穢れない蒼さに押し潰されそうだった、7月の狂詩曲



 太陽の日差しも強くなり、木々の間を抜ければ蝉時雨が降り注ぐ。
 一度自然を離れれば照り返しのきついアスファルトが太陽光を反射し熱気と共に下から焼けつくような熱さを届け、これでまだ七月初めだというのだから、今年は猛暑になることだろう。憎いほど鮮やかに晴れ渡る空に、いっそ曇りだったらなぁ、と思わないことはない。灰色になることもなく真っ白な色を見せつける白い雲も、こうなってはどこか憎たらしいばかりだ。・・・なんだろうな。熱気を逃がしてくれるものがない分、やっぱり昔より現代の方が暑い気がするよ。アスファルトとか車とか電気とかの関係かなぁ。
 そう考えてこてり、と僅かに首を傾げると、背後で雄叫びが響き渡った。

「那月ーーー!!お前どこ行こうとしてんだよ!?」
「翔ちゃん、見てください。可愛い猫さんですよぉ」
「にゃー」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ほんと、私なんでこんな太陽が照りつけるあっつい街中を、歩く羽目になったんだろうなぁ・・・。背後できゃんきゃんと響く声と、それとはまた対照的にのんびりとしたまるで空気の読めてない声を聞きながら、深い深い溜息を吐き出した。
 このまま置いて帰っても実は問題ないんじゃないかと思うのだが、不本意にも強制参加を命じられてしまったので、放棄をしてしまうとどんなペナルティが課せられるかわかったものじゃない。これ以上厄介なことに巻き込まれてしまったらとてもじゃないが精神的にやってけないので、ここらが妥協の為所なのだろう。あぁ、日々諦めというスキルが向上しているような気がしてならないよ、パパン・・・。遠い目をしてから、お前ちょっとは落ち着けよ!という苦々しい台詞を聞きながら後ろを振り返る。ある意味で、君もちょっと落ち着きたまえよ、と思わなくもなかったが、いかんせん相手が相手なだけに無理な話なのかもしれない。あの天然マイペースっぷりは驚異だわ。しみじみと思いながら振り返った先には、一人の美少女と、一人の美女、かなぁ?という人物が立っていた。
 一人は文句のつけようもなく圧倒的に美少女なのだが、相対する相手はなんというか、やっぱり隠し切れないガタイの良さからいささか首を傾げそうになるが、それでもやっぱり美女に分類しても遜色ない程度の仕上がりにはなっているはずである。その美女の腕の中で抱っこされている黒ブチの猫が、金色の半目をふとこちらに向ける。視線があうと、私はなんとはなしに手を広げて、猫を呼んだ。

「おいで」
「にゃーん」

 呼びかければ、心得た、とばかりに猫がするりと美女の腕から飛び降りてこちらに駆け寄ってくる。あっと逃げた猫に気を取られて会話が止まった隙を狙って、すり寄ってきた猫を抱き上げながら、私は呆れを隠しもしないで半目を向けた。

「二人とも、往来で騒ぎすぎ」

 一応、女装中ってことの自覚があるのかないのか。バレてもいいなら別にいいけどさ。猫の喉を撫でながら、私は見事な変身を遂げた二人を見やって、これなら他のメンバーと組んだ方があっさり終わったかもしれない、と肩を竦めた。
 姿形だけなら文句ない仕上がりだと思うんだけどなぁ。罰が悪そうにうっと唸った来栖君・・・源氏名は翔子ちゃんとでも言っておこうか。四ノ宮君は那月で問題はないので、とりま今だけはなっちゃんと呼ぶとして、二人をしげしげと眺めまわして抱いた猫を逃がすと、腰に手をあてた。

「言っとくけど、声帯まではどうにもできないんだから、あんまり騒いでるとバレるよ?バレてもいいなら止めないけど」
「わ、悪い・・・」
「うーんと、周りにバレちゃったらミッションが失敗しちゃいますから、あんまりよくないですねぇ」
「自覚があるならちょっと大人しくするように。折角見た目だけは他のメンバーよりも上質なんだから、目立つことさえしなければミッションそのものは問題なく終われると思うし」

