穢れない蒼さに押し潰されそうだった、7月の狂詩曲
桜が綺麗だ。白に近い薄紅が風に乗って舞い散って、少しぼやけた春の空がよく似合う。その中を歩くのは、ちょっと異様ともいえる面子だったが、ここではこれが当たり前の光景なので最早気にすることでもない。色とりどりの髪色とか。奇抜な和装とか。今更っちゃ今更。夢みたい、と呟いて、くすくすと笑えば金色の瞳の幼子が覗き込んでくる。どうしたの?と可愛らしい声で問いかけてくるので、なんでもないよ、とその頭を撫でた。嬉しそうにはにかむから、思わずぎゅっと抱きしめたくなるのをぐっと堪える。これが抱きしめたくなる可愛さか!!と神様相手に不埒なことを考えながら、先を行く彼らから声をかけられて顔をあげた。
並ぶ姿はまさしく圧巻。タイプの違う美形達が雁首揃えてこっちを見ているのはちょっと怖いぐらい。でも誰もが穏やかな顔をしているから、自分が異物だとわかっていても受け入れられている気がしてくすぐったい。でもあの中に飛び込むの勇気いるよな、と思いながら歩き始めて、突然の強風に咄嗟に目を閉じた。ぶわぁ、と暖かな春風が走り抜けて、収まったのを感じて目を開ける。目の前には変わらず綺麗な桜並木。ほっと息を吐けば、後ろから声をかけられて振り向いた。
見慣れた居候先の人達が並んで立っていて、その中にかなりやんごとない立場の人もさりげなく混ざってるから性質悪いな、と思う。護衛がいるとしてもいいのかな、と思いながらも籠を抱えて手招きしている彼女らに、苦笑が浮かぶ。考えてみればあそこにいる人達全員もれなくやんごとない身分の人達がほとんどだった。お近づきになることなんて普通に生きていたらまずないメンバーなのは確実である。私だけが超一般人なんだよなぁ。いやまぁそれが一番っちゃ一番なんだけど・・あ、でも生活水準的なことを考えれば金持ちなのはいいことだよなぁ。ここの世界感じゃ身分の良し悪しでほぼ全部が決まっちゃうし。つらつら考えながら今行きます、と声をかけてそちらに足を向ける。
そういえばこの人達も美形集団だった。私の周りホント美形ばっかり、と思いながらまぁでも仮面のあの人がいない分まだマシなのかもしれないなぁ、と遠い目をする。あの人が仮面取ってたら花見所じゃないよねぇ、とくすりと笑えば、ぼすんと黒い何かにぶつかった。
ぶふっと息を漏らして見上げれば、赤い髪の怪しい男。あ、と思えばすぐさま身を翻すので、慌てて追いかけた。こちらを気にもしないように背中を向けて、桜吹雪の中歩いていく背中を必死に追いかける。振り返りもしないけど、その歩みがいつもちょっとだけゆっくりなのを知っているのは私だけかもしれない。胸のどこかがくすぐったいような、あの人でもそんな気遣いできるんだなぁという感慨のような、それでもいつだって追いかける広く大きな背中を見つめ続ける。待ってください、なんて声かけはしない。待ってくれることはほぼないし、追いかけるのが私の仕事みたいなものだ。今度は何処にいくのだろう。できれば借金取りがいないところがいいなぁ。あと物騒なものも出てこないといいなぁ。そんなことを考えていると、かつんと足先が何かに引っかかる。
うえっ。と声をあげてよろめけば、ぱしっと取られる手。顔をあげれば、まだ幼いクラスメイトの少年だった。あれ、と瞬けば、行くぞ、と腕を引っ張られる。わずかにもたつきながら走り出すと、その先には他のクラスメイトが。あぁそうだ、今日は皆でお花見を。と思ったらなんか増えてる。色々増えてる。あと爆発音とかなんか吹っ飛んでるのとか色々ある。待て待てまた思いつきですか!?あ、こっちは関係ない?それはよかった。悲鳴と笑いの絶えない不可思議な光景を眺めて、こちらに被害がなければそれでいいとか思ってる薄情な私。とても騒がしく、落ち着きのないその光景にふふ、と笑みを零す。
