穢れない蒼さに押し潰されそうだった、7月の狂詩曲



 今日は厄日だ。そうに違いない。後ろ手に回された手首をぐるぐるにガムテープで固定され、いささか乱暴に背中を押されて人質の中に放り込まれて、ぺたりと座り込みながら溜息を零した。外に逃げていくだけの吐息は、蒸れるように熱い着ぐるみの中で熱を伴いながら霧散していく。・・・てか、何故に着ぐるみ完全装着のまま私拘束されてんの?思わず、こんな状況にも関わらず首を傾げて、拘束されている腕に力を込めて左右に引っ張る。ぐ、と動きが止まって、けれど僅かな隙間ができたそれに、うーん、とばかりに今度は逆方向に首を捻った。
 何度か、強盗犯に気づかれないように力をこめてぐ、ぐ、とガムテープに緩みができるように動かしながら、着ぐるみを着ているせいで(おかげで?)見咎められることもなく観察し放題な状況を観察する。強盗犯はこの部屋の中にいる人間だけで三人。入口に一人と、人質を監視するのに二人。それぞれ手には武器を持っていて、ちゃんと面が割れないように目だし帽を被っている。少なくとも突発的な強盗ではなくて、それなりに計画を立てた上での犯行だろう、と思う程度には三人とも落ち着いていて、余裕すらあるように見えた。入口近くの強盗犯A(仮名)が、携帯を弄っているので、もしかしたら外にお仲間がいるのかもしれないが、現状この場にいないのならとりあえず捨て置く。
 ・・・ドキドキと慣れぬ状況に暴れる心臓の音を聞きながら、結局、と目を細めた。結局、何もせずにこのままじっとしている方がいいよねぇ。着ぐるみの下、籠る熱気のせいで浮かぶ汗に目を瞬かせながら、内心で結論づけた。
 これがもっとこう、機転が利いたり肉体的に強い人ならどうにかできるかもしれないが、あくまで私は一般人である。色々と経験はしているとはいえ、さすがにこの状況で飛び出すことが無謀なことだとは百も承知だ。てかそんなことする勇気はない。ここは大人しく警察が解決するまで待つべきだ。
 状況的には幾度か経験したことはあるけれど、あれにしたってまず助けがくること前提だったからなぁ。一年は組と行動すると、よくこういった騒動に巻き込まれるんだよね。まぁ、私はい組と基本行動していたので滅多となかったが、しかしい組と一緒にいても巻き込まれたことあるし。ともかくも、こういうのはよっぽどでない限り自ら行動するとおのずと自滅していくことがほとんどである。
 つーか一般人が勇気をもって動いたところでどうこうなるほど世の中甘くないのだ。作り話のように、たった一人で挑んで万事解決するなどご都合主義、そうそう起こり得ない。せめて拘束されていない仲間がいれば別だけれど、今回思いっきり捕まってしまっているので益々手の出しようがない。まぁ、金銭目的ならば少なくとも警察がなんとかしてくれるはずである。犯人の要望が通ろうと通らまいと、この大人数をどうこうするはずはないだろうし、変にターゲットにされないことを祈るばかりだ。ていうか誰かこの着ぐるみを脱がせてくれないか。超熱い。
 だらだらと滴り落ちるぐらい額に浮かぶ汗を拭い取ることもできず、果たして事件解決までに私は熱中症にならずにいられるだろうか、と心配する。
 いや、結構マジで危ないと思うんですけど、なんで強盗犯の人達は着ぐるみ装着のまま事をすすめたんですかねぇ!?・・・いや、いっそ倒れてしまえば私だけ解放~とかにならないかな、とちょっと卑怯なことを考えていると、ねぇ、と周りに・・・というよりも強盗犯に聞こえないように潜められた声で話しかけられ、俯いていた顔をあげてちらり、と視線を流した。あまり大仰に動くと見咎められるだろうからだ。

