穢れない蒼さに押し潰されそうだった、7月の狂詩曲
朝、ポストに入っていた朝刊の見出しは「ケン王、強盗を瞬殺!!」だった。
・・・とりあえず私(ドヤックマ)のことが書かれてないかをチェックしたが、新聞記事の内容は終始シャイニング事務所所属のアイドルについて賛美が綴られているだけだったので、ほっと一安心である。如何にケン王=日向龍也の働きが素晴らしかったとか、アイドルだけで事件を解決した顛末とか、人質になった二人のこととか諸々。まぁ話題性も希少性も十分だわなぁ、と牛乳片手にしみじみと頷く。警察の出る幕のないアイドルってなんなの、本当に。
しばらくテレビのニュースやらメディアの話題はこの事件で賑わうな。事務所の方もうっはうはだろう。
あの後、とりあえず中身が私だとあの人達にバレるのはなんとなくよろしくないような気がしたので、警察がきたドサクサ紛れに離脱し、更衣室に戻ってやっとの思いで着ぐるみを脱いで解放感に浸り、(足のふやけ具合が異常だった。汗でふやけるとかどんだけ・・・!)汗まみれの体を持参したタオルと制汗スプレーとシート(無臭)を駆使してなんとか女子としての体裁を整えてから、何事もなかったかのように控室に戻って警察の事情聴取を受ける、というミッションをこなしたのだ。
さすがに警察の事情聴取をばっくれるのはバレた時に逆に目立ちかねないので、あの場はできるだけ自然に混ざるのが得策と考えたのだ。後々のことを考えても、下手に逃げるよりも流れに身を任せたほうがいいこともある。
要はあの場にいた着ぐるみの中身がシャイニング事務所の人達にバレなければいいのだ。さすがに元々着ぐるみの中身を知っているだろう人達や、警察を誤魔化すのは無理なことはわかってるし。最終的に大立ち回りをしでかした事実は消えないので、その話題が出ることも承知の上。事件の顛末で着ぐるみが強盗をぶち倒したというのはあの場の誰もが見ていたことなので、警察からも聞かれることだったし。それは仕方ない。ただ、こちらとしても個人情報だとか色々あるので、あまり表沙汰になりたくないと強調すれば民間の正義は納得せざるをえないのだ。プライバシーは守られるべきなのである。法律万歳!
この根回しも、もしもあのままばっくれていたらできないことだったし、逆に場所を突き止められて(警察に言われたら履歴書とか見せるだろうし)大事になったら目も当てられない。
日向先生に見つかって偉く驚かれたけど、どうやらドヤックマの中の人については何も知らないようだったので良しとする。
問題なのは、日向先生の口から飛び出たこの面接が「朝の特撮ヒーローマスコットキャラオーディション」だったことが、私に衝撃を与えたことぐらいか。
ちょ、聞いてねぇよ北原先生!!何が「着ぐるみをきてちょっと運動するだけの簡単なお仕事」だよ!!全然簡単じゃないよ!大事だよ!!いくら着ぐるみとはいえ、何故にテレビのオーディションを私が受けてるんだ!!
これアイドルコースに薦めるべきバイトじゃね!?ていうかバイトの範疇を越えてるし!!詐欺だ。これはもう立派な詐欺だ。もっとちゃんと内容を追及しなかった私も私だが、内容の説明を恐らく故意的に怠った先生も悪い!!
というか学園長ーーーーー!!!!何か企んでる予感は途中からひしひしとしていたけどマジで何考えてたんだあああああ!!!
