雨上がりの虹に永遠を願った、6月の間奏曲
「ちゃん!」
「ぐふっ」
廊下で友人と雑談に興じている中、不意を突くかのように真後ろからどーん!という衝撃が体全体に襲い掛かり、息が変な形で逆流した。ぎょっと目を見開く友人の驚いた顔を視界に収めながら、すっぽりと体を包む逞しい腕の感触に悲鳴って、あげたら誰か助けてくれるかなぁ、とちらりとそんなことが頭の隅っこを横切ったが、恐らく無駄だろうなぁ、なんて考えも、同時に横切ったのだった。
※
人を背後から襲ってはいけません、と注意するべきか否か。するべきだとは思うが、じゃぁ正面とか横からならいいのかといわれると、よくないよ、って話なわけで。つまるところ襲うなって言いたいんだけど、多分今現在ぎゅうぎゅうと人を抱きしめる相手には通じまい、とも思う。てか痛い。微妙に力加減ができていない。以前ほど力いっぱいというわけではないが、それでも明らかな体格差を見せる相手に対する力強さではないだろう。
呆気にとられたようにポカンと口をあけて私、というよりも多分私に抱きつく相手を見上げている友人に、アイドル候補としてその顔はどうよ、と思いつつも、しかしそうなるのも仕方がない、と諦めを乗せてぎしぎしと軋みをあげかねない体を危惧しながらぐり、と顎を逸らした。
後頭部がずりずりと相手の胸板・・・胸板?を擦ったが気にしてはいられない。首を思いっきり逸らして見上げた真上には、ふわふわの金髪と穏やかな翠色の瞳と、シュークリームみたいな笑顔を乗せたイケメンがあった。あぁ、うん。
「・・・四ノ宮君・・・?」
「うふふ、今日も可愛いですねぇ、ちゃん」
「ありがとう?」
褒められて悪い気はしない。しかしこの褒め言葉に異性的な意味合いがひとっつも入ってないのを感じて、素直に喜ぶのもどうなんだ?という疑問が語尾に現れる。明らかに愛玩動物的な「可愛い」だったぞ。いやまぁいいんだけど。むしろ異性的な意味合いで褒められたら余計に反応に困ったことだろう。
いや、しかしだ。問題はそこではないのは明白である。友人たちの「なに、その会話」という痛い視線を顔一杯に受けながら、まぁ待て、と示すように掌を彼女らに向ける。両腕の上から拘束するかのごとく抱きつかれているので、僅かに関節をまげることしかできなかったけど。
「四ノ宮君」
「はい」
「離れようか」
「え?なんでですか?」
「目立つからだよ。あと話しにくい」
そして体がそろそろ悲鳴をあげそうだ。抱きつかれること自体は、本音を言えばさほどの抵抗感はない。おまけに言えば、勢いよく抱きつかれることも、経験がないわけではないのでさほどの苦ではないのだ。いや身体的な苦痛はいささかあるけども、拒絶感を示すほどの精神的苦痛はないのだ。過去、くのたまの先輩方にどれだけ猫かわいがりをされ、おまけに一平ちゃんたちに突撃されたことが何回あったか。白龍にだって突撃されたことあったぞ。・・・さすがに、ここまでの体格差はなかったけれども。あ、いや。白龍(大)とはこれぐらいはあったか。
しかし、それとこれとはまた全くの別問題だ。ここは廊下で人の注目が痛い上に私ら知り合って間もないというか、あれなんでこんな密着されなきゃならんの?ってぐらい関係が希薄だったほぼ赤の他人相手に、抱きつかれて嬉しい!とかしょうがないなぁ、と思うほど私はオープンな性格ではない。そもそも一昨日ぐらいにまともに話したっきりでそれ以上何もなかったよね?
