舞い散る桜の奥に鼓動を感じた、4月の協奏曲



「この曲じゃ俺の歌詞に合わない。やり直して」

 骨組みのできた曲をパートナーに見せたら、速攻でダメだしされました。





 え。ちょ、全部ですか?突っ返された楽譜を反射的に受け取りながら、こちらを見下ろすパートナーを見上げてポカンと目を丸くする。パチパチと瞬きをすると、眉間にぐっと皺を寄せられ、はぁぁ、とこれみよがしな溜息を吐かれた。

「大体、なんで初っ端の曲がこんなに暗いわけ?普通ここはもっと明るい曲調でくるだろ。そう思って歌詞考えたのに台無し」
「あ・・・えっと、ごめんなさい」

 いや、まぁ、確かに、入学初っ端にしては結構暗めの曲というか、明るくは無いよね。うん。それは確かにそうだ、と思って頷けば、彼は全く、と肩を竦めた。

「とにかく全部やり直して。こんな曲じゃ俺にまで暗いイメージがつくだろ。最初なんだから、もっとインパクトのある奴にしてこいよ」
「あぁ、うん。わかった」

 ファーストインパクトは確かに大切だよね。作曲の方もだけど歌い手にしてみればそれこそ顔を前面に出すわけだし、やっぱり最初のイメージが肝心だ。そっか・・・そういうところも考えないとダメだったのか・・・。眉を八の字にして、またごめんね、と繰り返せばわかればいいけど、とちょっとつっけんどんな言い方で返される。
 しかし全部やり直しはきつい。ここまで考えるのも大変だというのにまた一からとかなんだこの鬼畜の所業。そもそもそういう路線がいいなら最初から言ってよとか歌詞にあわせて曲作るんなら何故最初に私に曲作らせたしとか、悶々と言いたいことも胸の内に渦巻いたが、しかしここでそれを出せば恐らく、もっと面倒なことになる。
 青年は、多分なんていうか、自分に自信があるタイプなのだろう。それともこの最初の試験に対して気持ちが入りすぎているのかもしれない。ここでの評価が全てとは言わないが、それでも最初の評価を良く取りたいのは誰しも持つ心理だ。ライバルは星の数ほどいるし、何より他にAとかSとかいう優秀クラスまであるのだ。いささか気負いすぎるのも仕方ないことなのかもしれない。しかし何故こうも上から目線で(物理的じゃなくて心理的に)物申されているのかしら?
 そんなに悪い曲だったかな、これ。と思わず楽譜を凝視すれば、それが気に食わないのか彼はむっと眉を寄せた。

「何?何か不満でもあるわけ?」
「えっ。いや・・・別に」
「君は俺の言うとおりにしてればいいんだよ。所詮作曲家なんて歌い手を引き立てる役でしかないんだから」
「あー・・そうだね。うん。確かに。わかった。・・・とりあえず、歌詞できてる分見せてくれない?その方がイメージも掴みやすいと思うから」

 時間もあんまりないわけだし、短縮できるところはしないと間に合わなくなる。
 他の人が聞けばカチン、とくるような内容ではあったが、実際作曲家はパートナーを引き立てるような曲を作らなければならないのだし、彼の言っていることは間違いじゃない。
 ただ初っ端でさして親しくもない相手に向かって言うような台詞ではないよな、とは思う。
 あとやっぱりそういうこというなら事前に自分の主張はしておこうぜ。後で文句言われても最初に言えよ!って怒られるのがオチだと思う。
 これが私でなければ口論に発展して悪ければ課題遂行不可能になるところだろうな、と肩を落とした。
 こういうタイプの性格の子は今後大変だぞー。他の子と組んで無事にやってけんのかな?とちょっと心配をしながらも、そこまで関わることもあるまい、と切り替える。
 この課題のみのパートナーだし、無駄に波風を立たせたくもないし、さほど作曲に誇りを持っているわけでもなかったので、あっさりと彼の主張を受け入れて流してしまう。その様子に満足そうに彼は頷いたので、対応的には間違ってなかったんだな、と観察しながら差し出された歌詞を受け取った。・・・行動はちゃんとしてるし、アイドルになりたいって気持ちも強いし、多分努力だって続けるタイプだろう。ただ、言い方と考え方が反感買いやすいんだろうなぁ。
 歌詞にざっと目を通しながら、そう相手を考察しつつ、彼の言う「インパクト」があって「明るい」曲のイメージを練っていく。んで、この歌詞に合うように、か・・・。うーん。

「・・・これコピーもらってもいい?まだ歌詞途中みたいだし、続きも考えるんだよね?」
「あぁ。じゃぁコピーとったら返してくれたらいいよ。俺もう行くから」
「うん。じゃぁまた明日」

 そういって踵を返す背中に軽く手をふり、コピー機貸してもらえるかなぁ、と思案しながら私も背を向ける。とりあえずこの歌詞に合わせて、彼の希望に沿うように作り直さなくては・・・気が重いな・・・。彼の言い分は理解できるのだが、しかし一から全部とかはきついよマジで。せめてこれを元にもっとこうした方がいいとかの方がありがたかったなぁ・・・。
 と、愚痴ってもしょうがないか。受諾したのは私だし、彼も彼の思うところがあるんだろうし。
 真面目に作曲家を目指していない分、相方の子の希望に沿うようにするのがせめてもの誠意というものだ。

