雨上がりの虹に永遠を願った、6月の間奏曲
自動販売機の前で財布から小銭を取り出し、投入口にがちゃがちゃと音をたてて差し込んでいく。丸呑みしていくかのように細い隙間から消えていく小銭を見送り、パッと並ぶボタンに購入可能のランプがついたところで、すっと後ろから伸びてきた手が自販機に手をついた。突然に伸びてきたそれにぎょっと目を丸くすると真後ろにある人の気配に僅かに身じろぎをした。誰かが近づいてくる気配は感じていたが、よもや人の真後ろに立つとは。
いや、そもそも、なんで、こんなに、近いんだ。・・・痴漢・・・?密着とまではいかないまでも、通常人が踏み入るに許されるだろう距離を大幅に越しているその近さに、ぴくりと指先が強張る。
というか、ボタンが。丁度掌の下に位置するボタンに、動きを止めて固まっていれば翳った足元で、ガコン、と取り出し口に落ちてくる飲み物の音が聞こえて俯いた。その瞬間、近かった後ろの気配がより近く密接になる。
首筋に感じる人の体温と、髪を掠める吐息。ふ、っと、耳孔に直接息を吹きかけられたようで、反射的にぞわぞわ、と背筋が泡立った。
「レディ。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
後ろから覆いかぶさるように、低く艶めいた声が直接吹き込まれる。むず痒いような気持ち悪いような、なんとも言えない感覚にぞわっと走る悪寒が首筋の産毛を逆立てた。
その聞き覚えのある低い声音に、真後ろにいる存在が誰かをその時ようやく察して、ほっとしたような、どちらにしろ恐怖のような、となんとも言えない気持ちに駆られてむっつりと口を閉ざした。
背後にぴったりと体を寄せて、人に覆いかぶさる姿ははっきりいって危ない。美形だろうがイケメンだろうが、男が女に対して取る行動としては痴漢、変質者と罵られて攻撃を受けても可笑しくない体勢だ。それをしないのは一重に後ろにいる相手にそういう意図はないだろうとわかっているからで、そして彼がそういうキャラというか性格、性質の人間だと理解しているからである。無駄に人に誤解を与えるような行動を意識的に行う性格なのだろう。
女がみんなこの行動に胸をときめかせると思っているのなら、自惚れ乙!と爽やかに言ってのけたいところである。まぁしないけど。
多分彼の影に隠れて誰からも見えない状態にあるだろう自分自身に、本当に、一歩間違えれば痴漢そのものだと思いながら、体格差がこんなところで仇になるとは、と顔を顰めた。てかこの学園さりげない痴漢というか変質者というか男子のスキンシップ激しいというか・・・もう少し自重を覚えるように誰か進言してくれないだろうか。人が人なら本当に悲鳴をあげられても可笑しくはないと思うんだけど。
そう思いながら、あえて神宮寺君の囁きを無視して腰を曲げる。動いたことで少しばかり神宮寺君が離れたことにほっとしながら、取り出し口から落ちてきたものを拾って、物を確認すると私は溜息を吐いた。
「・・・これ、あげるんで、もう少し距離を取ってください」
「え?」
振り向きつつ無理矢理落ちてきたものを神宮寺君に押し付けて、あぁ私の110円・・とほんのり切ない気持ちになった。缶を無理矢理手渡された神宮寺君はきょとんとした顔をして、自分の手元を見下ろす。それから、僅かに顔を引き攣らせた。
「・・・奢るよ」
「ありがとうございます」
彼の手元の、季節はずれの「お汁粉」はなんだかとても切なかった。てか何故未だにお汁粉が自販機にあるのか、そのチョイスが不思議で仕方が無い。
※
どうしてこうなったのか、理由はきっと最後までわからないままだ。