・・・・・・・・・・・と、いう鬱憤は、送ってやるという日向先生のお誘いを懇切丁寧にお断りをして飛び込んだカラオケボックスにて晴らすだけ晴らして、あとはお猫様に癒してもらったので今の所は収まりを見せている。悟ったというのもあるが。
そんな怒涛の一日を終えた次の日が学校なんてほんとやってらんないよねー。休みたい気持ちで一杯だったけれど、別に体調不良を覚えているわけではないので、朝刊のチェックを終えると、マグカップにいれた牛乳を飲み干して席を立つ。
「さー今日もがんばろー」
どことなく台詞が棒読みになってしまったのは、どうしようもない心情の現れだったのだろうと、なんとなく察しているわが身が辛い。
※
そんな大事件が起こった翌日だ。無論、学校の話題もほぼそれ一色といっても過言ではない。そもそもアイドルが強盗犯を捕まえたという話題性に加え、それが自分の通っている学校の先生という身近さに、興奮するなという方が難しいだろう。
その証拠に遠目に見かけた頭一つ抜きんでて大きい日向先生の周囲は朝から生徒でごった返していたぐらいだ。女子と男子の割合がまぁまぁ一緒なのは、彼の人望のなせる業か。まぁ、さして日向先生に用はないのであの人ごみに突っ込む気も起らず、さらりとその現場は流して自分の教室に向かったけれど。え、いや、だって用事はないんだからわざわざ話しかける必要はないじゃん?潰されるのは目に見えてるし。人ごみ嫌い。無論、クラス内の話題も朝はほぼその話題で埋まっているし、友人からの大興奮の話も主にその話だ。なんとも言い難いのは、事の顛末をこの場にいる誰よりも自分が知っていることだろうか。できれば私もニュースや新聞で「そんなことがあったんだー日向先生すごーい」程度で終わりたかった。
世の中、ままならんなぁ。という悟りを開きつつ、昨日の事件など嘘のような平穏な学生生活をこなしていると、ざわり、と俄かに周囲の様子が動揺を含んだ空気に変わり、なんとはなしに首を動かす。
刹那、瞬時に周り右をしそうになった私を、けれどその寸前で呼び止めた至極楽しそうな声が邪魔をした。オーノゥ・・・。
「ちゃーーん!」
それなりに人がいる廊下を、まるでモーゼのごとく割開きながら駆け寄ってくる、大柄な人影。ふわふわと毛先にウェーブがかかった肩甲骨ほどの長い金髪が、走る動きに合わせて靡いて乱れ、足首まであるパステルグリーンのロングスカートがばさばさと捲れあがっている。おいおいもっとおしとやかに走れよ、と思いつつ、黒い七分袖のトップスから伸びる腕がこちらに伸びてきたところで、さっと片手を突き出した。
「ストーップ」
「!」
びた、と突き出した手に触れる直前で制止した大柄な女性・・というにはやっぱりどうかと思う女装した知り合いの姿に、私はまた奇怪なことを、と目を半眼にした。
「四ノ宮君、約束は?」
「あう・・・」
人前で飛びつかない抱きつかない。これ約束したよね?言いながら見上げれば、眼鏡越しの目が悲しそうに揺らめきつつ、眉をへちょん、と下げた四ノ宮君が、残念そうに腕を下した。心なしか彼のあほ毛も下がっているような気がしたが、気のせいだろう。とりあえず人目憚らない行動を制止できただけでも万々歳だ。こういうタイプには「約束」が一番有効的だな、と思いながら、私は他者の注目を集めたことによりこの奇怪な恰好をしている人間からの逃亡の道が閉ざされたことを感じ取り、溜息を吐きながらしょぼーんとしている四ノ宮君を見上げた。
・・・さて。一体何がどうなってこうなっているのか。ウィッグなのかエクステなのかわからないが、知っている長さとは異なる長い髪に、どこからどう見ても女性物としか思えない衣服。よくよく見れば薄らと化粧も施されているようで、元々温和な顔立ちのそれがどこか女の子らしくなっている。しかしながら、どうにも体格的な問題か、「女の子」には見えないんだよなぁ・・・。いやそれよりも、何故に女装を・・・?
