雨上がりの虹に永遠を願った、6月の間奏曲



 世の中にはインターネットという大変便利なものが普及している。
 ちょっとパソコン、いや、今となれば携帯からもだが、それらの媒体を開けば容易く多くの情報を手に入れることができるだろう。
 広く言えば世界のこと、狭く言えば自分の趣味。ピンからキリまで揃ったそれらは正誤の差はあれど、情報に違いない。間違った知識だろうが正しい知識だろうが、手に入れることはいとも容易く行える行為である、ある種の人類の特権ともいえる。そう、それこそ有名人ならば個人情報まで晒されてるのだから、インターネットとは恐ろしい。まぁ有名税として甘んじるものなのかもしれないが・・・あれだな。

「アイドルになったらこんな風に全国配信されるんだよね・・・」

 カチカチ、とマウスを動かしながらディスプレイ画面に映った情報を読み取り、喜ばしいのかそうでないのか、とむっつりと黙り込んでぎしりと背もたれに寄りかかった。まぁ個人ホームページなんかでも簡単に自分のプロフィールとか載せるぐらいは抵抗感が薄いことなのかもしれない。しかし赤裸々に過去のあれこれやらまでもが晒されるのは・・なんともすごい話だ。ぶっちゃけ、普通に友人やってる人よりネットの方が詳しいよねってことが大半だと思う。

「今の友達が一年後にはこうやってネットの上にいるかもしれないのか・・・不思議なもんだねぇ」

 あのアイドル目指してるとはいえふっつうの高校生女子でしかないような友人たちが、と考えるとまだなれるかどうかも決まったわけではないのだが、感慨深く思えて吐息を零す。光る液晶を眺めながら指先で唇に触れ、辿るように沿わせるととん、と軽い足音が聞こえて、黒い毛玉がぬっと目前に現れた。軽く目を見張れば、ターコイズの双眸がくるりと光って、パソコン画面を遮るようにちょこんとキーボードの上に座る。・・・て、おいおいおいおい。

「ちょ、こらにゃんこ。キーボードの上に乗っちゃいけません!」
「にゃぁん」

 最早意味不明な羅列を並べ立て始めた画面に慌ててにゃんこの脇下に手を突っ込んで抱き上げ、膝の上に乗せる。そのまま不満そうなにゃんこの顎下を擽ると、心地よさ気にごろごろと喉を鳴らし始めたので、誤魔化すことには成功したのだろう。
 画面に出てしまった意味不明な文字の羅列をデリートキーを押すことで消して、ほっと一息ついてから猫ってなんでこうも、人が真剣にやってることを邪魔するかな、とその愛くるしさの中の小生意気さに、ふぅ、と溜息を吐いた。
 でもそれでも本気で怒れない可愛らしさが憎たらしい!えぇい、構ってほしいのか、そうなのか!日頃は構うとうっぜ、みたいな態度取る癖に構わないと途端に甘えだすとかこのツンデレめ!!・・・とはいうものの、正直この黒にゃんこは全くそんな通常の猫の様子はなく、非常に聞き分けはいいしツンどころかデレしかないような状態なのだが・・・デッレデレの猫とか誰得。私得ですねわかります。
 さておき、こうしてわざわざ邪魔をしにきたということは何かあるのだろう。
 黒にゃんこの喉をごろごろ言わせながら、パソコンの横に置いてある時計を見れば、もう深夜を回る時間だった。いやまぁ余裕で起きてはいられるが、課題も特にないしやることもない、わけじゃないが今のところまだそれができる段階ではない。つまり、特別に起きている理由もなかった。
 なるほど、と思いながら、喉を撫でていた手を止めると、なんで止めるのー?とばかりにうっとりと閉じていた目を開けて黒にゃんこが小首を傾げた。