決して穏やかとは言えないけど、それでもきっと、それは、平和な――
ずぶり。
「あ、」
生々しい音をたてて、鈍色の凶器が胸元に突き立つ。左胸の上。鼓動を打つ心臓の真ん中を、真っ直ぐに貫いたそれの周囲が、じわじわと赤く染まっていく。刹那、あれほど絢爛に咲き誇っていた桜が、一斉に盛りも終わりとばかりに散りはじめ、あんなにも穏やかに晴れ渡っていた青空が、光を消したかのように暗闇に覆われていく。賑やかな声が遠ざかり、暗闇に、白い花びらが舞い散って――それさえも奪うように、紅蓮が暗闇を染め上げた。今、染まる胸元と同じように、赤く、朱く、紅く。
震える指先で突き立った鈍色の輝きに触れて、柄を握ってみてもまるで固定されたかのように私の肉に納まってピクリとも動かないそれは、まるで楔のよう。ごふり、と唇から赤いものが飛び散って、音も無く燃え盛る焔に混ざり、体中から力が抜けていく。
かくりと膝から力が抜けて、重力に誘われるように後ろに倒れていく。何かに縋るように伸ばした腕は、だがしかし何も掴めないまま空を撫でるだけだ。
何も掴めないまま、何にも、掴まれないまま。どぷん。崩れるように倒れていく身体が音も無く痛みもなく、何かに包まれるように背中から沈んでいく。零れていく赤い血潮と共に、絡め捕るように手足を、首を、腹を、顔を、絡めて、包んで、引きずり込んで。
留まる事を知らない心臓から流れる血と共に、段々と失くしていく力を、留めて置く意思さえもおぼつかないまま。沈められていく。暗闇に、紅い炎に。全身を絡め捕られ、逃げる術などないままに、深く、深く、ただ、深く。熱くも寒くも、音も光も暗闇もない。ただ、何も無い、どこでもない、何処かへと、私は、また、
―――
また、私は、
――
私、は
「!!」
諦めたように閉じた瞼の裏で、ターコイズブルーが輝いた。
※
「ニャァ!ニャァ、ニャオーン!!」
「・・・・にゃんこ、うるさい・・・」
めっちゃ耳元で鳴き叫ばないで欲しい、切実に。豆電球が煌々と照らす室内で、甲高い鳴き声をあげる黒猫に不満混じりに悪態を吐けば、猫は瞳孔が開いたターコイズブルーの双眸を煌めかせて私の顔にふんふんと鼻を寄せてくる。ちょっと湿った鼻先がくっつく冷たさに僅かに眉を潜めながら、顔を擦り付けてくるにゃんこの小さな頭を緩慢な動きで撫でて枕元に手を伸ばす。引っ掴んだ時計を目の前まで持ってきて秒針の位置を確認すれば、短針の先は2の数字を指していた。あー・・・まだ2時じゃん・・・明け方でもないとか・・・。脱力しながら時計の位置を元に戻し、必死に顔を摺り寄せてくる猫をやや鬱陶しげに押しやって上半身を持ち上げる。不満そうに低い声でうぅ、と少し唸ったにゃんこは、私を見上げて目を細めた。しょうがないじゃん。熱い中で毛玉にすり寄られるとか、ちょっと今我慢できない。網戸にしたまま窓を開けている室内は、しかし風の通りもなくじっとりと蒸し暑く、背中がぐっしょりと汗で濡れていてパジャマが張り付いていた。この状態で体温の高い毛玉と一緒はきついと思う。
扇風機もクーラーも止まった室内の温度が今どれほどなのかなど確認する気にもなれないまま、ぼさぼさの頭を掻き乱すように前髪を掻き上げ、尻尾を小さく早く振りながら周りをうろちょろしているにゃんこを一瞥した。
「・・・うなされでもしてた?」
「にゃぁ、なーん」
自分がどういう状況だったのかなど自分がよくわかっている。慣れたものだ、と思いながら小首を傾げれば、にゃんこはそれが肯定なのか、問いかけなのか、よくわからない返事を返す。猫語などわかるはずもないので、ぶっちゃけ聞いた意味はなかったもののぐしゃぐしゃ、と頭を撫でればにゃう!と甲高い声をあげる。
