天より人に授けられた救世主
毎度毎度思うんだけど。
「いい加減人を落とすのはやめんかあぁぁぁぁ!!!!!!」
怒鳴り声が尾を引いて流れていく。しかし答える声があるはずもなく、黄昏時なのか暁時なのか、曖昧な境界線で薄暗い空に声は吸い込まれた。ばっさばさと衣服のはためく音を聞きながら、唸りをあげる風の冷たさが頬を打ちつける。ちぃ、と軽い舌打ちと共に身を捻って落下地点を確認すると、どこぞの建物の屋根が見えた。
非常にまずい。平坦な地面でも森の中でも、海や湖でもない。着地しにくいことこの上ない急角度の屋根の天辺には十字架が見えた。
教会だろうか、考えた刹那間近に近づいた屋根に、あぁぶち抜くのかそれとも着地できるほど頑丈だろうか、という二つの選択の答えは割合とすぐに出た。バキバキドガガゴゴォン――――ぶち抜くという答えでファイナルアンサー。立て直した体勢で、足が屋根についた途端に足元が崩れるという災難。ふざけんじゃねぇ、という悪態と共に腐っていたのか老朽化していたのか知らないが、脆かった屋根は見事私を中心に穴をあけて更に下へと落ちていく。自身と共に壊れた木材までもが視界を隠すように辺りに広がり、真っ暗な建物の中に揃って着地した。
ドガアァン、となんとも盛大且傍迷惑な騒音、いやむしろ破壊音を響かせて埃が舞いあがる。一瞬にして灰色がかった白い世界へと早変わりした周囲に咽込みながら、最悪だ、と内心で呟いた。口を開けば問答無用で埃が体内に入り込んでくる。ごほごほと咳込んで埃のせいで若干涙ぐんだ目をこすり、しばらく。舞いあがっていた埃も飽きたように徐々に下に落ちていき、薄っすらと晴れ渡っていく視界に最初に捉えたのは古びた教壇の上、薄闇に消えかかりそうな聖母マリアの像。その後ろのステンドグラスは明かりのない時間帯のせいか黒ずんでどういう絵を描いているのか判断はつかない。制服についた埃を叩き落としながら、教会で正解だったか、と一人ごちた。それにしてもまぁ。
「・・・ひっさんねぇ」
見渡した周囲は不可効力とはいえ自分が行ったことながら、中々に素晴らしい景観を作っている。自らと共に落ちてきた木材が散らばる床、更にその木材によって潰され壊れてしまった長椅子の無残な姿。最早椅子とは呼べまい、これでは。元より古びた教会が更にみすぼらしい姿を晒している。なんか色々とごめんなさい。上を見上げれば今しがた開けてきた穴がぽっかりと大きく口をあけており、いい具合に細い月を覗かせていた。いっそ幻想的な光景ではなかろうか。しかし周りの雰囲気は閑散として薄ら寂しいを通り越して不気味である。人が途絶えて長いのだろうか。どうにも人の気配というか名残のようなものは伺えず、廃墟といったイメージしか持てない。人がいないことが幸いなのかそれとも不幸なのか。しかしこれだけ盛大な破壊音をたてたのだ、誰かしら不審に思ってやってきても可笑しくはない。ぐるりと思考を一巡りさせてマリア像を見上げる。優しい慈愛の篭った微笑みを浮かべる女性。キリストの母親たるカトリックの信仰対象・・・そこでふと思い当たる。何ゆえマリア像がある、と。
「・・・・ってことは、もしかしてパラレルワールドの方面なのかな、今回は」
聖母マリアの像があるということは、地球圏である可能性が高い。もしかしてマリアとよく似た別人、という可能性がないわけではないけれども、そんな可能性をあげていたら切りがない。
マリアだと仮定して考えればここは私の世界と酷似した平行世界であると予想がつく。しかもこれだけ立派な像があるのだ。寂れて人の足が途絶えているとはいっても、昔は栄えていたのだろう。ということは日本や中国というよりもヨーロッパ系と考えるが吉。つまり英語圏。・・・まあ英語に関しては特別の問題は別にないから個人的にはいいんだが。
