舞い散る桜の奥に鼓動を感じた、4月の協奏曲
レコーディング室という、普通なら早々お目にかかれない機材やら設備やら満載の部屋で歌うパートナー。機械音痴であれば確実に何がなにやらわからないまま、変なことして壊してしまいそうな精密機械は色々並んでいる。高そうだから壊したらと思うとマジ怖いよね!そんな中で伸びやかに出てくる声は多少高音の部分が掠れていて出しにくそうだったけれど、全体を通してみれば極僅かなもの。二箇所ほど音を外したような場所もあった気がしたがそれにしたってそんなに目立つものではなく、ちょっと首を傾げる程度のものだから、さほどの問題点にはならないだろう。なるほど、実力は高いわけだ。
そんなことを考えながらテストだし、丸々歌うわけではないそれを歌いきると、点滅中だった赤いランプがパッと消えた。それに合わせてマイクを通して担任教師の声がブース内に響き渡る。
「終了です。結果を伝えますので戻ってきてください」
機械を通すと余計無機質に聞こえる声だったが、パートナーはヘッドフォンを外してブースから出てくる。少しばかり緊張したように顔が強張っているのは、歌っている途中のミスを気にしているからだろうか。それとも評価が気になるのだろうか。
歌う前も緊張はしていたみたいだし、まぁでも個人的に言えばそんな悪くはないと思うので、合格点にはいってると・・・・思いたいなぁ。心配といえば彼よりも自分の曲の方が心配だ。急ピッチでやり直した曲は、やっぱりその、急ピッチだから出来がそんなによくないと思うし・・・。いやでもそれも言い訳でしかないわけで、あぁでももうちょっと時間があったら作りこみとか歌いこみとかもできたと思うし・・・!えぇとつまり、落ちたらすまん!というわけで。
あ、胃が痛くなりそう・・・。自分が歌うわけではないからそういう点での緊張感はないのだが、しかし自分が作ったものへの評価となると非常に胃が痛くなる。こういうの、苦手なんだよね・・・。無意識に下腹部に手をあててくるくると撫でつつ、ブースから出てきたパートナーと並んで評価を記入しているのだろう用紙を目視している担任の前に立つ。
二人が揃うと、相変わらずあまりよろしくない顔色の顔をあげて、薄い口を開いた。・・・なんか今日の担任の唇はいやにつやつやしてるんだが、何があった?
「端的に言えば合格です。問題点は色々ありますが、短期間でよくやった方でしょう。しかし練習不足、作りこみ不足がいささか目立ちます」
「はい・・」
「すみません・・」
やっぱりわかる人にはわかるんだな・・・。なにせ曲自体を最初からやり直す羽目になったのだから、その分を差し引いても、うん。作り上げるには時間がなかった。
作り上げる時間がないということは練習にだってそんなに時間を割けるわけがない。全体を通してみれば出来てない部分も多かっただろう。それでも合格点をもらえたことにほっと安堵しながら、それから細々と言われる注意点を頭の中にしっかりとメモをとっておく。
改善点はしっかり聞いて次回に生かせるようにしなければ。教室に戻ったら忘れない内にメモしとこう。
「曲としては歌い手らしさを出したもので声との相性もいい。歌詞によく合わせた・・・そう、まさに歌い手のために作った曲ですね。歌い手自身も自分に合った曲だという認識で歌い方を心得ています。時間をかけて作りこめばもっといいものになったでしょう」
おぉ、思わぬ高評価!先ほどまで問題点しか聞かなかったのでいささか強張っていたパートナーの顔も、そこでやっとほっとしたような少し得意げな顔になる。
そりゃ、歌い手の要望にできるだけ答えた曲だしな。いや自分なりにという注釈はつくけれど、よかったよかった。その点評価してもらえるならやり直しさせられた苦労も報われるというものだよ!厳しい評価ばかりで萎えていた心も、単純ながら少しだけ上向いてほっと胸を撫で下ろす。合格点は貰ったはいいが褒められる点がなかったらそれはそれで寂しいからね。しかもこの人言い方が淡々としてるから厳しく聞こえて、打たれ弱い人にはきっついものがあるんだよなぁ。いや私はそこまで打たれ弱くないからなんとでもなるんだけど。
心配なのはどちらかというとパートナーである彼のほうだ。自信家な分、あんまり言われすぎると打たれ弱そうだし、変にひねくれたりしないかなって思う。
けどまぁ、最後に褒められたので、彼の気分も少しは上向きになったようだ。
目に見えて口元を緩ませている様子に微笑ましく思いつつ、評価を聞き終わると退出を促される。次の組もあることだし、早く戻って言われたこともまとめないとなぁ。
そう思いながらドアノブに手をかけ、外に出た彼の後に続こうとすると、ちょっと、と呼び止められた。うん?
「はい」
「これは、彼のために作った曲ですね?」
「そうですけど・・」
何を今更?さっき先生自身も言っていたように、それは彼のためだけに作られた曲だ。彼を引き立てるために、ない頭とセンスを振り絞って作ったものである。いやほんと頑張ったんだから!というかそもそもパートナーを組むのだし、その相手以外の為に作る曲などないと思うが。
可笑しな確認をする先生に、足を止めて首を傾げる。先に出て行ってしまった彼のあと、続くはずだった私が出なかったものだからぱたんと閉まったドアに何故か室内は静まり返る。なんだこの居心地の悪さ。そうですか・・・とぽつりと呟く先生に訝しげに眉を寄せつつ、確認は終わりかな?と再度ドアノブに手をかけようとすると、またしてもそれを邪魔するように先生は口を開いた。
「この曲は、彼のためによく考えられた曲です」
「はぁ」
「ですが、それだけの曲です」
言われて、瞬く。責められているような風には聞こえない。それだけと言われても、それ以上に必要なものがあっただろうか。少しばかり先生の意図が掴めずきょとんとしていたが、内容を吟味するようにゆっくりと頭の中で咀嚼し、ドアノブに手をかけた手を放すと北原先生は少しだけ溜息を吐いて、目を細めた。
「・・・もう少し、自分の曲に自信を持つべきですね」
「はぁ」
「もういいですよ。戻ったら次の組を呼んできてください」
「わかりました」
なんか、今、しょうがないなこの子は、みたいな態度を取られたような。意図がつかめないまま、気の抜けた返事を返して首を捻り捻り、失礼します、と退出の言葉を紡いでようやく扉をあける。何度ここをあけるのに邪魔されたんだろう、と思いながら外に出ると、ようやくの開放感を味わえた気がして思わず深く息を吐いた。あぁ、緊張した・・・。
「テストってこれだから嫌だよねー」
しかも普通の学科テストじゃないしな。いくから強張った肩を解すように揉みながら、これでようやくまともな睡眠時間が取れる・・!と晴れ晴れとした気持ちで廊下を進んだ。
心持軽くなったような気さえする足取りは、今の自分の開放感をそのまま表しているにすぎない。まぁどうせすぐに次なる課題がくるのだろうけれど、今はもうそんなことは考えたくない!ビバ自由!
というかパートナーは私を待つという気はなかったのだな、と一人で教室まで帰る道のりを思いつつ、まぁ会話にも困ることだし別にいっか、とスカートの裾をひらりと翻した。