舞い散る桜の奥に鼓動を感じた、4月の協奏曲



 早乙女学園は、色々と規格外だ。そもそも入学式を外でするとか、初めての経験である。学園内の一角で、朝礼台どころかなんのライブステージ、というようなセットと共にずらっと並んだ椅子の波。それだけでまず生徒数が半端無いこともわかるし、なるほど中で収まらないわけだ、という納得もできる。いやだがしかしなんだあのステージは。
 派手なそれに思わず目を半眼にしながら、さながらアイドルの野外ライブ会場だな、と行ったことも無いそれを思い描きつつ、言われるがままに一応クラス別になっているらしい席に座らされる。順番は来た順番に適当に座ればいいらしい。そもそも新入生入場、とかそういうことはしないのだな、と普通の入学式とは違う手順に戸惑いながらも、言われるままにブロック別になっている席に腰を落ち着け、ふぅ、と肩から力を抜いた。
 ぎし、と椅子の背もたれに背中を預けて、首を後ろに仰け反らせつつ空を見上げる。抜けるような青空にぽっかりと浮かぶ雲を見上げながら、日射病にならなければいいが、と少しの心配を浮かべて、仰け反っていた首を元に戻すと袖を軽く捲って腕時計を確認した。
 式の開始が10時からだったから、残り時間はあと二十分、か。思いのほか長かった。
 これならちょっと学園内をぶらついていた方がよかったかもしれない、と思ったが、ここは異常なほど広いことを思い出して即座にその案は掻き消した。
 下手したら迷ってここに辿り着けなくなるかもしれない。そんな目にはあいたくないので、結局はこうやって式の始まりを待っているほうが性に合っているのだ、と自分を納得させて袖の位置を直した。どうせだから、人間観察でもしておくか。
 ちらほらと見える生徒や学園関係者(なんか小さいけど、スタンドマイクの前に立っているのって日向先生じゃなかろうか)をぼんやりと眺めながら、早く入学式始まればいいのに、とふぅ、と溜息を零した。





 どうしよう・・・学園長(忍術学園)と同類臭が半端ないんですけど・・・。
 学園の屋根から頭一つは特出しているような高い塔の上から飛び降りた早乙女学園長の、奇抜という言葉では生温いほど奇抜な(あれはなんだろう・・・魔法使い、か?)衣装と行動に、目立ちたがりで構われたがりで傍迷惑この上ない某学園長を思い出して溜息を吐いた。
 なんか、行動がちょっと似てる。まさしく早乙女ワールド、といった感じだ。大きな杖を振り振り、ワイヤーに吊るされたまま器用に空中でくるくると回り、ステージ上で「どうしよう・・・!」とおろおろしている司会者がいっそ憐れだ。思わず学園長よりも司会者に視線を向け、可哀想に、と心の底から同情した。いるよね、人の都合とか予定とか丸々無視して好き勝手にしちゃう人間って。そして苦労するのは常識人なのだと思うと、ほろりと涙が零れそうだった。
 そうこうしている内にフリーダムな学園長は、とう!っと言いながらくるくると回転し、ど派手な紫色をした衣装を脱ぎ捨てるとスーツ姿でステージに立った。どうやって脱いだ。回転しながらどうやって脱いだんだ。あれだね、学園長はきっと素で戦隊物の変身シーンとか特殊効果なしできるタイプだね。すげぇよ学園長。
 そして流れる軽快なミュージック。スタンドマイクのパフォーマンスとバックの電光掲示板は色鮮やかに、ちょっと酔うかも、というぐらいの明るさと色彩で周囲を盛り上げ、さながら生ライブを見ているかのような光景に、さらに周囲がポカンとなる。
 ちょ、学園長、周囲が全然ついていけてませんよ!賑やかを通り越して騒々しいとまでいえそうな学園長の式辞・・・式辞?えぇと、まぁ、とりあえず、ありがたいのかは不明だがお言葉を賜り、呆気に取られる周囲を尻目に歌とダンスを終えると(さすが元伝説のアイドル。上手いな)、丁度終了のタイミングでどーん!と一際大きな爆発と共に彼は再び空中へと飛んだ。爆発音に思わずひゃっと身を竦ませ、ひらひらくるくると舞う紙ふぶきに目を丸くする。
 いやいやどこに行かれるので?!思わず大多数の生徒に習い、空を飛んだ学園長を追いかければ、高笑いをしながら空中歩行で会場から去っていく。ひらひらと爆発と共に舞い散った色とりどりの紙ふぶきと、いくらかの花弁が青い空と重なって学園長の逃亡を何か芸術的なものに変えていた。・・・・・・・疑問なのだが、どこからワイヤーを吊るしているので?
 去っていく背中を追いかけながら、つぅ、と視線を更に上に向けてみれば、バラバラバラ、とプロペラを回すヘリコプターの姿が見えて、まさかあそこから?!と驚愕に目を見開いた。いや、危ない!危ないよ学園長!あの人ならこの程度の高さから落ちても大丈夫な気はするけどでも危ないよ!あとヘリ操縦してる人もすごい怖いよね!