パタパタと忙しなく動く尻尾にはは、と軽く笑って、パジャマの胸元を抓んでパタパタと空気を送りながらあっついね、と話しかける。
「シャワーでも浴びて寝ようか。さすがにこんだけ汗かいてるとこのまま寝る気にはなれないわ」
「にゃぁん」
汗を流して、パジャマも着替えよう。物言いたげな猫の声を無視して、ベッドから足を降ろしてふと動きを止めた。ベッドの横に手をついたまま振り返ればちょこんと座ったにゃんこが小首を傾げる。暗闇に光るターコイズブルーの双眸を見つめて、そういえば、と目を細めた。
「・・・ここに、男なんて、いなかったよね?」
小さな問いかけに、猫はなぁん?と小首を傾げて、ぱたり、と尻尾を一つ動かす。やっぱりそれがどういう類の答えかなんてわかるはずもなくて、馬鹿を言ったな、と首を横にふった。ぱさぱさ、と背中で髪を揺らして溜息を零す。
全部夢だったのだ。全部、全部。あの全ては、夢の出来事なのだから。
くあ、と欠伸を浮かべて、やっぱ扇風機ぐらいは回しておくべきだったかなぁと思いながら紐を引っ張り電気をつけ、ぺたぺたとフローリングの上を歩く。
部屋から浴室に入るところで、足を止めてもう一度振り返った。ベッドの上で変わらず佇む黒にゃんこは真っ直ぐにこちらを見つめていて、その双眸を見返して、多分、あれと見間違えたんだな、とぱちりと瞬いた。
あの眼と同じターコイズブルーの眼をした男の顔を思い出そうとして、はっきりと思い出せないまま、私は諦めてシャワー室へと入った。
※
「!」
響いた声に振り返ると、小柄な体格の少年が片手で帽子を押さえながら廊下を走ってくる姿が見えた。薄い金髪に同じくやや薄めの青い瞳が勝気そうに煌めいてこちらを見る。思わず半袖の黒いポロシャツから見える引き締まった二の腕の白さに眩しさを覚えて目を細めた。え?顔面じゃなくて二の腕なのかって?引き締まった筋肉はいいよね。
「来栖君?」
の、お兄さんの方。つい先日弟と接触したばかりなのでなんとも言えない居心地の悪さを覚えている間に目の前まできた来栖君(兄)に小首を傾げた。
来栖君は少しばかり乱れた息を一つ深呼吸をして整えると、やや首を下げて私を見下ろし、うろり、と視線を泳がせた。
「あーその」
「うん?」
言い難そうに口ごもり、もごもごと口の中で舌を転がす来栖君にそういえば四ノ宮君他はいないのだろうか、と彼の周囲に視線を走らせる。大概セット感覚でいることが多い上に、四ノ宮君は来栖君の気配があるとどこからともなく出現するイメージだ。翔ちゃーん、と言いながら駆け寄り諸々が有耶無耶のまま来栖君が瀕死になるという・・・まぁ私に被害がなければ過度なスキンシップということで微笑ましく見守らせてもらうのだが。
しかし今の所その気配もないので、珍しく・・・珍しく?1人なんだな、と視線を元に戻す。珍しいと断言するにはぶっちゃけそこまで来栖君と関わった覚えもないのでなんとも言えないのだが、まぁそりゃ1人の時ぐらいあるわな、と考えているとやがて意を決したように来栖君はキッと眦を吊り上げた。
「、昨日・・・!」
「おーい、丁度いいところに・・・ん?なんだ来栖もいたのか」
「ひゅ、日向先生!?」
この絶妙なタイミングはなんなのだろう。思わず真顔になるほどのタイミングで来栖君が切り出したまさにその瞬間、横から片手をあげて今日もブランド物のいいスーツを着こなした日向先生が割って入り、来栖君の声が見事に裏返った。ぐるん、と勢いよく声のした方向に振り返った来栖君の頭やお尻あたりにピンと立った耳と尻尾が見えるようだ。
それにしても私を認識してなんで来栖君が認識できてなかったんだ・・・あ、そっちの方向からだと柱の影で来栖君隠れてたんですね。なるほど納得。と思いつつも、どうしたんですか日向先生!とこちらに向かってくる日向先生の元にピュー!と音が出る勢いで駆けていく来栖君を見送って、私はうーん、と小さく唸った。