とても不思議そうに小首を傾げた四ノ宮君に、この人の頭の中はどうなっているんだろう、天然って怖いな、と思いながら人を拘束する腕をぺしぺしと叩いて訴えると、四ノ宮君は周りを見渡して、うーん、と再び首を捻った。
「目立ってますか?」
「目立ってるよ。とりあえず私の友人は驚いてるから」
「ちゃんのお友達ですね!初めまして。四ノ宮那月です」
「は、初めまして!」
誰が自己紹介をしろといった。しかし友人は喜んでいるので違うだろ!という突っ込みをするわけにもいかず、にこにこ笑顔の四ノ宮君と、イケメングッジョブ!とテンションがダダ上がりなのが見て取れる友人に白い目を向けていると、この奇妙な空間を打破するように、別の声が四ノ宮君を呼んだ。しかしそれが私の救世主かと問われると、結果的に言えばそうでもない、と言えるだろう。
「もう那月!いきなり走り出してどうし・・・あ、!」
「・・・こんにちは、一十木君」
イケメン二号キタアァァ!!と誰かが口にしたわけではないが、目の前の友人の頬の紅潮具合からいって解釈に間違いはないだろう。あ、オト君。とのほほーんと返事を返す四ノ宮君から逃げるにはどうしたらいいか、そんなことを考えながらひらひらと片手を振ると、四ノ宮君にすっぽりと包まれるようにその体に隠れていた私を見つけた彼は、ぱっと顔を明るくさせて笑みをその顔に浮かべた。
笑顔の大安売りだな、ほんと。
「なんだ、いきなり走り出したと思ったらのところだったんだ」
「はい、ちゃんを見つけたらいてもたってもいられなくって」
「二人とも、その言葉はあらぬ誤解を招きかねないからやめてくれないかな・・・?」
えぇちょっとまさか、みたいな視線を向けないで友人たちよ。これはあれだよ。犬猫好きがうっかり野良犬とか野良猫とか見つけて突撃かましてきたようなものだから。そこに男女間のあれそれは微塵にも存在していないから。
私のちょっと切実さを秘めた訴えを、けれどイケメン二人は「え?どんな?」とばかりに何も理解していない純粋無垢な眼差しで見返してくるので、説明するのが途端に億劫になった。多分、言っても通じない。
それを悟ると、本人たちにどうこう言うよりも遥かに理解力のある友人達に説明した方が早いな、と私は二人から視線を外すと彼女らをひたと見つめ返した。
「天然のいうことを間に受けないでね」
「あぁ、天然」
「なるほどー」
すでにこの行動がすべてを物語っている。このやり取りからしてすでに何かを察していたのか、こくりと頷いた友人は私に生温い視線を送ってきた。多分同情にも等しい気はしたが、ガンバレ、と言葉にないエールを送られるとなんともいえない気持ちになった。何をガンバレと。この状況で。
「天然?確かに、那月は天然だよね」
「そうですかぁ?」
いや、二人ともだけど。顔を見合わせて小首を傾げる男など、ちっとも可愛くない、と言いたいのに何故だろう。彼らの雰囲気がなぜかそれを躊躇させる。見た目でいえば決して可愛い系ではないはずなのに、雰囲気一つで本来受け付けないはずの動作も違和感を失くしてしまうとは、天然恐るべし。
自覚のない天然・・いや、自覚がある時点でそれは天然ではなくて確信犯なのだろう、と思いつつも、自覚のない会話に脱力感を覚えてガクリと項垂れる。
友人からも一十木君に対していや、お前もじゃね?的な言葉にならない視線の突っ込みを向けられているのに、気付かないのは当人ばかりとはこういうことだ。・・・・・・・・・保護者、早く出てこい・・・!いかにしてこの拘束から抜け出すか、そんなことを思案しながらこの天然の保護者(こういうタイプには絶対一人か二人はいるもんだ)に向けて念じていると、私の念が届いたのか、はたまたただの偶然か、再び第三者が顔を覗かせた。