「お前は本当に頭がいいというか、気が利くというか・・・深読みならいいけどね」
「にゃぁ」

 ただ普通に構ってほしくての突撃を、深読みしているだけならいい。それは人間お得意の思い込みだからだ。けれども、相変わらず理性的なターコイズはまるで彼に人の理性と知性があるかのような深みを見せていて、一概に思い込みと断じきれないところがある。苦笑を浮かべながら、猫の目から逃げるように眉間をうりうりと指先で弄ってやり、マウスに再び手を伸ばす。そのマウスの動きを追うようににゃんこが顔をだし、ディスプレイ画面を眺めてにゃあ、と声をあげた。

「ん?なに?」
「にぁ」

 てし、と画面を閉じようとしていたマウスに向かって丸っこい手が伸ばされる。
 それをひょいと避けながら、こら、と軽く窘めて閉じるボタンにカーソルを動かせば、更に腕が伸びてきた。

「ちょ、なに?この内容でも気になるの?」
「にゃあ!」
「・・・つっても、にゃんこには関係ない内容だけどねー」

 閉じるボタンに動かしていたカーソルをスクロールバーに動かし、画面を動かしながら、並ぶ文字列を再び追いかけた。

「これねぇ、私が今回曲作ることになった相手のこと書いてんの。とはいっても、家のことだけだけど・・・ちなみにこっちはその相手のライバルの方ね。さすがは日本屈指の財閥だよね。ちょっと調べれば結構出てくる出てくる」

 まぁ、家のことだけといっても、割と本人のこともちょいちょい載ってる辺り、助かる。

「情報化社会って便利だねぇ。昔じゃちょっとのこと調べるにも現地に足運んでたってのに・・・」
「にゃ?」
「こっちのはーなーしー。まぁ、おかげで楽はできるんだけど」

 逆に情報が溢れすぎて取捨択一が難しいという面はあるが、あの頃に比べればなんとも楽な話だ。こちとら潜入捜査やらなんやらで体張ってたっていうのに・・・しかも車もバスも飛行機もない時代だから徒歩だよ!?徒歩!遥かでも忍たまでも基本行動徒歩で体力をガリゴリ削られたのが、今じゃ人差し指一本で事足りるなんて・・時代の流れは凄まじいなぁ。その時代革新に改めて感心しながら、ぽちっとウィンドウを閉じる。そのままパソコンの電源も落とすと、にゃんこを抱き上げてくるりと椅子を回転させた。

「まぁ、本人のことなんてちょーっとしか載ってないけどね。それでも、割と推察はできるもんだよ」

 神宮寺財閥の三男と、聖川財閥の長男。神宮寺レンには上に二人の兄がいて、父母はすでに他界している。けれども神宮寺財閥が今尚日本屈指の財閥のままでいるのは、すでに神宮寺が上二人の兄によって回っているからだ。まだ若いのに、大変優秀なことで。そんな兄がいて、あの弟。加えて、聖川財閥嫡男である、聖川真斗という存在。異常に敵視しあっているあの二人と、諸々の発言から考えてみるに。

「マジでないものねだりとか・・・不毛だねぇ」
「にゃぁ」
「いや、わかるよ。人間、自分にないものばかり欲しくなるもの。どうしようもないものばっかり、欲しくて欲しくて、・・・本当、馬鹿みたいだね」

 いっそナルシストにでもなれたら、人生もっと気分的に楽になりそうなものなのに。まぁそれは見ている側としては「馬鹿か」というような姿ではあるだろうが、他人の評価を気にしてたらナルシストは成り立たないのだろうし。
 自由が欲しい人間と、束縛が欲しい人間。なんでこうも見事に、お互いがお互いにないものだけを持ってるんだろうかね、彼らは。いや、人なんて、そういうものなのかもしれない。
 業、なのだろう。それが、人間が他の動物よりもより明確な感情というものを、知性というものを、持ってしまったが故の罪なのだろう。
 いつだって、自分にないものばかりを、見つけてしまうから。それでいて、自分が持っているものには、いつだって否定的。全く、なんでこうも面倒くさいのかね。

