信じてついてゆくと決めた



 AKUMAとは、兵器の総称であるらしい。つまり、物語や幻想生物の悪魔ではなく、人の手によって創り出された悪性兵器。死者の魂と生者の悲劇を糧に生まれる殺戮人形。
 人の業と願い、そして悪意を持って唆す劇作家の掌で描きだされる悲劇にも似た喜劇。―――これまたバイオレンスな世界にきてしまったものだ、と溜息が零れた。

「それであなたはクロス・マリアンって名前で、そのアクマとやらを唯一破壊できるエクソシストってやつなわけね」
「そういうことになるな」
「その手に持ってるのが、その対アクマ武器?」
「あぁ。断罪者(ジャッジメント)―――俺の相棒だ」

 言いながら、断罪者という名の銃・・・対アクマ武器の銃口が火を吹いた。流れるように周りを囲むアクマ達を全てその弾丸の餌食にしながら、二人して闇夜の中、住宅街の屋根の上を駆けぬけた。隣で走りながら銃でアクマを攻撃し、尚且つ説明までしてみせた青年に、中々見所のある男だ、と一人勝手に思考を巡らせる。何故顔の半面を包帯でぐるぐる巻きにしているのかは知らないが、半面だけでも整った顔なのはよくわかる。跳ね気味の髪は明かりがないせいで黒ずんで見えるが、どうも黒髪のイメージが湧かない。もっと別の色なのだろう。整った横顔を見つめながら、まいったなぁ、とぼやく。とんっと軽い跳躍と共に次の屋根の上に飛び乗るとドガン、と今までいた屋根にアクマの一撃が叩き込まれた。

「あー・・・あの家の住人さんごめんなさい」
「生きてりゃどうとでもなるだろ!」
「でもお金かかるよー?手痛い出費だよ」

 しかもちょっとの壊れ方じゃないのだ。ほとんど粉砕に近い。あれだと雨風も凌げない上に骨組がダメだから、いっそ新築する勢いでお金が飛ぶに違いない。丸い球体のアクマが何本もの物騒な鎌やらなんやらに変化している腕を振り上げて、滑るように宙を飛んでこちらに向かってくるのを見ながらなんたる災難だろう、と同情した。でも同情するだけ。
 だって私じゃどうにもできないし。犯人はあれなんだから、別に私のせいというわけでもない。偶々お宅の屋根が攻撃されてしまっただけの不運だ。喋りながら路地に着地する。
 クロスだけは屋根の先端に残って銃の乱射をしてから、一息吐いて飛び降りてきた。
 ふわりと髪が靡き衣服の裾がはためく。ダークブラウンのコートが風に煽られて翻ると、ふぅ、という吐息が漏れる音がした。

「ったく、こんなにアクマがいるとは予想外だったな・・」
「普段は少ないの?」
「さぁな。時々によるだろ」

 きょろきょろと辺りを見まわして、とりあえず敵の影がないことを確認してからそっと裏口から建物の中に侵入を果たす。街灯も月明かりもない部屋は真っ暗で、お互いの顔の判別も難しいが、唯一高い位置にある窓から仄かな明かりが漏れ入る。その明かりのおかげで時間が経てばなんとかお互いの判別ぐらいならばできそうだった。ふ、と一旦肩の力を抜くと、クロスが辺りの確認をするように動いたのが気配でわかった。

「物置、・・・倉庫か?まあ丁度いいな」
「人気がなくて何より。・・・これからどうするかなぁ」

 確認してこれなら少々暴れても大丈夫だろう、と思ったのか低い声が納得の声を出す。
 まあ確かに、人を巻き込まないだけいいというものだが・・・あれ?よく考えればなんで私普通に逃げてるんだろうな?まあ最初は仕方ないにしても、・・・このまま私だけここに待機して、クロスにアクマ殲滅にやらした方が安全じゃないか?だよなー別に正直についていく必要もないもんなー。クロスが喋ってる言葉は英語だし、やっぱりここ英語圏みたいだし。
 それに屋根の上を走りまわっていたときに町の観察もさせてもらったが、どうやら本当にヨーロッパ圏にいるようだった。レトロ情緒溢れる英国の町並み、といったところか。
 あらかた状況の把握はできた。あとはー・・・詳しい場所の把握と、今後の身の振り方だけだな。とりあえずクロスはほっぽりだして、安全になったら行動を起こすと。うんうんそれが一番よねー。大体対アクマ武器がなければあれは倒せないらしいし?私の特技がどこまで使えるのかもわからないし・・・むしろ使えない可能性の方が高いわけだし。その辺りの確認もしておかなければ。錬金術は大抵どこでも使えたりするんだけど。元の世界を除いて。
 そう頭の中で算段を立てていると、そういえば、とクロスの低い美声が呟いた。
 うん?と横目を向ければ腕を掴まれ、引き寄せられる。そのまま腰に腕を回され逃げられないように固定されると、くい、と手袋に包まれた手に顎を掴まれた。軽く上向いた視線にクロスの隻眼が見える。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだこの体勢?

