雨上がりの虹に永遠を願った、6月の間奏曲



~どうしたのよ」
「朝からお通夜みたいな空気出してさ。何かあったの?」

 そう、心配そうな声色で机に力なく突っ伏す私に声をかけてくれる友人達に、なんでもないよ、と答える気力すらない。両腕を投げ出し冷たい教室の机に額を押し付けて、昨日から襲い掛かる自己嫌悪とこれから先の不安しかない未来に撃沈している。
 にゃんこに癒されて一日寝れば立ち直るかと思ったのだが・・・あぁそれにしても昨日の行動が悔やまれる・・・!

「物にさえ釣られなければ・・・っ」
「え?何?」
「何に釣られたって?」

 聞き返すそれに力なく笑みを返して、しかし起き上がる気力もなくまたしてもべたりと机に額をくっつける。あぁ・・・本当にあの時の行動は悔やんでも悔やみきれない。長年しみついた主婦根性がよもやあんな事態を招くとは思わなんだ。
 今更やりませんなんて言ったところでスルーされるだけだろうし、かといって私が手を出したところでどうなるってんだ?神宮寺君の実力など知らないが、Sクラスの生徒というだけでも気後れするってのに、わざわざ先生方が救済処置をとるぐらいの才能だ。少なくとも私と釣りあいが取れるようなそれではないことは明白である。なぜそこでSクラスおよびAクラスの生徒をぶつけない。
 なぜ私によこすんだ。菓子折りまでつけるからのしつけて返させてほしい。
 大体変えるとか変えないだとかさぁ、とどのつまり本人のやる気なわけで、やる気がない相手に誰がどんな言葉かけようが届きはしないわけで、私そこまで神宮寺君に思い入れないし!一ノ瀬君でさえ特別どうこう言ったわけじゃないし!あぁもう本当に、何を期待して人を巻き込みやがったんだあの人たちは!
 大体神宮寺君なんかトラブルメーカー、とまではいかずとも、似たようなものじゃないか。
 あれに関わったら絶対面倒くさいことになるんだ。主に女性関係で面倒なことになるに決まってる。一ノ瀬君の時でさえ女子からの風当たり強めだったのに、それがあのたらしになるとそりゃもうどういうことになるか・・・。

「まずい、知られないようにしないと・・・」
「さっきから一人で何ぶつぶつ言ってんの?」
「それよりさ、次合同授業だよ?早く移動しようよ」
「・・・合同?」

 幸いにもこれはテストやら課題やらが絡んだものではなく、完全なる個人問題である。デリケートな問題だから早々噂が出回ることはないだろうし、よしんば出回ったところで私の存在がばれなければトラブルは少ないに違いない。
 問題はいかに私の存在を周囲に知られないようにするかだが・・・まぁ、なるべく神宮寺君と二人でいるところを見られないようにするしかないだろう。
 彼の曲を作るのだから接触は最低限はしないといけないだろうが・・・ただあの目立つ人間とどう目立たずに接触するかが問題だ。
 しかも周囲の目も関係なくあっちから声をかけられた日には、噂なんぞ光の速さで駆け回るに違いない。・・・向こうからの接触にも注意しなくては。
 あぁなにこの難易度の高い試練。如何にこの件を水面下で終わらせるかに悩ませている頭に、ふと友人の声が届いてぱっと顔をあげた。・・・ん?

「あれ、合同授業なんて昨日言ってたっけ?」
「今朝急遽決まったってHRでセンセー言ってたじゃん。聞いてなかったの、
「あー・・よそ事に気を取られてて聞き逃したかも」
「めっずらし。だったら早く行こうよ。今回は珍しくCとじゃないんだし」
「あれ?そうなの?」

 大体合同授業といえばCクラスとがほとんどなのに、今回は違うんだ。
 目を丸くすると、友人はそれも聞いてないの、と肩を竦めた。

「今回はAクラスとだってさ!珍しいよね」
「プリンスさまを間近で拝見するチャンスだよ!」
「ふぅん。コース別でもないんだね」

 大抵人数が少なくなるコース別に二クラス合同の授業が行われることが多いものだが、今回は一クラスまとめてなのか・・・。ということはバラエティ授業かな?トーク練習かもしれない。となると作曲家コースは今回はあまり出番はなさそうだ、と思いながら席を立つ友人に合わせて私も椅子を後ろに引いた。
 ガタガタと床と椅子の足が擦れあう音が教室の雑音と混ざり消えていく。
 教室の出入り口の前で待つ友人を追いかけるように爪先を向けて、ふと首筋がぞわぞわするような妙な感覚を覚えて、咄嗟に生え際に手を這わせた。

「・・・悪寒?」

 ・・・何故に?





