雨上がりの虹に永遠を願った、6月の間奏曲



「うわーん!!またこれぇ!?」

 そう叫んで、向かい合わせにくっつけた机の反対側で拳を握りしめて突っ伏した友人はばんばんとやるせなさを表すように机を叩いた。
 その様を呆れたように横目で見やり、もう一人の友人はパーティ開けをしているポテチ(九州醤油)を抓んでパリ、と音を立てて噛みつく。

「なに、あんたまだそれ集めてたの?」
「だぁってぇ、最後のがどうしても出てこないんだもん」
「お金の無駄でしょ。いい加減諦めなさいよ。変なところで凝り性なんだから」

 クールに言い切る彼女に、ぶぅ、と唇を尖らせて、拗ねたように下から見上げる彼女は可愛い。あ、今日の口紅の色、可愛いな。尖った唇のぷるんとした形にそんなことを考えながら、ズコー、と音を立てて野菜生活(紫)を啜って首を傾げた。彼女たちは同室なので、私が知らない情報も互いは共有していて偶に感じる疎外感が半端ない。どうせ私は一人部屋ですよぉ!

「何集めてるの?」
「んー?これこれ!サオトメート限定ピヨちゃんストラップ!」
「あれ?ピヨちゃんそんなに好きだったっけ?」

 嫌いじゃないけど、グッズを熱心に集めるほど好きとは聞いたことがないが。ちなみに私はアニメやら漫画のグッズは後々を考えると邪魔になるんじゃないかって思ってあんまり購入しないタイプの人間である。
 一時の熱だけで散財するには、グッズは高すぎるんだよ・・・まぁどうしても欲しいものはあるんだけどね。意外な情報に目を瞬かせると、横の友人が肩を竦めて首を振った。

「違うわよ。この子限定とかそういう響きに弱いの。後何かを集めることが好きで、ジャンルは特に問わない、みたいな?ガチャガチャとか常連よ?おかげでこの子のベッド周りすっごいんだから。カオスよカオス」
「見てたらコンプリートしたくなるんだよねぇ。しかも早乙女学園限定だよ?今を逃したらもうないんだよ?何時買うの?今でしょ!」
「時期ネタサンクス。なるほどねぇ」

 見せてーと声をかけてどうやら彼女的には外れだったらしいピヨちゃんストラップを受け取り、ぷらんとぶら下げる。通常、ピヨちゃんの体は黄色いのだがこれは体の色がピンク色だった。なるほど、それぞれカラーバリエーションのあるシリーズなのだろう。

「あと何が出てないの?」
「あとはシークレットが出てないのー。他は全部出たのにそれだけまだでさぁ」
「シークレットだから余計に数がないらしくてねぇ。おかげで今この子の机の上、ピヨちゃんで埋め尽くされてるわ」

 邪魔そうだな、それは。しかも他にもコンプしたものが多々あるんでしょ?被ったものってどうしてんだろう。捨ててるのかな。基本買わない人なのでその辺の対処の仕方はよく知らないが、とりあえず彼女にとってピヨちゃんシリーズは中々苦戦しているようだ。元々シークレットなんて滅多に出ないもんだし、しかもこの学校でいえば余計に数が少なそうである。何個目の桃色ピヨちゃんかは知らないが、これからも彼女は挑戦を続けていくのだろう。

「まぁほどほどにね」
「うん。頑張る」
「いやでもマジそろそろ諦めてくれない?その内私のところまで浸食されそうで嫌なんだけど」
「なによぉ。ピヨちゃんなら可愛いじゃんかー」
「そんなに好きでもないし」
「うわぁぁん!ーーー!」
「おーよしよし」

 相変わらずの弄られキャラっぷりである。泣きつく彼女の頭を腕を伸ばして撫でてやりながら、しかし私も別にピヨちゃんにそこまで興味はないんだよね、とずこー、と野菜生活を啜った。





 と、いう話を思い出していたのは、今現在片手にぶら下げたピヨちゃんのイラストがプリントアウトされたエコバック一杯に、おまけのピヨちゃんストラップがついている飲料水を買い込んでいるやたら背の高い美青年が、ニッコニコと擬音が付きそうな満面の笑みを浮かべて目の前に立っているからである。ちょ、おま、散財するにもほどがあるよそれ。