「四ノ宮、一十木。何をしているんだ。渋谷と七海が心配しているぞ」
「あ、マサ!」
「真斗君」
きゃぁ、と上がった黄色い声は友人だろう。そういえば、友人は彼のファンもどきだったなぁ、と思いながら、眉間に皺を寄せてこちらに歩いてくる保護者・・・基、聖川君にほっと肩から力を抜いた。あぁ、彼なら多分この不可解な状況を打破してくれるに違いない。一十木君、この状態に突っ込みすらしてくれなかったからなぁ・・・。
「四ノ宮を探すと言っておきながら何を話し込んで・・・・?」
「どうも」
弟を窘める兄のような態度で一十木君に向かって眉をキリリとあげた聖川君の視線が、一十木君を通り越して四ノ宮君に流れたところで、彼の腕の中にいる私を捉える。瞬間、丸くなった目に動揺が見られて、上がった語尾に力なく笑みを浮かべた。彼は困惑した様子で、私と四ノ宮君を見比べる。
「どうしてお前が・・・いや、いい。何となく事情は察した」
「察しが早くて助かります・・。で、あの、これ、なんとかしてくれませんか?」
「あぁ・・・四ノ宮、いい加減を放してやれ。が困っているだろう」
問いかけを口にして、途中で状況を察したのか聖川君は憐憫の眼差しを私に向けてから、呆れたように溜息を吐いた。溜息を吐きたいのはこちらだが、察してくれただけでもありがたい。私は実力行使をすれば抜け出ることは可能だが、しかしそれをするには憚られるこの状況で、誰よりも四ノ宮君を諌めることができる聖川君に、縋るように必然的な上目使いで懇願した。
彼は心得たように一つ頷き、未だ私を抱きしめたままの四ノ宮君に向かって窘めるようにやんわりと注意を口にする。その言葉に、四ノ宮君はへにょ、と眉を下げ、眼鏡の奥の瞳を悲しそうに細めて視線を落とした。うっかり彼を見上げていた私は、そのまるで雨の日に捨てられた子犬のような眼差しを正面から受ける羽目になって、うっと怯む。いや、てか、何故そんな顔をされなければ・・?
「ちゃん、僕のこと嫌いですか・・・?」
「え?いや、嫌い、では、ない、けど・・」
ただただ迷惑なだけで。そもそも論点違くない?そういう話じゃないよね、これ。と思いながらも、悲しげな顔で問われれば、それ以外に答えようがない。無論、好きな要素もぶっちゃけないんだけど(しいていえば顔と声?)それを言えばなんだか泣きだしかねないので、しどろもどろになりながらも無難な答えを口にすれば、四ノ宮君は少しだけ顔を明るくさせて、ぎゅっと私を抱く手に力を込めた。ぐふっ。
「じゃあ、好きですか?」
「あー・・・うん。そうだね、嫌いじゃ、ないからね」
「それ遠回しに好きでもないって言ってるわよね・・・」
ぼそっと友人が呟く声が聞こえたが、ちらっと視線を向けて黙らせる。これ以上ややこしい状態を招かんでくれ。しかしそれでも四ノ宮君的には及第点だったのか、パァ、と顔を明るくさせてぎゅー!と更に力を込めて抱きしめてきた。あれ!?これ何言っても逆効果なの!?
「僕もちゃん大好きです!」
「そりゃどうも・・・」
痛い痛い痛いちょ、骨が軋む音が聞こえて・・・!?いっそ嫌いだと言うべきだったのか、しかしそんなことを言えばなんか更にヤバいフラグが立ちそうな気がして、というかあんな顔されて嫌いと言える人間なんぞよほどの天邪鬼しか、てか力加減・・・!
