雨上がりの虹に永遠を願った、6月の間奏曲
突然だが、私の中学校のジャージ事情を話そうと思う。私の学校は学年でジャージの色が分けられていて、大体三色がローテンションでそれぞれの学年に回るようになっている。
色分けは赤・青・緑という王道の三色で、この中でもっとも人気が高いのは青だ。青のジャージは当たり学年と言われるぐらい他学年から高評価を頂いて、羨望の的なのである。次点で赤・緑とくるわけなのだが、緑が不評なのには訳がある。あれは、普通の深緑ではなく、何を思ったかエメラルドグリーンを体言しているなんとも言えない色味なのである。
その色と赤やら青やらを見比べれば、ねぇよ!!と思わずジャージを床に叩きつけたくなるほどの衝動にかられるわけだが、まぁ慣れればそれもまたよしというわけで。
ただ最初の頃は抵抗感があったらしい。うんまあ、エメラルドグリーンじゃね。さておき、こんなことを言っておきながら私の学年のジャージの色は赤である。エメラルドグリーンよりはマシだろうとはいいつつも、周囲からはやはりあまり好評とは言いがたかった。
個人的には別に普通に有というか問題はないというか全然オッケーばっちこい、だったんだが、友人としてはもっとカッコイイ色がよかった!ということで。つまり青を望んでいたわけだが仕方ない。それは私らの下の学年の色なのだから。
赤、とはいってもそんな鮮やかな超目立つ赤ではない。もっと地味目な、暗い暗褐色の・・・・簡単に言えば小豆色。更に言えば、所謂芋ジャーと呼ばれる王道ともいえそうなジャージだったのだ。むしろ逆に貴重、と思っていたんだが、まぁ色味は地味だしださいと言われても反論はできないので、それはそれでなかったことにして。
そんな苦楽を共にしてきた芋ジャー。成長期なんてどこいったの?と言わんばかりに最早身体への成長がストップかかり始めた私の体にはそれはぴったりと合っていて、しかも苦楽を共にとかいいつつそんな激しい運動を積極的にこなすわけでもないジャージがボッロボロになるわけでもなく。
結論。まだまだ現役続行よっしゃこい。
「だから買い換える必要性がなかったんだよー」
「だからって芋ジャーはない。もう学校指定のジャージなんて着る必要はないんだから、普通にもっと可愛いのとかカッコイイのとかにするでしょ!」
「そんな勿体無い」
まだまだ現役で着れるのに買い換えるとか勿体無い。そんなのお金の無駄だ。友人曰く、学校指定ではない、自分の好みで買ったのだろう可愛らしい色味のカラフルなジャージを見ながら、案外ジャージも高いし、と私は渋面を浮かべた。
その態度に偶には散財しなさいよむしろこれは必要経費よ!と熱く拳を握って訴えられる。個人的には無駄なので、やっぱり心には響かなかった。芋ジャーいいじゃん芋ジャー。
用途は同じだよただ見栄えするかしないかの差であって。アイドルコースじゃないし運動するためだけならなんでもいいじゃん。私が一向に改める様子がないことを悟ったのか、やり取りを眺めてた友人がでもねぇ、とちろり、と周囲に視線を走らせる。
「逆にそれ目立ってるけど?」
「・・・」
うん。知ってる。思った以上に皆様がジャージを新調している中、学校指定のジャージを着ている人間なんてほぼおらず。色味に派手地味はあれでも、大体市販の三本ラインのジャージとかを着こなしていて、こんな芋ジャーを着ているクラスメイトはいなかった。
普通のジャージが周囲を囲む中、芋色ジャージは確かに浮いていた。ちらちら向けられる視線も感じていた。
まぁ、普通は学校指定のジャージやら体操服やらを卒業してまで着る人間は少ないだろう。折角自分の好きにできるのなら、かっこいいものやら可愛いものやらを買おうとするのは人間の心理だ。着たとして大抵部屋着にするもので、外で着ようとする人間は少ないに違いない。それを実行するとしたら、元々学校指定のジャージが学校以外で着たとしてもさほど違和感のないデザインのものであるところぐらいだろう。
そんなことはわかっていた。目立つということも、芋ジャーがこのスタイリッシュな学園の中で浮くだろうことも。わかっていたし、想像もできていた。芸能専門なのだから、こんなジャージ、着る人間は少ないというかほぼいないということは。溶け込むにはここは新調するべきだったんだって。悪目立ちはよくないって、わかってたんだよ。理解してたんだ。だがしかし!
