穢れない蒼さに押し潰されそうだった、7月の狂詩曲
「それにしてもあっちぃなぁ」
「朝のニュースだと、例年の7月で一番の暑さだって言ってましたよー?」
そういってギラギラと照りつける太陽に汗を垂らしながら溜息を吐いた来栖君に、確かに暑いな、と同意して周囲を見渡す。確か近くに自販機ぐらいあったと思うんだけど・・・。あぁ、そういえば、あっちの通りにあったような?
「私ちょっと飲み物買ってくる。二人はここで待ってて」
「え?ちゃん、僕たちも行きますよ?」
「一人じゃ三つも持てねぇだろ?」
「大丈夫大丈夫。二人は日陰で待っててよ。ただでさえ熱いもの被ってんだから」
そういって頭を指差せば、来栖君はあー、となんとも言えない顔でサイドテールにしてある髪を掴み、だな、と頷いた。
「わかった。じゃあそこの影にいっから、頼んだ」
「本当についていかなくていいの?ちゃん」
「いいって。とりあえず二人は大人しくしててくれれば。何か欲しいのはある?」
「俺ポカリ」
「僕は紅茶で」
「オッケー」
眉を下げて気遣う四ノ宮君に、むしろついてこられる方が目立つし、と内心で思いながらひらりと片手を振って背中を向けた。な三人でぞろぞろ自販機探すのも、まぁ別に悪くはないんだけどどっちも無駄に花があるせいで視線が集まるんだよね・・・。
中身男なのに。完全に美女と美少女に集まる視線すぎて居た堪れないこと居た堪れないこと!!長身のおっとり系美女と、活発系美少女でしょ?ハハッ、女としての自信を失うな。まぁそれに、慣れない女装で歩き回らせるのも可哀そうだ。少しぐらい休ませたって罰は当たるまい。どうせあとは学園に帰るだけなのだし。あくまでも親切心である。
炎天下の中頑張った二人に労いと、単純に自分も喉が渇いたからという理由の、なんの問題もない普通の行動である。よもや、そんな極々僅かな時間で、あんなことになるとは・・・いくら私でも、そこまで未来予知なんてできないよ。マジで。
※
汗をかく冷たいペットボトルを両手に抱えて、立ち尽くすこと数秒。右をみて、左をみて、また右をみて、正面に戻す。それからぐるっと後ろを振り返って・・・はい。
「どこ行ったあの二人・・!?」
待ってる、と言っていた木陰の下に、待ち人はおらず。むしろ見知らぬ人がスマフォ片手にゲームだかラインだかしているのだが、知らない人なので声などかけられるわけもない。じんわりと水滴の浮かぶペットボトルを抱えているせいで衣服が若干湿り気を帯びた気がしたが、それよりもきょろきょろと周囲を見渡して待ち人を探す方が大事だ。何故いないんだ、あの二人。よもや戻ってきてぼっち状態になるとか誰が予想したものか。トイレに行ったとしても、普通どっちかは残ってるものじゃないか?あ、でもあの恰好であの人達トイレ行けるのかな?・・・約一名気にしないかもしれないが・・・いや、流石にそれはないか。
何故か自分が迷子になったかのような心許なさを覚えつつ、木陰に入って日差しを避けて、ひとまず水分補給、とばかりに自分の分の清涼飲料水のペットボトルのキャップを捻る。プシ、と軽い空気の抜ける音をたてて白いキャップをあけ、飲み口に口をつけて冷たく冷えたそれを喉に流し込んでふぅ、と人心地ついた。あー冷たい。幸せ。早く涼しいところに帰りたいなぁ、と思いながら、雑踏をぼんやりと眺めてしばらく。
「・・・帰ってくる気配がないなぁ」
未だ携帯を買っていないので連絡手段もなく、待ちの一手なのだがこんなくそ暑い中木陰とはいえ待ち続けるのは軽い拷問だ。熱中症とかになったら洒落にならん。