「那月那月!死んじゃう!死んじゃうから!」
「四ノ宮、は来栖じゃないんだぞ!そもそも婦女子にそう気安く抱きつくなど男として・・・!」
聖川君、論点そこじゃない。そして友人たちよ、遠巻きにならないで!!助けて!今まさに命の危機だから!!私が声にならない悲鳴をあげていることに気付いたのか、慌てて止めに入る一十木君と、何か論点がずれだした聖川君に、こいつら使えねぇ、と顔を顰める。あぁ、もう!
「四ノ宮、くん・・っ」
「はい?」
「私、四ノ宮君の顔、ちゃんと見て、お話ししたい、なー?」
あぁ、話すのも苦しいとかもうなんなの。むしろどういう状況なのこれ。べしべしと割と力一杯彼の腕を叩きながら、引き絞るようにして声を出しつつ、引き攣った笑みを浮かべてみせると、四ノ宮君はあ、そうですね!と明るい声を出してぱっと腕から力を抜いた。瞬間、体の圧迫感が消えて解放感に包まれる。あぁ、これぞ自由・・・!痺れの残る腕を摩りながら、ようやくの解放にほっと人心地ついて、急いで彼から距離をとって振り返った。
四ノ宮君はにこにこと笑いながら、こちらを微笑ましげに眺めている。ついさっきまで無自覚に人を絞め殺そうとしていた相手とは到底思えない。しかし、あれだな。彼は、私の死亡フラグか何かなのか・・・?超怖い。天然超怖い。
「あのままじゃ、ちゃんのお顔がよく見えないですよね。気付かなくてすみません」
「いや、いいよ、もう。うん」
「、大丈夫?」
「概ね」
心配そうに顔を覗き込む一十木君からも距離を取りつつ(近いんだっての!)如何にしてこの危険地帯から逃げるべきか、それを模索しながらじりじりと友人サイドに距離を詰めた。あのイケメン三角地帯すごい怖いんですけど。
あれだ。聖川君もまともそうに見えて割とそうでもなさそうな気がしてきた・・・!いや、多分あの中ではまともに分類されているのだろうが、一般人の感覚からいえばやはりズレていると言われかねない。
絞め殺されそうな女子がいるというのにモラルがどうとか正直どうでもいいわ!
「四ノ宮君。えーと、四ノ宮君のことは、嫌いじゃないんだけど、私たちってほらさ、あんまりお互いを知らないというか、知り合って間もないというか・・まぁ、その、なんだ。まだそんなに仲良くはないと思うんだよ」
「僕は仲良くなりたいと思ってますよ?」
「それは、ありがとう」
だが私は遠慮したい。が、言えるわけがないので、ぐっと堪えて、視線をうろうろと泳がせる。友人たちにヘルプの視線を向けてみたが、二人とも輝く笑顔でぐっと親指を立ててきた。グッドラックとか言わないで助けてよ!友達でしょ!?
薄情な友人の態度に軽い絶望感を覚えながら、私はかくりを肩から力を抜いて、にこにこ笑う四ノ宮君ときょとんとしている一十木君と聖川君に視線を向け直した。
「まぁ、だから・・そうだね。仲良くなりたいってのは置いといて、一般的に、まだそんなに仲良くもない相手とは、過剰なスキンシップは好まれないと思うんだ」
「過剰、ですか?」
「うん。その・・・四ノ宮君のは、ちょっと、過剰なスキンシップ、かな?」
天然だからすべてを許されるとかそんな甘い話は許さん!!てか、リアルに、自分の今後の健康に支障をきたしかねない(そんなに遭遇することはないと思いたいが、遭遇するたびにこんな状態に持ち込まれたら色々と大変すぎる)ので、私はやんわりやんわりと、四ノ宮君に向けて噛み砕くようにして君のスキンシップは行き過ぎなんだよ、ということを伝える。いやむしろ直球に言っている気もするが、そうでもしなければ恐らく改善などされないだろうし。頑張れ私。未来の自分のために!拳を握って言い切れば、四ノ宮君は思案気に目を伏せて、それからはっとしたように顔をあげた。わかってくれたか!?