「さすがシャイニング早乙女・・・すごい人だ・・・」
「き、奇抜だな」

 横に座っている男子生徒が、呆然と去っていく学園長を見送りながら言っていたが、あれは最早奇抜とかいう云々の問題じゃないような気が。
 ざわざわと興奮の冷め遣らない会場で、司会者が静かに!とか次は~とか必至に次のプログラムに移ろうとしているのだが、誰も聞いちゃいない。というか、こんな後ではどう足掻いても最早式にならないだろう。彼が登場した時点で終了してしまったのだ。どうせなら学園長の式辞など一番最後にすればよかったのに。ここまで盛り上がって、次に行われるだろうつまらない内容に誰が注意を向けられるというのか。
 いい加減去っていった学園長を追いかけるのも疲れて、上半身ごと捻っていた体を元に戻し、スタンドマイクの上で影を背負う司会者を見やる。・・・明らかに、順番ミスだとしかいいようがなかった。ざわつく会場を尻目に、ステージ上に幾人か上がり、急遽打ち合わせが行われている。あ、日向先生と月宮先生もいる。寄り集まって、多分このあとどうするか話し合っているのだろうなぁ、と思いながらぼんやりと彼らを見つめていると、やがて話がまとまったのか、日向先生は額に手をあてて溜息を落とし、月宮先生はけらけらと笑っていた。
 ・・・なんとなく、この後の予想がついた気がする。日向先生が司会者からマイクを受け取り、月宮先生はステージ上に集まったスタッフ?を引き連れて袖に戻っていく。
 そしてぽんぽん、とマイクを手で叩くと、その音が会場に反響して、少しだけざわつきが収まったように思った。

「以上で、入学式は終了する。各自、指示に従い自分のクラスに行くように。無駄口は叩くんじゃねぇぞ」

 ぶっきらぼうに、マイクを通して拡声された声が澱みなく全体に行き渡る。司会者の声など誰の耳にも届かなかったのに、どうして彼の声だけはこんなにも誰かの耳に届くのか。
 こういうのが、惹きつけられてやまない声、とでもいうのかもしれない。ほぅ、とうっとりした様子で女生徒がステージ上の日向先生を眺めていたが、僅かに染まった頬がなんとも可愛らしいと思う。憧れの先生って、似合いそうだよね。日向先生。
 自然、日向先生の言葉に従うように周りも静かになり、やがて指示されるままにガタガタと椅子を鳴らす音が聞こえ始める。私も周囲に逆らわないよう、椅子から立ちながら、結局、と小首を傾げた。

「式は途中で終わるのか」

 まぁ、この状況で続けてもなんの意味もなさそうだから、それはそれでいいんだけど。来年からは、是非とも学園長は最後に出すべきだと思う。というか、今までの入学式はどうやってたんだ。小さな疑問を覚えつつ、ぞろぞろと歩き出す周囲に紛れながら、無駄に煌びやかな校舎へと足を進めた。