「本当は、自分が思うほど、他人のものなんて、ちっともよくないのね」
「にゃぁ」
「ま、私がこんなとこでぼやいてても仕方ないか。寝よう、にゃんこ。明日も学校だし」

 にゃんこの額を撫でて、見上げてくるターコイズに向けて微笑みを浮かべる。
 くるりと丸い瞳を細めて、にゃんこはにあ、とそうだね、と同意するかのように一声あげた。うんうん。君はこんなに素直なのに、なんであのお坊ちゃまはあんなにも捻くれてるんだろうね。
 にゃんこを抱き上げて、椅子から立ち上がる、ベッドの上に下すと、にゃんこは枕元でくるりと体を丸くした。・・・・土鍋にいれて写真撮りたいな。鍋あったっけかな。そんなことを考えつつその横に潜り込みながら、黒いつやつやの毛並に掌を滑らせてカチカチ、と天井から釣り下がる紐を引っ張って電気を消す。
 一瞬にして暗くなった室内で、まだ目を閉じていなかったにゃんこが、きらきらと光る瞳でじぃ、とこちらを見上げてきた。物言いたげなその眼差しにん?と小首を傾げながら、枕に顔を埋めて追いかけるターコイズに目を細める。

「・・・大丈夫だよ。あぁみえて、彼は人に恵まれてそうだからね」
「にゃぁん」
「手を差し伸べるのは他の誰かの仕事。私は、選んだ先を用意するだけ」

 ほら、だってあの七海さんとか、一ノ瀬君とか。明らかなんか持ってる系の人間と親しげだし?ぶっちゃけ、こっちが気をもむこともないかなって思うのですよ。お人よしそうだし、皆。絶対日向先生人選間違えたと思うんだよね。
 確実に七海さん辺りに押し付けるべきだったと思うんだ。そうであれば、きっと神宮寺君とて、気楽だったろうに。しかも七海さんAクラスのトップらしいし、実力的にも申し分ないと思うんだけどなぁ。全く、教師の考えることはわからないよ。ふぅ、と溜息を吐いて、そっと瞼を閉じた。あぁ、明日は、どうしよう、か、なぁ・・・。





 目の前にオレンジと黄色のチェック模様のマグカップ。反対側にはピンク色のドット柄のマグカップ。二つとも白い湯気をたてて温かいお茶が並々と注がれており、二つのマグカップの間には籐の籠に入った個包装のフィナンシェやマドレーヌがある。無言で見下ろすそれらから、視線をあげると、にこにこ笑顔の月宮先生が、相変わらず派手なピンクの髪を、今日はちょっと暑いからか高い位置でポニーテールにしていた。ふわんふわんの髪が、動くたびに揺れるからあぁ尻尾みたいだなぁ、となんとなく目端で追いかけて、ほんのちょっぴり現実逃避。
 ・・・・何故に月宮先生に捕まった?

「そんなに緊張しなくていいのよーちゃん。ちょーっと近況を聞きたいだけだから」
「はぁ。・・・えーと、神宮寺君のことですか?」
「あらま。やっぱりわかっちゃう?」
「それ以外に月、・・・林檎先生に聞かれることが思いつかないので」

 そこらの一生徒の近況聞いてもどうしようもないでしょうか。特別に悩みがあるんです、とか相談かけたわけでもあるまいに。てか今この時に先生と面と向かって話す内容など、それ関係しか有りえない。他にあったら逆になんでそれ、とこっちが聞き返すところだろう。軽く肩を竦め、マグカップに手を伸ばしてそっと両手で包み、さて、何を話したものか、とお茶を飲むことで間を持たせながら、頭の中で話題を組み立てていく。・・あ、そうだそうだ。

「ところで、なんで林檎先生が?先生、今回のこと関係ないですよね?」

 先生はAクラスの担任だし、今回はSクラスの問題で、しかも前回のような関与は一切していないはずである。日向先生が近況を聞くのはわかるが、月宮先生がわざわざお茶菓子用意してまで問いただす必要はないはずだ。
 不思議そうに問いかけると、月宮先生は長い睫毛をぱちっと瞬きさせて、あら、とふっくらとした唇を湾曲させた。

