舞い散る桜の奥に鼓動を感じた、4月の協奏曲
咲いた桜がはらはらと散る。盛りを過ぎた桜は青々とした葉っぱも覗かせながら、白に近い薄紅の花弁を風に乗せて飛ばしていた。その下を歩きながら、制服の肩についた花弁をそっと払い落とす。その時落とした視線の先では、アスファルトに落ちた花弁が踏みつけられてなんとも悲しい有様になっていたが、落ちていく分にはくるくるひらひらと見ていて楽しい。
あぁ、なんか懐かしいなぁ、と思わず目を細めながら、同じような制服を身につけた生徒が通る中を、のんびりと鞄を抱えて歩いていく。迎え入れてくれる校門は最早校門と呼びたくないほどに相変わらず豪華絢爛だったが、これ、傍から見たら芸能専門学校というよりも金持ちのボンボン学校だよね、と思いを馳せた。
漫画とか小説とかにありそうな、非現実的なお嬢様お坊ちゃまが通うような私立の金持ち学校のようでありながら、中身は専門学校だなんてすごいギャップだ。やっぱりすごい場違いな気がする、色々と。
すでに入学の意思を固め、式とてもうすぐ始まるというのに、今更うだうだと考えるのは本当にしつこいというか鬱陶しい、と私の思考回路を知っている人がいれば思うようなことだが、いやそれでも、本当に学園生活に夢と希望が持てないのだ。だって作曲、作曲だよ?
一応身近にはあった。この世界に生れ落ちてから、ではあるが、身近なものとしてあったのは確かだ。基本的なことはわかるし、できないことはない。だがしかしそれを本格的に取り組もうなんて考えたこともなかったし、というか作曲家になろうなんて考えたこともなかったし。
私は、あくまで、父の手助けができれば、それだけで。
「・・・・・・・・・あーもう。本当、私うざい」
いつまでもいつまでも、言い訳のように引きずる自分が嫌いだ。逃げ道を探して立ち向かうこともしない自分が嫌で仕方ないのに、長年かけて染み付いたものはちょっとやそっとのことでは抜けやしない。・・・いっそ、ここまで突飛な世界に飛び込むことは、私にとっていい薬になるのかもしれないな、とざわざわと集まる人垣に足を止めた。
「新入生諸君!各自のクラスはここのボードに張ってあるから、各自目を通しておくようにー。入学式を終えたらそれぞれのクラスに移動して、今後の説明があるからなー」
あ、そこは普通なんだ。合格発表があの発表だっただけに、こういうことも奇抜なことをしでかすのかと思ったが、存外普通であったことに安堵すればいいのか違和感を感じればいいのか・・・いや、違和感を覚えちゃだめだろ。すでにあの規格外な学園長に毒されている自分に戦きながら、事務員?だろうか。用務員かもしれない。とりあえず学校関係者であろう男性の指示に従い、ぞろぞろと集まる生徒の波の中で、私は後方で立ち尽くしながらこの中に分け入るのは中々労力を使うな、と溜息を吐いた。
しかし、分け入らなければクラスボードを見ることは叶わない。もうちょっと背があればなんとか見えないこともなさそうだが、生憎と私の背は・・・まぁ、平均値よりも低いので、黒山の人だかりの後ろではちぃっとも見えやしない。
隙間を縫って前に行くしかないな、と腹を括ると、不意に複数の黄色い声が聞こえて、ぴたり、と足を止めた。・・・ん?
「ねぇレンー。今日さ、授業午前中だけだし、デートしようよぉ」
「あ、ずるい、抜け駆けよ!ねぇレン、私とデートしよーよ。ね?いいでしょ?」
「困ったな・・・愛らしい子羊ちゃんたちのお願いは全部叶えてあげたいんだが、生憎と俺の体は一つしかなくってね。今日は皆でデート、じゃ駄目かい?」
「もう、レンったら!」
・・・なんだろう、あの集団は。きゃぴきゃぴとした美女と美少女軍団に囲まれながら、入学式だというのにすでに着崩すにも程があるほどに制服を着崩した状態で悠然とクラスボードに近づく男子生徒に目を丸くしてポカンと立ち尽くす。すっごいキラキラしてるなぁ、とか、まぁ美形、とか、いやその台詞を素面でいうのかこの現代日本で、とか。ぐるぐるとした思考は一瞬で駆け巡り、異様といえば異様な集団に、さすがの黒山の人だかりもざざっと道をあけていくのは圧巻だった。しかし、まぁ、なんというか、うん。
「・・・・・嫌だなぁ・・」
ぼそり、と呟いて思わず顔を顰める。いや、別にハーレム形成しているのが嫌だとかチャラ男死滅しろとかじゃなくて、もっと個人的な感情で、つまり。
「お約束キャラみたいなのほんとやめて欲しい・・・」
まるで漫画やゲームキャラのように存在感を醸し出すそれが、個人的に怖くて仕方ない。というか、作り話でもなければあんな人間いるはずがないだろうっていうのが、目の前に存在することが不安だ。女性に囲まれるだけならまだしも、なんだ「子羊ちゃん」って。たらしか。たらしな性格なのか。たらしにしても普通「子羊ちゃん」なんて言わないよ。某朱雀コンビを思い出すじゃないか・・・!なんのフラグなんだ、本当に。というか、ここは、なんの世界なんだ?