 何もなければ、だがまぁ概ね大丈夫だろう。変なトラブルだけ起きないことを祈りつつ、大人しくなった二人に近寄り乱れた髪をちょいちょい、と指先で弄った。
 今の来栖君の恰好は、白黒ボーダーの七分袖に、ダメージジーンズのショートパンツにスニーカーという出で立ちだ。ボーダーのトップスはぴっちり系ではなくてゆったりと生地に余分があるタイプで、袖の薄らとしたスケ感のある素材が夏らしくも涼しげでさらりといた肌触りを実現している。手首には大振りの皮系のアクセサリーなどをつけて、同素材のバッグを持たせることで、甘系からの脱出を狙ってみた。いや、さすがにあの超甘系のふりふりピンクのゴシックワンピースを着せて一緒に出る勇気はなかったんだ・・・。ていうか悪目立ちするので、問答無用で着せ替えた。来栖君も、あのふりふりスカートで出歩くのは嫌だったらしいので、大人しく着替えてくれたのが幸いか。唯一四ノ宮君だけが残念そうだったが、まぁそんな意見は総無視だよね!
 下はスカートは嫌だという意見でズボンを採用したのだが、ショートパンツなせいでこれはこれで抵抗がありそうだったが(露出度でいえばこっちのが大分あるし)来栖君、足綺麗だったから出して見たかったんだよね。日焼けしていない足の白さが非常に眩しい、いい足だった。多少筋肉質ではあるが柔らか味に欠けるというだけで引き締まったイメージしか出なかったので、足を出したのは間違いないはずだ。まぁズボンだから動いても問題ないし、でもとりあえず日焼け止めだけはしっかり塗るように伝えて、靴はハイカットのスニーカーでよりボーイッシュ感を出して見る。髪の方は最初つけていたロングのウィッグから肩より長い程度のものに変えさせてもらって、サイドテールにさせて貰った。うん。あのロリ服よりは街に出ても違和感のない恰好にはなったと思う。

「上質って・・・」
「上質でしょ。少なくとも、あのまま外に出ちゃった面子に比べれば・・・」
「みんなとっても可愛かったですよー?」
「私は渋谷さんと七海さんが哀れでならなかったよ」

 せめて一ノ瀬君と神宮寺君は恰好を変えてから出発すればよかったと思うんだ・・!乱れた髪を直して、四ノ宮君のちょ、センス疑う!という発言にしみじみと哀れみを籠めると、来栖君もあぁ・・とばかりに悲しい目をした。

「なんでトキヤも、あんなに自信満々だったんだろうな・・」
「多分無駄なプライドだと思うよ・・・。ていうか着替えるって選択肢はなかったんだろうかね?」
「考え付かなかったんだろ。俺だってあのまま出るもんだと思ってたし」
「着替えちゃダメなんて言われてなかったのにねー」

 小首を傾げながら、嫌がりつつも案外ノリノリなんじゃないかとばかりに出て行った彼らを思い返し、きっと黒歴史になるのだろう、と微笑みを浮かべた私は他人の不幸は蜜の味wwを体験していたに違いない。
 ミッション・・・学園長からの無駄な思いつきによるそれは、女装姿で街に繰り出し、正体がばれないようにどこかで買い物をしてくる、という内容だったのだ。
 そのミッションが提示された瞬間、羞恥プレイにも程がある!!とばかりの内容にブーイングが起こったが、まぁ覆せるわけもなく。サポート役として、私含めた女子組がそれぞれのペアにつくことになったのだが、この人選は一体どうやって決められたのか。よくよく聞くと同室でまとめられているようなので、案外人選は無難に決められたものなのかもしれない。
 それにしても何かのバラエティ番組でありそうなミッションだなぁ、と思わないでもなく、つまりこれもアイドルコースの授業の一環ということなのだろう。益々作曲家コースに関係がない。しかも私完全に他クラス。やるせない。
 さておき、ミッションをきいて学園外に出るのならば益々この恰好は頂けない、と気を引き締めた私は、出ていく彼らを尻目に来栖君と四ノ宮君を呼び止め、どうせやるなら本格的に、と月宮先生の手を借りながらこうして完璧に仕上げることにしたのだ。あの人の女装スキルは目を見張るものがあるからな!
 だってサポートとして一緒に動くことになるのだから、何事もなく終わりたいじゃないか。

