気紛れな夜と朝の温もりに孕んだ、5月の狂想曲
一週間で曲を一曲仕上げなければならないというのに、通常授業は相変わらず重ねられる。アイドルコースはアイドルコースの授業があって、作曲家コースは作曲家コースの授業があって、合同でするものは合同で行って。そんな慌しい日々も繰り返せばおのずと自分のリズムというものが作れるもので、相変わらず発表やら作曲への時間のなさなどには日々慌しく過ごしているのだが、それでもこなせる程度には実力もついてきたということなのだろう。成績こそ可もなく不可もなくを通してはいるが、悪くなければこの際なんでもいいよもう。日々を過ごすだけで精一杯だ。
今回の作曲テーマ・・・「学校」を終えて、発表も終わり評価も貰って点数的には合格点だけどものすごいいいわけじゃない、という相変わらずの点数にほっと胸を撫で下ろしつつ再び与えられるだろうテーマに撫で下ろした胸をまた緊張に強張らせる。
パートナーは誰にしようか。そんなことを考えながら、黒板に書かれるだろうテーマを見やれば、白いチョークをカツカツと動かして北原先生は大きく文字を描いた。
丁寧な言葉遣いだし、字も綺麗かと思えばそうでもない。むしろどちらかというと歪んでいて見難い字でバランスの崩れたそれはしかし大きく黒板の真ん中で存在を主張する。
自然と集まる視線の中で、こちらに背中を向けていた北原先生はくるりと振り向き、手についたチョークの粉を払い落とすように手を叩いてから、薄い唇を開いた。
「今回のテーマは「喪失」です。それとそろそろ皆さんも慣れてきた頃かと思いますので、今回からは他のクラスからパートナーを選んできてください」
さして大きく張り上げたわけでもないのに教室の後ろまでよく通る声で告げられた内容に、一瞬理解が追いつかずは?と目を丸くする。無論、そんな状態になったのは私だけではなく、他のクラスメイトも同様で、周りは全員ポカンと口をあけて呆けていた。
しかしそんな周囲の様子も気がついていないように、いやこれはあえて無視をしているのだろうか・・?ともかくも、北原先生はあぁそれと、なんて暢気な口調で薄い唇を動かし始める。
「今回はクラス内だけでなく、全クラス共通の課題となっていますから」
「え?」
「先生?」
「あと提出期間についても二週間と伸ばしています。まぁ要するに、抜き打ちテストだとでも思ってください」
本来の課題テストはもうちょっと期間がありますからね。と。さらっとぶっちゃけた北原先生にクラス中の目が点になる。無論私も「は?」と言わんばかりに目を丸くしていて、さぁ言うことは言った、とばかりに今日の授業に入ろうとしている教師に、生徒の一人が慌てた様子で声をかけた。
「せ、先生!?全クラス共通って、え、今からパートナー探すんですか!?」
「他のクラスから?しかも二週間で?」
「無茶振り!先生それすごい無茶振りだって!」
「仕方ないでしょう。社長からの命令なんですから」
あぁ、それなら仕方ない。思わずクラス中が納得したが、はっと我に返ったようにいやいやいや!と声を出すものが多数。だがしかし、大半が「あの学園長だし」という感じで諦めムードに入っていたので、案外このクラスは私の性分にあっているのかもしれない、と思った。・・・まぁ、本当にあの学園長だし。今更抵抗も反論も意味をなさないことは明白で、そんなことに思考回路を使うぐらいなら、今までそんなに接触をしてこなかっただろう他クラスへのアプローチを考えた方が無難だ。
北原先生の態度を見る限り、抜き打ちテストの名の通り、今朝と昨日とかに突発的に決定した事項に違いない。あの人のことだから「思いつきマシタ!抜き打ちテストをシマース!」ぐらいのテンションで決定したとしてもなんら不思議なことではないだろう。ただただ迷惑なだけで。・・まぁ抜き打ちテストなんだから、突然言い渡されるのは仕方ないのか。
ただ疲れたようにしている教師を見る分には、教師にとっても寝耳に水の話であったのではないかと思う。・・まぁ、こちらは与えられた課題をこなすだけなので、どちらでも関係ないといえばないのだが。
そんなことを考えながら、机の中から教科書とノートを取り出し机の上に並べていく。
ムーリー!と叫ぶ生徒を「諦めなさい」と一蹴する先生が授業始めますよ、と冷静に言うので、周囲も渋々ながら教科書を出し始める。一足早く準備を終えた私は、カツカツと黒板に走るチョークの後を追いかけながら、そういえば、と視線を泳がせた。
確か、学校のデータバンクには生徒が自分で作った曲、ないしは歌を投稿できる機能があったはずだ。パートナー探しに有効活用してくださいって、なんか割りと最初の方で説明された気がする。あぁそうか、それで自分の好みの相手を探せばいいのか。
ここ最近週代わりの課題やら体育祭やらでそんな便利機能もパートナー探しも忘れてたよ。体育祭は体育祭である意味予想通りのハチャメチャっぷりであり、しかし予想外の出来事も込みで、色々と大変だった。ロドリゲス・・・また会いに行かなければならないのだろうか・・・・。
元より真面目に探していたわけではなかったので、余計に記憶から抜け落ちていたのだろう。カチカチとシャーペンの芯を出しながら、多分今日の昼休みなり放課後から、PCルームは賑やかになるのだろうなぁ、と溜息を吐いた。・・・それでも行かなくては目星のつけようもないのだろう。
朗々と教科書を読み上げる教師の声を聞きながら、どうせなら同じクラス内も許可してくれればよかったのに、と少しだけ恨めしく唇を尖らせた。