 二クラス分の人数となると通常の教室よりも広めの設計になっているとはいえ、窮屈さを覚えるかと思いがちだがこの学園に窮屈なんていう言葉は無縁のように思える。もう一クラス分集まっても支障はないんじゃないかと思うぐらい広い教室に、見慣れた自分のクラスの生徒と見慣れないAクラスの生徒が入り混じることなく分かれているのはなんともいえない。
 やはりクラスが違うと自然と分かれるものなんだなぁ。しかも通常合同で一緒になるクラスではない分、どこかぎこちない空気も流れている。・・・まぁ、こっちからしてみればAクラスも十分エリートクラスみたいなものだし、敬遠しがちになるのは仕方ないというものだ。

「なんかオーラが違うね、オーラが」
「エリート臭がするわねぇ・・・」
「それは言い過ぎだよ」

 Sクラスよりはマシだと思うよ。あそこほんとエリート臭が半端ないから。Aクラスはまだこっち寄りだよ。うん。まだ、だけど。
 ふおぉぉ、と興奮気味にきらきらとした目でAクラスを凝視する友人に肩を竦めると、「あっ!」と一際大きな声を出してぐいっと肩に腕を回された。
 そのまま引き寄せられると、興奮気味な声で友人がとある方向を指さす。

見てみて!プリンスさま達だよ!」
「あ、七海さんと渋谷さんもいるよ。仲良いんだね、あそこのグループ」
「七海さんって言ったら、Aクラスの作曲家コースで常に一位取ってるぐらいのすごい子なんだよ。この前のテストでも一位取ってたし、のライバルだね!」
「いやいや、足元にも及ばないでしょー」

 言いつつ、友人が指し示す方向を見て目元をピクリと動かした。あの信号機のごとくカラフルな頭って・・・。頭一つ抜きんでて大きいふわふわの金髪、その次ぐらいに鮮やかなサラサラの青い髪、ほぼ同じ高さの派手で多少跳ねのある赤い髪。さらにその横には赤よりもやや落ち着きのある紅の巻き髪に、サーモンピンクのさらさらのボブカットがあり、なんて目に優しくないカラフル具合、と思わず目頭を押さえた。

「はうん。やっぱりプリンスさまかっこいー。特に聖川様麗しい・・・!」
「ミーハーね・・・。でも、確かに顔面レベル高いよね。目の保養~」

 イケメンにはやはり弱いのか、うっとりとした様子で仲がよさそうに話している目立つ髪色のグループに見入っている友人二人を尻目に、私はあちゃぁ、とばかりに頬を掻いた。・・・そういえば、Aクラスってあの人たちのクラスだったっけ・・・。ぶっちゃけ遠目に見かけたり話に聞いたりするぐらいであれ以来一切の接触がなかったものだからその存在を忘れかけていた。
 おまけに昨日はといえばあんなことがあって・・・あ、ダメだ地味にテンション落ちる。今はとりあえずそのことは忘れよう、と小さく頭を横に振り、教室の女生徒の視線を集めながらあまり頓着をしていない様子で(まぁ別に、クラス中から一身に集まっているわけではないし)会話をしているのだろう彼らを見やり、まぁいいか、と視線を外した。あれから大分時間も経ってるし、今更私に用も何もないだろう。未だ探しているような噂は聞くが、クラスを訪れることもなくなって久しい。ほとぼりも冷めた頃、というところか。こちらから声をかけることなどないだろうし、放置していても特に問題はなさそうだ。
 あぁでも、とりあえず、あの金髪眼鏡男子だけは注意しておこう。あとあの赤い髪の一十木君も。奴らは危ない。自重しろ的な意味で危ない。特に眼鏡男子。
 思わず拉致られたときの生死の境を思い出し、遠い目になったところで聞きなれた不自然に高さを作っているような声が、教室の前から聞こえた。

