気紛れな夜と朝の温もりに孕んだ、5月の狂想曲



 かくれんぼ大会を華々しく作曲家コースの勝利で収めたというのに、この学校の鬼畜具合には涙が出てきそうですよやってられっかこの野郎!
 この学校鬼だって絶対。いやむしろこの教師が鬼なのか。  何度思ったか知れないことをまた飽きずに繰り返し思いながら、黒板に大きく書かれた「青春」の二文字に、遠い昔だな、と思わず窓の外で、青々とした葉っぱを茂らせる樹木に目を細めた。





 青春――読んでそのまま青い春。青いという意味には若いだとか未熟だとかいう意味を含ませて、広く言えば学生時代のキラキラと輝くある黄金期のことを指す。
 青春なんぞなかったわ!!という人もいるかもしれないが、ある意味で学生というだけでそれは青春時代を示すのだ。何かに夢中になって打ち込んだかもしれない。恋なんかもしちゃったりとかしたかもしれない。部活に勉強に充実した毎日を送ったのかもしれない。
 そんなものもなくのほほんと過ごしたかもしれないし、もしかしたら暗黒期と呼ばれるような最低の経験をした時期かもしれない。それはそれで人様々にあるもので、一概に全てが全て「素晴らしいもの」とは言えない。だがしかし、青春といえば学生時代、取り分け中高生時代を指すことは間違いないだろう。はい詰んだー。
 ひとっつも進んでいない楽譜の上にシャーペンを転がして、背中を仰け反らせながら椅子の背もたれに体重をかける。ぎしぎし、と背もたれの悲鳴が聞こえたが頓着せずに、うあーとしわがれた低い声を出した。

「・・・・青春といえばー?」
「友情・努力・恋愛・涙?」
「王道だよね」

 突然のフリにもすんなりと答えてくれる今回のパートナーに、頷きながらぎしぎしと背もたれを軋ませてどうしようかなーと天井を仰いだ。悩む私に、目の前で白紙の楽譜を眺めていたパートナーが顔をあげて小首を傾げた。さらさらつやつやの黒髪は、ある意味で黒に染めているんじゃないかというぐらい真っ黒で、チークがほんのりと乗ったピンク色のほっぺたをさらさらと滑って首筋から肩へと落ちた。細くて白い首筋に真っ黒な髪が重なるとなんだかそれだけで色っぽく感じるから不思議だ。

「そんなに難しい?」
「イメージだけなら掴みやすいよ。まぁありきたりなものにならないようにするのが難しいっていったら難しいかな?」
「ラブソングと同じぐらい定番だものねぇ」

 全くだ。イメージしやすい題材というのは得てしてそういうものなのである。
 白い楽譜を眺めていたパートナーは、うんうんと納得したように頷きながら、飴ちょーだい、と甘えた声で掌をこちらに向けた。それに私はん、と適当な返事を返してポーチから取り出した飴を彼女の掌に載せる。ちなみに今日のは濃厚ミルク味。この前はどっさりフルーツだったか。あとレモンキャンディは常に常備してあります。
 包装紙を取ってつまみ出した飴玉を口の中に放り込みながら、ぷくりと膨れた頬を見せ付けるとパートナーは軽い溜息交じりに私に楽譜を差し出した。

「北原先生も無茶言うよね。週代わりでのパートナー交換と曲作りとか・・・」
「まぁ、実際仕事にするならそんな無茶な仕事もあるかもしれないし、色んな人間と仕事もしなくちゃいけないし・・・ちゃんと将来的なものを考えての課題だとは思うんだけど」

 まぁさすがに一週間でやれや!みたいな無茶な仕事は早々ないと思うが。クラス中のブーイングもなんのその、これぐらいできなくてどうするとばかりに冷ややかに切り捨てた教師がただひたすらに憎い。
 それに、パートナー交換については卒業オーディションのパートナー決めのためにたくさん知っておいた方がいいという、先生なりの配慮なのだと・・・思いたい。
 なんか別にそこら辺については考えてないような気がするんだが、まぁ、思うのは自由だ。そうとでも思っていないとホントこの無茶振りをやらかす学校を恨まずにはいられない・・・て、そんなことよりも曲である。期限が一週間しかないのだから、二日三日で曲を作ってしまわないとなにもできなくなる。
 しかし・・・青春か。言葉にすれば簡単だし、イメージするものにも困りはしない。けれど、改めて考えると中々難しいものだな。まず自分の真っ当な青春時代がすでに昔すぎる。その上にそんなきらきら爽やかで泥臭い青春時代を送った覚えがない・・・。基本的に引きこもり、えーと、まぁ、二次元ラブな人間だったもので。好きなもの熱中しているという点では確かに青春なのだが・・・いささか方向性が歌にするにはちょっと向かない、かな?ある程度の美化は必要だよね!馬鹿正直に出しすぎるのはよくないよ、うん。
 と、なると青春の対象は自分、というよりも周囲、他人を見ての構想を膨らませるのが一番だろう。まぁ題材として今目の前にまさにアイドル目指して青春してる子がいるんだし、この子をイメージすれば難しくは・・・・。