「よう来栖。話し中だったか?」
「いえ、全然!何か用ですか?日向先生」
いや、話し中だったでしょうよ。・・・いや、話そうとしていただけでまだ違うか。とりえずピンと背筋を伸ばして目をキラッキラさせて日向先生を見上げている来栖君の背中を眺め、仕方なく私もとろとろと彼ら2人に近づいた。私がいうのもなんだが、この2人の背丈の違いも大概だな・・・来栖君の首痛そう、と思いつつ太い首に手をあてて、後ろ首を掻きながら日向先生は大したことじゃないんだが、と一言おいて私に視線を向けた。
「、今暇か?」
「特に用事はありませんね。何か手伝いでも必要なんですか?」
「察しが早くて助かる。ちっとばかし手伝ってほしい作業があってな」
「それは一生徒が手を出してもいい案件ですか?また変なことは嫌ですよ」
神宮寺君みたいな案件は御免被る。前科があるだけに胡乱な目を向けると、日向先生は苦笑を浮かべてそんなんじゃねぇよ、と肩を竦めた。
「今度研修があるだろ。その資料の作成を手伝ってほしくてな」
「研修って・・・もしかして南の島の?」
「あぁ。何分あのおっさんの急な発案だからな・・・俺は別の仕事もあるし、中々手が回らなくてどうしようかと思ってたところなんだ」
「日向先生!俺も!俺も手伝います!!」
「ん?そうか、助かる。さすがに1人じゃ荷が重いからな」
「いえ!!」
あれ、私が手伝うことは前提なんです?まだはいとも言っていないが、すでに私の雑用係決定みたいな言い方、解せない。いやいいんですけど。別に資料の手伝いぐらいいいんですけど。日向先生に頼られて嬉しそうに頬を紅潮させている来栖君の様子とにっと口角をあげて笑う日向先生にしきりに首を捻りつつ、溜息を零した。
「実行委員とか作ればいいのに・・・来栖君とかやる気満々じゃないですか」
というかそういう雑用させるためにも必要じゃね?通常の学校であれば、そういう実行委員というか取りまとめ役というものを決めて諸々の作業であったり研修内レクリエーションであったりを企画運営していくものだが、何分大体のイベントが学園長による突然の発案の場合が多く、おまけに年間行事に組み込まれていても大体学園長により内容改変が行われたりするので学生の出る出番がないというのが早乙女学園の悪い所である。学生時代のそういう経験って、案外馬鹿にならないと思うんだけどな。
まぁ学園長のイベント自体はある意味で生徒の自主性だとか自立心だとか諸々を鍛えるのに適したイベント内容ではあると思うが、でもやっぱり普通の学園行事も欲しいところである。
今回の研修というか旅行というか、の件についても数日前に突然発表された弾丸ツアーなのである。アイドルコースはグラビア撮影研修とかあるらしいよ。
昨今は海外への修学旅行も珍しくはないとのことだが、それにしても私有地の南の島へ突然飛ぶとか・・・あの人の総資産がどうなっているのか怖いぐらいだ。あと突然すぎる。準備諸々が急ピッチだよ学生含め主に教師陣が。いつも思うが、ご愁傷様ですという他ない。アイドルになにさせてんだろうね、学園長は。ぼそっと呟けば、日向先生はぱち、と瞬きをして、ぽくん、と手を打った。
「なるほど。それもそうだな!」
「・・・ん?」
「じゃぁ丁度いいからお前ら2人で決まりだな。頼むぞ、、来栖」
「は!?」
「はい!」
「じゃぁ早速仕事だな。教えるからついてこい」
いやいやそこは!クラスでくじ引きとか!立候補とかで!!決めるところでは?!なにその子供の手伝い染みた決め方?!適当すぎるだろ!?てか私実行委員やれるほど時間ないですけど!?バイトが!生活費が!!
