舞い散る桜の奥に鼓動を感じた、4月の協奏曲
・・・・・・一人部屋を喜べばいいのか、寂しがればいいのやら。
建物の設計都合上、いくらかの歪さを見せる部屋は二人を治めるにはちょっと狭く、しかし一人で使うにはいささか広いような気もする、というなんとも中途半端な広さで廊下の端っこに存在しており、私の部屋はなんの因果かそこに決まっていた。
相部屋というのもいささか人見知りの気のある自分にしてみれば結構きついものがあるが、かといって相方誰だろうーと少しばかりしていた期待を裏切られた衝撃も中々だ。
嫌じゃない、けどなんだか拍子抜け。しかも位置の都合上か、隣室とちょっと離れてぽつんとあり、隣は物置とかそんな部屋で、下手すればこの部屋自体気づかれない可能性がある。なんだこれ孤島か。私一人離れ小島なのか、とちょっぴり切ない気持ちになったのはあえて目を瞑ろうかと思ったが、やっぱりちょっと切なくて眉を下げた。
すでに部屋の中に持ち運ばれているダンボールにつけられている自分の名前と部屋番号を確認しながら(別の人のが混ざってたりしたら大変だ)自宅の自分の部屋よりも広い室内を見渡して、気を取りなおすように、気楽でいいじゃないか、と一人頷いたのだった。
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中身が空になったダンボールを潰して重ねながら、ビニール紐できっちりと縛り上げる。
ダンボールも重ねると重みが半端無いので、自分で持ち運びができる程度に調整はしながら、フローリングにぺたりと座り込んでふぅ、と息を吐いた。
見渡す部屋には備え付けのベッドと、シンプルな物置棚とテレビ。それと持ち込んだテーブルと本棚が並んで、奥の方には小型の冷蔵庫と簡易キッチンに、食器棚があった。
それから寮には大浴場も実はあったりするのだが、一応部屋にも小さいがシャワールームは完備されていたりする。そこらのアパートよりもよほど豪華だ、と思いながらまだ中身の片付けが終わっていないダンボールのガムテープにカッターナイフで切れ込みをいれた。びりっばりっと半ば力任せにダンボールを開封しながら、新聞紙に包まれた食器を取り出してキッチンへと向かう。一人分の食器にさほど量があるはずもなく、簡単に収まったそれに、次は鍋やらまな板やら包丁やらをキッチン台の下の収納スペースに収めて、やはりこれもそんなに大きなものを用意する必要がないから簡単に収まった。
さすがに洗濯機までは完備されていないので、確か一回に共有の洗濯スペースがあったと思う。干し場は各自の部屋でも、共通の干し場でも構わないそうだが、多分皆各自の部屋で干すようになるだろう。ベランダもあることだし。学園内の寮なのだから、盗難やら変質者に狙われるだとかいう心配もないに違いない。
普通に一人暮らしをするよりよっぽどセキュリティ面では信用できていいよな、と考えながら着実に物を部屋に仕舞いこみ、元々さほど多くの荷物を持ってきていなかった部屋は割りと早めに片付いた。
いくつかある中身が空になったダンボールが部屋の中で場所をとっていたが、これは後日然るべき場所に出せば処分してくれるそうなのでそれまでは部屋の隅にでもたてかけて放置だろう。
ほどよい疲労感に曲げていた腰を伸ばして、壁際に設置されているベッドにぼふっとダイブする。ぎしぎしっとマットレスが私の全体重を受け止めてしなやかに弾みつつ悲鳴をあげていたが、気にもせずに持参したシーツに覆われたマットレスに顔を埋めた。
「つっかれたー」
シーツに顔を埋めながら、ごろごろと頬をすり寄せて今日一日を反芻しながら心の底から溜息を吐いてぐったりと四肢を投げ出した。あぁ、もう本当・・・入学初っ端だというのに濃い一日だった。主に学園長が濃いだけだったのだが、全体的に豪華すぎる学園だとか近寄ってはいけなさそうな人物の発見だとか、細々としたことに思ったよりも体力を奪われたらしく、起き上がる気力がなんだか湧かない。
このまま寝てしまおうかと思ったが、まだ寝るには早い時間だし、夕飯だって食べてない。明日からの授業の準備だってあるし、お風呂だって入りたい。
やることはまだまだあって、それでも今はこうしてごろごろとだらけていたい気分だった。
しばらくそうしてうつ伏せのままでいたが、いい加減ごろりと体を仰向けに直して、白い天井を見上げて額の上に手を置く。
「・・・やってけるのかなぁ」
それが、不安だ。入学して初めて現実を間近に見せ付けられて、ここで自分がやっていけるのかどうかが不安で堪らない。学園長の奇行とか云々はこの際目を瞑るにしても、果たして私に本当に作曲などということができるのかどうか。
自己紹介のときに聞いたアイドルコースの皆はやっぱり歌が上手かったし、得意楽器なんかもあったりして結構個性的だ。彼らの満足がいくようなものが作れるのだろうか。
別に私は卒業オーディションなど受かる気はないのだけれど、パートナーを組むとなれば話は別だ。真剣に取り組まなければ相手の夢を潰してしまう。