「ふふ。でもちゃんも林檎せんせーもすごいです。ほら、僕たち本当の女の子みたい!」

 そういって、楽しげにくるりと一回転してみせた四ノ宮君のグリーンのマキシスカートの裾がふわりと広がる。背が高いので、やはりロングスカートがとても似合うのが四ノ宮君のいいところだ。あの恰好、私には無理なんだよねぇ。背丈の問題で、あんまり長すぎるスカートって似合わないんだよ・・・。あとサイズが難しくて。
 来栖君は・・・よくよく考えてみれば女子としてみれば背が高い方なので、あの恰好でも大丈夫なのだが、彼はどちらかというと気質的にはボーイッシュを好むのでこちらに落ち着けたのだ。ちょっと彼の周りの男子の背丈がよろしいので小さく見えがちだが、私と並べば十分高いからね、来栖君。
 ちょっとフレア感のあるふんわり系のスカートが、四ノ宮君のぽわぽわとした雰囲気にも合っていて、オフホワイトのザックリ系のサマーニットで上半身の体型も隠せているので、胸元の誤魔化しも可能である。雄っぱいはありそうだが、さすがにガチムチというほどにはないし、パットやら詰めるのは・・・アイドル候補生としていかがなものかと思いとどまり、誤魔化す方向にしたのだ。死活問題でもないんだから、胸まで作る必要はないかなって・・・。山田先生が聞けばそんなことで女装が極められると思ってるの!?っと、お小言を食らいそうである。極めるつもりはないが、反論したら拳骨が降り注ぐのは、は組のお約束というものだ。私あんまり関係なかったけど。さておき、それらを除けば彼も彼で普通に美女に見えるのだから美形は本当にお得である。眼鏡もあるからちょっと顔立ちも隠せるし、ぶっちゃけ雰囲気と動作だけでいえば来栖君よりもよほど女子らしいので、彼もよほど突飛なことをしでかさなければバレる心配はないだろう。
 ちなみに足元はグラディエーター風のサンダルである。ヒールは高いとさすがに動きにくいだろうから、そんなに高くないタイプを選んでみた。元々大分背が高いので、これ以上高くなるのはよろしくない、というのもあったが。
 小物にはカンカン帽と大き目のネックレス。鞄は夏仕様の編み上げの大き目の鞄に、おおぶりのリボンで完璧だ。化粧は・・・何故か眼鏡を外すことだけは来栖君と月宮先生に頑な止められたのであんまりできなかったが、まぁ、睫毛も結構長いし、無理して眉毛と口元だけちょっと弄らせてもらって、後は諦めた。
 何故あそこまで彼の眼鏡に固執していたのかわからないが、あんまりにも必死だったので、きっと何か・・そう。触れてはならない何かがあるのだろうと思って大人しく引き下がったのだ。あれだね、あの鬼気迫る様子は確実に何かよろしくないことが起こる気配がムンムンだったよ。ああいうのは大人しく従うに限るよね。
 好奇心は猫をも殺す事態にはなりたくない。藪を突いて蛇を出すなどもっての外だ。

「お前はなんでそんなにノリノリなんだよ・・・」
「でもまぁ、あれぐらいノッてくれた方がバレにくいし。見た目はあれでも動きとか雰囲気で女の子らしさは作れるからね」

 所作が四ノ宮君はどこか女の子っぽいというか、女子の中にいても違和感がないので、体格を補って余りある女子力っぷりである。スカートの裾をちょんと抓んで小首を傾げながら広げてうふふ、と笑う姿なんてただの女の子だ。ていうか普通の女の子でも滅多にしない、そんなあざといポーズ。

「そういう意味でいうなら来栖君はもうちょっと頑張らないと。四ノ宮君と違って足見えるんだから、もうちょっと内股で、足広げないように。大股じゃなくて小股で歩く!」
「ちょ、足叩くなよっ」
「油断するとすぐ開くでしょ。ほら、意識して閉めて!」

 言いながらぺしぺしと叩くと、不満そうにしながら来栖くんは足を閉じて、しかし居心地が悪そうに眉をしかめた。普段しない動きをするのだから、やりにくいのはわかるが、それを克服しなければ女の子にはなれないゾ!
 山田先生だってあの女装で所作だけで間違われるぐらいの女装のプロだったんだから!

「なる気もねぇよ!、お前面白がってるだろ?!」
「いや、迷惑がってる」
「え、あ、・・ごめん」

 笑顔から真顔に変えてみれば来栖君は非常に気まずい顔になった。いや、冗談だよ冗談。九割本音だけど一割冗談だから。いうなればただの巻き込まれだからね私!放置していいなら放置するよ!