「まだまだ着れるのに買い換えるとか私には無理だったんだ・・・!」
「どこまで節約根性染み付いてんの!?」
「買い換える余裕があるぐらいなら貯金に徹したい。どうせバラエティとかでアイドルも芋ジャー着ることがあるって。芸人とかと一緒に」
「あったとしても今は着る必要はないからいいの。全く・・偶にはおしゃれにお金使いなさいよ」
「またその髪型が地味なのよね・・・丁度いいわ、ちょっと弄るからそこ座りなさい」
最早言っても無駄というか、別に本人達も本気で買い換えさせようなんて思ってはいなかったのだろうが、それでも芋ジャーはちょっと思うところがあるらしい。僅かに寄った眉間の皺を見つつ、肩を押されて椅子に座ると、ごそごそとポーチを漁ったクラスメイトは櫛とピンとシュシュ、それからケープとか諸々、スタイリング用の道具を取り出してずらっと机に並べた。すちゃっと構えられた櫛と手首につけられたシュシュがまるで臨戦態勢のようだ。
「・・・それは?」
「髪弄るのよ。の髪、一回弄ってみたかったのよね。いつも同じ髪型じゃ頭皮にも悪いし」
「あ、それいい。ついでに化粧もしちゃう?」
「化粧はいいや。そこまで時間もないだろうし。集合時間までに終わらせてね」
別に弄られること自体に抵抗はないのであっさりと承諾すると、二人はふふん、と口元に笑みを浮かべた。するりと髪を縛っていたゴムを抜き取られると多少癖のついた髪がさらりと肩を滑る。それに丁寧に櫛をいれられながら、そういえば、と目の前で色んなシュシュを取り出し始めた友人の手元を見つめて、ぱちり、と瞬きをこなした。
「今日、おはやっほーニュースの取材の日だったっけ」
「でも私たち授業中じゃん?それに、取材受けるのはSクラスかAクラスだろうし。HAYATO様生で見たかったのになー」
「テレビ撮影の現場も気になるしねー。確か、AとSからそれぞれ取材アシスタントが選ばれたんじゃなかったかな?」
「そっちのクラスばっかりずるいよねホント!あ、でも選ばれたのはプリンスさまたちらしいよー?」
「でも一ノ瀬君は辞退したって聞いたけど」
「あーそりゃ身内と好き好んで接触したいとは思わんでしょー」
「確かに。やりにくいよね」
「でもいつかは共演することはあるんじゃないの?ちゃんとアイドルになれたらって話だけど」
「それはそうだけどねぇ。まぁ、私情もちょっとはあるかもだけど、一ノ瀬君の場合実際何か用事があるのかもよ?性格的に私事でお仕事ふいにするような人じゃないし」
責任感とかプロ意識が強い彼のことだから、よっぽどがなければ要請を断ることは無いはずだ。まぁ、彼はHAYATOをあまり好いてはいないようだから、私情がないとは言い切れないけれど。髪を集めて頭上に引っ張られる感覚を感じながら、友人がピヨちゃんが所狭しとプリントされているシュシュを取り出したことにストップをかける。ファンシーすぎるよそれは。
「さっすが元パートナー。性格はよくわかってるって?」
「案外わかりやすいと思うよ、彼。・・シュシュならそっちの水玉がいいなぁ」
「えーピヨちゃんはダメ?」
「ちょっとファンシーすぎる。あと何か不吉な予感がする」
「不吉って」
なんだろう、それをつけることによって何かこう得体のしれない危険が身に迫るような得体のしれなさが、ね。とりあえずピヨちゃんは遠慮させて頂いて、無難に頭の天辺でお団子にされた髪に水玉模様のシュシュを取り付けてスタイリングは完了だ。
久しぶりに頭皮が突っ張るような髪全体が引っ張られるような感覚に奇妙な心地はしたが、すぐにその違和感も消える。
そしてそろそろ時間も頃合だ。椅子から立つと、時計を見上げたクラスメイトがそろそろ行く?と語尾をあげたので、頷いて教室を出る。
・・・アイドルには確かに体力はいるだろうけど、作曲家に体力は必要なのだろうか・・・。いや、必要なのか。お仕事に体力は不可欠ですよね。そして学生時代でもなければこれから定期的に運動することも減るだろう、と思いながら外に出ると、担任はすでにそこにいて、見慣れるジャージ姿で首から笛を提げていた。
うーん。これが日向先生なら体育教師!みたいな感じで似合うのだろうけれど、北原先生じゃあんまり似合わないな。白いジャージよりも白い白衣がよく似合う。完全に理系の顔立ちなのだから、それも当然といえるかもしれない。
そんなことをつらつら考えつつ先生の前に整列し、簡単な準備体操を終えて与えられた内容はランニングだった。この無駄に広い校内を十周してこいと。待って一周だけでもどれだけ時間かかると思ってるのこれただの拷問だよ!!某体育委員長と体育委員じゃあるまいし、走れるかそんなに!