「那月!やっと追いつい・・・げっ」
「えー、と・・・?」
うわ、美少女きた。しかしどピンクのふりふりゴスロリ服はいかがかものかと思うよ。四ノ宮君以上に目立つわぁ、と思いながら、小柄な美少女の盛大に歪んだ顔と、乱暴な足取りからあぁこれも男か、と悟って小首を傾げる。なんだ、今日の授業に女装の項目でもあったのか?忍術学園じゃ茶飯事だったぞ。
「あ、翔ちゃん、追いかけてきたんですかぁ?翔ちゃんもちゃんに可愛い姿みて貰いたかったんだねっ」
「違ぇよ!俺はっさっさと!こんな服脱ぎてぇんだよ!!」
「大丈夫だよ、翔ちゃん。とぉっても可愛いから」
「そんな心配してねーーー!てか、全然嬉しくねぇっ」
そういって、噛みあっているようで噛みあっていない会話で地団駄を踏む美少女・・・の、姿をした男の子・・・恐らく来栖君に、同情の眼差しを向ける。
残念なことに、可愛いという四ノ宮君の言葉を否定できるだけの要素がどこにもないんだ、今の君には。いやまぁそうじゃなくて。ウィッグでやはりこちらも腰まで伸びた金髪を振り乱して叫ぶ来栖君に、余計に人目が集まっていることを告げるべきか否か。それとも事情を聴いた方がいいのだろうか。
ボケと突っ込みというにはあまりにも来栖君が報われない様子にどうしたものかと思っていると、ざわり、と更に周囲がどよめいた。・・・今度はなんだ、本当に。すでにこの展開からでも食傷気味なのに、更になんか追加するとか・・・昨日から私は厄日なのかしらん?と思いつつ視線を向ければ、ポカン、と目を丸くした。
「目立ちたくないって割には、随分と目立ってるよ?おチビちゃん」
「こんな廊下を歩いている時点で、衆目を集めない道理はありませんけどね。・・・さん、あまり引かないように」
・・・・ど、どこから突っ込めば・・・!反射的に右足が一歩後ろに下がったのを目ざとく見つけたのか、一ノ瀬君からすかさず注意をされて動きを止める。
いやでも、引くなというのは無理じゃないか・・・?現れた二人は、ここ最近馴染みとなったといっても過言ではない問題児、げふん。Sクラスの一ノ瀬君と神宮寺君だ。だがしかし、常の早乙女学園の男子制服姿は鳴りを潜め、そこに佇むのは異様としか表現の仕様がない恰好の二人である。イケメン台無しとはまさにこのこと!
蜜色の巻き毛に、薄いピンク色のシフォン系素材のワンピースを着こなす神宮寺君は、無駄に豪華な巻き毛をふわりと掻き上げて笑みを浮かべている。自信満々の笑顔だが、スカートの元々の丈が神宮寺君と合わなかったのか、恐らく膝丈か膝小僧が見えるぐらいの長さであっただろうスカート丈は、更に丈を短くして太ももに差し掛かっている。筋肉質な「男」の足は、フェミニンなレースから覗くにはちと厳しいものがあった。もっと服装の選択肢はなかったのか。明らかに、路線を間違えていると思われる。神宮寺君、その体格と性格と醸し出す雰囲気で可愛い路線はないわー。フェミニンはないわー。せめてお色気系だろ。おまけに一ノ瀬君ときたら、何をどう間違えたのか知らないが、スカート丈を足首まで伸ばした一昔前のセーラー服の女子学生姿である。神宮寺君とは逆にスカート丈が長すぎてスケバンにしか見えないよ。紺色のセーラーに赤いスカーフってのも余計に昭和臭を漂わせている。いや、これは着こなしの問題だな。何故こうも昭和臭が漂うのか・・・。あれか、取ってつけたような三つ編みが問題なのか。長い三つ編みは、本当に取ってつけたようなつけ方で、いやもう、真面目にやる気があるのかないのかすらもわからない。もうちょい髪に馴染ませる努力を!!まぁ、彼の場合は長袖にロングすぎるスカートで「男」の部分を隠しているつもりなのかもしれないが・・・。
どちらにしろ、体格がしっかりとしていて肩幅が広めの二人なので、女装姿が似合っていないのだ。服装のチョイス間違いもあるけど。いやでも、顔立ちが整ってるんだから、服装と仕草と化粧を変えれば大丈夫か・・・?
まじまじと二人の頭から爪先までを眺めまわし、いけなくはないな、と一人頷く。
神宮寺君の細いピンクゴールドのミュールに収まる赤いマネキュアをしている爪先と、一ノ瀬君の三つ折りの白い靴下とローファーから視線を外し、筋肉質でもガチムキ系じゃないし、一ノ瀬君の系統でいうなら立花先輩タイプだから、うん。むしろ上手いことできれば美女が出来上がりそうだ。神宮寺君は・・やっぱりちょっと男性的すぎる部分があるけれど、まぁ、大丈夫だろう。伊達に忍術学園にいたわけではないのだ。こう見えて変装の類を見る目は養われているのである。とりわけ、女装に関して。あそこの女装率の高さ異常だよねー。
そんな結論に至りつつ、最終的には四ノ宮君に抱きしめられていた来栖君が、スカートがめくれ上がるのも構わず抵抗しているところで、私は見ていられずにそっと来栖君の暴れる足に手を添えた。びくん!と震えて動きを止めた来栖君が、目を真ん丸に見開いてこちらを振り返る。うん、とりあえずね?