とりあえずあの場では色々と差し障りがある、ということで神宮寺君に奢ってもらった缶ジュース片手に(そこでまたひと悶着あったのだが、割愛させてもらおう)、促されるままついてきたのは、誰も居ない楽器教室だった。あらゆる楽器が整然と並ぶそこは、しかし利用者が少ないのかいささか埃っぽい。これだけ立派な、且豊富に楽器があるというのに利用者が少ないとは、なんとも勿体無いというか宝の持ち腐れというか。
あるいは、この教室の存在すら知らない人間も多くいるのではないか、とそう思う。まぁ私もピアノぐらいしか弾けないので、トランペットとかフルートとかチェロとかドラムとかなんかよく名称のわからん楽器とか、とりあえず色々と並んでいるそれらを弾けるかと問われれば無理としか言えないのだが。
誰かここを有効活用してくれるようなミラクルな生徒が現れることを祈ろう。使われることがなくなって久しいのだろう楽器に同情の視線を向けてから、改めて前に立つ神宮寺君を見やる。
楽器の保存のためか、カーテンの締め切られた教室は薄暗く、神宮寺君の濃い目の金髪をどこかくすんだ色に見せていた。セピア色のようなその色合いにぼんやりと似合うなぁ、と思いつつも、暗いとなんだか気が滅入るので、壁際にあるだろう照明のスイッチに目を向けた。電源をいれようと手を伸ばしたところで、沈黙していた神宮寺君がその動きを制限するかのように口を開く。
「ねぇ、レディ」
「はい?」
一瞬動きを止めたが、それでも殊更大袈裟に反応することもなく、なんなく辿り着いたスイッチをいれると、一瞬チカチカ、としてからパッと天井が明るくなった。セピア色だった教室が明るさを取り戻し、神宮司君に向き直るといささかの苦笑が目に入る。
「結構マイペースだね、レディは」
「はぁ」
・・・まぁ、否定はしない。それでもこの人に言われたくはないな、という少なくはない反骨精神みたいなものを出しつつ、視線でそれで?と促した。わざわざ人の真後ろに痴漢のごとく近寄ってこんなところまで連れ出したのだ。今まで一ノ瀬君経由で、尚且つそれですらろくな会話もしたことのない私に、彼がそこまでの接触を図ってくるとは思えない。
知り合い、と呼ぶにもおこがましいような、ただちょっと顔を見知ってる、程度の他人に対して、何故彼がアクションを起こしたのか。その理由と原因に察しがつくような気のせいであって欲しいような・・ともかく、いい予感はしないまま警戒するようにくっと目に力を篭めれば、急に明るくなって眩しかったのか、細めた目で神宮寺君はふっと笑みを浮かべた。
「龍也さんから聞いたんだけど、君が俺の曲を作ってくれるんだってね?」
「は?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
内心で二度、繰り返しながら目を丸くすれば、神宮寺君はおや?とでもいうように首を傾げた。予想していた私の態度と違っていたのだろうか。いや、違っていたのだろう。
だって、そんな話、私聞いてない。いや、聞いていないのではなく、これは・・・。お互いに無言でしばらく顔を見つめあいながら、恐らく頭の中で現状を模索しているはずだ。
強張ったというよりも微妙なズレが生じた空間で、いやに重たい沈黙が辺りに横たわる。まじまじと互いの顔を見やってから、神宮寺君はどこか困ったような、疑問を浮かべたような、ともかくも戸惑った顔でそれでも薄い笑みを浮かべて見せた。
「Bクラスの、さん、だよね」
「他にBクラスには同性同名の生徒はいなかったように思うので、私だとは思いますが」
「そうだよね。俺がレディの顔と名前を間違えるはずはないから」
あぁそうですか。さらりと有益なようなぶっちゃけどうでもいいような特技を告げながら、神宮寺君は可笑しいな、とさらりと首筋を撫でるように髪をかきあげた。
「龍也さんから、君が今回俺の曲を作るようになったって聞いたんだけど・・・」
「それは、初耳ですね。そもそも、どうして私が神宮寺君の曲を?パートナーを組むような課題は出てなかったと思いますけど。テストももう少し先ですし」