歩き出す日向先生に慌てて抗議をすれば、来栖君が「生活費・・?」と首を傾げた。そこは家庭事情というものが諸々あるんですよ。そんな私の訴えを、日向先生はひらりと手を振っていなした。
「実行委員とはいってもマジで雑用と、あとはそうだな。連絡係みたいなもんだ。それに、別に誰を手伝わせても問題はないからな」
ただ自分たちで舵取りはしろよ、と言われて結局監視役が必要なんじゃないですかーとぼやけばそれぐらいやれよと言われてしまった。なら私以外を指名してくれよ、思ったが、裏方に徹するだけならば甘んじよう。内申よくならないかな。
ふぅ、とこれみよがしに溜息を吐いて、来栖君のじとっとした視線に横目を向ける。さっきから妙に視線を貰うのだが、なんですかね?
「随分と日向先生と仲良いんだな」
違うクラスなのに、と副音声が聞こえた。拗ねたような、純粋に不思議そうな、そんな声色にそういえば、と私自身も視線を泳がせる。Sクラスの担任教師である日向先生と、私なんでこうも親しくなってるんだろうな?日向先生忙しいし、担任でもなければ滅多に接触することもなかったはずなのだが・・・まぁあれだな。
「Sクラスの生徒のせい、かな?」
「あぁ、レンのことか」
「うん、まぁ」
切欠は意外なところで一ノ瀬君だったりするが、まぁいいや。こうして考えると私マジで無関係なのに巻き込まれてるな。クラスのことはクラスで解決して頂きたい。
「クラスじゃなくて生徒のことだから。お前だっていい経験になっただろ」
悪びれもせずに言う日向先生が小憎たらしい。それで私の時間大幅に削られて割とハードスケジュールだったんですよ!?ややテンションが軽くハイになってやらかしたことだってあるんですよ?!言わないけど!
じと目を向けるがどこ吹く風とばかりに、ここだ、と資料室と書かれた部屋の前で立ち止まった日向先生に習って足を止め、中を覗けばスチール製の長テーブルの上にずらっと並ぶ大量のA3サイズの紙の束。一瞬動きを止め、来栖君と2人でポカンとしていると日向先生はスタスタを中に入って一つの紙の山の前に立ち、ぽんとそのてっぺんを叩いた。
「つーわけで、お前らには研修のしおりの作成を頼む」
「え、そこすごいアナログなんですね」
「経費削減だな。ただでさえ馬鹿みたいかかってるんだ。削れるところは率先して削る」
「なるほど納得です」
南の島だもんな。あの人だから色々ド派手な仕込みもしてそうだもんな。そりゃ削れるところは削りますわな。今まで見たこともないぐらいの真顔で言い切った日向先生に、事務所の経理大変なんだな、と哀れみの視線を送る。僅かに米神が引きつったのが見えたが、意趣返しと思って甘んじて欲しい。
「でも日向先生、これマジで量が半端ないですよ」
そういって、山となっている冊子となる前の紙の山をぺらぺらと捲った来栖くんがうへぇ、と顔を顰めるとまぁ4クラス分だからな、と軽く返された。ページ数がどれだけかは知らないが、結構な重労働である。単純作業、嫌いじゃないからいいけど。
「まぁ助っ人はいくら呼んでも構わないからなるべく早めに仕上げておいてくれ」
「はーい」
そういって、後は頼んだ、といって颯爽と出て行った日向先生を見送り、さて、今日のところは誰も捕まらないだろうから明日以降手伝い人員は考えるとして、と思考を切り替える。
準備されているのはホッチキスと製本テープに15センチ差、それから紙の山。マジで地道な作業である。一応ページ順に並べられているようなので、来栖君を振り返った。
「とりあえず一定の量を先に折ってから製本していこうか。さすがに2人でこの量は中々大変だから、手伝いは明日打診しよう」
「お、おう」
さて、何ページくらいあるのかなこれ。首を傾げつつ、山の上から1枚とって、更にその横をもう1枚、と流れ作業で手に取っていく。そうして一冊分を纏めると、はい、と来栖君に手渡した。
「私、集めていくから来栖君は折っていってね。ある程度溜まったら私も折る作業に入るから」
「わかった。よし、いっちょやるか!」
来栖君は帽子をぐいっをあげて視界を広くすると、パイプ椅子を引いてまとめたしおりの前に座って背中を丸めて折り始める。その様子を一瞥してから、私も一冊分を纏めるために、もう一度長テーブルの端まで戻ることになった。
そういえば来栖君何か話したそうだったが、結局なんだったんだろうな?