「中身、見えそうになってるからちょっと落ち着こうか」
「お、・・・おう」
スカートの裾を押さえてやりながらそう諭してみると、来栖君は動揺を隠せないようにカクカクと首を上下に動かす。ほんのりと頬が赤くなっているが、足を突然触られたことに驚いているのだろう。別にいやらしい目的で触ったわけではないよ?来栖君の足はその小柄で華奢な体格も重なって、細くしなやかで少女らしい足だ。まぁ、比較対象がそこの間違っちゃった路線の二人っていうのもあるが、十分に「少女」で通じる範疇だ。だがしかし、いかんせんそのほっそりと白い「少女」の足が、盛大にめくれ上がるばかりのスカートから太ももまで晒されて、微妙に周囲の視線が集まっていることが居た堪れないのだ。あれだよ、中身が男とわかっていても、秘められた奥が気になる悲しいお年頃というやつですね。でもちらっと見えたけどただのトランクスだったよ?しかしそんな事実に気が付いたら来栖君が絶望しかねないので、そっとスカートの裾を押さえてあげたのだ。あくまで親切心である。
「えーと、・・・とりあえず、場所変える?」
「そうですね。何時までもこんなところで見世物になる気はありませんし」
個人的にはお別れをしたい気もするが、何故こんなことになっているのか、気にならないといえば嘘になる。むしろここまで目立ったのなら、いっそ全部聞いてすっきりしたいところだ。女装といえばこの学校だと月宮先生だが、彼女・・・じゃなかった。彼が何かしでかしたのだろうか?それにどうせ四ノ宮君が逃がしてくれない気がしているので、どの道連行されるのだろうし。
渋々提案すれば、一ノ瀬君は冷静に・・・笑っちゃいけない。いけないけど、とりあえずさっと視線をやや斜めにずらして、冷静に同意した彼にだろうね、と頷いた。すでに手遅れだとは思うが、まぁ、長いこと晒されるような趣味もない。
私は、この中では圧倒的にマシである来栖君を視界にいれることで精神の安定を図りつつ、疲れた笑みを浮かべて口を開いた。
「じゃぁ、とっとと場所を変えようか」
「レディ、微妙に内心が隠せてないよ」
「だまらっしゃい」
好奇の目線に晒されてずっと平然でいられるほどまだ私人間捨ててない!しかも周りを女装男子に囲まれてるとか!いくら私が伝子さんとかで慣れてるからってこの仕打ちは酷い!・・・・・・・あ、いや、伝子さんじゃないだけまだいいのか・・。いやでも、山田先生の女装はあれはあれで素晴らしい出来だからなぁ。こう、次元が違うのだ。うん。・・・とりあえず、さっさとこの場から離脱しよう。
「ほら、四ノ宮君。手、繋いであげるからいい加減来栖君を離してあげなよ」
「本当ですか!?」
傍目女の子同士がじゃれているようで、やっぱり美少女に女装した男子が抱きついているようにしか見えないと言う「ちょ、変態!?」と言わんばかりの光景だったので、抱きしめられている来栖君も苦痛だろう、と手を差し出す。すると、顔を喜色満面にして、来栖君をパッと解放した四ノ宮君は飛びつく勢いで私の手を取った。大きな手が、存外に優しい手つきで包むようにぎゅっと握りしめてくるので、私はこれぐらいの力加減を常日頃から心がけてくれれば、と思わずにはいられない。
感極まっているのか知らないが、彼の時折遠慮のない抱擁はマジでその内臨死体験ぐらいできちゃうんじゃないかと思うし。
まぁとりあえず、これで彼のご機嫌取りもできたし暴走も抑えられるだろうし、来栖君はやっと解放されたし、行動も取りやすいというものだ。
ぜぃぜぃと息を乱す来栖君からの感謝の視線を片手をひらひらと振ることでいなし、微妙に眉間に皺を寄せている一ノ瀬君と、相変わらず笑っている神宮寺君を促して足を動かす。・・・まぁ、無駄にでかい女装男子と手を繋いで廊下闊歩という精神的苦痛は否めないが、まだ四ノ宮君はそのぽやぽやとした雰囲気などで「見れる」範囲なので、我慢できる。これが一ノ瀬君と神宮寺君だったら断固として拒否するところだ。あれだなぁ、女装って、やっぱり見た目もそうだが雰囲気とか仕草も大事なんだよねぇ。伝子さんがいい例だ。そう思いながら、やっぱり左右の壁に寄って中央を開けてくれる一般生徒の動きに、ひっそりと涙が浮かびそうになった。
全く、私に休む暇は与えてくれないか、この学園は。