気紛れな夜と朝の温もりに孕んだ、5月の狂想曲



 目の前には険しい顔をしたクラスメイト。横を見れば同じく腕組をしてこちらを見下ろすクラスメイト。後ろ・・・は無人の席で、私は図書館で借りた本を広げる間もなく、見つめるというよりも睨むが相応しいほどに険しい顔をした二人をきょとりと見比べた。

!あの一ノ瀬トキヤとパートナーになったって本当?!」
「あの?」

 どの?とはさすがにボケないけれど、あの、なんて穏やかではないな。なんとも鬼気迫る形相で詰め寄るクラスメイトに、首を傾げれば横に立っていた子がばん!と机を叩く。
 思わずびくついたが、当の本人はそんな私の反応など歯牙にもかけないで、ぐっと顔を柄付けてきた。正直言って、怖いです。思わず体を後ろに逸らして距離をとったが、更にぐぐっと詰め寄られたので徒労に終わった。なんなんだ?!

「HAYATO様の双子の弟で、Sクラストップの一ノ瀬トキヤ君よ!どういう経緯で組むことになったのよ?」
「・・・Sクラストップ?」

 え、待て。それは聞いてないぞおい。目を見開けば、二人は知らなかったの!?と逆に目を見開いた。え、いや、だって、正直アイドルコースの成績なんぞ知ったことではなかったし、そもそも他人の成績にあんまり興味がないので自分の確認が終わったらそれでよかったというか・・・。もごもごと口の中で言えば、二人は最初の鬼気迫る形相を呆れたものに変えて、はあぁ、と溜息を吐いた。

「あのねぇ。成績は重要よ?卒業オーディションのパートナーを決めるなら、よりいい成績の人と組みたいものでしょ!」
「確かに相性とかもあるだろうけど、やっぱり最初の取っ掛かりってそういうところだと思うよ?」

 呆れたような目で、おいおいちょっと、と言わんばかりに言い諭されてうぐぅ、と言葉に詰まる。ぐぅの音も出ないほど正論である。あ、うん。そうだよね。合格したいならより高い実力を持った人と組んだほうがそりゃいいよね。
 そっか・・・だから皆成績発表の時あんなに群がってたんだ・・・。正直邪魔だなぁとしか思ってなかった。あと成績上位組なんか、自分と関わりがあるような人種に思えなくてスルーしてた。いやだって、それこそレベルが違うって奴じゃん?

「ちなみに聞くけど、HAYATO様の双子の弟だっていう情報は?」
「それは昨日本人から聞いた」
「つまり、それまでは知らなかったと」

 いや、まぁ、はい。ちなみにHAYATOとそっくりだという事実すら本人に指摘されるまで完全スルーでした、なんて言ったら非難がましい目で見られそうだったので大人しく口を噤む。・・そもそも、他クラスの生徒のことなどよっぽど興味がなければ知るはずもないと思ったが、成績云々の話から察するに、パートナーを決めるにあたって色々調べたりもしたのだろう、と思い至る。アイドルコースがアイドルコース調べてどうすると思ったが、それこそ敵情視察、ライバルのこと知っていて損はないといったところか。・・・やばい、すでにこの辺で私と周囲に差がついてないか?
 基本BとSなど関わりようもない関係だと思っていたが、そうではないんだな。・・あぁでも、HAYATOの云々に関しては人の口に昇るような噂話っぽいな。多分私も小耳に挟んだことはあるんだろうが、さほど興味がなかったので記憶していなかったに違いない。
 あと人物と噂が一致していなかったのだろう。ドンマイ自分。

「もーこの子は!」
「あはは」
「笑って誤魔化すな」

 そう言われても。頭を小突かれながら恐らくこの朝のHRまでの時間は彼女たちの雑談で終わりそうで、仕方なく本を横にかけてある手提げ袋の中に仕舞いこむと、改めて向き直った。
 ・・・さて。それにしてもなんで私が一ノ瀬君とパートナーを組んだことがすでに伝わってるんだ?