いや真剣に取り組んでも駄目な気もするが、投げやりの行動と真摯な行動は別物だ。
ていうか、アイドルコースとパートナーを組んで授業をこなすとか・・・。いや、そりゃ作曲家とアイドルだし?確かにそれが一番効率的だし実力を磨くにもいいのだろうけれど、なんてか、予想外。しかも目指すは卒業オーディションとかいうものでそこで合格すればデビューも夢じゃないとか・・・あぁもう、スケールが違いすぎて追いつけないよ。
「色んな人間と組んで、最良のパートナーを見つけろ、ねぇ・・・」
それ、中々難しいと思うんだけども。今日の説明にあったことを反復しながら、今度はごろりと体を横に倒した。くしゃくしゃとシーツに皺が寄ったが、気にすることでもないのでうーん、と低く声を出す。
「・・・相性のいい相手がいるかなぁ」
いや本当、なんだか自分にとって別次元の話のように思えて、現実味を帯びない。明日になればまた変わるのだろうけれど、うーん・・自分が誰かの為に作曲しているところが想像しにくいというか、なんというか。超違和感?ごろごろとその違和感を表すようにベッドの上を転がりながら、掛け布団を掻き集めてぐしゃぐしゃに抱き込む。そうしてしばらくうんうんと唸っていたが、自分の行動があまりに子供染みていることに思い当たり、いい年してなにやってんだ、と渋々掛け布団を開放した。・・・寝る前だってのに、ベッドの上がぐっしゃぐしゃだよ。
あーあ、と自分でやったことながら、思わず溜息を吐いてもそりと起き上がる。そろそろ夕飯の準備をしなければ。食堂に行ってもいいが、どうせ人も多いだろうし、あのごったがえすような空間には長いこといたいとは思わない。・・・明日の朝食も用意しなければならないし、購買に行こうか。確かこの学園内の購買部は最早学校規模の購買ではないと聞いた気がする。(情報源クラスメイト)どんなところなのか、最早不安を通り越して興味しかないわ!というわけで、乱れた衣服を整えて財布を片手に意気揚々と部屋を出た。地図はちゃんと持参しておりますとも!
地図で順路の確認を行いつつ、広い寮の長い廊下をてくてくと歩く。ちなみに男子寮と女子寮はきっちりと別棟に別れているので、当たり前のことだがこの廊下には女子生徒しかいない。きゃぴきゃぴした若い子の横をすり抜けつつ、辿り着いた購買は・・・・・・・まぁ、うん。この学園だし。最早それで全て納得できてしまいそうな規模のそれは最早購買というよりもコンビニ、いやスーパーといっても過言ではない気がした。
だから、規模が、無駄に、でかい!・・・・・・・・・・便利だけども。色々と物申したい気はしているのに、正直夕飯の買出しさえもできそうなその品揃えには心揺さぶられた。
わざわざ買い物に校門外に出なくてもいいのか・・・ここで全部事が済むのか・・・便利だな・・・。というか何故ここまで揃えたんだ。購買にどこまでの利便性を求めたんだ。
いっそここまでくるなら敷地内にショッピングモールでも作っちまえよ、とか思いながら、入り口近くにある籠を手にとって店内をぶらぶらと回ることにした。
普通の購買にあるような文房具から、惣菜パンや普通の食パン、フランスパンから菓子パンまで様々だ。何故かやたらでかでかと主張しているメロンパン(サオトメロンパン・・・?早乙女とかけてんのか)のポップが目にとまったので、少し考えて手にとって籠の中にいれる。明日の朝食にしよーっと。
それから野菜コーナー、精肉コーナー、冷凍食品やらとマジでただのスーパーのようにしか思えないそれらから財布の中身と相談をしつつ、献立も模索しながら籠の中にいれていく。調味料の棚に通りかかったところで、おぉ、と思わず色めき立った。
「食べるオリーブオイル・・・!」
え、ちょっとマジっすか!思わず目を輝かせてその瓶を手に取ると、まじまじと見つめてまさかこんなところで出会えるとは!と口元を綻ばせた。近所にも中々無くて、ちょっと遠出しないと見つからないこれは最近の個人的ヒット商品だ。マイブーム、ともいう。
瓶の中に薄っすらと色がついたオリーブオイルと底に沈殿しているたくさんの具材がたぷりと揺れる。感覚でいえば食べるラー油と同系統のそれだが、個人的にはオリーブオイルのほうが好きで、なのに買える場所が近所にはないから気軽に購入もできない。だというのにまさかこんなところで出会えるとは・・・!早乙女学園購買部、侮りがたし!
「フランスパンあったよねー。うふふ、買って帰ろうっと」
とりあえず迷わず購入だ。またこれと焼いたフランスパンの相性ったらないのだ。オリーブオイルなんだから当たり前の話だが、それでもこんがり焼けたパンとオリーブオイルの組み合わせはある種最強といってもいい。思わぬ収穫にうはうはとテンションをあげながら会計をすませ、足取りも軽く寮へと戻る。いやー、今日の疲れも吹っ飛ぶようなテンションだね!安上がり?なんとでもいえ!食は世界を救うのだ!
うきうきとしたテンションのまま、私は自分の部屋の扉を、勢い良く開け放った。
刹那、にゃあ、という鳴き声が聞こえたことは、何かの間違いなのではないかと思ったのだけれど。