「お前、何者だ?」
「名乗ったと思うけど?、それ以上でも以下でもないわ」
「そういう意味じゃねぇ。あの運動能力に加えてアクマを見ても一切動じない態度。どう見ても一般人じゃないだろう。・・・エクソシストか?」
「だとしたら、アクマのことなんてあんたに尋ねたりはしないし、――その対アクマ武器でさっさと攻撃してるって」
「じゃぁ、何者だ」

 声は低く艶やかに響き、詰問の鋭さはないのだけれど。眼光だけは油断なく見据えられ、頤を掴まれているせいで中々顔も逸らせない。元々逸らす気はあまりないけれども、他人に見られたら誤解されそうだ。じっと見つめながらどう説明したものかと思う。まさか異世界からやってきた異邦人でーす、などと馬鹿正直に話す理由がない。というか頭を疑われること間違いなし。
 別に話そうが話さまいがどっちだっていいんだけれども、今の状況であんまり疑わしい行動は起こすべきではないだろう。せめてもう少し状況が落ちついてからだ。
 しばしの黙考の後、溜息と共に軽くクロスの胸板を押した。僅かに距離が離れてから薄く笑みを刷く。

「何者という質問に明確な答えは持ち得ないわ。説明してあげてもいいけど、話すには少し込み入ってるし。ちょっと信じられない内容でもあるし、もう少し落ちついてからその辺りのことは教えてあげる。・・・でも、そうね。私の運動能力が高いのはそういう場所に身を置いていたことがあるから。アクマに動じないのも似たような理由。あと、これだけははっきりさせておくべきかな?」
「なんだ」
「私は、あんたの敵じゃない。・・・勿論、明確な味方とも言えないけど」

 微笑んでそう告げると、クロスは何かを見極めるように目を細め、薄い唇を小さく戦慄かせる。
 それから僅かな嘆息と共に、ゆるりと腰に回していた腕を解いた。密着していた下半身がようやく解放されて、僅かばかりの距離を取る。

「敵じゃない、けど味方でもない、か」
「そういうこと。まあ背後からいきなりぶすっとやられる不安がないだけましじゃない?」
「まあ、そういうことにしておいてやる。アクマじゃないならどうだっていいんだ」
「そりゃどうも」

 ひとまずの安心が得られたのか、どことなく張り詰めていた空気が緩和される。
 埃っぽい倉庫の冷たく冷えた空気を吸い込み、私今回埃と縁があるなぁ、と顔を顰めた。

「クロス」
「ぁん?」
「トークタイムは終わりみたい」
「―――ちっ。店から外に出るぞ!」
「えー今度は内部破壊?店の人可哀想!てか私ここで隠れてた方が楽なんだけど」
「そんな暇があるならな!隠せるものなら隠してさっさと始末をつけたいぐらいだっ」

 言いながら走り出したクロスにあぁ、やっぱり?と思わず肩を落とす。みしり、という煉瓦の壁の軋む音がして、そうか問答無用で共に逃亡という選択を取るしかないのか、と駆け出した。
 同時に倉庫の壁がけたたましい破壊音と、銃撃音と共に崩れていく。迫り来る弾丸は急いで飛び込んだ店内の壁に遮られたが、何発かは壁を貫通して足元に被弾する。うっわ危ない。

「言っとくが、アクマの弾丸にやられたら即ジ・エンドだぞ」
「え、掠り傷でも?」
「まあ程度に差はあれ時間の問題だな。あいつ等の弾は自身の血で生成される。アクマの血っていうのは簡単にいやぁ猛毒だ。生物ならず無機物にも効くとびっきりのな」
「解毒剤とかはないのー?」
「ない。大体あったとしてもそんなもん投与する時間もないほど早く体内を侵し、人体は黒い霧となって霧散する。跡形も残らない――髪の毛の一本すら、な」
「なにその反則技。マジで生き物を殺し尽くすために誕生させられたって感、じっ!」