言いながら、ぎゅっと缶ジュースを持つ手に力を篭める。べこり、と僅かに凹みを見せた缶に、少しだけ意識して手の力を緩めたが、それでもわなわなと震える手を隠すことは出来なかった。しかし、少しばかり距離のある神宮寺君にそんな私の様子はわからないだろう。いや、それにしても、あの教師。
「外堀から埋めにきやがった・・・」
「え?」
「いいえ。それで、どうしてそんな話に?」
唸るような声で低く呟くと、聞きとがめたのか神宮寺君がぱっと顔をあげる。それに笑みを浮かべながらこてり、と首を傾げると、神宮寺君は僅かに目を眇め、それでもどこか余裕の態度を崩さないままそうだね・・・ともったいぶった様子で口を開いた。
「まぁ、聞いていないならそれでいいよ。むしろそっちの方が都合がいい」
「は?」
都合がいい?ふっと、息を吐いた神宮寺君が、一瞬顔から表情を消す。いつも軽薄な薄い笑みを浮かべていたそれがなくなると、一層彼の顔が整っていることがその一瞬で突きつけられたようだ。日本人にしては彫りの深い顔立ちが、焦燥と憂いを篭めて陰りを帯びる。けれど、それも本当に一瞬のことだった。すぐに彼はまた薄い笑みを浮かべると、こつこつと靴音をたててこちらに近づいてきた。
優雅な動作でゆっくりと、けれど逃げることを制するように威圧的に。思わずごくりと喉を鳴らすと、正面まできた神宮寺君は背を丸めてそっと私の耳元に顔を寄せた。
湿ったような生暖かい吐息が耳朶に吹きかかる。
「レディ、お願いがあるんだけど」
「お願い、ですか」
「そう。もしも、この件で龍也さんから何かいわれたら、断って欲しいんだ」
ねっとりと絡みつくように、吐息混じりに囁きに載せたお願いに、わざわざ耳元で囁く意味って・・・と思わず白い目を向けそうになる。諏訪部さんの声はやっぱこう、ねっとり感が半端ないというか、いい声な分恥ずかしさも倍増というか、うん。キモチワルイ。褒め言葉でも暴言でも好きなように取ってくれて構わないが、とりあえず耳元はやめてほしい。
心の底から距離を取りたい、と思いつつ、神宮司君の申し出は願ってもないことだった。恐らく、というか十中八九、彼の退学云々の件について日向先生がいらんことをやり始めたのだろう。あの時彼が言おうとしていたのはこのことだったのだ。聞かないで逃げたのだから、私がこの内容を聞いていないのも当然である。私に取り付く島もないとみて、神宮司君から攻めて逃げ道をなくそうとするとは・・・まともそうに見えてあの先生も大概だ。
まぁ、あの学園長の下についている限り、食えない部分があることはわかっていたつもりだが・・それにしたってこのやり口はどうよ。なんで私を巻き込もうとするんだ!日向先生酷い!私言ったよね!?SかAの生徒使えって言ったよね?!なんでそこに私を巻き込むの!!
・・・まぁ、どうやら神宮寺君には本当にやる気はないというか、彼から攻めたところでどうやら無駄なようではあるが。日向先生ドンマイ、といいながらも、ざまぁみろ、と鼻で笑う。嫌がる人を無理矢理巻き込むからだ。いささかの溜飲をさげて、私は耳元から退いた神宮寺君に視線を合わせてこくりと頷いた。
「事情はわかりませんけど、わかり」
『ちょぉっとオマチナサーーーーイ!!!』
本当は大方察しはついているのだが、語る気がないことを語らせる気もない。そこまで私は彼と親しくはないし、わざわざ面倒そうなことに首を突っ込みたいとも思わない。
だからこそ、何も知らないふりをして彼の提案に乗っかろうとしたところで、楽器教室中に轟くような声がビリビリと空気を震わせ、私のみならず神宮寺君さえも滅多にないほど目を見開いて勢い良く周囲を見回した。
「ボス?!」
「あぁ・・・」
驚いた様子で目を白黒させる神宮寺君とは裏腹に、思わず生気の抜けた目で虚空を私は見つめた。どうしよう・・・これは回避不能ルートに入ってきたぞ・・・?