「そういえば、よく翔ちゃんに僕の力は強すぎるって言われます!」
「うん。意味が違うね」
いや、それもあるけど今の論点そこじゃないね。確かに過剰なまでに力が込められてるとは思うけど、そこじゃないよね。そんなわかりました!みたいな顔で言われても、私の言いたいこととは違うからね?思わず素で切り返すと、四ノ宮君はこてん、と首を傾げて頭にクエスチョンマークを飛ばした。
あ、なんだろう・・・天然に説明するのって、すごく難しいんだな・・・。
私がちょっと切ない気持ちになっていると、四ノ宮君の後ろで一十木君と聖川君が、俺たちはわかってるぞ、みたいな目でうんうんと頷いていた。じゃぁお前ら代わって説明しろよ。思わず冷ややかな目であの二人を見やりそうになったが、ぐっと堪えて米神に指を添えた。うーん・・・あれか。遠回しは無駄なのかな、やっぱり。察しろっていうのは、難易度が高かったのかな。
可笑しいな。日本人は空気を読むスキルは高い方だと思うんだけどな・・・。
疲労感を覚えながら軽い溜息を吐いて、私はつまり、と表情を改めて人差し指を一本、ぴっと天井に向けて真っ直ぐに立てた。
「何が言いたいかっていうと、あんまり人に抱きつくのはやめてほしいってこと・・・なん・・・だけ・・・・・・・ど・・・・・・・・・・・」
話すにつれて、語尾が力なく尻消えになっていく。・・だ、だから、なんでそんな悲しげな顔をするんだ・・・!
もうはっきり言うしかない、ということではっきりと告げた瞬間、四ノ宮君の顔が悲しみに染まった。それはもう、事情を知らない相手からすればお前なに泣かせてんだよと謂れのない非難を受けかねない、いや事情を知っている相手でさえ、思わず四ノ宮君の味方をしてしまいたくなるほどに悲しげな顔だった。現に現在友人から非難がましい視線を頂いています。理不尽・・・!
「ぎゅーってするの、ダメ、ですか・・・?」
「まぁ、できるならあんまりしてほしくは・・・いやその、あんまりってだけで絶対ダメってわけでは・・・」
あああああああ何故私が!こんな!目に!合わなくてはならないのか!!ますます落ち込む四ノ宮君に、ここが多くの生徒が行き交う廊下の真ん中ということも相まって、視線が集まる集まる。ただでさえイケメンがそろって視線集中のところに、四ノ宮君のこの状態だ。あいつ何言ってんだよ、的な目を向けられて、むしろ私が泣きたい、と天井を仰いだ。なんだろう、この四面楚歌な感じ。
人間って、一般的に、顔がいい相手の肩を持つもんだよね・・・うふふ!
「その、なんだ。。四ノ宮には力の加減をするように言い含めるということで、許してやってはくれないか?」
「許すとか許さないとかじゃないと思うんですけど・・・」
「まぁ、確かに、那月のスキンシップって結構派手だけど・・・でもさ、それってそれだけと仲良くなりたいってことだし!」
「それはありがたいことだけど・・・」
まぁ、本音を言えば有難迷惑な話だが。必死にフォローに回ってきた一十木君たちに、これ私が悪いの?と思いながら、世の理不尽さに溜息を吐いた。
私の要求って、そんな過酷なものなのかな・・・?ごく普通のことを求めているはずなのに、と思いながら、しょぼん、と落ち込む四ノ宮君に、まいったなぁ、と眉間に皺を寄せた。
「・・・・飛びつき厳禁、突進しないこと、力の加減は入念に。あと放してほしいって言ったらすぐ放すこと」
「え?」
「とりあえず、当面それだけ守ってもらえれば、まぁ、いいですよ。抱きついても。あぁ、あとあんまり人目があるところも控えてほしいですね。注目とかされたくないんで」
