!!
・・・・・・・・てかこの学校、要所要所でやたら髪の色が目立つ人間がいるよな・・・。人体的にありえない髪色になにやら一抹の不安を覚えつつも、白い冊子をぱらりと捲ると、ガチャ、バン!と静かになった教室に再び戸の開く音がして反射的に顔をあげた。
「す、すみません・・・っ。お、遅れました・・・!」
男の娘な彼の髪色よりはいくらか濃い目で落ち着いた桃色の髪。サーモンピンクって感じだろうか?独特の金色の双眸に、額に浮かせた汗で前髪を張り付かせながら、息を切らして肩を上下させている少女がドアを開けっ放しのまま、しん・・・と静まり返った教室に顔を青褪めさせて俯いた。
いや、うん。確かに居た堪れない。まだ試験開始前とはいえ、すでに説明が始まったところだ。ざわめきが残る頃ならともかく静まり返った教室に飛び込むことは、誰だって緊張と恐怖を覚えるものだろう。居た堪れないのも仕方ない。決して活発な印象を与えない、恐らくは内気な傾向のある少女には酷な状況だ。なんというか、うん。可哀想に。
ぎゅう、と鞄を両手で抱えて俯く少女にざわざわと教室内がざわめき始めた頃、なんだかその姿を凝視しているのも居た堪れなくなって、幸いにも窓際であったがために視線を少女から離して窓の外をみる。私一人の視線が外れたところでなんの意味はなくとも、少なくとも私自身の気持ちは収まる。まぁ、試験はまだ始まってないし、そのうち空いている席にでも座って何事もなく始まるに違いないだろう、とぼんやりと窓の外を見ていると、丁度校門から続く真正面の広場に、あのやたらとリアルな銅像が見えて不意に視線が止まった。
・・・・・・・・・やっぱり目立つなぁ、あの銅像。銅像の旋毛を見下ろしながら、キラキラと太陽を反射する姿に目を細めると、ふとあの銅像が動いた気がして目を見張った。
え?あれ?今、あの銅像、動いて・・・・・。思わず身を乗り出しそうになった刹那、銅像がぐるん、と上を向いた。
「ひぃっ・・・!」
満面の笑みで上を見上げる銅像。金ぴかの超リアルなそれが真っ直ぐにこちら、いやこの教室を見上げている。恐怖だ。恐怖以外の何者でもない。咄嗟に窓から遠ざかるように仰け反り引き攣った声をあげると、そんな私に気がついたのか、前と後ろから視線が寄せられ・・・いやいやいやいやいや!!!それどころじゃねぇ!!!
銅像が、銅像が!!今こっちみ・・・・!
『ハーッハッハッハッハッハ!さぁミナサーン!試験の始まりデース!!!』
私が動揺にぱくぱくと口を開閉している最中、今度は頭上から大音量の声が聞こえてびくう!と肩を跳ねさせた。今度はなに?!ていうか若本さんだと?!何が起こった!そしてあの銅像走り去って行ったぞ?!なんだったんだ!!!意味は!?意味はなかったの!??
「シャイニー!?」
「・・・またか・・・」
ざわざわと突然の放送に動揺が隠せない周囲を知ってか知らずか、姿無き声の主はなんだかこっちがついていけないぐらいのテンションの高さでスピーカーから声を響かせた。
『イエース!今ワタシはビビビーン!ときましたよ!まずはそちらの窓際の列から面接デース!』
「おいおい、一応受験番号順に試験をする予定なんだが・・というか、面接の前に学科が、」
『Nonnon!学科なんて必要アリマセーン!全ては面接から始まるのデース!』
わぁ、なんて暴君☆きっと、無駄ににこやか且つ横柄な笑顔を浮かべているのだろう、と容易に想像ができそうな声色に、、日向龍也はハアアァァ、とそれはそれは重たい溜息を吐いて、頭を抱えながらもう好きにしてくれ、と小さくぼやいた。そこはもっと抵抗するべきじゃないのか、ちょっと。というかいまさらだけど、もしかして、日向龍也が試験管なの?え?どゆこと?
「・・・と、いうわけだ。こうなったらその冊子は用済みだ。そこの窓際一列から、面接場所に案内するからついてこい」
「シャイニーが出てきちゃねぇ」
ハーッハッハッハッハ!という笑い声をBGMに、プツンと途切れた放送に自然周りの口がポカンとあく。まるで、台風のような出来事だった。というか、なんだあの教師の慣れようは。これ、日常茶飯事なのか、もしかして。この学園長の気分次第で全部変わるんだぜ☆みたいなノリが許されて良いのか?!・・・・・いや、散々体験してきたことではあるけれども。
というか窓際一列って、今私がいる列から面接なの?え、ちょっと早い、早いよ待って心の準備が!!おろおろと一人(あの銅像を見た時点で落ち着きはほぼない)慌てながら、日向先生に促されるまま立ち上がる周りに流されて、自分も席を立つ。
あ、遅刻してきた女の子、さっきの放送ですっかり忘れられてる・・・。とりあえず今のうちに席についてたほうがいいんじゃないかな、と思いつつ、一体今の流れはなんだったんだ・・・と私は出た廊下の広さに眩暈を覚えながら、一つ、溜息を零した。
どうしよう・・・今切実にこの学校落ちたいって思った・・・。