そろそろ真面目に携帯の購入を考えるべきかもしれない。どうせ仕事に就いたら必要になってくるんだろうし。友人達にもせっつかれてるし。今度の休みにでもショップに行こうかなぁ。とりあえずパンフでも貰って機種考えないとなぁ。プランは最低限でいいし・・。次の休みの予定を立てながら、鞄からスケジュール帳を取り出してカリカリと予定を書き込む。それからついでにバイトのシフトも確認して、ペンを挟んでぱたり、と両手で閉じると鞄の中に戻した。四ノ宮君と来栖君用に買ってきた飲料水分の重みにずっしりと肩が沈みながら、公衆電話か何かないかな、と視線を泳がせた。昨今は携帯の普及で公衆電話も減ってるからなぁ。電話があれば、一ノ瀬君なり学校なりに問い合わせをして、来栖君たちに連絡もつけようがあるのだが。一ノ瀬君の番号とアドレスはすでに貰ってるからな!一応なくさないようにスケジュール帳に挟んではいるけど、うっかり存在忘れかけるんだよね・・・。覚えている内にやっぱり携帯を買った方が・・・。
「・・・電話探そう」
それから約20分程経過して、ここまで待って戻ってこないってことは、何かあったのか道に迷ったのかもしれない、と腕時計を見つめていた顔をあげた。
とりあえず連絡をつける方がよさそうだ。すれ違いになったとしても、連絡さえつけば行動の制限がしやすい。別の集合場所にするのも、またここに戻ってくるのも、とりあえず連絡がついてからの話だな、と決断をすると鞄を持ち直し、うんざりするような陽光を見つめて溜息を零す。・・・女装姿で、どこうろついてんだ、あの人達は。
なんだかんだ楽しんでんじゃないの、と疑いつつ意を決して灼熱のアスファルトへと踏み出した。その瞬間、帽子も被っていない頭皮に直接降り注ぐ日光。日本人の平均的且つ大多数が保持する黒髪に、強すぎるほどに強い日光が当たるとジリジリと焦げ付くような熱を帯びていく。黒色は熱を集めるからしょうがないよね。
歩いて数分もすれば、生え際からじんわりと汗がにじみ出てくる。もしもこの状態で髪を縛っていなければ、首筋に数本髪が張り付くのは必然だっただろう。偶に思うが、このくそ暑い中長い髪を纏めもせずに流したままでいる人達はそれで平気なのだろうか。いや、長さが中途半端で纏めにくいって人はいるだろうけど、明らかまとめられるよね!?って人を見るとしみじみと熱いだろうなぁ、と思うのだ。
そういえば話は変わるが一ノ瀬君たちは今頃ちゃんとミッションをクリアしているのだろうか。取り留めもない思考を巡らし、公衆電話を探しながらふと、同じように女装姿で外に出る羽目になったメンバーを思い出す。
まぁ、十中八九失敗してると思うけど。いや、一十木君たちはまだマシだと思うんだ。ちょっと一十木君があれかなー?とは思うけど、まぁ誤魔化せなくもない?かな?と。聖川君は、あれは大丈夫だろう。見た目だけだが、清楚系のお嬢様だったし。声は思ったより低めだから喋らなければイケルはず。まぁあとは仕草かな。あれで割と男らしいし、聖川君。ただSクラス、てめーはダメだ。あれは、どう足掻いても、無理だと思うんだ・・・。相方になった二人があまりにも哀れである。いや、渋谷さんはまだ機転がききそうだが、あれのフォローに七海さんは酷だよ。それを考えると、私が七海さん代わりにサポートにつけばよかったのかもしれないが、まぁペア決めたの私じゃないし。学園長だし。・・・ちょっとほっとしたのは、ここだけの秘密である。いや、だって、普通に、嫌じゃん・・・?