・・まぁ、それだけ守ってもらえれば、そんなに会うこともないだろうし、許容範囲内。いや別に絶対やめてくれ!ってわけじゃないんだよ。慣れてるし、抵抗感があるわけではなくて、単純にそんな親しくもない相手にそこまで過剰な接触をされることがあんまり好ましくないだけで。
それって、普通のことだと思うのだが、恐らく常人とは違う世界観を持っているのだろう彼には通じないのだ、と一種の諦めを見せて私は落ち込む四ノ宮君に苦笑いを向けた。微笑みでないのは、せめてもの私の心境だ。
「四ノ宮君、私、別に四ノ宮君が嫌いなわけじゃないから」
好きといえるほど好きなわけでもないが。(だってよく知らないし)知り合い以上友人未満の相手に、ここまで気を遣う日がくるとはなぁ、と思いながら、少しばかり気分を上昇させたのか、本当に?とでも言いたそうに潤む目でこちらを見た四ノ宮君の頭・・・はどう考えても無理なので、手を握ってにっこりと笑みを浮かべる。
「本当だよ。だから飛びつくのは、もうちょっと仲良くなってから、ね?」
「・・・はい!」
うん。ちっさい子に言い聞かせてる気分になってきた。とりあえず納得というか、元気になった四ノ宮君にほっと吐息をついて、握っていた手を放すと安堵したかのように和やかな笑みを浮かべている一十木君と聖川君に向かってところで、と口を開いた。
「七海さんと渋谷さんが待ってるんじゃないんですか?」
「・・・・あ!」
「しまった・・四ノ宮、戻るぞ!」
「はぁい。ちゃん、今度一緒に遊びましょうね!」
うん。全力で遠慮する。が、やっぱり言葉にはしないまま、笑顔で四ノ宮君の腕を取って慌ただしく引き返していく三人の背中を見送り、その背中が完全に人ごみに消えたところで、がくぅ、と肩から力を抜いた。
「、おつかれー」
「裏切り者め・・・」
「あはは。まーまー過ぎたことは置いといて。てか何時の間にあんなにプリンスさまと仲良くなったのよー」
「いや・・・それがさっぱりで」
嵐が去ったところで、遠巻きにしていた友人がぽんと肩を叩いて労いの言葉をかけてくる。それに恨みがましい目線を向けながら、私も理解不能なんだよ、と首を捻った。
「事務的な会話をしただけなんだけどねえ・・どこにそこまで懐かれる要素があったのやら?」
「なんか大型犬に構われすぎて泣く寸前の子供みたいだったわ、あんた」
「途中からなんか逆転してたけど」
そうだね。途中からむしろちっちゃい子にものを言い聞かせてる保育士さんみたいな感じだったからね。ともかくも、なんだか今日一日分以上の疲労感を覚えて、私はこのまま部屋に戻って寝たいなぁと思いながら、こきり、と音をたてて首を回した。
「・・・まぁ、クラスも違うし、そうそう滅多に会わんでしょ」
「そこまで聖川様達に興味ないのもある意味すごいわね・・・」
「でもさぁ」
こんな面倒なこと、そうしょっちゅうあってたまるかって感じだし。疲れたなぁ、と思いながら教室に戻ろうと踵を返すと、友人がぼそりと口を開いた。
「なんかさ、あの人たち、普通にクラスまで誘いにきそうだよね」
「・・・私、今後の学生生活平和に過ごせるかなぁ・・・」
「まぁ、波風は、立ちそうだよね」
ですよねー。不吉な未来予想に、揃って沈鬱な表情を作りながらも、私は頭痛がする思いで、眉間に指先を押し当てた。その上で、私、神宮寺君って爆弾も抱えているんですけど、どうしたらいいんですかね?
なんて、友人たちに相談できるはずもなく(どこに人の目と耳があるかわからないし)、私は、どうにも穏やかではいられそうにない未来に、堪えきれない溜息を零した。あー・・・しんどい・・・。