「君、大丈夫?着ぐるみの中、あっついでしょ?」

 こちらを気遣うようにぐっと寄ってきた顔が、着ぐるみの隙間から伺い見るように見つめてくる。無論、視界の部分はちゃんと外が見えるようになっているので、私からもその様子は見えたが、私は僅かに眉を潜めた。・・・なんか見たことある顔だな、と記憶の端っこで警戒ランプが点滅し始めたからだ。声をかけてきたのは男だった。また、その声がなんとも特徴があるというか・・・やっぱり記憶のどこかに引っかかるような声なもので、余計にランプの色が激しく明滅する。
 不謹慎だが、犯罪に巻き込まれている事実よりも何故かこっちの方がそわそわするというか落ち着かないと言うか不安が募るというか・・・なんぞこれ。
 こちらがそんな言い知れない不安を覚えているというのに、相手側はこんな状況にも関わらず、まるで心配も不安もないとばかりに、にっこりと人懐っこい笑顔を整った顔一杯に浮かべている。もうちょっとこう、人間らしく顔色失くしてるとか震えてるとか筋肉が引きつるとかしないものだろうか。あまりにも気負いのない笑顔に、安心とかよりも不審が芽生えた。・・・なんだ、こいつ。
 思わず返事を返さずにじろじろと見ていると、彼は強盗犯をちらちらと気にしながら、そっと顔を寄せてきた。

「大丈夫だよ、きっと警察がすぐになんとかしてくれるからさ」

 そういって、にっこりと。屈託なく笑う姿に、これは、一応、こちらが怯えていると見越して安心させようとしているのだろうか?と思い至る。・・・確かに、普通であれば彼の人当りの良い笑顔と、状況を顧みない気安いとも言える明るい声色は安心感をもたらすものではあるかもしれない。あるいは、話しかけられたことで極度の緊張からいくらかの緩和も望めただろう。・・・しかしながら、私から見ればどう考えても不審な行動にしか見えないのだ。
 だって、どこの世界でこんな犯罪現場に巻き込まれて平然としている人間がいるっていうんだ?まさか、こんなことに慣れてしまうほど巻き込まれているはずもないだろうし、私のような経験をしているとも思えない。だというのに、ちっとも怖がる様子のない姿に、眉間に皺を寄せた私の反応は間違いではないはずだ。
 それとも何か?物凄い図太い神経をしているとか?それとも激鈍なおっとりさんだとか?天然だとでも?・・・どちらにしろ、なんとも怪しい人には違いない。

「嶺二。犯人がこっち見てる」
「げっ。やっば~。アイアイ、隠して隠して!」
「動いたら余計に目立つから却下」

 あ。なんかクールビューティな声までしてきた。私が目の前の男に不信感を募らせていると、更に横から淡々としたあまり感情の籠らない声が聞こえてきて、思わずそちらに顔を向ける。水色の髪をしたこちらもまたきっれいな顔をした美少女・・・少年?が、冷ややかな目つきで強盗犯を眺めている。この人もちっともびびってないですけど、昨今の一般人は強盗程度じゃ怯えないような神経なの?
 ついてけないわー、と思いつつ、ぼんやりとイケメン二人を眺めていると、不意に脳内でピコーンと白熱電球が点灯した。所謂閃いた、というやつだ。

「・・・寿嶺二と、美風藍・・・?」

 ぼそっと、小さな声で呟くと、寿さん(仮)ではなく、美風さん(仮)の方がこちらを振り向いた。おぉ、あんな小さな声を聞き分けたのか?横でヤバイヨヤバイヨーってどこぞの芸人のようなことを言っている人を無視して、少し大き目の綺麗な緑がかった蒼い瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。そのあまりにも真っ直ぐすぎる視線に、特別何か悪いことをしたわけでもないのに、ぎくり、と肩が強張る。真っ直ぐすぎて、しかも、その目には特別これといった感情が見えない凪いだ湖面のような静けさで、なんとも座りが悪い。・・・なんだろう、やけにこの人、生き物っぽくないんだよな・・・。顔が整いすぎているから、というのもあるのかもしれない。