それにしても一ノ瀬君の女学生の姿はこの時期きつい気もするけど・・まぁ自分で選んだのだからしょうがない。そして何度でも言おう。何故あえてそれだったんだ。
ホント、無事に終わってんのかな、あの人達。まぁ、現状こっちも全く無事に終わってないんだけどね!浮かんでもない涙を拭うフリをしつつ、溜息を零す。
くっそミッション自体は問題なく終わったはずなのに、何故にこんな状況に・・・!ジュース買いに行ってる間ぐらい大人しくしててくれよ小さい子供じゃないんだから!!ぶちぶちと内心で文句を連ねつつ、公衆電話を探して建物に入って見たり、道路に視線を走らせたり。しかしあれだ。携帯電話の普及に伴い、その数を減らした公衆電話を探すのは思いのほか大変だった。なにせ数がないのだから、目に止まることも少ない。利用することも少なければ、あの辺にあった、などという記憶もないので、特定が難しい。闇雲に探したところで、見つかる気がしないんだが。
「・・・一旦戻るか?」
もしかしたらあの場所に戻ってないかなーと希望を抱きつつ、緑道の片隅で足を止めた。道の両脇には落葉広葉樹たるケヤキが等間隔で並び立つそこは、ほどよい木陰が夏の暑さを和らげてくれる。そのおかげか、ウォーキングやランニングのスポットとして時折ジャージやスポーツウェア姿の人達が通り過ぎるぐらいだ。私としても、アスファルトの反射のせいで一層熱気の籠る街中よりも遥かに過ごしやすい。やっぱり緑って大切だなとしみじみ感じ入りながら道べりに備え付けられているベンチに視線を向ける。疎らに人がいる場合があるので、程よい休憩所となっているのだろう。春や秋には大層人気がありそうな場所である。
温い風も木陰で少し冷やされているかのような気持ちよさを感じつつ、緑の匂いを嗅いで首を傾げた。・・・電話もないことだし、戻っているという可能性にかけてみようか。それで無理なら、一旦学園に戻って・・・。
「翔ちゃん、やっぱり僕は反対だよ、アイドルなんて」
・・・・・うん?
踵を返し、元来た道を戻ろうとしたところで、気になるフレーズがそこはかとなく聞いたことがあるような気がしなくもない声で聞こえて、思わず足を止める。
そのままその声の元を探すように視線を彷徨わせると、続いて今度は聞きなれた声が耳に届く。
「薫・・・」
あ、これ確実に来栖君だ。そこで、耳とほぼ同時に目もその姿を捉え、私はほっと安堵の息を吐いた。あぁ、よかった。相方がいないが、一人見つければこっちのものだろ。
木々の隙間から、見慣れた(?)美少女の姿と見慣れぬ他校の制服をきた少年が向かい合ってる姿が見えて、私は一瞬、声をかけるか否かを躊躇した。
なにせ、さっき断片でも聞こえた内容は、どっちかというと結構シリアスな内容っぽかったからだ。背格好のよく似た二人が向かい合ってる姿を木立の隙間から垣間見つつ、兄弟か何かかなぁ、と首を捻る。似たような金髪が陽光をあびて反射する姿は綺麗なのだが、ここで空気をぶち壊す勢いで割って入らないと多分色々まずい気がする、と目を細める。経験上、ここで立ち聞きしてると確実にあれだよね。聞いちゃいけないこと聞くフラグだよね。私知ってる!それ一ノ瀬君の時でもやらかしたフラグ!かといって、見なかったことにして立ち去るには事情が事情なだけにできはしない。これが通りすがりなら余裕でスルーするのだが、曲がりなりにも探し人がそこにいるのだ。スルーなどできるはずもない。しょうがないので、私は今からAKY(あえて空気読まない)になります!
決意を固めると、これ以上変な情報を仕入れる前に、と私は今まさに見つけました!という風を装って、ぶん、と大きく片手を振り上げた。
「あ、来栖くーん!」
声を張り上げつつ、存在をアピールすように手を振ってみれば、声に反応して二人がほぼ同時に振り返った。おぉ、タイミング完璧、・・・んん?
振っていた手を降ろして駆け寄ったところで、並び立つ二人の顔を視界に収めて眉間に皺を寄せた。
・・・」
「もー来栖君、探したよ?どこ行ってたのさ」
どこか決まりが悪そうに私を呼んだ来栖君に溜息を吐きつつ軽口を叩いて、私はよくよくともう一人を観察する。くりっと丸めの蒼い目。きらきらと光る薄い金髪に、白い肌。目鼻立ちの配置に、各パーツの形。・・・これとよく似た顔を極々身近に、しかもつい最近、いやむしろ現在進行形で、見ている気がするのだが?