「あ、さん見て見てっ。Aクラスの一十木君だよ!」
「んー?」

 夢に向かって努力するのは青春の王道だよね、と思いながら白い楽譜を手にとり音階を書き出そうとしたまさにその瞬間、クラスの窓から身を乗り出しかねない勢いで窓枠にかじりついたパートナーが、いささか興奮気味に手招きをした。
 早く早く!とばかりに上下に動く手に、楽譜を机の上において言われるがままに外を覗く。ところで一十木君とは誰だ?

「知らないの?この前の課題テストの成績上位者!明るく爽やかで、誰にでも笑顔で人当たりがいいから、Bクラスでも仲いい子が結構いるんだよー」

 顔もいいしね!と力説する彼女に、へー、とあまり興味関心のない返答をしたのだが、彼女曰く「クラスの人気者」を追いかけるのに必死なのかあまり気にされなかった。
 それにちょっと安心しつつ、カッコイー!ときゃあきゃあと声をあげている彼女は結構ミーハーなのかもしれない、と情報を修正した。見た目が垂れ目がチャームポイントなおっとりした清楚系お嬢様な感じなのだが、興奮したようにその一十木君とやらを見つめている姿は清楚系お嬢様などという面影はない。
 その様子を眺めているだけで面白そうではあったのだけど、横顔を凝視するわけにもいかないので、結局視線は窓の下に向かう。窓の下では制服姿のまま、元気一杯に白と黒のボールを蹴り合う見慣れぬ男子の姿があって、あぁサッカーやってんのか、と暢気に方杖をついた。
 ・・・・・・・・・・で、どれが一十木君なんだろうか。名前と印象だけ教えられても、顔も知らない相手を特定するような特殊技能はさすがに持ち合わせていない。あぁでもなんか異常に目立つ赤髪の子がいるなー。なんだあの髪色。ねぇよ。赤とかねぇよ。ヒノエ思い出すじゃないかこんちくしょう。まぁあれはどちらかというと夕陽色に近い赤だったけど・・・。まさしく真っ赤、という色としか表現のしようがない赤い髪を乱して、そこにいる誰よりも生き生きとボールを蹴っている青年にどうしても視線を向けてしまいながら、小さく溜息を吐いた。
 だってあの頭超目立つ。・・・・・・・・まさかあれが一十木君とは言わないよね?すごい目立つけど。遠目で見ても美形ですねとしか言いようがない顔ですけど。うふふ、なんだあのいかにも重要キャラですよ!みたいな髪色はよぉ。

「一十木君ってサッカー上手なんだね。ほら、今ゴール決めたよ!笑顔可愛いー!」
「・・・・・・・・・・・・やっぱりあれか」

 彼女の解説のおかげで計らずとも「一十木君」とやらが誰か特定できてしまった。今ゴールを決めたといえば、あの赤髪の青年しかいないではないか。ゴールを決めた瞬間の弾けるような笑顔。まるで子供みたいな無邪気な笑顔は、確かにカッコイイとかいう前に可愛い、という表現が似合うような屈託のなさだ。全開の笑顔すぎて何故だか周囲が一層きらきら輝いているように見えたよ。目の錯覚怖い。思わず目を細めて仲間からの突進やら歓声やらを受けてもみくちゃになっている様子を眺めながら、私はじぃ、と彼を見つめた。・・・ふむ。

「岸本さん」
「なーにー?」
「男の子の青春の歌を、女の子が歌うってのもいいよね」
「へ?」

 青春って、まさにあんなイメージだよね。きょとん、としている彼女を尻目に窓から離れると、五線譜しか書かれていない楽譜とシャーペンを手にとり、カリ、と芯を紙に押し付けた。
 うむ、なんか結構いい曲ができそうな気が・・・・しないでもない。ふふん、と鼻歌で音階を取りつつ、シャーペンの黒い芯を走らせた。女の子が歌う男の子の歌ってのも、結構好きなんだよね。