「昨日一ノ瀬君と寮まで帰って来たでしょ?それを見たって子がいてね」
「一ノ瀬君ってあのHAYATO様とは正反対のクールな性格でしょ。愛想がないとも言うけど・・・あんまり女子とは話さないし、親しくもしないもの。まぁ多分HAYATO様関係で敬遠してるんだとは思うけどねー」
「入学した当初はそれ関係で近づいてくる女子をバッサバッサと切ってたらしいわよー。ほら、やっぱり現役アイドルとはお近づきになりたいじゃない?」
「教師にも現役アイドルが複数いるけど」
「身近にいないからこそ近づきたくなるのよ!」

 拳を握って断言する様に、そんなものかーと頷く。まぁ確かに、この学園の教師は一応現役アイドルではあるが、教師という身近さにその希少性も薄れてくるということか。人間、飽きっぽいというか慣れる生き物だってことだね・・・。
 そういえば昨日私はその現役アイドル2名と対峙してたんだな、と今更ながらに思い出して、なるほど、そりゃ慣れるわ、と納得した。最早あの二人は「アイドル」ではなくて自分の中では「学校の教師」という位置づけになっているのだろう。教師にそりゃお近づきになりたい!とはあんまり思わないわ。美形は美形だけど、美形は馬鹿みたいにいるからなぁ、この学園。
 それでいうなら、確かにまだまだ学生の身分である私たちにとってHAYATOというアイドルは天上人にも等しいものがあるのだろう。・・・まぁ、弟本人はどうやら毛嫌いしているみたいだけど。HAYATOの話題になったときの即答を思い出しながら、やっぱり人気アイドルっていう関係で面倒くさいことに巻き込まれてきたのかねぇ?なんて考える。
 双子だし、そっくりだし、なんか色々トラブルが起こっていても可笑しくはないよね。

「それはともかく、そんな感じだし、おまけに実力もすっごい高いのよ。作曲家コースの子がこぞって狙ってるって噂だし」
「あー。確かに、歌すごかったよ。なんか、ギャップがあるっていうか」
「歌ってもらったの?いいなー」

 歌声はすごい甘ったるかったです。吐息混じりのところなんてもうやめて!私のライフはもうゼロよ!と叫びたくなるぐらい甘かったんです。思わず遠い目をすれば、羨ましそうに唇を尖らせる。まぁ実際同じクラスでもなければ他人の歌など聞くことは早々ないので、Sクラストップという歌声を間近で聞けたのは確かにラッキーなのだろう。
 しかしトップとか。実力高いな!とは思ったけどトップとか。今更だけどパートナー解消はできないものだろうか・・・。思わず真剣に考えたが、現実的にみて他にパートナーが見つかる気がしないので、このまま続行なんだろうな、と思うと少し気が重い。
 益々釣り合いが取れる気がしないんだけど・・・。

「てか、その話だと本当なんだ、パートナーになったのって」
「ん?うん。まぁねぇ」
「なんでが?言っちゃ悪いけど、実力の釣り合い取れてないわよね?」
「よくわかんないけど教師判断で?まぁ、あえて実力違いをぶつけてみるってのも何か考えがあったのかもよー」

 ・・・まぁ、昨日の彼らの言い分を聞くだに、どうやら私の作った曲が何かしらの琴線に触れたようなのだが、私には理解できない領域なので定かではない。
 嘘ではないが全てでもない、そんな言い回しで適当に答えれば、ふぅん?とやはりよく理解ができなかったのか二人の顔がきょとんとしたものになった。
 私自身理解ができているとは言いがたいし、正直納得もできていない。だからこそそのことについてはそれ以上の言及を避けるように、にっこりと笑みを浮かべた。

「ま、足引っ張らないように頑張るだけだよ」
「災難よね。Sクラスってだけでも気後れするのに一ノ瀬君とか・・・ないわー」
「プリンスさまと組むんじゃねー。がんば、

 ぽん、と同情含みで肩を叩かれるとこちらも苦笑を浮かべるしかないが、果たして今何か変な呼称が聞こえたような?