私が思わず無言になれば、視線の先を追いかけた来栖君が、あぁ、とばかりに息を漏らして、がしがしと乱暴に頭を掻いた、髪型崩れるからやめて来栖君。
「あー・・・こいつ、俺の双子の弟なんだよ。薫、こいつは同じ学校の友達」
「そうなんだ!初めまして。来栖薫です。いつも翔ちゃんがお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。初めまして、です」
にこ、と微笑みを浮かべる・・そう、誰に似てる、なんて今更すぎる、来栖君のそっくりさん。基、双子の弟という薫君に軽く会釈をしながら、どうりで遠目でも背格好が似ていたわけだ、と納得する。まぁ今は来栖君は女装しているので、一見双子とは見えにくいが。男女の姉弟と言われた方が納得できるかもな。ていうか、女装姿に突っ込みは・・・あ、もうした後?そうですかそうですか。
そう思いつつ、私は少し眉尻を下げて困った様子を見せるように表情を作る。それから来栖双子を交互に見やって、うーん、とばかりに小首を傾げて見せた。
「・・・私、先に学園に戻ってようか?」
さりげなく、空気を読んだ風を装って離脱を図ってみる。あえてぶち壊しに行きながら何故今更空気を読んだフリをするのかって?こういえば大体解散の流れになるからだよ!・・・まぁ、あと普通に相手が身内だとするならば、気遣いを見せるのが常識人というものだ。早乙女学園は全寮制なので、長期の休みでもなければ早々に身内に会うこともないし、卒業オーディションに受かればそれこそ時間など取れなくなるだろう。
まぁ、弟君も制服姿でこの近辺にいるということは、近くの学校に通っているのだろうが。ということは彼も寮生だったりするのだろうか?
そんな打算と気遣いの混ざった台詞に、来栖君はハッと目を瞬いて、一瞬薫君を見やるとすぐに笑みを顔に張り付けた。
「いや、一緒に戻ろうぜ。じゃあな、薫。お前も勉強頑張れよ」
「あ、ちょっと待ってよ、翔ちゃんっ」
「来栖君?」
言いながら、私の手を取った来栖君は交わす言葉もそこそこに、引き止める薫君を無視して足早に歩き出す。手を取られた私も引っ張られるようにして歩き始めるが、思いのほか強引に話を終わらせた来栖君に意外に思って目を見開いた。
そりゃ、ここからの離脱は私の望むところだが、しかしこんな後味の悪い別れ方などあるだろうか。ましてや相手は身内、双子の弟とまでくれば、もうちょっとこう、穏便に別れてもいいのでは?予想外に素っ気ない来栖君にパチパチと瞬きをしつつ、慌てて後ろを振り返った。
視界に、強引に話を終わらせた来栖君を引き止めようと、伸ばしかけたまま宙で止まった手を薫君が所在無く降ろしていく姿が目に入る。それはどこか途方に暮れたような、置いて行かれた子供のような、心許ない寂しい姿に見えて遠ざかる姿に私は戸惑いながら来栖君に視線を戻した。
「いいの?折角会えたんじゃ・・・」
「いいんだよ、薫とは会おうと思えば会えるから。あいつ、早乙女学園の姉妹校に通ってるんだぜ?」
「そうなんだ・・・?」
言いながら、ちっとも薫君を振り返ろうともしない姿に私は抵抗を諦めて大人しく手を引かれるままにして、彼の背中を見つめた。・・・よっぽど、あそこから逃げたかったんだな。いや、私が来たから離脱したかったのか?来栖君の性格上、一対一を避けたがるとは思わないので、恐らく第三者・・・この場合、私が関わることを良しとしない何かがあったのだろう。それはきっと、ちらりと聞こえてきたあの会話に寄るのだろうけれど、まぁ、深く聞く気もないので問いかけることはしない。
そうやって引かれるままに緑道を突き進み、しばらく行ったところで辺りに人気がなくなると、来栖君は徐々にスピードと落として、最後には完全に足を止めてしまった。
合わせて私も足を止めると、繋がれたままの手が宙ぶらりんで、二人の間で揺れている。
「あの、さ」
「うん?」
「さっきの話、聞いてたか?」
立ち止まってしばし、沈黙が落ちると、躊躇いがちに来栖君が問いかけてきた。もごもごと口の中で舌を転がして、溌剌とした来栖君からは似合いもしない小さな声に、私はえ?とばかりに頭を傾げる。
「さっきのって?」
「い、いや!聞いてないならいいんだ。・・と、悪い。ずっと握ったままだったな」
「別にいいけど、薫君?には、後で電話でもメールでもしていた方がいいと思うよ。あんまりいい別れ方じゃなかったし」