ちゃんもお買い物ですか?」
「あぁ、うん。四ノ宮君、も・・?」

 首を傾げ、かなりの重量になっているだろうそれを苦も無く持ちながら問いかけてくる四ノ宮君に、歯切れ悪く答えながらちらり、とエコバックを見やる。買い物は買い物なんだろうけど、一点集中すぎてどうなのそれ。思わずバックの中身を凝視すれば、彼は何を勘違いしたのか、ふわふわとした調子でパン、と両手を合わせた。
 がっさ、とエコバックが大きく揺れたが、正直なんでそんなに軽々と重量級の荷物を持てているのかもわからない。この人は怪力属性もちなのだろうか。・・・あぁ、そんな感じだったな。出会いの当初を思い出して納得していると、四ノ宮君はイイ笑顔で、声を弾ませた。

「もしかしてちゃんもピヨちゃんが欲しいんですか?可愛いですよね、ピヨちゃん!」
「あぁ、うん。可愛いよね。ピヨちゃん」

 否定はしないが、そこまでピヨちゃんグッズに囲まれる気にはならない。ピヨちゃんプリントのエコバックも勿論可愛い。ピヨちゃんの黄色が目立つようにバックは青色で、ところどころ白い雲が飛んでいるのは青空イメージなのだろう。可愛いんだが、男子学生が使う分にしては可愛すぎないか?いやまぁ、好きで使ってるんだろうし、四ノ宮君に周囲の視線など関係ないのだろうとは思うが。
 苦も無く同意すれば、四ノ宮君は益々嬉しそうに笑みを深めて、そうだ、と声を弾ませてエコバックの中に手を突っ込んだ。

「いーっぱい買いましたから、一つどうぞ?」
「え?いや、悪いよ。その・・四ノ宮君が買ったものだし」

 別に今欲しいわけでもないし。ずい、とおまけがついたままの飲料水を差し出され、慌てて手を横に振って遠慮の言葉を紡げば、四ノ宮君はきょと、と目を丸くして、それからふわりと目を細めて少し低めの声で穏やかに口を開いた。

「気にしないでください。僕が好きでしているんですから」
「でも・・・あー・・・じゃぁ、貰う、ね」

 尚も差し出す彼に更に断ろうと口を開くも、ほんの少しだけ眉が下がったことに気が付いて小さく溜息を零すと苦笑いを零した。駄目だ。何故か捨て犬のようにしか見えないよ何この罪悪感。人の良心を抉るような四ノ宮君の寂しげな眼に耐えられず、差し出されたそれを受け取れば、彼は本当に嬉しそうに笑うものだからしょうがないなぁ、と笑い返すしかない。あれ私この人と話したのせいぜい三回目じゃね?というのはとりあえず置いといて。

「それで、四ノ宮君はなんでまたそんなに大量に買い込んでるの?」

 保存は聞くだろうが、それだけ大量だと消費するのも大変だろう。そう思い問いかければ、彼はぴょこん、とあほ毛を跳ねさせて、ピヨちゃんがついてますから、とペットボトルについている袋を取り外し、ぺりぺりとシールの部分を剥がした。

「あぁ、またダメでした・・・」
「ん?何が?」
「黄色いピヨちゃんが欲しいんですけど、どうしてか全然出てくれないんです」
「え?一番出やすいのが出ないの?」

 一番オーソドックスなやつじゃねそれ?残念そうにしょげる四ノ宮君に逆に珍しい、と目を丸くすれば翔ちゃんにも手伝ってもらってるんですけど、と四ノ宮君は取り出したピヨちゃんストラップを掌に載せてこちらに見せた。
 掌にころんと転がるそれを見やれば、私は思わずうん?と首を傾げる。

「・・・・あれ、これシークレットピヨちゃんじゃ・・・」
「はい。シークレットのレインボーピヨちゃんです。でも、僕もうこれ十個も持ってるんです・・・」

 全体が七色に彩られたピヨちゃんは正直配色が気持ち悪いと思うが、既存のカラーから見ても確かシークレットになっているそれに間違いないはずである。友人もシークレット以外の色は出た、と言っていたぐらいだから、このレインボーなピヨちゃんは確率がきわめて低いと言われているそれに違いない。それが十個もだと?お前のせいで友人はシークレットが出てこないのか!しかしなんでそれが十個も出て黄色が出ないんだよ!