遠い目をする私を尻目に、どこからともなく学園長の声が教室中に響き渡る。エコーがかかって居場所を特定させないのはどういったつもりなのか。四方八方から聞こえてくる声は正直不気味でしょうがない。
『話は聞かせてもらいマシタ。Mr.ジングウジ。事情を話さないまま事を進めるのはフェアではアリマセーン!』
「それ以前に盗み聞きは犯罪ですよ、学園長」
『大事の前の小事デース!!Miss.には、事情を知る権利がアリマース!』
さらっと犯罪を認めやがったな!!そしてさらっと流しやがったな!!人の苦言をさらりと聞き流した犯罪者、もとい学園長のそんな言葉と共に、ぐるん、と天井の一角が回転をした。ぎょっと目を見開けば、その裏返った天井にべたりと張り付いた学園長が、キラーンとサングラスを反射させる。・・・・・・・・・・お前は忍者か!!てかこの学園はなんなんだ?!どういう仕掛けをしてるんだ!笹山君と夢前君じゃあるまいし、カラクリ屋敷にでも改造してるのか?!だらーんと垂れるハート模様のネクタイと天井に張り付く学園長というシュールというよりも不気味と言うしかない状態で上から見下ろされ、私は顔を引き攣らせてHAHAHAHA☆と笑う彼を見上げる。
「ボス、そんなところに・・・」
「Mr.ジングウジ。彼女は片足とはいえ、すでにこの件に関わってイマース。事情を話すことは、いわば義務!」
「いえ、別に私知りたくな」
「Miss!Mr.ジングウジは、この件を無事にクリアーしなければ、学園を退学になりマース」
・・・・・・・・・私に、拒否権ってものは、ないんですかね・・・?問答無用で神宮寺君の事情とやらを語りだした学園長に、ハハ、と乾いた笑みを零す。
神宮寺君は勝手に話し出した学園長に抗議をするわけでもなく、むしろ溜息を吐いてしょうがないか、という諦めを見せている分、どうやら大分彼の人となりを理解しているらしい。曰く、抵抗しても無駄だと。
その様子に、一番この事について憤りを覚えてもいい人物が受け入れているのならば、私がここで抵抗してもどうしようもない、とこちらも聞き入れる体勢を取る。
「退学、ですか」
「そうデース!いわば今回の件は彼にとってのラストチャンス!残るか、去るか。究っ極の!二択!」
「・・・神宮寺君はあまり乗り気ではないようですが」
本人にやる気がないなら、二択もなにもないのでは?ちろり、と視線を向ければひょい、肩を竦められる。さっきだって断るように、とか言ってきたぐらいだし、本人は辞める気満々のようなんだが。というか。
「それで、どうして私が彼の曲を作らなければならないんですか?私と彼とはあまり接点もありませんし、顔見知り程度であまり話したこともありませんし・・・それに確か神宮寺君はSクラスでしたよね?私よりも彼の才能を活かせる生徒はたくさんいると思いますが」
なんでわざわざ遠いクラスの私が、これまた実力違いの相手の曲を作らなければならないんだ。一ノ瀬君のときは状況が状況だったしパートナーを組んだけれど、今回の件については本当に関わりがない。彼の退学云々など私に関係ないし、どうでもいい事柄だ。よしんば彼が退学をせずにすんだところで、私の利点などどこにもないし。真剣になる理由もなければ、親切心を起こす理由さえも見つからない状況で、巻き込まれる意味がわからない。
課題でもテストでもない、本当に彼が在学するか退学するかだけの内容で、私が自分の時間を削ってまで尽くす理由などあるのだろうか?ぶっちゃけ、ない。
溜息混じりに正当な理由があるならば教えて欲しい、とそんな気持ちで天井に張り付く学園長を見上げれば、彼は張り付いたまま(いい加減降りないだろうか・・・見上げるのもそうだが見下ろすにも辛いと思うんだが。あとやっぱり不気味)ふっと口角を持ち上げた。
「Youならできると、判断したからデース!」
「意味がわかりません」
「Mr.イチノセを変えたYouなら、Mr.ジングウジも変えることができるかもしれまセーン!」
「・・・イッチーを?」
ぴくり、と。神宮寺君が反応を示す。腕を組んで事の成り行きを黙って見ていた彼が、その時初めて「私」に興味を示した様子だった。合わせられた視線が、好奇心に煌いて見える。それに眉を潜めつつ、私は溜息を吐いて小さく首を横に振った。