 おっとぉ!話している間にも弾丸は襲いかかり、さっと避けながら建物の影に飛び込む。
 けれどあの威力をみるだに、この壁も長くは持たないだろう。なんてことだ、多少の怪我もやむを得ないと思っていた矢先に、多少の怪我すら許されないのか。いやそれは弾丸に限ったことなんだろうけど・・・壁が壊されると同時に駆けだし、クロスの弾丸がアクマを貫く。だがしかし。

「・・・・・・・・・なんかうようよ湧いて出てきたぞー?」
「ぼうふらだな」

 馬鹿にするようにクロスは笑ったが、ぼうふらを侮っちゃいけない。次から次へと湧いて出るのだ。かーなーり、うざい。しかも量があるということはそれだけでも結構精神的ダメージがくるし、何よりこちらが不利なのは、私がいるということだ。クロスならば破壊ができるが、私は正直打つ手がない。しかも弾丸に撃ちぬかれたら即ゲームオーバーでしょ?  それはイノセンスを持っているクロスも例外ではないようだし・・・分が悪いな。アクマの腕による物理攻撃は颯爽と交わしながら、屋根の路地を我武者羅に走る。襲いかかる弾丸はとにかく避けながらも避けきれなさそうなものはクロスの弾丸により相殺する。

「クロス、まじごめん。私がどこかに隠れられれば一人でやれるんでしょ?」
「しょうがないだろ。この状況だ、離れたほうが危うい」

 いいながら一気に数体のアクマを屠るクロスは、それでも若干余裕が薄れていた。
 表情の厳しさが増していくのに、本当に私がいることできついのだと知る。うーん。ここまで足手纏いっぷりを披露したのは初めてだわ。反撃する術がないんだものねぇ。これが対人間なら普通にぶちのめす自信があるんだけど。よっと、と軽い掛け声と共にアクマの鎌を避ける。そのアクマをクロスの弾丸が貫き、破壊していく。

「しかしまぁ、楽っちゃ楽だぞお前。守るといっても勝手に避けるからな、庇う必要がねぇ」
「まあ、最悪の足手纏いにはならないだけの余裕はあるけどさー。でも、攻撃できないから不利は不利だよ。―――ちっ。鬱陶しい!!」

 柄も悪く舌打ちを零し、アクマの攻撃のせいでひしゃげて折れた街灯を掴んでぶん回す。
 どがっとアクマの斧やら銃身辺りにぶちあてて、体勢が揺らいだところをクロスの弾丸が襲いかかった。次々と破壊されていくアクマを見ながら、街灯を適当に振りまわしてはアクマの隙を作っていく。・・・・・・・んー。

「倒せないけどやりようによってはなんとかなるっぽい?」
「お前本当に女か?」
「失敬な。どこからどう見ても立派な女でしょう!」

 この見事なプロポーションが目に入らないわけ?無駄に胸を張って見せると、体はいい体してるよな、というクロスの呟きが聞こえた。親父臭い、クロス。制服のスカートを翻し、太腿を大きく露出させながらアクマを足蹴にして跳躍。同じように跳躍したクロスは跳んだまま、バカスカと銃を乱射する。・・・真夜中に、町中で、飛び跳ねながら戦闘するって一体どんな漫画のワンシーンなのか。とん、と細い月明かりの下、屋根に着地して減ったのかそうでないのかいまいちわからないアクマを見下ろす。カタコトのたどたどしい口調で、コロスコロスコロスコロス、と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返すアクマにそろそろ辟易としてきた。

「・・・まじでキリがない。なんかこう、一気にやる方法はないの?」
「やれんことはないが、それでどれだけ減るか・・・」

 言いながら近づいたアクマを街灯で一発。めきょ、と変な音をたてて街灯が更に折れた。

「あ、武器粉砕。・・・装甲も固いのねぇ」
「それで今まで応戦できてたお前が可笑しい。下がってろ!!」

 言われた通り後ろに下がればクロスが見える一帯のアクマに向かって乱射する。なんで狙っている様子もないのに外れないのかしらあれ?射的の名人?それともそういう能力もついているのか・・・まあいいか。クロスは銃を構えて連続でアクマに撃ち込みながら、どんどんと屋根を飛び越えていく。その後を追いかけながら、一応減ってはいるらしいアクマの数に、僅かに眉宇を潜めた―――刹那。