ちゃん、翔ちゃん。どこにお買いもの行くんですか?」

 そんな空気をぶち壊すかのごとく笑顔でにゅっと会話に参戦してきた四ノ宮君に、来栖君と顔を見合わせて、二人で首を捻った。

「店の指定はなかったものねぇ。どこか行きたいとこある?」
「あー俺は服とか見に行きてぇけど、この恰好じゃ買い辛いしなぁ」

 あぁ、男物の服は買えないものね、その恰好じゃ。そういって顔を顰めながら自分の恰好を見下ろして溜息を吐いた来栖君に納得の頷きを返して、私もうーん、と首を捻った。

「私も特に買いたいものはないなぁ」
「それじゃぁ、僕行きたいところがあるんです!そこはどうでしょう?」

 さすがに日用雑貨は完全に自分のことなのでどうなのだろうか。スーパーはやっぱりアウトかなぁ、と思うので言葉を濁すと、四ノ宮君が両手をぱん!と合わせて伺うようにこちらを見下ろしてきた。彼の身長が来栖君と逆転していれば、さぞかし見事な上目使いになっていたと思う。
 私と来栖君は顔を見合わせ、まぁ、他に行くところもないし、と目線で会話を行う。いいよね。いいだろ。じゃぁいいか。

「じゃぁ、四ノ宮君に任せる」
「あんまりはしゃぎすぎんなよ」
「はぁい」

 元気よく手をあげて返事を返す四ノ宮君に、恰好はお姉さん系なのに完全に妹ポジ、いや弟か?とりあえず見た目に合わない無邪気さ、と苦笑を浮かべる。いいところでもあり、悪いところでもありといったところか・・・。まぁ、素であるだけいいだろう。これで全部計算なんですvとか言われたら軽く泣ける気がする。
 てかそうだったら来栖君マジ可哀想。そんなことを考えつつ、意気揚々と歩き出した四ノ宮君の後ろについて歩くことしばらく。いい加減どこかの店に入りたいわーと、現代機器の誘惑にどっぷりと浸りながらじりじりと頭を焦がすような熱気を受けていると、四ノ宮君の足がぴたりと止まった。

「ここです!」
「ここ、って・・・」
「・・・・ファンシーショップ?」

 ばっと振り返り、両手を広げてお店をアピールする四ノ宮君に、大人しくついていくままだった来栖君と私はポカン、とショップの看板を見上げて沈黙した。外観こそまぁ普通のお店だが、外から見える大きなショーウインドウには大き目のぬいぐるみが多種多様に飾られ、その中でひときわ目立つのは巨大な黄色いヒヨコのぬいぐるみだろうか。あぁ、あれはピヨちゃんだな。大中小と様々な大きさのピヨちゃんぬいぐるみがウインドウを飾りつつ、円らな瞳が待ち行く人を映している。そんなピヨちゃんの群れをひどくきらきらとした目で見つめてから、さ、入りましょう!と来栖君の腕を取って四ノ宮君はぐいぐいと引っ張り、店内へと進んでいった。

「ちょ、うおおい那月待て待て!ファンシーショップとかねぇだろぉぉぉぉ!!」
「翔ちゃん、ほらピヨちゃんの帽子ですよ!可愛いですねぇ」
「人の話を聞けよっ」

 必死に足を突っ張って抵抗するものの、それを物ともせずに引きずり込んでいく四ノ宮君の手腕よ・・・。まるでドナドナのごとく、可愛いもので溢れる店内・・・大体若い女の子やら小学生とかの親子連れなんかで賑わうショップ内に引きずり込まれていくさまは、元の性別を知っている分、哀れみを誘った。見た目だけでいうならなんの違和感もないけどね。別に男子がいないわけでもないのだから殊更可笑しいわけではないのだが、気持ち的に抵抗があるのだろう。しょうがないよね、そればっかりは。しかし嫌がる美少女と無理矢理引きずり込む美女って組み合わせ、超目立つ。そして来栖くんが騒ぐから余計に視線を集めている。騒がしさに眉を潜める人や、男子の中にはちょっと見ない美少女と美女の組み合わせに相好を崩している者、あるいはそのやり取りにあれ?とばかりに首を傾げている人までいて・・・あーもう!