無論女子といわず男子からのクレームも巻き起こり、北原先生はきょとんとした顔でパチリと瞬きをした。
「社長は一時間以内に三十周はできますよ?」
「基準を間違えてます」
思わず即答で突っ込んでしまったじゃないか。背の順のせいか一番前に立つ羽目になった私のツッコミに、うんうんと深く頷くクラスメイトたち。あの規格外な人間と一般人をいっしょくたにしないでくれなんだこの人微妙にずれてんな。
「普通の人間はこの広大な敷地内を一時間で三十周はできません。せいぜい三周が限度です。むしろ一周で十分です」
「どんどん減ってますね。そうですか、無理ですか」
じゃぁどうしましょうか、と呟くので、この人本当体育教師に向かないな、と溜息を吐いた。
「十周させたいのならコースの変更をしてください。というかカリキュラム考えたの誰です?」
「社長ですね」
「納得です」
そしてそれに大した疑問も抱かなかったあなたは大物です。日向先生他ならばきっと無理だろ!って突っ込んでくれただろうに・・・。どうしてこう、変なところで無頓着なんだ。おかしくね?というか、学園長が今日のカリキュラム考えたのか・・・。なら十周という数字はもしかして良心的な数字だったのか・・・?いやいや、でもないわ。うん。相変わらずどこかずれている。クラスメイトの生暖かいなんとも言えない視線をものともせず、北原先生はではグラウンドを十周、と内容の変更を言い渡した。最初からそうやって普通にしてればいいんですよ。目の前にグラウンドがあるのにフルマラソンとは言わずともそれなりに距離のある校内を指定してきたのはただの嫌がらせとしか思えない。
通常ならば、グラウンド十周なんて嫌!というブーイングが起こりそうなものだったが、その前の発言のせいか皆文句一つも言わずにスタート位置について黙々と走り始めた。
まぁ、たかがグラウンドと一口でいってはみたものの、この学園の規模を考えるならばその広さは推して知るべし。体力のない女子、あるいは男子にしてみれば地獄の沙汰もいいところだ。
かといってのろのろと歩くような速度で走っていては意味はないし、時間内に終えることもできないだろう。というかさすがにそれは注意が飛んでくると思うので、適度なスピードでペースを乱さず時間内に終えることが大切だ。マラソンとか嫌だーというクラスメイトの愚痴を聞きながらぐるぐるとグラウンドを回っていると、生徒はっけーん!というやたらと明るく弾むような声が聞こえて、走りながら視線を向けた。あれは・・・。
「え、うそ!あれHAYATO様だよ?!」
「おはやっほーニュースじゃん!え、どうしてここに?」
「校内を回ってたら偶々見つけたって感じかなぁ」
きゃー!という黄色い声をあげる女子生徒の中で、友人がびしっと背筋を伸ばして走る体勢やらちょっと乱れた髪やらを直してカメラを気にし始める。
色んな照明器具や音響マイク、カメラは勿論のこと多くのスタッフがHAYATOを中心に細々と動いている様子が見える。その横でなんか更にカラフルな髪色の生徒が見えたけれど、そういえばアシスタントかなんかしてるんだっけかな、と思考を巡らした。
「今は体育の授業中なんだって!芸能専門だけどこういう授業もしてるんだね~。地味だけど、アイドルって案外体力勝負なところもあるから、こういう地道な運動ってとぉっても大切なんだにゃ!」