「っ?!」
「な、――!!」

 足元に、丁度アクマの弾丸が撃ち込まれる。着地する寸前を狙ったのか、はたまた偶然か、どちらにしろ知能指数が低いといっていたわりになんと巧妙な!!幸い弾にあたりはしなかったけれど、着地するはずの足場が寸前で倒壊を果たし、崩れる瓦礫と共に体が落ちていく。どうしようもない。さすがに足場がない状態で浮く術など持っていないのだ。
 まあ別に、この程度の高さなら着地するのに問題はないから、特別危険でもないけれど。振り仰いだ視界にクロスがこちらに向かって手を伸ばす姿が映る。その背後にはアクマの影が複数伺え、銃口がきらりと僅かな月光を跳ね返す――しょうがない、か。

「クロス、後ろ!!」
「っ、」

 僅かな躊躇い、伸ばした腕が硬直した。けれどすぐに後ろを向いたクロスの銃の影が見える。
 それにほっと胸を撫で下ろした刹那、降り注ぐ銃弾に――さすがに青褪めた。クロスの銃が迎撃しようと火を吹く。けれども、全てを迎撃するには、アクマの弾丸の数は多過ぎた。  降り注ぐ、雨のように。体は宙に投げ出されている。動き様がない・・・つまり、避けようがない。咄嗟に拳を握り集中してみる。掌に集めるように、体全体に力が行き渡るように。
 けれど、一瞬ざわりと肌が粟立つような高まりを感じた刹那、急激にそれは萎んで霧散していった。掴もうとしたものが、目の前でするりと逃げていくように。掴めない、留められない。
 力が、消えていく。目を見張り、舌打ちを零した。―――この世界では、魔力も小宇宙も禁じられているらしい。まさかこんなところで人生の終幕が下りるというのか。ふざけんな、という怒りが湧き起こりはしたが、現状は――為す術がない。

ダダダダダダダダダ!!!

「つぅ・・・っ!!」

 肩を、脇腹を、銃弾が撃ちぬいていく。これで当たらなかったら強運、といったところだが、さすがにそこまで運は回っては来ないらしい。あるいは土壇場でなんとかならんものかと思っていたが、やっぱり現実は厳しかった。血が沸騰するような激痛を覚える。
 それでもなんとか体勢を立てなおし、地面に叩き付けられることだけは回避をしたが、すぐさま崩れるように片膝をついた。撃ちぬかれた肩を手で押えながら、体中の熱の跳ねあがり方に息が乱れた。血液が煮えたぎっているようにふつふつと暴れている。体に入り込んだ異物に暴走しているように、暴れ狂う感覚が、鋭敏になった神経と共にまざまざと感じられた。ざわざわと皮膚の内側を何かが這いまわる。おぞましい感覚と共に意識が途切れそうな悪寒と激痛。膝をついた足の、スカートから覗く太腿に、何か黒い痣が浮かびあがった。・・・これ、は。

!!」

 クロスの焦りを帯びた声が聞こえる。そこに確かな諦めを感じて。あぁ、終わるのかと思った。
 クロスの言葉が本当ならば、私はこのまま黒い霧となって霧散するのだろう。なんとも呆気なく、且苛立たしいまでに理不尽な死だ。異世界にきてそうそう死ぬ羽目になろうとは・・・今までになかった経験である。死にかけたことはあっても、実際死ぬことなど・・・死ぬ、だなんて。
 目の前が真っ赤になるほどの怒りとほんの僅かな虚無を帯びる。帰れない、帰れない。天国と健ちゃんのところに、皆のところに、元の世界に!!帰れないまま、誰一人私の死を知らぬまま。一人、ここで、朽ち果てろ、と?

「冗談じゃ」

ない。

 カッと目を見開いた瞬間、急速に足に、手の甲に、浮かんでいた痣が音もなく消えていく。
 それこそ私が霧散する代わりだとでもいうように、黒い痣は消えていき、そして同時に体中を暴れまくっていた激痛も熱量も、嵐が過ぎ去ったように凪いでいった。あまりにも唐突に終わりを告げた痛みに、背中を丸めて蹲っていた私はきょとりと瞬いた。・・・あれ?

「・・・・・・・・・生きて、る?」
、お前・・・!」

 とん、とクロスが正面に着地する。その靴音を聞いて顔をあげれば、驚愕の眼差しと交わった。
 きょときょとと瞬いて、首を傾げる。腕を動かして、撃ちぬかれた傷はあるものの、無論その痛みも残ってはいるが、別に血に侵されたような感覚はない。なんどか動きに不都合はないか確認するように手の握り締めを繰り返し、別段違和感はない、と判断すると立ちあがる。・・・どういうことだ?