「・・・でも、ちょっと自信あったのにな」

 全否定はさすがにちょっと悲しい。ぺらり、と手がけた楽譜を揺らして、あの子もいい曲だっていってくれたんだけどなぁ、とひらひらと揺らした。・・まぁ、感性が合わなければいい歌も悪い歌になるし、悪い歌もいい歌になるし。それに、あの子の場合はどうも落ち込んでいたようだから、明るい曲よりもこっちのが馴染みやすかったのかもしれない。
 そういえばあの子、あれからちゃんと悩みは解決したんだろうか。クラスも名前も知らない女の子。てか、あの子はあの受験の時に遅刻してきた子じゃなかったか?と今更ながらにおぼろげな容姿を合わせて首を捻ったが、記憶はすでに薄れ始めていてはっきりとしない。
 楽譜が読めないとか言ってたっけな。読めるようになったのだろうか。あの手の子はすごい努力家っぽいし、なんとかなってそうだけどなぁ。ちゃんと曲作れてるといいなぁ。
 成り行きとはいえ、悩みを聞いたからにはちょっと気にもなりつつ、しかしだからといってわざわざ探そうだとかどうこうしようという気はなく、ただ思うだけに留まる。まぁ正直、他人に構ってなどいられないし。何せ私の手にはやり直しを宣告された楽譜があるのだ。つまり白紙も同然。
 ・・・急がないとマジ間に合わなくなるな・・・。がんばれ、私。そう自分で自分を慰めつつ、重厚な扉を前にして足を止めた。扉の横のプレートにはしっかりと「職員室」の文字がある。
 うあ、無駄に緊張するな・・・職員室とか。だが仕方ない。なにせコピー機なんぞ職員室ぐらいにしかあるところが思い浮かばないのだ。他にコピー室とかあるんなら聞いておこう。
 つらつらと考えながら、きっとこの向こうは無駄に華やかな面子がいるんだろうなと(無駄っていうか、現役アイドルだの作曲家だのいるしな・・)少し入る気持ちが萎えた。
 ・・・・あぁ、普通の学校の職員室が恋しいよ・・・。溜息を吐きつつ、軽く握ってできた拳で、こんこん、と木製の扉を叩いた。
 どうぞー、と中から声が聞こえたので、恐る恐る扉を引けば中は・・うん。さすがに職員室はどこも似たり寄ったりなのか、並んだ机と雑然とした書類がなんだか無性に落ち着いた。
 こういうところは変わらないんだな・・・。しかし教師の数が少ないのはやっぱり仕事(本業)があるからだろうか。そう思いつつ、きょろりと物珍しさに視線を泳がせれば、ど派手なピンクの巻き毛がふわっと揺れて、あらー?と低い声が聞こえた。・・この見た目と声のギャップは・・・!

「どうしたのー?こんなところまできて。誰かに用事かしら?クラスと名前は?」
「・・・Bクラスのです。コピー機をお借りしたいと思いまして・・・」

 あ、そういや名乗るの忘れてた。丸くて大きな青い目を瞬かせ、薔薇色の頬に手を添えながら小首を傾げた教師・・・月宮林檎先生におどおどとしながら返答する。
 そうすると彼女、じゃなくて彼?はちゃんね!と明るい声でいうと席から立ち上がってこちらまできた。えぇ、なんでこっちにくるの。

「コピー機は隣の部屋にあるのよ。案内するからついてきて」
「あぁ、なるほど。お手数お掛けします」
「いいのよぉ、そんな堅っ苦しくしないで?仲良くしましょ!」

 パチン、とウインクする動作がなんて似合う人なんだろう。長い睫毛がくるんと綺麗に上を向いていることに惚れ惚れしつつ、歩き出した華奢な背中についていく。
 これで男とか・・・女子が泣くな。ある種自信を喪失させるような可憐な教師の姿に遠い目をしつつ、ふと先生の机を見れば、白いお皿と薔薇の花が描かれたティーカップがちょこんと置かれていた。休憩中だったのかな?それは悪いことをした。と思いながら視線を外そうとしたが、皿の上の物体に目が留まり、ぴくり、と眉を動かした。あれは・・・。

「・・・ピーチ、パイ・・・?」
「ん?あぁ、あれ?この前シャイニーが持ってたのを貰っちゃったの。すっごく美味しいのよ。でもどこのお店のかは教えてくれないのよねぇ、シャイニー」

 今度買いに行こうかと思ったのにぃ、と拗ねたようにつんと唇を尖らせる月宮先生に、そうなんですか・・・とどこか引き攣った返答を返しつつ、無理矢理視線を外す。
 そんな私の様子にも気がつかないで、中の桃とクリームが絶妙なの!と興奮したように頬を染めて語る様子に適当な相槌を返し、私はお口にチャック、とばかりにきゅっと横に引いた。

「パイ生地もさっくさくで、その割りに甘すぎないの。もう、シャイニーったらどこで買ってきたのかしら?ちゃん知ってる?」
「さぁ?私にはちょっと・・・」

 きらきらと目を輝かせてケーキについて語る姿は最早女子にしか見えない。月宮先生の様子を後ろから一歩引いてみながら、振られた話題に曖昧に言葉を濁して笑みを作った。
 それに先生もそうよねぇ、と普通に納得はしたのだから、別段可笑しな解答ではなかったのだろう。てか名前呼びはすでに固定ですかそうですか。先生人見知りしないタイプというか結構大股で入ってくるタイプなんですね。別にいいんだけども、教師にそこまでフレンドリィにされたことがあまりないので、ちょっと違和感が。しかも相手アイドル、なんだよねぇ・・・。テレビそんなにみないからいまいち実感が湧かないが。まぁここでは教師だし、気にしないでいいんだろうけど。まぁ、しかし、なんだ。

 お口に合ったようで何よりです、月宮先生。

 実はそれ手作りなんですよ、なんてことは言いませんとも。えぇ、絶対に。
 案内されたコピー室でコピー機を作動させつつ、小さな溜息を吐いた。・・・最早あれは黒歴史といっても過言ではないので、思い出したくは無いんだけど、な!