「おはやっぷー!Aクラスの皆、Bクラスの皆、授業始めるわよーん!」
「今日の授業はバラエティ番組に向けてのトーク授業です。主に対象はアイドルコースの生徒になるので、作曲コース及び順番待ちのアイドルコース生徒は、観覧客役として評価を行ってください」

 テンションの高い月宮先生の横で、淡々と今日の授業内容の説明にしている北原先生の姿はいっそシュールである。なんだこのテンションの違い。
 しかも華やかな月宮先生と比べてうちの担任は、見た目的にはそういう要素に欠ける分またなんともいえないというか・・・。顔の作り的には悪くないんだが、いかんせん恰好に頓着してないせいか野暮ったくみえるんだよね。私が言えた義理ではないが、クラスの女子から勿体ないというお言葉はチラホラ聞こえる。
 さておき、そんな日向先生とはまた別の意味で正反対の二人からの説明を受けて、簡単な会場設営(まぁ机をちょっと下げて前に椅子を置いた程度の簡易的なものだが)を行い、先生からランダムに選ばれたアイドルコースの生徒が、前に出てテーマごとにトークをする、らしい。
 仕事では毎回同じ相手を仕事をするわけではないし、まったくの初対面の人間だっている。見ている人間だって毎回同じ人間なわけではないから、いつもと違う空気の中でどれだけ話術を発揮できるか、が今回の目的らしい。
 確かに、いつもとちょっと違う、しかも違うクラスも混ざってという人の目は慣れたクラスメイトの目よりも緊張を誘うだろう。
 話す相手にしたってまったく知らない相手も混ざるのだ。うまいこと盛り上げることができればいいが・・。これ、組合せの種類にもよるよね。ボケばっかりの面子が集まったらどうしようもないだろうし、突っ込みばかりでもあれだろうし。そこらあたりは先生考えてたりするんだろうか、実は。
 ガタガタと椅子を鳴らして座りながら、どきどきするー、と胸を押さえて深呼吸をする友人に笑みを浮かべつつ、今回は関係なくてよかったな、とほっと息を吐いた。
 評価しなければならないのは面倒だが、まぁなんとかなるだろ。
 シャーペンとメモ用紙を広げながら、さてどんな内容になるやら、と顔をあげたところでひくり、と口元をひきつらせた。

「わぁ・・・近いなぁ・・」

 ・・・めっちゃ前に彼らがいらっしゃるんですけど?丁度私の前にサーモンピンクの・・・七海さんだったか。が座り、その左隣に消去法で渋谷さんとやらが座り、右隣に連続して赤青黄が並んでいる。友人が緊張もなんのその近いぃぃ!と拳を握って悶えていたが、近すぎる距離に物凄く落ち着かない。
 話し声も聞こえるしちょっとした横顔だとかも見えて、思わず俯いてメモ用紙を見つめた。

「誰と組むことになるかなー緊張するわぁ」
「友ちゃんならきっと誰と組んでも楽しくお話しできますよ」
「そうかなー?まぁ、心配なのはまさやんと那月よねぇ」
「そうですかぁ?」
「む。やるからには全力で挑むのみだ」
「そういうところが心配なんだって。マサは真面目に取りすぎるところがあるからさぁ」
「真斗君はそこがいいところなんですよぉ。頑張りましょうね、真斗君」
「あぁ。四ノ宮もな」

 ・・・・・・・・・・・まぁ、真後ろにいるけど全く気付いてないみたいだし、いっか。普通に横にいる友人との会話のみに集中している様子に近いとはいえ後ろの席だし、わざわざ振り向かなければ視界にも入るまい、とほっと胸を撫で下ろす。授業が始まればそれこそ前にのみ集中するだろうし、後ろの人間なんて気にもしないだろう。
 いささかこの距離感に戸惑いこそ覚えるものの、気にさえしなければ案外気にされないものだ、と思い直して私も前を見ることにした。
 それに、こんなに近くで美少女を拝見することもあまりないわけだし。声もいいし。むしろ目を閉じて声だけ聞いていたいぐらいだ。
 そんなことを考えながら、カチカチとシャーペンをノックして芯を出し、準備をすませるともう一度顔をあげる。
 北原先生がアイドルコースの生徒の名前を呼び、ガタガタと椅子が鳴る音がする。立ち上がって数人の生徒が緊張した面持ちで前の椅子に座り、月宮先生を進行役にしてテーマトークが始まった。
 内容は割愛するが、やはり得意不得意に分かれるものだなぁ。ボケと突っ込みのバランスもあるし、緊張が抜け切れない子もいるし、会話に参戦できない子もいる。その辺りは練習あるのみ、とグループごとにメモを取りながら、たまに観覧側も先生からの指名があって気が付いたところなんかの批評なんかも言わされたりして、案外普通にトーク授業は進んでいった。
 たまにマジで面白いトーク披露するグループがあるからただ見ているだけならマジで面白い授業なんだけどなぁ。
 そうしている内に、横に座る友人の名前が呼ばれる。呼ばれた友人ははっと顔を上げると、一回きゅっと唇を引き結んで、こちらを振り向いてぐっと拳を握った。

