舞い散る桜の奥に鼓動を感じた、4月の協奏曲



 学園の校舎から校門まで、どれだけの距離があるというのか。
 いっそ車で行き来したいわ、というぐらいの距離があることは間違いない。この学園の敷地面積は、ほんとどこの金持ち学校だと悪態をつきたいぐらい広いから。湖やら森やらここは本当に都会の真ん中なのかと目を疑うばかりの光景で、まぁつまり、何が言いたいかっていうと。
「学校から出るだけで一苦労だっての・・・!」
 あぁ、校門が遠い・・・!バイトが!私のバイトが・・・!学校から出るだけで普通に体力の消費量が半端ない。元々そんなに体力がある方ではなく、ぜいぜいと息を切らせて道半ばで足を止めた。膝に手をつき、腰を曲げて乱れた呼吸を正す。乾いた口腔に喉の奥がじんじんと痛んで、なんだか口の中が錆びた味で一杯だ。噴出す汗に制服が張り付いて気持ち悪く、ぺとりと額に張り付く前髪を払いのけて、はぁ、と大きく息を吐いた。
 手首につけた時計をみれば、なんてか、うん。なんだろう、諦めたいような諦めたくないような微妙な時間・・・。くっそぅ。いっそもう無理だ、と諦められる時間なら気持ちも切り替えようものなのに、頑張ればなんとかなるギリギリのラインが恨めしい。あぁでも一応バイト先に遅刻するかもしれないって連絡いれておいた方がいいかも・・・。
 携帯を持っていないことが悔やまれる。電話なんぞ探していたらそれこそ遅刻確定だ!あぁもうどうしろと?!悩む前に走れってことですよね!
 呼吸もいくらか元に戻ったし、また走るか、と近づきはしたけどまだ遠い校門を睨みつけてこの広さが今はただただ憎たらしかった。・・・はぁ。走ろ。
 溜息をまた一つ。多分これには諦めを混ぜて、ぐっと足に力をこめた。刹那。

「まぁよえぇる子羊ーに救いの手をーーー!!」
「ぎゃああぁぁぁあああ!!????」

 な、なんか出たーーーー!!!???
 走ろうと向けた進路の先に突如としてパカーンと穴があいたかと思ったら、そこからばばば!!と勢い良く人影が飛び出す!いきなり飛び出たそれに素で悲鳴をあげれば、それは高く上空を飛んだかと思うとクルクルクル、目にも留まらぬ速さで回転し、(さながらトルネードのようだ。)穴からウィーンと伸びて飛び出したステージというかお立ち台というか、とりあえず高い台の上にすちゃ!と華麗なる着地を果たした。と、同時にその後ろでドーンドーンパラララ!と花火があがる。何故花火。何故そこあえて派手にした。鮮やかな燃える色や音の大きさ、辺りに漂う硝煙の臭いに呆然としながら、お立ち台の上で仁王立ちをする人物をポカーンと見上げる。・・・・え?

「困っていぃるようでーすネ、Miss.!」
「え、あ、はい・・・?」
「困っている生徒を助けるのも教師の役目!Meにまっかせなさぁい!!」
「学園長?!」

 お立ち台の上に立っていたのは、まぁなんというか、想像に違わずこの馬鹿広い学園の所有者で、異様な迫力をかもしだしながらサングラスをした顔でキラーン☆と白い歯を輝かせた。マジで白い歯がキラーン☆って輝いたんです。どこからか光あてたんじゃないかってぐらい光り輝いていたんです。というか丁寧にお断りしてもいいですか?
 何故かノリノリな学園長に呆気に取られつつも、本能で「これに関わったらなんかヤバイ!」と全身が警告音を鳴らし始める。一瞬呆けていた顔をはっと引き締めると、私は慌てていえ!と高い位置にいる学園長にも届くように声を張り上げた。

「学園長のお手を煩わせ・・・って、がくえんちょーーーー!!???」
「Nonnon。遠慮は無用デース!Miss.、バイトに遅刻はダメダメダメよ、ダメなのヨ!」
「いやそうですけどだから全力で走ってっていうか走ります!走りますから頑張りますから下してくださいぃぃぃ!!!」

 とう!と飛び降りた学園長が真っ直ぐにこちらに向かってきたと思ったら、何故か地面と水平に体勢を変えた。どうやって!?とぎょっと右足を引いて後退して目を見開けば、そのまま何故かこちらに向かってくる学園長。しかもすごい笑顔。え、ごめん超不気味!!まるでスーパーマンのように片腕を突き出した体勢で迫る学園長に思わずまたしてもあげそうになった悲鳴は、そのままがしぃ!と捕獲(捕獲としか言いようがない)されたので、語尾を延ばして地面から遠ざかった。超怖い!!なんだこれ!?飛んでる?!飛んでる!そして学園長メッチャ近い!!なんだこれ?!
 唖然としている間に地面はどんどん遠ざかり、学園長が飛び出した穴もお立ち台も音もなく地面に何事もなかったかのように戻っていく光景を、遠ざかる景色の中に見た。
 いやいやいやいやいや?!