「あたしだって先生だもの。違うクラスの生徒のこととはいえ、何も知りませんでしたーじゃいられないわ。事が事だしね」
「そういうものですか。とはいっても・・・別段進展は何も。私は彼を納得させられるような曲が作れてませんし、彼も向き合う気は今のところなさそうですし」

 そういや噂を聞くと最近ちょっと荒れ模様だとか?殊更授業に真面目にでなくなったとかどうとか・・・女子生徒とばかりいるとかいないとか・・・後者はいつものことだと思うけども。まぁその話を聞いても想像通りだな、としか感想は覚えなかったが。ちょっときっついこと言うとすぐふてくされる辺り、メンタル弱いというか子供っぽいというか・・・まぁそれ含めて自分でなんとかしろよ、と思うのでフォローなんぞしませんがね!こて、と首を傾げて、フィナンシェは頂いてもいいのだろうか、とちょっと視線を泳がせる。チョコとかオレンジとか抹茶とかあるけどやっぱりプレーンがいいよなぁ。

「そうねぇ。今のレンちゃん、なんだか前にも増して歌から逃げてるみたいだものね」
「そうなんですか」
「龍也が頭抱えちゃっててねー。このままじゃ退学確実だろうし。シャイニーだって、いつまでも甘い顔なんてしてくれやしないわ」
「そろそろ期限だと?」
「改善の兆しがないなら、躊躇いなく切るでしょうね」

 そういって、笑顔から一転、真面目な顔をした月宮先生に、まぁ、それもそうだよな、とフィナンシェに手を伸ばした。プレーンのフィナンシェを手に取り、ビニールの包装をピッと破って口に運ぶ。もぐ。・・・うん。美味しい。

「ねぇちゃん。本当に、レンちゃんと何もなかったの?」
「歌に関しては何もないですよ。一曲作りはしましたけど、彼から及第点は貰えませんでしたし。そもそも人選ミスじゃないんですか?彼のパートナーになるなら、私じゃなくて別の誰かの方がもうちょっと上手く事が運んだように思います」

 今更の話だが。いや、最初から私はそう主張していたんだから、いわば先生たちの判断ミスって奴だろう。前回そうだったから今回も、とかそんな甘いことあるわけないじゃないですかー。

「うーん。ちゃんって、面倒見よさそうに見えて結構放任主義?」
「微妙なところですね。私からはなんとも」

 面倒みるところは見てるし、見ないところはみないし。神宮寺君の場合は、デリケートな問題すぎて突っ込む気力がないし。いや、人の内面に足突っ込むのはかなり勇気がいりますよ?しかもそれを大して仲良くもない相手でやろうとか・・・どんだけのコミュ力を求められているのか。主人公やヒロインじゃないんですから・・・どこぞの王道ヒロインみたく、愛想笑い浮かべてる相手に初っ端から「その作った笑顔、やめてくれない?」みたいな右ストレートど真ん中の失礼なこと言えませんよ?てか愛想笑いぐらい誰でもするだろうがよ。
 おっと、そうじゃなくて、まぁ、なんだ。そういうの求めてるんなら、まさしく人選ミスも甚だしい。私がそんな空気読まないことするとでも?フラグは地道にスルーするタイプです。

「まぁ確かにレンちゃんの相手は大変だろうけど、ちゃんならなんとかできそうだと思ったのに」
「だから、求めてるのが積極性なら私じゃちょっと向かないですよ。こういうのは・・・あー、七海さん、とか?ああいう弱そうに見えて結構芯の強いタイプじゃないと」
「あら?ちゃんハルちゃんと知り合いなの?」
「ちょっとだけ。彼女はいい子ですね。音楽に対する姿勢も才能も申し分ないと思います。可愛いですし。気遣いもできますし。可愛いですし」
「何故二回言った。んーハルちゃんねぇ、確かにいい子だけど」