「行ってくるね・・・!」
「がんばれー」

 小声で呑気にエールを送れば、次に呼ばれたのは目の前の席に座る人物だった。

「Aクラス渋谷友知香、四ノ宮那月」
「あ、呼ばれた。那月と一緒じゃん」
「わぁ、頑張りましょうね。渋谷さん」
「渋谷と一緒なら安心だね」
「頑張ってください、友ちゃん、四ノ宮さん!」
「渋谷、四ノ宮を頼んだぞ」
「任せといてってば。って、やば。いこ、那月」
「はぁい」

 ・・・家族・・・?席を立って周りよりも一歩遅れて前の席に座るAクラスカラフルヘアーの面子を見送りながら、こてりと首を傾げた。
 今の会話、まんま子供を心配する親としっかり者の姉と天然の弟みたいな感じだったんだが・・。ちなみに七海さんと一十木君は妹とか弟ポジションだろう。仲いいんだな、本当に。なんだかほのぼのする、と思いながら友人に一瞬憐みの視線を送った。・・・あんな目立つ連中と同じグループになるとは、幸か不幸か・・・呑まれないといいんだが。
 そんな心配もちらっとしつつ、始まったテーマトークに耳を傾け、顔色を伺う。友人はいつもと違う空気にか、それともグループメンバーにプリンスさまがいるからか、いささか緊張した顔をしていたが、渋谷さんたちはあまり緊張しているようには見えない。むしろこの状況を楽しんでいるような、いい意味でのリラックスさを感じる。ふむ。度胸はいいんだなぁ。話しの起承転結もまとまって面白いし・・いや、四ノ宮君は話がふわふわして要領が掴みにくい。ていうか独特というか天然すぎるというか・・・電波?しかしそこを渋谷さんがうまいことフォローするから、面白い感じにまとまっている。
 友人のトークの時も渋谷さんはうまいこと合いの手をいれてくれて、結構な盛り上がりを見せた。どっと起る笑いに・・・これは、渋谷さんのトーク技術の高さが伺える。
 てか突っ込みがいい感じ。やっぱり話にはボケと突っ込みが必要だよねぇ。メリハリっていうか、そういうのがないとトークというのは面白さを出さないのだ。なにせこれは雑談ではなくお仕事のようなものなのだから、周りを楽しませないといけないわけで。うーん。アイドルって大変だなぁ。
 カチカチ、とシャーペンをノックしてぼんやりと眺めていると、月宮先生の声がトークの終わりを告げた。

「はい、終了!皆よかったわよー」

 パン、と軽く手を叩いて区切りをつけた月宮先生が、満面の笑みをその愛らしい顔に浮かべる。花まで飛ぶような様子に、なんだかフローラルな香りさえ周囲にふりまいているような気がした。実際月宮先生からはフローラルな香りがするのだが、それはまぁそれとして。