そういって、握ったままだったことに気が付いたのかパっと手を離される。それから気まずそうに視線を泳がせ、ポリポリと頬を掻く来栖君の横顔はどこかほっとした様子でもあった。私は軽く掴まれていた手首を撫でて、その横顔をしばし眺めてから当たり障りないフォローを口にしておく。まぁ、なんていうか、聞いたことには聞いたような感じもするが、ここでそれを暴露するような純粋な思考は持ち合わせていない。
明らかに来栖君も聞いていてほしくない様子だったので、さも何も知りません、というスタンスを崩さないでおく。・・・まぁ、よくよく思い返せば突き詰めようにもそんなに深い内容が聞こえたわけではないので、実質何も聞いていないも同然である。
うむ。いい具合に回避できたようだ、と自分の仕事ぶりに満足していれば、来栖君はそうだな、と頷いた。
「薫には後で言っとく。そういや、はなんであそこに?」
「なんでって、探したからに決まってるでしょ。戻ったら二人ともいないんだからビックリしたんだよ?せめて一人は残しておいてよ」
来栖君は待っている間に身内に会って、ちょっと席を外しただけかもしれないが(まぁちょっとなんていう時間でも距離でもなかったが)、四ノ宮君までいないのはどういうことだ。おかげでこの炎天下の中待ちぼうけるわ歩き回るわで大変だったんだぞ。今更何を言う、とばかりに非難がましくねめつけると、その瞬間、一瞬にして来栖君の顔から血の気を引いた。ザザァ、と血の気の引く音が聞こえてきそうなほど鮮やかな変わり具合に、え?ちょっと、なんでそんな蒼白になるの?と逆にこちらがビビる。
そんなに怖い顔したか今、と不安に思いながら慌ててぺたりと頬を触るが、来栖君は美少女フェイスを歪ませて、ヒィィ、と声にならない悲鳴をあげていた。
「やっべぇ・・・!、悪い。俺、那月探しにいくからさ、は学園に先に戻っておいてくれっ」
「え?ちょ、来栖君?」
「月宮先生には適当に言っといてくれりゃあいいからっ。じゃあな!」
なんだなんだ。いきなりどうした。今にも走り出さんばかりの来栖君に、弟君と別れた時とはまた違う戸惑いを浮かべて呼んでみるが、彼はこちらのことなどもう眼中にないとばかりにさっと身を翻した。わぁ、なんて素早い行動なんだろう。その変わり身に呆気に取られていれば、来栖君はちょっと行ってから、何を思ったか足を止めてこちらを振り返る。うん?と首を傾げれば、来栖君はその小さな体からどうやって出してるんだ、と思うぐらいの声量を響かせた。
「今度!絶対埋め合わせするから!!!マジごめんな!!」
「あー・・・お気になさらずー」
そんな女の子な外見でなんて男前な台詞を吐いていくんだ。見た目からは想像もつかない雄々しさにこれがギャップか、と何か違うことを考えながら、跳ね馬のごとく駆けていく背中をなんとはなしに見送った。私のできることなら関わるなという願望混じりの返答が聞こえたかどうかは不明であるが、聞こえていたとしても無視される事案だろうからまぁ気にすることでもないよね。ぼっち再び、である。
「・・・女装姿でよく動くなー」
むしろ彼は今の自分の恰好を忘れているのかもしれない。それほど馴染んだということなのか、それらを忘れるほどに衝撃的なことがあったのか。とりあえず、顔面を蒼白にするほど四ノ宮君が心配なのかなー?と思いつつ、肩からずり落ちかけていた鞄を肩にかけ直して、腕時計を見やる。うむ。
「来栖君にも許可貰ったし、帰ろうかな」
ミッションに関してはまぁ成功したといってもいいだろうし、月宮先生に事情を話して寮に帰らせてもらおう。後のことは知らん。最早事は私の手から離れたのだ、とばかりに肩を竦めて、私も来栖君が走って行った方向とは別に方向に足先を向けた。
え?一緒に四ノ宮君を探さないのかって?・・・ぶっちゃけ、来栖君が必死過ぎて逆になんかヤバイことに巻き込まれてるんじゃないかって薄ら思ったんだよね・・・。
ガチでやばそうなら、月宮先生とかの耳に入れておいた方がいいと思うし。というわけで、私は学園に戻ります!
それにしても最近、私の周囲ちょっと騒がしすぎないか?可笑しいな、ちょっと前まで普通に平凡な学生生活を送っていたはずなのだが。まぁ、渦中にさえ巻き込まれなければいくらでも周囲でわちゃわちゃしてくれていいんだけど・・・。
「・・・にしても、あっついなぁ」
たらり。米神を伝う汗の一筋に、心の底から、息を吐き出した。