 ぷに、と人差し指で唇を押さえつつ、小首を傾げる先生を尻目にフィナンシェを食べきり、ずず、とお茶をすする。

「どうも神宮寺君と七海さんも知り合いのようですし、というか神宮寺君って、結構周りに恵まれてると思うんですよね」
「え?」
「一ノ瀬君然り、七海さん然り。あの調子だと一十木君とかその辺とも割と親しいんじゃないですか?彼らなら、きっと彼の頬引っ叩いてでも引っ張ってくれますよ」

 どの子もいい子そうだし。私と違ってそういうところ結構躊躇いなく突っ込んでいきそうだし。にこり、と目を丸くしている月宮先生に微笑みかけて、マグカップをテーブルの上に置いた。

「だから、案外先生が心配しなくてもなんとかなっちゃうかもしれませんよ。子供は、いつの間にか成長してるものです」
「・・・やだ、ちゃんまるで大人みたいな言い方ね」
「フリですよ、フリ。ご馳走様です、林檎先生。私はこれで失礼しますね。日向先生にも、あんまり悩まないでくださいって、伝えてあげてください」
「あぁ、もうこんな時間なのね。わかったわ。龍也にも伝えとく」

 ふと時計を見上げた月宮先生が、そういって肩から力を抜いて小さく口角を持ち上げる。私は弾力に富んだソファから腰をあげて、軽く皺の寄ったスカートを整えて、ちらりと入ってきたドアとは別の位置にあるドアに視線を向けて、すぐに目線を月宮先生に戻して会釈をする。にこやかな笑顔で手を振る先生にくるりと踵を返して、すたすたと軽やかな足取りで部屋を出た。

「まぁ、しかし曲ができないのは私のせいだしなぁ」

 首を傾げつつ、廊下を歩いて溜息混じりに愚痴を呟く。彼自身をどうこうする気はないけど、そこだけはマジどうしようかなぁってな話で・・というか、皆神宮寺君の心配ばかりだけども、私の心配はしてくれないのだろうか・・・。
 曲ちゃんとできてる?とか、困ってることない?とか・・・一言ぐらいあってもいいじゃないか・・。

「いや、わかるよ。問題行動起こしてる方に目がいくのは真理だよ。ダメな子ほどかわいいというか手間かけたくなるのもわかる。だけども、皆して神宮寺君ばっかり気に掛けなくてもいいじゃないか・・・」

 こちとら面倒事に巻き込まれた一般人なんですよ!?成績とか見てよ実力差とか色々あるだろうがよ!握り拳をして、みんなひどい!と一言憤慨気味に呟いてから、廊下を抜けて中庭に出て、更に植木で出来たガーデン迷路に足を踏み入れる。
 イギリスの庭園でもイメージしているのだろうか。左右を緑の壁に囲まれて、時折白と赤の花が色を添える。右に左に曲がる道。時々左右に分かれ道があったりして、庭園の迷路の癖に難易度が高そうだった。・・・来た道だけは覚えておかなくては長いこと迷いそうな作りだな。入り所ミスったかも。そう思いつつ上を見上げれば、抜けるような青空が広がって、くっきりとした白い雲が流れる様が見えた。
 自然と、歩いていた足も止めて、さくりと芝生を踏む音が小さく聞こえる。
 しばらく空を見上げるようにして動きを止めながら、やがて右足の踵を支点に、くるり、と半回転をした。ふわりと広がりやすいスカートが動きに従い膨らんで、また元に戻る。

「それで、私に何か御用でしょうか?」

 務めて平静を装いつつ、緑の迷路の先、影になっている曲がり角の部分を見据えながら声をかける。
 全く、折角声をかけるタイミングをあげたってのに、なんでわざわざ私が声かけなきゃならんのだ。内心でむっつりと愚痴を零しながら、緑の角からゆっくりと姿を現した姿に、すぅ、と目を細めた。