「学園長、それは違います。彼が変わっただとかどうだとかは、正直私にはわかりませんが、仮に彼が変わったのだとして、それは私が彼を変えたのではなく、彼が彼自身の努力によって変わったんです」
「そうだとして」
不意に、学園長の声が低さを帯びた。それは今までの底抜けに明るくも、人に考えを読ませないような高さではなく、真剣味を帯びた彼の本来の声色。目を軽く見張って学園長を仰げば、彼は相変わらずあの体勢なのだが、サングラスの奥の目が妙な威圧感を醸し出している、ような気がする。全く見えないのでなんともいえないが、上から見下ろされているという理由だけではなく感じる圧迫感は息を呑む。
「仮に、そうだとして切欠を作ったのは間違いなくYouデース。切欠なくして、人は変われマセーン」
「・・・まぁ、そうかもしれないですね。でも、それはやはり一ノ瀬君自身が変わろうとしていたから切欠に成り得たんです。彼が、彼自身をどうにかしようとしていたから、偶々そのタイミングで私がいたにすぎません」
まぁ、全く関係がない、とまで謙遜はすまい。少なからず影響は与えたんだろう。何が影響になったのかは知らないが。とりあえずそこまで反論することでもないだろう、と区切りをつけて小さな同意を示して、けれども根本的には彼自身の努力の賜物なのだということだけは言っておく。そうでなければ、彼があれほどすっきりとした顔をするわけがないのだから。
全てが他人の力だというのならば、彼の努力はなんだったのかという話になるし。変わる気がある人間と、ない人間では、あり様がまた変わってくると思うのだが・・・。
そこで話を終えると、今まで静観していた神宮寺君が、ふぅん、と鼻を鳴らした。
「なるほどね」
「・・・神宮寺君?」
「イッチーがあのテスト以降、どこか吹っ切れた様子だったのはレディのおかげってわけか」
「少なからずの影響はあったかもしれませんが、でもそれは」
「イッチー自身の力だって?そうだね、そうかもしれない。でも、レディがいなければきっとイッチーはあのままだったんだろうね」
そういって、神宮寺君は掌で口元を覆うとくすりと笑う。眉を潜めれば、神宮寺君は天井を見上げて学園長に目を合わせた。・・・・・だからあの人は、いつまであの体勢でいるつもりなんだろうか・・・?
「わかったよ、ボス。正直今回のことはもういいかと思っていたけど、レディに少し興味が出てきた。もう少し付き合ってみるのも悪くはないね」
「それは何よりデース!では、二人でパートナー組んじゃってみてクダサーイ!」
「え!?いや、いやいやいや?ちょっと待ってくださいよ!」
待て待て待て!なに「無事に決まったね!やったぁ☆」みたいなノリになってんの!?私一言も了承してないよね?!
「わ、私に神宮寺君の手伝いをする理由が微塵にもないんですけど?!そもそも、実力の差にも着目していただきたいというか、私の意思は!?」
「今回のことに協力すれば、食堂を一ヶ月無料で利用券をあげちゃいマース!」
「サオトメイトの商品無料あるいは半額を二ヶ月でお願いします」
即座に提案を被せると、早乙女学園長は一瞬沈黙して、ぐっと親指をたてた。
「交渉成立☆」
「・・・・・・・・・・・ハッ!」
「今更取り消しは効きまセーン!二人で頑張っちゃってクダサーイ!」
「あぁあああぁぁああ待って学園長ーーーー!!」
しまったあああぁああああぁぁぁぁ!!!!私の泣き声混じりの静止の声も、学園長は笑って跳ね除けるとぐるん、と天井の板を回転させて姿を消してしまった。遠のく笑い声がなんだかとても虚しく聞こえる。だからあんたは忍者かっていうか、やっちまったぁぁぁぁぁぁ!!
無様に天井に手を伸ばしたまま、茫然自失状態で呆けている私の肩に、ぽん、と手が置かれる。それにびくりと肩を跳ねさせて恐る恐る後ろを振り返れば、哀れみのような呆れのようななんとも言えない顔で、神宮寺君が薄っすらと笑みを浮かべて見下ろしていた。
「よろしくね、レディ」
「・・・・・・・・・・・・よろしくお願いします・・・」
あぁ、お父さん。私は、何故こうも面倒なことに巻き込まれてしまうのでしょうか。
小さな、小さな声で。なんとも言えない微妙な笑みを無理矢理に浮かべた私に、神宮寺君は慰めるように二度、ぽんぽん、と肩を叩いた。
埃臭い楽器教室がこれまた物悲しさを演出して、学園長が消えた天井の一角を見つめて、私は溜息を吐いた。物につられた我が身が、今はただただ虚しいです・・・。