果たしてまたなんでパラレルワールド方面にきたのだろう。あんまり命の危険に晒されるようなことがなければいいが、そう思いながら見つめるマリア像の先、組んだ手元にきらりと何かが光ったのに眉を動かした。月明かりを反射したのだろうか。いや、でも開いた穴の角度といい、あの月の細さといい、空もまだ明るさを帯びている。跳ね返すほどの光はないはずだ。怪訝に眉間に皺を刻むと、じっとマリアの手元を見詰める。キラリ、キラリ。確かに何かが光っている。怪しいことこの上ないなぁ、とぼやきながら溜息を一つ零した。
「なにかしらのアイテムゲットになるのかな」
呪いのアイテムだったらどうしよう、と思わないでもなかったが、RPGに行動力は不可欠である。個人的にはこのままさらっと無視した方が心身の安寧が得られそうな気もする。
二者択一。さあどうする。じっとキラキラと輝くものを睨みつけながらのしばらくの黙考をし、溜息と共に教壇に上がった。どうせこの辺りに手を出さなければ帰れるものも帰れないのだろう。
あぁ全く、あの確信犯の娯楽好きめ。きっと何か面倒なことに巻き込まれる前触れだとなんとなく察しつつも、行動する他に術がない我が身が嘆かわしい。マリアの足元まできて、失礼ながら登らせて頂く。像の置かれている台に手をかけて、まずはマリア像に到達するまでを登る。
本当に足元に到達すると、窪みに足をかけ、よいしょ、と掛け声一発するすると登った。傍からみたらなにしてんだお前、と不審の目で見られること間違いない。あぁ、折角のマリア像も大分埃を被っているようだ。掌の汚れにあーあ、と思いながら制服も汚れただろうなぁ、と少しだけテンションが下がる。元々上がってもいないテンションだが。
そしてあっという間にマリアの胸元、組まれている手までやってきて光る物体をようやくこの目にしっかりと捕らえた。・・・・うーん。
「本・・・?いや、聖書、かな?」
多分。うん多分。確証はないけど多分。掌の上に乗せられるような小さい・・・十字架の刻まれた本の形をした・・・置き物だろうか。マリアの像は大きいとはいっても、実物大の聖書を掌におけるほど大きい像ではない。高い位置にあるから余計大きく見えるのだ。にしても足元が不安定だ。手元の聖書と思しき置き物は、薄っすらと発光している。手元で弱く輝く姿に一体どんな不思議アイテム、と思いながらそっと手を伸ばした。
「あ、れ?」
伸ばした指先が本の置き物に微かに触れた感覚を覚えたあと、それは唐突に消えうせた。しゅわりと音もなく、あまりにもあっさりと前触れなく消えてしまった置き物にしばし呆気にとられ、戻した自分の掌をまじまじと見詰める。・・・別に変わったところはないな?
もう一度マリアの掌を見てみるが、そこには最早光の名残すらない。あったという痕跡もないまま、もしかしてただの目の錯覚だったのでは、という疑いまでもが浮かんでくる。
やっぱり不思議アイテムだ、と呟きながらマリア像から飛び降りた。すたん、と埃を舞い上げて着地して、服や体についた埃を叩き落としながら、まいったな、とぼやいた。
「なにがどうなってんだか」
自分の手を見つめて、再びマリア像を見上げる。別段変化のないそれに首を傾げてはぁ、と溜息を零した。くるりと踵を返してぎしぎしと床板を軋ませる。これ以上の現象は望めないと判断し、踏み込むごとにやたらと沈む床板の上で慎重に足を進める。ぶち抜きかねない腐敗っぷりだ。どれだけ放置してんだよここ。そんなに大きな教会でもないのに、木製の大きな扉まで辿りつくのになんでこんなに緊張しなければならないのか。あぁ嫌だ嫌だ。
うんざりとしながらあと少し、というところでバン、というよりもどっちかというとドガン、と蹴破るがごとくけたたましく扉が開かれた。うぉ、と女にあるまじき声と共に目を丸くする。
一歩下がると、ほとんど蝶番も壊れてしまったのではないかという扉から、埃で白い床を転がりながら、扉から何者かが侵入を果たす。アクション俳優さながらの見事な横転で華麗に体勢を整えるとふわりと埃塗れの髪が乱れた。