「このまま行けばジューブン時間に間に合いますネ!」
「・・・そう、ですね・・・」

 学園長に小脇に抱えられ、非常に不安定な状態で叫ぶ気力も暴れる度胸もない。半ば放心状態で、遥か下に遠ざかった地上を見下ろしぞくりと背筋を粟立たせた。うふふ、落ちたら骨の一本は確実にもっていかれるな。運が悪けりゃ死ぬぞこれ。
 ぶらん、と揺れる手足が心許ない。体全体に容赦なく叩きつける強風もさることながら、学園長の背中から感じる爆音と熱波がなんだかより非日常を演出しているというか・・・これって・・・。どんどん遠ざかる学園。上空から改めてみるとほんと半端ない敷地面積だ。とりあえず見渡す限り学園の敷地なんでしょ?どんだけすごいんだ伝説のアイドルってやつは。
 半ば現実逃避のように考えながら、どうして、と内心で呟く。

「どうしてこうなったし・・・」
「ハッハハハハハハ!生徒のバイト先ぐらい把握してイマース!」
「申請出してますからね・・」

 そりゃ把握もしとるだろうよ。がくりと最早力を抜いて(あ、腹部が痛い)項垂れながら、見る見る近づくバイト先に、私ははっと顔を青褪めさせた。このまま到着とか、どんな羞恥プレイ?!

「ががが学園長!この辺!この辺のどこか路地裏で!いやてかもう遅い?!遅いの?!」
「風が気持ちいーいでーすねー!」
「そうじゃないいいいぃぃぃぃ!!!!」

 あまりに暢気な、むしろうきうきとした湧きたつ感情する窺える学園長に、日頃目立つ行動しかしていないからきっと麻痺してんだ、と私は最後の抵抗とばかりに自由な両手で顔を覆った。学園長にはこの程度の(ジェット機で空から登場)ことなどなんともないのだろうが、一般人の私にはあまりにも重たすぎる!だって視線が!超視線が集まってる!あぁぁぁ指!!指指されたよ今ぁ?!めそ、とうっかり羞恥に目の端に涙が滲んだが、それも吹き付ける風に傍から乾かされて、私は公衆の面前で、学園長に小脇に抱えられ空からバイト先に到着という、最早何も考えたくない、という登場の仕方を果たしたのだった・・・。
 私をバイト先の店の前に下ろした学園長は再び背中のジェット機を発動させながら上空へと舞い上がった。
 それを見送る気力もないですよ・・・学園長・・・・。

「あ、そうデースMiss.!」
「・・・はい?」
「このお礼は是非ともピーチパイでよろしくお願いしマース☆」
「無償奉仕じゃないんですか?!」
「チチチ。世の中そんなに甘くないのデース!!Give and Takeは基本中の基本デース!ではMiss.、Adieu!」

 えええええええええええ。ブオオオオオオオ、とエンジン音をあげながら空の彼方に消えていく学園長の背中を見送り、私は呆然と突っ立ったまま、くらりと眩暈を覚えた。
 あぁ・・・・あの人は、本当に、意味がわからない・・・・・。てか生徒助けるのも教師の役目とかいっておきながらしっかり請求するんかいなんだそれ!てかなんであえて空からジェット機で飛ぶんだよ!せめて乗せろよジェット機に!なんでジェット機搭載の学園長に運ばれなきゃならんのだ!普通に!車じゃ!だめだったの!?なんなの?なんだったの?私これからどうしたらいいんだよ・・・!あぁ、周囲の目がとても痛い・・・まるで針をチクチク刺されているかのように痛い・・・!
 バイトには間に合った。だが、大切な何かを失った。そんな気がして、私はふっと遠くを見つめた。
 ここのバイト、やめようかな・・・。ある意味、もう二度とここにはこれない、と思いながら、私は深く、それはもう深く、溜息を吐き出した。


 とりあえず、今度からはもっと余裕をもって行動しよう。うん。時間前行動って、大切だね!