「いや、まぁ、それだけ買えばさすがに出てくるんじゃない?うん。黄色の一個や二個」

 むしろ出ない方が可笑しいと思われる。そうなったらある意味で四ノ宮君は運が悪いというしかないだろう。なんでシークレットが出て黄色が出ないんだ。そのシークレット友達に分けてあげて・・・あ。

「ねぇ、四ノ宮君」
「なんですか?」
「それ、いらないんだったらくれるかな?友達がシークレットピヨちゃんが欲しいらしくて」
「いいですよ。ちゃんのお友達もピヨちゃんが好きなんですね!」
「うん、まぁ・・・」

 好きだろうけど、しかし彼女の場合はコレクター魂が疼いているだけだと思う。まぁそれでも、これでゲットできるんだから悪くはないはずだ。快くレインボーなピヨちゃんをくれる四ノ宮君にお礼を言いながら、私はじゃぁ、とその場を去ろうとすると、四ノ宮君はそうだ、といって私の手首を掴んだ。ホワイ?

「これから、春ちゃんたちと一緒にレン君のことで話し合いをするんです。ちゃんも一緒に行きませんか?」
「は?」

 レン君?・・・・・・あぁ、神宮寺君のことか。一瞬下の名前では誰のことかわからず眉を潜めるが、ふとフルネームがそんなだった気がする、と思い出して私はきょとんと眼を瞬かせた。

「なんで、神宮寺君?」
「実は昨日、龍也せんせぇから大変な話を聞いて・・・それで皆でどうにかできないかって話し合いをするんです」
「あ、あぁ。そうなんだ・・・」

 昨日って・・・・もしかしてあの後か?一瞬にして蘇る己の所業に、思わず頬が引きつりそうになるが、ぐっと顔を引き締めてそれを隠し、私はやんわりと四ノ宮君に捕まれた手を外す。うふふ、なんていう黒歴史を作ってしまったんだ私。
 昨日の行いをまざまざと思い出しつつ、これは一生黙っていよう、と密やかに決心をしていると四ノ宮君は外された手をちょっと名残惜しそうに見送って、長い睫毛を震わせて僅かに目を伏せた。

「レン君、学校辞めちゃうかもしれなくて・・・。確かに、続けるのも辞めるのもレン君の自由かもしれないけど・・・でも、僕は、それはとても寂しいことだと思うんです」
「寂しい?」
「はい。音楽はとても素晴らしいものだから。きらきらお星様みたいに輝いて、世界を色鮮やかに変える無限の力を歌は持っています。それを否定したまま辞めてしまうなんて・・・レン君だって、本当は音楽の素晴らしさを知っていると思うから、余計に引き止めたいのかもしれません」

 そういって、悲しげに眉を下げる四ノ宮君に耳を傾けながら、やっぱりなぁ、と一人頷いた。

「・・・君みたいな人こそ、向いてるんだろうね」
「え?」
「ううん。それ、きっと七海さん達も思ってるんだろうなって」
「勿論です!それに、レン君はお友達だから。一緒に卒業したいんです」
「仲良しだね。――うん、そうだね。やっぱり、引き止める権利は「友達」にあるよね」

 呟き、一人うんうんと頷く。そうそう。こういうこと考えて実行できる人間が彼みたいな面倒くさい子と関わるべきなのだ。決して私みたいな事なかれ主義に面倒事回避ー!って逃げまくる人間が関わるべきではないのだ。いやべきじゃないというか、向いてないっていうか。なんていうか、ガンバレ、色々と。青春してこい、青少年共。

「それに、レン君の様子もなんだか可笑しいところがあって」
「え?普段から彼割と・・・いやなんでもない」

 あ、あれ通常運転だから可笑しいとかないんだよね。私の感覚からいえば色々ねぇよ、と言わんばかりの言動ばかりだけど、基本あれここでは普通なんですよね。皆許容してるんですよね。・・・それはそれでどうなんだ・・・。