丁度近くを通りかかったときに、ハイテンションでそんな声が聞こえて、そして顔も見えたものだから、思わずあーと内心で唸り声が出る。・・・テレビで見てたからあれだけど、生は結構衝撃的だわ。弟と同じ顔と同じ声で(いや、多少こっちのが高い、か?)あの行動と表情。なまじ弟とつい最近一緒に行動していたこともあってか、この違いは非常に目についた。
刹那、少しばかりHAYATOと目が合ったようにも感じたが、気のせいだろうとそのまま前を素通りする。
無表情というか、あんまり笑顔を見せない一ノ瀬君と、常に満面の笑顔が標準装備のHAYATO。なるほど、これほど性格やらテンションが違えば一ノ瀬君がHAYATOを気に食わないと思うのもそうかもしれないなー。しかし面白いな。なまじ同じ顔で、片一方を見知っている分、その違いはそこはかとなく笑いを誘う。
しかしあの衣装は毎回思うが何か間違えてないか?もっと普通の衣装でいいと思うんだが・・・アイドルを何か間違えている気がしてならない。そうは思いつつ、そのままスルーして距離を開ければ、クラスメイトはやや興奮した面持ちで「テレビ映ったかも!」と拳を握り締めた。
「てかHAYATO様かっこかわいいー!めっちゃ近かったよね今!」
「テレビの撮影ってああなってんのね・・・。勉強になるわ」
「見てるだけでも勉強になるよね。そういえばスタジオ見学とかも学園長の気まぐれでランダムに選ばれるって話だけど、あれいつになるんだろうね」
「その時はBクラスからも選んで欲しいよねー」
うんまぁ確かに。見学だけならしてみたいかもしれない。通常見ることのない世界は、大層興味をそそられる。そうだねーと頷きながら北原先生の横を通り過ぎる。そうすると丁度通った後に、HAYATOが北原先生にインタビューをしかけたようだ。あぁ、アイドル教師はインタビューしたけど作曲家はしてなかったのかもれないな。
「こちらにいるのはあ・の!超売れっ子作曲家の北原春明さんだにゃ!テレビへはあまり出演はしないんだけど、今回はおはやっほーニュースにだけ!特別に出演を許可してもらったんだにゃぁ。今日はよろしくお願いしますね、春明さん」
「えぇ、よろしくお願いします」
「ではでは早速質問にゃ~~!」
テンションの高いHAYATOとは裏腹にいつも通りの淡々とした対応に、扱い辛そう、と思うのだが、HAYATOはそんな北原先生を物ともせずにあのテンションでトークを続けている。普通ならしどろもどろになりそうだが、あのテンションで続けられるのはさすがトップアイドルといったところか。丁度生徒・・・この場合走ってるBクラスの生徒じゃなくて、アシスタントに選ばれたAだかSだかの生徒も交えて教師としての北原先生だとか作曲のことだとかを聞いているところは、お仕事なんだなぁ、としみじみと感じる。
ところでなんか妙に視線が突き刺さるんだが・・・なんだろう。ちらちらと遠ざかるおはやっほーニュースを横目で見ながら首を捻れば、横からどうしたの?と声がかけられた。
「いや、なんか・・・・なんでもない」
「なぁにーもHAYATO様が気になるの?」
「うーん。一ノ瀬君を間近で見たことあるからなぁ。双子でもホント違うものは違うもんだね」
普通は似通うもんじゃないかなぁとは思うけど、あぁも真逆になるもんかね。見分けがついていいとは思うけど。そう思いながら、ふぅ、と息を吐き出した。あぁ、十周はやっぱりちょっときついなぁ。