「それじゃぁ、このグループの評価を誰かにして貰おうかしら」

 そういって、月宮先生が観覧席側を見渡す。まず発表したくない人間はそれとなく先生と視線が合わないように目をそらすのだが、私も例外ではない。
 発表などしたくもないので、先生と目が合わないように前を向いて、前の椅子に座ったままの友人をみた。渋谷さんと四ノ宮君は座っているだけでも目立つけれども、それは色味的なものもあるんだろうなぁ。
 そんなことを考えていると、きょろきょろと視線を動かしていた友人が、ひたりとこちらを見た。ぱちりとあった目に反射的にへらりと笑うと、かすかに目を丸くしてから、彼女もにへら、と笑みを返してきた。どことなく緊張が取れたようなほっと安堵したかのような微笑みに、無事に終わったものなぁ、とほのぼのとしていれば、あっという小さな声が聞こえてふと目が動いた。
 声の発生源をみればどうやら赤い髪が色鮮やかな一十木君のようで、何かわたわたと挙動不審気味に足元を覗き込んでいる。・・・何か落としたな、こりゃ。
 まぁ、この状況で落とすといえば消しゴム程度か、といくつもの椅子と人の足が並ぶ床に視線を走らせると、友人の足元にころんと小さな消しゴムが落ちているのを見つけて、肩を竦めるととん、と軽く肘で友人を突く。
 月宮先生と視線が合わないようにしていた友人がちら、とこちらを見たので、そっと耳元に顔を寄せた。

「足元。消しゴム落ちてる」
「私のじゃないよ?」
「多分一十木君の。さっきから前で挙動不審だから」

 まぁ、今は見つからなかったのか、横に座っている聖川君の消しゴムを借りているようだが、消しゴムが気になるのかそわそわしている。
 後ろだから挙動不審っぷりがよくわかるよなぁ、と思っていると友人はさっと消しゴムを拾い上げ、前に座っている一十木君の肩を叩いた。

「一十木君。探してるのこれ?」
「え?あ、ありがとう!」

 行動早いなおい。躊躇いというものが一切なかったぞ今。目にも止まらぬ、というわけではないが、それにしたっていつもよりも俊敏な動作で、一十木君へと消しゴムを差し出す友人は、心なしかいつもよりも笑顔に力が入っているような気がする。この子もこの子で結構ミーハーだよな、と思っていると、肩を叩かれて振り返った一十木君は、目の前に差し出された消しゴムにパァ、と顔を明るくさせて満面の笑みを浮かべた。・・・・・・・・裏表のない純粋な笑みすぎて、友人の顔がすごい引き攣っておりますが・・・?
 キラキラとしたエフェクトさえかかっているように見えるぐらい輝く純白の笑みに、前からは見えない位置で友人が拳を握りしめる。
 なんとなく気持ちがわかって、そっと同情の視線を向けると、消しゴムを友人の手から受け取った一十木君が何気なしに顔をこちらに向けた。あ、と思った時には、もう彼の目と私の目は一つの線上できっちりと重なり合っていた。
 刹那、彼の目がこれでもか!というぐらい大きく見開かれて、口が半開きになり、

「あっ!!」

 と、大きな声が彼の口から零れ出た。びくぅ、と思わず肩が跳ねたのは私だけではない。近くで大声を聞かされた友人もそうだろうし、一十木君の隣の聖川君も見知らぬ誰かも、とにかくこの付近にいる大体の生徒の肩が大きく跳ねたことだろう。
 なんだなんだ、と集まる視線に咄嗟に一十木君から顔を逸らすと、一十木君は身を乗り出すようにしてこちらに声をかけようとして、

「オトくーん?なぁにやってるのかしら~?」
「げっ。り、リンちゃん・・」
「もう、そんなに言いたいことがあるんなら早く言ってくれなくちゃ。はい、遠慮なくどうぞ?」
「えぇ!そんなぁ」

 意地が悪そうに目を細めて口角を釣り上げた月宮先生に、一十木君が情けない声を出す。それにどっと笑いが起きる中、まぁ、授業中にそわそわと挙動不審だわ、いきなり大声をあげるわで、教師の目に止まらないはずがないよな、とほっと胸を撫で下ろした。いささか可哀そうだとは思うが、半分以上自業自得なので、しどろもどろでトーク練習の評価を口にする一十木君を後ろから見やりつつ、口元を手で覆う。
 見つかってしまった・・・。しかもあの反応。まだ私に何か用があるっていうのか。あれからどれだけ時間が経過していると思っているのか。それでもまだ私に用事があるとか、マジで一体どんな内容なんだよ。
 まずいなぁ、と思いつつ、授業中はまだしも、終わった後がどうなるのか・・・一抹の不安を覚え、私はきゅっと眉を寄せた。
 とりあえず、ちらりとこちらを振り返った聖川君の視線には気付かないふりをしておこう。
 あぁ、ただでさえ面倒事を抱えているのに、これ以上何を抱え込めというのだろうか。