「うわぁ、アイアイ、どうしよう。このままじゃヤバイよ~っ」
「嶺二、五月蠅い。少し黙ってて」
「アイアイ冷たい!もうちょっとこう、優しくお兄さんを慰めてよぉ」
「・・・・」
「無視?!」

 こちらをじぃ、と見ていた美風さんだったが、横で寿さんが一人静かに煩く(矛盾しているが、小声でわぁわぁ言ってるだけなので犯人達には届いていないはずである)しているものだから、ぴくり、と眉間に一本皺を刻んでから、鬱陶しいものを見るような目で寿さんを一瞥して突き放した。私、あんな美人さんにあんな目で見られたらちょっとびびると思うんだけど、そういう対応に慣れているのか、あるいは気にしない性質なのか、寿さんは完全に沈黙した美風さんに向かってひどい!と言い続けている。・・・緊張感の欠片もないと思うのは間違ってないだろう。なんだこの人達、と思わず冷めた目で見やる私を見咎める人もおらず、ただ着ぐるみの下で溜息を零す。・・・さて。ちょっと状況をもう一度整理してみようか。
 強盗犯は相変わらず、銃を構えてこちらを牽制しつつ携帯を弄ったり雑談をしていたりするわけで、特別事態に特別の変化はない。
 そこに新たに加わった要素といえば、「寿嶺二」と「美風藍」の二人だ。この二人、何を隠そうシャイニング事務所所属のアイドルなのである。
 まぁ、超人気、かと言われると微妙ではあるが。寿さんはどちらかというと三枚目系の芸人アイドルっぽくて、バラエティにはちょこちょこ出ているけれど日向先生や月宮先生に比べるとメディアへの押しはあんまりない。美風さんの方は、ぶっちゃけあまりテレビだのに露出することがなくて、やっぱりさほど知名度が
なかったりする。歌番組系に偶に出るぐらいで、バラエティ系には一切出てないんだよねぇ。ただ、透明感のある天使の歌声、というキャッチフレーズでラジオだとかネットだとかでは結構有名ではあるらしんだけど、アイドルなのにテレビにでないとはこれ如何に?といった具合で・・・。まぁ、二人のテレビの露出具合はさておいて、問題は二人が「シャイニング事務所のアイドル」だという点である。
 勘ぐるな、という方が無理な話というものだ。何故アイドル・・・芸能人である二人がバイトの面接会場にいるのか?実はこれバイトじゃなかったんじゃないか?そもそもシャイニング事務所関係の時点で怪しい。あの人が関わってる気配がむんむんする。つまり、総合してみると。

(絶対、嵌められた・・・・!)

 あの学園長何か企んだ上で担任巻き込んで私をここに送り込んだに違いない。何故私なのか、何を期待しているのか、そもそも何をさせたいのか。それが未だにはっきりとしない歯がゆさを覚えながら、ギリィ、と拳を握りしめた。
 考え過ぎならいいけれども、ここに事務所のアイドルが二人もいる時点でその可能性は薄そうだ。というか何かフラグをたてなさーい、とばかりにあの人に背中をぐいぐい押されている気がする。めっちゃ踏ん張ってるのにすごい強引に押されている感じがひしひしとする。くっそマジあの人何考えてんだ?!
 だが、そう考えればこの妙に落ち着いた二人の様子もなんとなく理解できた。よくよく周りを見てみれば、強盗犯に捕まっているにも関わらず、空気がさほど張りつめていない。顔から血の気を失くしているような人すらいないのだ。
 もしかして、これらは全て仕組まれたことではないのか?
 不意に、まさかそんな大掛かりなこと、という考えが頭を過ぎった瞬間、おい、そこの二人!と鋭い声が聞こえて、考えていたことが一瞬途切れる。
 慌てて顔をあげれば、美風さんと寿さんに向かって銃口をちらつかせて強盗犯Bが、こちらに寄ってきた。