「他のお客様の迷惑になるでしょうが、翔子ちゃん、なっちゃん!」

 二人の声に負けじと張り上げながら、陳列台の前で騒いでいる来栖君の頭を叩き、四ノ宮君の腕を絡め捕るようにして組みながらさりげなく来栖君を解放する。
 頭をぺしん、と軽く叩かれた来栖君は痛!と反射的に声を出しながら目を丸くして、四ノ宮君は腕に抱きついてきた私を見てきょとん、とした顔をした。

!いきなりなにすっ」
「しょ・う・こ・ちゃん?お店の中で騒ぐのはマナー違反、だよ?」

 にっこり。笑顔を浮かべてはっきりと一音ずつ強調するように言葉を区切り、ちらり、と視線を横目で周囲に流す。その動きに現状を察したのか、来栖君ははっと目を見開いてばくん、と片手で口元を覆った。それから、そろり、と周りを見て、自分に集まっている視線に気が付いてどっと額から汗を拭きだす。

「や、やだー。わ、わたし、大きな声、だしすぎちゃ、った?」
「そうだねー。ちょっと声大きすぎたねー」
「わ、わる、あ、いや、ご、ごめんねー」
「いいよー。気が付いてくれればー」

 来栖君、ちょう棒読み。そして声変に甲高い。引き攣った声と無理矢理引き上げた感が丸わかりの口元に、もうちょっと演技なんとかならんか、と思ったが、内心焦りまくりだろう彼にそれは酷というもので、あえて突っ込まずに私は四ノ宮君の腕に抱きついたまま(まぁよくある女子のスキンシップですよ)これ可愛いーとかいって話題を逸らしてみた。
 来栖君の中では今まさにバレるかバレないかの瀬戸際で悶々としていそうだが、案外皆さん騒いでいることに注目しているだけで性別云々に関しては注視してなかったりする。多少声が大きかったんと口調が乱暴だったので、奇異の目で見られていたようだが、まぁ誤魔化せる範囲だろう。言わないけど。四ノ宮君は、私が可愛い、といったキーホルダー型のぬいぐるみをみて、こっちも可愛いですよぉ、となんの違和感もなく会話にノってきた。来栖君一人が焦って騒いでいるようで、ツッコミ気質って損だよなぁ、としみじみと感じた。

「結構これぐらいの大きさのものって、鍵とかにつけてると目印になっていいよねー」
「ケータイ電話とかにもストラップたくさんつけてる人いますよね。可愛いものたくさんで、すごいなーって思います」
「・・・・あれは逆に重たくねぇか?じゃらじゃらしてて邪魔そうだし」
「あー大量のストラップは確かに邪魔そう。でもほら、こういうのは鞄につけてても可愛いよ?」
「あ、僕このピヨちゃんのぬいぐるみキーホルダー、鞄につけたいです!」
「私あっちの抱き枕気になるなー。四ノ宮く、おっと、なっちゃん。あそこの上の方の取って取ってー」
「はぁい!」
「あ、やべ。これさわり心地超気持ちいい」
「ぶっちゃけ抱き枕とかそんなに必要ないんだけど、このさわり心地の誘惑に負けそうになるなー」
「~~~ちゃんと翔ちゃん、すっごく可愛いですー!!」

 キーホルダーを弄りつつ普通に話を進めていけば、深呼吸をして落ち着いたのか、来栖君も人の目から逃げるようにこちらに身を寄せて会話に入ってくる。ひそひそと声を小さくするのは、声の高さを気にしてだろうか。まぁ、多少言葉使いがあれでも、そこまで注意して他人の会話に耳を傾ける人間はそういないだろうし、殊更大声でもなければ届くこともあまりない。
 ここら辺は気兼ねのない会話になりつつあり、実は店に入ったときから目についていたファンシーアニマル抱き枕シリーズを、四ノ宮君にせびるように取ってもらって手渡してもらった。なんなく上の方にあるそれを取ることができる四ノ宮君、羨ましい。にっこり笑顔ではい、どうぞ、と差し出されたそれにむぎゅっと抱きついて、鼻先を埋める。あぁ、このさらっとしたもふもふ感、いい・・・!来栖君も興味が引かれたのか私が抱きついている抱き枕に手を伸ばして、ネイルの施された手でもふっと触ると、おぉ、とばかりにもふもふと触り始めた。
 その様子を見ていた四ノ宮君は、何かに堪えきれなくなったようで、そう叫ぶと両手を広げて私と来栖君、そして抱き枕ごと、むぎゅー!っと、抱きしめてきた。うまいこと抱き枕がクッション材にはなったが、思いっきり顔面を沈めてしまったので、ぶふぅ、と変な声が出た。ちょ、またこれ・・!?