「ちっ。運のねぇ!!」
少し低めの声で悪態を零す青年がいいながら扉を睨みつける。片手に握った銃が有り得ないほど物騒だ。あぁなんだろう、厄介ごとの気配をビンビンに感じる。どうすることもなく、口を閉ざしてまじまじと斜め前で片膝をたてて油断なく辺りを伺っている青年を観察しながら、髪の毛の中に手を突っ込んだ。どうしたもんか。第一村人がこんなにも危険な香り溢れる人物だとは思ってもみなかった。もう少し平穏な出会いを希望していたのだが、人生とは世知辛い。いやそんなもんこの場にいる時点で鼻で笑うような代物だが。声をかけるべきか否かを迷う刹那、辺りを伺っていた青年が勢いよくこちらを振り向く。そういえば気付いてなかったのかなこの青年は、と思っているときに顔の反面を包帯でぐるぐる巻きにしている青年は、見えている片目だけを見開いて叫んだ。
「避けろ!!」
通りのよい声の警告。それが全て言い終えるか否かのうちに横っ飛びに体を動かす。するとなんともまあ、物騒なことに今の今まで私がいた場所に無数の弾丸が撃ち込まれた。ズダダダダ、と喧騒が鳴り響くうちに床板は無残にも粉々に壊され、木屑が舞い散り穴だらけになる。うっわぁ、と顔を顰めると古びた椅子の上に着地を果たし、弾丸を放った者を視界に入れた。――――正直に言おう。
「人ですらねぇ」
丸い球体に顔だけ引っ付いたような、よくわからん物体が宙に浮いたまま動いている。なんだあれは、と顔を顰めると青年は銃を構えて乱射した。ズダダダダ、と先ほどの銃撃音と同じ音が聞こえるとそれは吸い込まれるように球体の・・機械だろうか、それに打ち込まれて爆音をたてて破壊する。
派手というよりも今度はどういった世界なんだ、という疑念の方が強い。あっれ地球の癖になにこのファンタジーっぷり。少なくと平和そうではないな、ということだけは一連の出来事だけでも十分なもので、溜息と共に椅子の上を動き・・・一気に駆け出した。
「ギッリギリセーフ!!」
「なっ、」
言いながら青年と共に反対側の椅子に突っ込むという荒業で、頭上から降り注いだ銃弾を回避する。あー危ない危ない。折角出会った情報源をなくすところだった。
尻餅をついている青年の横で膝をたてて座りながら、何時の間にか浮いている球体は三体にまで増えており、眉を潜める。なんとも不気味な奴等だ。耳鳴りのごとく聞こえるオォォォ、という唸り声はさながら死者の泣き声のように鬱陶しい。とにかくも危険なもの、敵、そうとしか思えない代物に、眉間の皺を深めると隣で銃を油断なく握る青年を見つめる。
「ねぇあんた。あれ何?」
「AKUMAだ」
「・・・・・・・・・・・・・随分と近代的なのねぇ・・」
「そっちじゃねぇ。・・・説明している暇がねぇな。一旦ここからずらかるぞ!」
結構口が悪いことが判明。私と悪魔、とやらを見比べて分が悪いと判断したのかは知らないが、顔を顰めて青年は私の腕を取って踵を返す。確かにこの場、というよりもあんなものを正面に構えているわけにはいかないなぁ、と反抗する理由もなく大人しく青年に引っ張られるままに私も走り出す。無論あの悪魔とやらは追いかけてくるし、むしろ攻撃だってしてくるんだが、後ろを向きながら、というか最早ほぼ銃口だけ向けているだけで青年は反撃をする。飛び出た町中は薄暗く、最初見た空も深く藍色が立ち込めており、あぁあれは黄昏時だったのかと悟る。つまりこれから夜の帳が落ちてくるのだ。もう夕飯時なのだろうか、道には人影はなく店も大半が仕舞っている。それともこの大騒動に脅えて家に引きこもっているのかもしれない。正しい判断だ。障害物といえば転々とあるぼんやりと光を落とす街灯ぐらいなもので、どこかレトロな外国の石畳の道路を二人で駆けながら、周囲が暗く沈んでいくのに目を細めた。異世界に落とされて、出会ってそうそう見知らぬ青年と鬼ごっことは、なんともシュールな出だしである。