「・・・プリンス?」
「これも知らないの?・・まぁこれはまだ一部で言われてるだけだし、が知らなくても仕方ないか」
「え、プリンスさまって呼ばれてんの、一ノ瀬君」

 それは痛々しい!どこの少女漫画及び恋愛小説なんだ。普通つけねぇよプリンスさまとか。多分本人は認めそうもないが(むしろ嫌そうな顔をしそうだ)、呼ばれているという事実だけでなんだか痛々しい。そもそもここは芸能学校だというのにすでに一部からそう呼ばれているなんて・・・あぁそうか、ここも学校なんだな、と変なところで日常を感じた。でもプリンスさまはないよ。色々と。

「実力も容姿も一級品。他からも一線を画す、つまり卒業オーディション優勝候補のアイドルコース生徒をプリンスさまって呼んでんの」
「へー。・・・その理屈でいくと他にもいるわけ?プリンスさま」
「今のところSクラスで3人、Aクラスで3人がプリンスさまって呼ばれてるよ。ミーハーな一部にだけど」
「ミーハー・・・」

 あぁ、納得。なるほど、一般的に広まっているわけではなくて、ちょっとミーハー気質な中で流行ってる呼び方なわけね。どこの少女漫画の煌びやか生徒会メンバーかと思うような呼び名ではあるが、そういうことならばまぁ納得。・・。まぁ確かに顔はイケメンだし、ぶっきらぼうというか冷たい印象はあったけど歌も物凄く上手かったし、プリンスさまという呼び名もあながち間違いではないのかもしれない。呼ばないけどね!

「・・・なんか面倒なことに巻き込まれないかなぁ・・」
「うーん。女子の嫉妬はちょっと怖いかも。特にSクラスの生徒はプライド高いから、Bなんかと~とか、思われちゃったりして」
「冗談にならないんだけどそれ」
「まぁまぁ。でもこれが神宮寺様じゃないだけマシだって。一ノ瀬君人気あるけど近寄りがたい空気があるから、多分そこまで派手なことにはならないよ。多分」
「不安!最後不安!」

 多分て!多分てなんだよ!どうせなら断言してよお願いだから!苛めとかノーセンキューですよ私は目立たず騒がず無難に平穏に平凡に過ごしたいのであってそんなデンジャラスはいらないのであって!涙目で訴えれば二人は生温い笑みを浮かべるだけで、フォローの言葉が一切ない。は、薄情にもほどがある・・・!

「・・・マジでパートナー解消無理かなー」
「無理でしょ、今更」
「大体解消して他にパートナーいるの?」
「ですよねー」

 それに正直彼の歌はもっと聞いてみたいと思っちゃったりもしているので(純粋にすごく上手だし、聞き惚れる歌声だと思う)、このまま続投するのは確実だ。まぁまさか本人もこんなことで承諾した件を覆されるとは思ってはいないだろう。あ、そうだ。

「今日お昼は一緒に食べれないから」
「どうして?」
「一ノ瀬君と話し合いがあるんだよ。放課後は予定があるらしいから・・私もバイトあるし」
「そっか。わかった。じゃぁもしかして課題終わるまでは別だったりする?」
「相手の事情もあるから言い切れないけど、遅れを取り戻すにはそうなるかも」

 なにせ5日分、いや六日?一週間?・・・どの道期間の半分はもう過ぎていることに違いはなく、実質一週間で曲を仕上げなければならないのだ。あれこれ通常の課題と違いなくね?なんのための二週間?そんな疑問が出てくるも、パートナーを解消されてしまったのだから仕方ない。そういえば、あの子はちゃんとパートナーを見つけられたのだろうか。
 元パートナーを思い浮かべながら、教室中に鳴り響いた始業のチャイムに、はっと意識を戻した。・・・まぁ、なんとかなってるでしょ。少なくとも、私のような無茶振りはされてはいまい。
 おはやっぷー!と元気に入ってきた月宮先生にガタガタ、と周囲が椅子を鳴らす音を聞きながら、今日はどうやら朝から担任はお仕事らしい、と自習を言い渡す先生を眺めて、溜息を吐いた。