「那月!お前っ。店ん中でやめろよっ」
「翔ちゃんもちゃんもとっても可愛いです!もうもう超キュートです!」
「う、嬉しくなっ」
「なっちゃん、苦しいから放してー」

 また来栖君が怒鳴りそうだったので、割って入るようにぺしぺしと四ノ宮君の腕を叩いて解放を促す。うん。ほら、騒ぐと人目を集めるし店員さんに注意されちゃうからさ?ちょっと落ち着こうよ、ね?
 促せば、渋々とながら四ノ宮君は解放をしてくれ、抱き枕を持ったままほっと息をついて、私は真面目に緩い顔になっているブタの抱き枕を見つめてどうしようか、と唸った。

「なんで那月、の言うことは聞くんだよっ」
ちゃん、ブタさんの抱き枕買うんですか?」
「現実的に考えるといらないから、ちょっと迷ってる」
「なんでお前らそんな普通に・・・!いや、もうなんでもいいよ・・・」

 至って普通の会話に戻ると、来栖君は一瞬顔を真っ赤にして何か言いたそうにしていたが、やがて脱力したかのように肩の力を抜いてぐったりと近くの陳列台に積み重なっているクッションに顔を埋めた。いや、だって来栖君。こういうときこそスルー力を身に着けないとやってけないよ、色々と。引きずってたらひたすら体力と精神力を消耗するだけだからね。切り替え大事。

ちゃんのお部屋にあったら、きっととっても可愛いですよぉ」
「うーん。・・まぁでも、今部屋にもふもふの癒し系はいるからいいや。来栖君は欲しいのないの?」

 黒いお猫様という生きた癒しがな!あれはぬいぐるみではどうやっても勝てない至極の癒しだと思うよ。抱き枕を棚に返しながら目のやり場に困っている様子の来栖君に話をふる。まぁ、趣味ではない店に入ってしまうと、男子は何を見ればいいのか困るわな。話を振られた来栖君は一瞬目をパチパチ、と瞬きしてそれから考えるように斜め上を見上げた。

「あ?俺?あー・・・あんまりこういうのはなー。那月ので腹一杯」
「うふふ。僕の部屋、ピヨちゃんでいーっぱいですから。そうだ、このピヨちゃんの抱き枕、翔ちゃんに買ってあげますね!これで夜も寂しくないよ、翔ちゃん」
「いらねーよ!てか今腹一杯って話したよな?!」
「翔ちゃんお腹一杯なんですか?このあとカフェでお茶しようと思ってたんですけど・・・」
「そっちじゃねぇよ!!てかこの恰好でカフェ?!あぁもう!助けてくれっ」

 冗談じゃない!とばかりに顔を青くさせた来栖君が、ほぼ半泣き状態で縋りつく。まぁそりゃ、できる限り女装なんてしている時間を減らしたいのはわかるけれども、助けてくれと言われてもなぁ。そもそも四ノ宮君との付き合いが長いのは来栖君の方では?そう思いながらも、私は現実問題を提示してみた。

「うーん・・・すごい現実的な話するけど、なっちゃん手持ち今どれぐらい?」
「え?」
「抱き枕って、案外値段するから衝動買いはオススメしないな。こういうところのは割とお値段高めだったりするし。それに一応今は学園長の指令中なんだから、さくっとミッションだけクリアするべきだと思う。カフェとかはまた今度、時間がある時にでも行こうよ。てか私今そんなに持ってないから、外食きついなーとか思ったり」