周囲の男子生徒の痛い視線もものともせず、女子生徒を侍らせクラスボードを見ている男子生徒に、これは絶対に関わったらいけない部類の人間だ、と確信を強めて視線を逸らした。
こんな作りこまれたようなありえないキャラ、絶対に接触しちゃいけない。したら最後、何かに巻き込まれることは必至だろう。いやーな予感を覚えつつも、接触をしないためにはクラス分けは大事だ、と意気込んで丁度あの集団のおかげで人並もはけた所だし、便乗していそいそとクラスボードの前に立った。近くになったので必然的に彼らの声が聞こえてくるわけだが、気にしなければ気にされないと思うので、必至に自分の名前を探すことに集中する。生徒数多すぎるんだよ・・・!
「Sクラス、か・・・まぁ妥当なところかな」
「すっごぉいレン!Sクラスって超優秀な生徒しか入れないクラスだよぉ!」
「さすがレンね。尊敬しちゃう」
「ありがとう、レディ達」
ウインクでも飛ばしてそうな雰囲気だな、と彼の台詞のあときゃぁ、と一層盛り上がったので多分想像に間違いはない、と思いつつもあくまで視線はクラスボードだ。あの集団に視線を向けては絶対ならない。まぁ、私は彼の周囲にいる女子生徒に埋もれて多分見えないとは思うんだけど・・・それはともかく。奴はSクラスか!!なるほど、じゃぁ私とは違うクラスだな!
とりあえず最初からSなど眼中にもいれてないので(彼女たちがいうように、あそこは成績優秀者が入れるクラスであって、私が入ることはほぼないだろう。他を見てなかったら一応確認するようにはするが)、私は一つ肩の荷が下りたような気持ちで、ゆっくりと視線を上から下まで走らせる。A・・・は、なし。えーと、次・・・・・・あ、あった。
「Bクラスか・・先生誰だろうな」
できれば担任はあんまり癖が強くないと良い。ひとまず見つけた自分の名前にほっとしつつ、急いで踵を返した。ゆるゆると女子生徒と会話を楽しんでいる男から気持ち距離を取りつつ、足早にその場を移動する。
入学式まではまだまだ時間はあるが、それでもあの空間に長いこといるのは耐えられない。色々と目の毒だ、あの集団。気持ち的に引いちゃうし、言ってることが甘い上に、本当に、誰かさん達を思い出して仕方ないのだ。生温い目で見てしまう気がする、確実に。
しかも、声が。声が、なんだかとても耳に残って。駆け足でその場を去り、入学式会場を目指しながら、そっと耳の周りを指で辿り、きゅっと唇を噛んだ。
「・・・・知らない、世界だもの」
駆け足だった足を、ゆるゆるとスピードを緩めて立ち止まりながら、耳を塞ぐように手で覆った。知らない、世界のはずだ。もしも、この世界がどこかで作られた、世界なのだとしても。私は、知らない、世界だから。
「関係、ないよ」
戦もない。武器もない。命の危険のない平和な世界。多少奇抜なことがあれど、それはきっとどうとでも流せることで。大丈夫。私は知らないし、特別であるはずもない。
目立つ人間には近づかなければいい。知ろうとしなければいい。普通でいればいい。なにもしなくていいのだ。ただ、いつものように過ごしていれば、誰かの目に留まることなんてあるわけがなくて。だって、私は、普通の、人間なんだもの。卑屈で、臆病で、面倒くさがりで、事なかれ主義の。
「普通、なんだから」
だから、別に、気にする必要なんて、何もないんだから。ふぅ、と溜息を吐いて、無意識に閉じていた目をあける。広がる世界は私が今生きている世界で、これからを過ごす学校で、何かに脅かされることの無い世界。賑やかな学園の生徒。この中にはクラスメイトもいるだろう。他のクラスだとしても関わる相手もいるかもしれない。特殊といえば特殊な学校ではあっても、けれどここはただの学校なのだ。そう思うとさきほどまで抱えていた不安がなんだかとてもちっぽけなことのように思えて、微苦笑を零すとゆっくりと歩み始めた。
まぁ正直、入学式本番でそんな悩みなんて吹っ飛びましたけどね☆(学園長・・・)