「さっきからうるせぇんだよ。ちったぁ黙ってろ!」
「あ、あはは~す、すみませぇん・・・」

 へらへら、と笑いながら、いやまぁ多少口元が引きつっていたが、それでも笑って謝る寿さんに、美風さんがだから言ったでしょ、とばかりに溜息を吐く。
 いやあの、もうちょっと怯えた態度取りませんか?二人とも。二人が犯人を挑発・・・しているつもりはないのか知らないが、すぐ横にいる私にも矛先がきそうで怖いんですけど!?いや、これが全部演技だとしたら余計な心配だろうけど、でもでも、結構強盗犯Bの声、本気が入ってたよ?!

「・・・丁度いい」
「あん?」
「そこの二人、確かアイドルの美風藍と寿嶺二だろう。人質にするにはもってこいじゃねぇか。ついでに、こいつらの事務所からもふんだくってやろーぜ」

 にやり。目だし帽から見える口元で笑った強盗犯Aが、そういって銃口をこちらに見せびらかしながら言ったものだから、周りが一瞬ざわついた。
 寿さんも、驚いたように目を丸くして、それから自分に銃口を突き付けている強盗犯Bを見上げる。強盗犯Bは、少し考えてから、そりゃ確かに名案だ、と頷いた。

「どうせ一人二人はいるしな。こいつらにすれば一石二鳥か」
「そういうこった。無駄な選別が減って楽じゃねぇか」
「違いない」

 そういって笑いあいながら、立て、と寿さんの米神に銃口を押し当てながら強盗犯が立ち上がるように促す。寿さんは戸惑いながら、のろのろと立ち上がって、続いて美風さんも立ち上がるように言われて、同じように寿さんの横に立つ。
 二人が強盗犯の横に立って、益々空気が困惑を混ぜ込んだかのように動揺し始めた。その流れに怪訝に眉を潜めたとき、あぁ、そうそう、と入口横の強盗犯Aが、がちゃり、と銃をこちらに向ける。

「言っとくが、さっきみたいにふざけてみろ。そのお綺麗な面、二目と見れなくしてやるからな」

 そういった直後、バァン、と。乾いた空気の破裂音が響いて、辺りがしん、と静まり返る。鼓膜が、未だ震えているかのようにじん、と痺れて、鼻につく硝煙の臭いにひくり、と鼻腔が動いた。嗅ぎ慣れた、火薬の名残が、室内に充満して。

「こんな風に、な。わかったら大人しくしとけよ?アイドルちゃん?」

 厭味ったらしく、愉快そうに。手の中の銃を見せびらかして、黙り込んだ周囲を満足そうに見やった強盗犯に、銃口を突き付けられていた寿さんが、その時初めて、顔を真っ青にして血の気を引かせていた。

「・・・あ、アイアーイ・・」
「・・・なに」
「僕ちん達、マジピンチ?」
「・・・予定外この上ないね、全く」

 そんな二人のやり取りも、空しく部屋に響くだけで、なんの解決になるわけでもなく。ざわり、と。周囲がようやく事態を呑みこめたのか、騒ぎ始めて。
 そんな、嘘だろ、だってこれ演技で、とかどうとか聞こえてきて。
 あぁつまり、やっぱりこれ演技だったんだなぁ、とか。どういう試験のつもりだったのかなぁ、と思ったわけだが、結局のところ。

「マジの犯罪に巻き込まれてんのかよ・・・」

 今更顔色を失くして動揺し始めている周囲に、遅すぎるわ、とか、人を騙すからだーとか、色々と言いたいことはあったような気もしたのだが、私はとりあえず、運悪く人質になってしまった二人に向けて、憐憫の眼差しを送ることにした。でもこれ私じゃなくてよかったって、結構本気で思ってます。