 リアルにね、突発的な指令で外に出てきただけだから、財布の中身が非常に心許ないのですよ。常にそんなにいれているわけじゃないし・・・。鞄の中の財布を思い返して、給料日までを脳内計算する。・・・まだ先だなぁ。ここで無駄遣いはできないや。
 特にこういう個人的趣味の範疇である買い物は、それこそ財布の中身を充実させておかないと思うような買い物ができないしねぇ。あとは衝動買い対策?あるとあるだけ使っちゃうのが人間の恐ろしい心理である。
 それとも何か。君らは突発的に何千円も飛ばせるほどのお金持ちだというのかね。貧乏学生に喧嘩売ってます?まぁ基本的にこんな学校に通える人間なんてそれなりの富裕層ばかりとは知ってるけどもー!庶民は庶民でもちょっとランクが上の庶民だろーー!僻みですけど何か。
 内心でぶちぶちと愚痴を言っていると、思わぬところを突かれた、とばかりに四ノ宮君は目を丸く見開いて、まじまじと抱き枕を見つめる。ピヨちゃんの円らな瞳と四ノ宮君の翠色の瞳が重なり合い、それから少しばかり残念そうに彼の眉尻が下に下がる。

「そうですね・・・衝動買いはあんまりよくないですよね。今は早乙女せんせーのミッション中ですし、今回はやめておきます。ごめんね、翔ちゃん。また今度買ってあげるから!」
「いやだからいらねぇよ?ピヨちゃんの抱き枕はいらねぇよ?」

 そこ重要!そこ重要だから!!と重ねて言うも、恐らく四ノ宮君には届いていまい。きっとそう遠くない内に来栖君のベッドの上にはこのピヨちゃんの抱き枕がででんと鎮座していることだろう・・・。・・・・・・・・とりあえずそのピヨちゃんに抱きついて寝ている来栖君は身もだえするぐらい可愛い予感がするので、写真でも残しておいてくれないだろうか。超見てみたい。
 そんな彼にとって不穏であろう未来を想像しつつ、名残惜しそうではあるものの抱き枕を棚に戻した四ノ宮君の視線を誘導するように、最初に見ていたキーホルダーがぶら下がっている棚を指差した。

「とりあえず買い物終わらせて学園帰ろう?どうせだからお揃いで買おうか」
「わぁっお揃い!ステキですねぇ」
「げっ。俺もかよ?」

 残念そうな四ノ宮君は、今の女装姿も相まってなんだか普段よりも二割増しぐらいで哀愁を誘うので、私は折衷案としてそう提案すると、パッと表情を明るくさせて四ノ宮君はぱちん、と両手を打った。来栖君は嫌そうなしかめっ面をしたが、顔の前で合わさった両手と、嬉しい、とばかりにほんのりと赤く染まった頬に柔らかな微笑みを浮かべた四ノ宮君に、うっと言葉に詰まってそれ以上何も言えなくなってしまった。わぁ、普通に可愛い笑顔なんですけど、四ノ宮君。綺麗なお姉さん系の出で立ちとは裏腹にほんわかと砂糖菓子かたんぽぽかと言わんばかりの陽だまりのような微笑みは、一つのギャップといってもいいだろう。周囲を見れば、こちらに注目していたのだろうお客・・・主に男の内の数名はぽーっと見惚れているのが確認できた。うむ。全く性別についてはバレていないようである。

「じゃぁじゃぁ、翔ちゃんはピンクのリボンをつけたピヨちゃんで、ちゃんは緑色のリボンで、僕はオレンジのリボンのピヨちゃんにしますね」
「はいはい」
「へーへー。・・・まぁ、これぐらいで終わるんならいいか・・」

 そうぽそりと呟いた来栖君に、普段はもっと暴走しがちなんだろうなぁ、と察しながら、ルンルン気分でピヨちゃんのぬいぐるみキーホルダーを一つ手に取った四ノ宮君はレジへと向かう。ピンクのリボンがついたピヨちゃんのキーホルダーを人差し指と親指で摘み上げるようにしてぶら下げて持っていた来栖君は、しばらく睫毛の生えた円らな瞳を見つめてから四ノ宮君の後ろに立つようにして後ろに並ぶ。私は更にその後ろに並んで、もふっとして綿の詰まったピヨちゃんをもぎゅもぎゅと両手で潰して変形させながら、七海さん達は無事に終わったのだろうか、と、思考を飛ばした。
 まぁ確実にミッションは失敗してそうだけど。即行で男ってバレてるだろうなぁ、と思いながら、私は普通にレジのお姉さんに会計をしてもらっている二人を眺めて、ほっと息を吐いた。
 とりあえず、ミッションは無事完了できそうで、何よりである。