「昨日、弓矢を射られてからなんだか様子が可笑しいって、真斗君が」
「へぇ、弓矢なんか射られたんだ」
「そうなんです!突然弓が落ちてきて、レン君に当たるところだったんです!とってもびっくりして・・・きっと早乙女せんせぇがしたことだと思うんですけど。龍也せんせぇもそう言っていましたし」
「そっか。あの人なら有り得るね!」

 ごめんそれ私。とは言えないので、話に乗るフリをして素知らぬ風を貫き通す。そうか、神宮寺君に当たるところだったのか。当たらなかったんだからいいよね別に!
 ・・・・・・・・・・・いやすみませんほんとすみませんちょっとした出来心だったんです寝不足だったんですでも三分の一ぐらいは君の行動のせいもあるんだぜ!
 そして運よく学園長に矛先が向いているようなので、それはそのまま勘違いして貰っておこう。大丈夫、誰も私がやったなんてオモワナイヨ。
 大げさに頷いて四ノ宮君の話に同意をしながら、それとなく話題を逸らすようにそれで?と先を促した。

「それとこれとどう神宮寺君に繋がるの?」
「実はその矢に、CDが一緒につけられていて。それがなんのCDかは教えてくれなかったんですけど・・・」
「ふぅん・・・神宮寺君、それ聞いたのかな」
「真斗君の話だと、部屋の中では聞いていないみたいなんです。でも、その日部屋に帰ってきたレン君はなんだか様子が可笑しかったって。何かあのCDにあったのかも・・・」
「・・・・それは、本人に聞いてみないとなんともね。でも、そっか。一応受け取ったんだ・・」

 そして反応を見るだに部屋以外で聞いたのかな?まぁ、とりあえず何かしら反応はしているようだ。ただそれが良いのか悪いのかはわからないけれど・・・。まぁ、なんともなければ至って普通な気もするので、それなりに思うところがあったのだ、とは思いたい。実際聞いているとも断言し辛くはあるので、私は四ノ宮君の話に相槌を打ちながら、あとはもう待ちの一手だな、と肩からほっと力を抜いた。
 正直、これから先は神宮寺君がどうするかによるので、私の仕事は一旦ここで終わりということだろう。ちゃんと曲は渡せたのだし、これで何もアクションを起こしてこないのならば、それはもう彼がそういう判断を下したと潔く受け入れるべきだ。
 うむ。思わぬところで経過情報が手に入ったが、これだけ知ることができれば十分だ。どうやら同室者らしい聖川君(全くこの二人が同室なんてなんという運命の悪戯か)に詳しいことを聞きたい気もしたが、あまり突っ込むと芋づる式に色々バレそうなので、ここで引くべきだろう。あとその大量の飲料水の消化に巻き込まれたくない。

「ごめんね、四ノ宮君。力になってあげたいけど、私これから用事があって行けそうにないんだ」
「そうなんですか。引き止めてごめんね?ちゃん」
「いいよいいよ。ピヨちゃんも飲み物も貰ったし。頑張ってね!」

 そして情報もな!きっと、恐らく、君たちの行動如何によって彼の先行きも決まるような気がしなくもないから頑張ってくれ。特に七海さん辺り!そう最後にエールを残し、手をふって足早にその場を去ると、しばらく行って角を曲がったところで足を止め、ふぅ、と息を吐いた。

「・・・ホント、友達に恵まれてる子だな」

 あんな必死になって引き止めてくれる友達なんて、いるようで案外いなかったりするもんだが・・・人運があるんだろうな、きっと。
 羨ましいことで、と笑みを浮かべながら、私は手の中で握りしめていたレインボーピヨちゃんを無造作にスカートのポケットに突っ込み、貰った飲料水を持ち直して、真っ直ぐに歩き出した。
 あ、そういや一ノ瀬君に曲を聞かせる約束してたっけ。

「どこにいるかな、一ノ瀬君」

 ぶっちゃけ聞いたのか聞いていないのかわからないんだけど、まぁ、渡したのに聞いていないのはそれはもう私には与り知らぬこととして。
 でもとりあえず、この飲み物を部屋の冷蔵庫にいれてしまわなければ、と私は進路を寮へと取り直した。・・・でも一ノ瀬君噂によると放課後いないことが多いらしいんだよねぇ。捕まるかな、と思いながら、私はぶん、とペットボトルを持つ手を大きく振った。炭酸じゃないからできる所業だったりするんだけどね。