「あれ、クロス。私生きてるけど・・・アクマの血弾に撃たれたら死ぬんじゃなかったっけ?」

 もしかしてあれ嘘だった?だとしたらどえらい性質の悪い嘘吐きやがったなお前。
 胡乱気に睨むと、クロスは唇を戦慄かせながら、低く唸った。

「まさか、寄生型の適合者だったのか・・・?!」
「は?なに?寄生型?・・・え、私なんかに寄生されてるわけ!?」

 マジで?!もしかしてアクマの血に寄生虫か何かいるの?うわ気持ち悪!!ぞわ、と生理的嫌悪感に自分の両の肩を抱き込むようにして後退ると、クロスはそうじゃない、と首を横に振った。

「イノセンスには、二種類のタイプがある」
「は?」
「一つは装備型。読んで字のごとく、俺の持っている断罪者のように武器となったイノセンスを適合者が使用して力を持つタイプ」
「あぁ、うん。・・・で?」
「そしてもう一つは寄生型だ。このタイプは、適合者に寄生し、肉体そのものを武器と化す。簡単に言えば適合者そのものがイノセンスだといってもいい」
「うわぁ、なんか気持ち悪いなそれはそれで」

 イノセンスに寄生されてるんだ?なんか嫌な響き。顔を顰めると、クロスは溜息と共に予想外だ、と呟いた。私も予想外だよ。大体、その話し振りからするに。

「なに、私がその寄生型イノセンスの適合者だって言いたいわけ?」
「言いたいわけも何も、そういうことだ。・・・寄生型は己がイノセンスと一体化している代わりに、アクマの血弾を受けてもウイルスに侵されない特性を持ってんだ。イノセンスが抗体の代わりを果たし、ウイルスの侵食を防ぐからな」
「おぉ、便利。・・・・・・・・えーと、つまり、私が生きてるのはその寄生型イノセンスのおかげだと?」
「あぁ。ったく、そうならそうと早く言え!無駄に焦っただろうが!!」
「無茶言わないでよたった今私だって知ったんだから!!」

 いつからそんなもんに寄生されてたのかすら知らんというのに!!いきなり理不尽に切れたクロスに言い返しながら、いやでも九死に一生を得たって奴かなこれは、とあはは、と乾いた笑いを零した。しかし。・・・・・・・・・・・・なんかもうこれは厄介ごとに巻き込まれなさいという真理の哄笑が聞こえるわ。うーわーめんどくせー。がしがしと頭を掻きながら、それにしても、と眉を潜める。

「いつイノセンスなんてものが私に・・・」
「・・・何か妙なものに遭遇したとか、変な現象に立ち合ったとか、そういうことはねぇのか?」
「いやそれ日常茶飯事過ぎてどれがどれやら。むしろたった今でもそれにぶち当たってる真っ最中だし」

 なにせ異世界に来てることがすでに変な現象なもんだから、今更変なことと言われても。ちょっとのことじゃ驚きもしなくなったからなぁ・・・感覚が麻痺してるんだな。
 あぁ、どんどん一般人からずれていく、と自分の境遇にさめざめと泣きながら・・・・あ、と声をあげた。

「なんだ」
「いや、もしかして・・・あれ、かも?」
「あぁ?」

 うーん。この世界にきたこととアクマに遭遇したこと以外での不思議といえば、今の所あれしかないだろう。だとしたら、あれがイノセンス、というものだったのだろうか。消えたのは私の体に入ったから?おいおい無断で人の体に寄生すんなよ。助かったけど。なんだかなぁ、喜べない、と顔を顰めると、心当たりがあるのか、とクロスが尋ねてきた。

「うん。まあ。・・・傍迷惑な・・・」
「そのおかげで命拾いしたがな」
「そうだけど。これって問答無用に強制イベントに引きずり込まれるんでしょうねぇ。あぁ、面倒な」
「そう言ってる余裕があるなら怪我も大したことねぇな」
「ん?・・・あぁ。これもイノセンスとやらの特性なのかねぇ」

 普段より治癒力が高まっているようだ。撃ちぬかれた部分が完全とは言えないけれど、そこそこに痛みが薄れている。傷口に手をあてて、溜息を一つ零すとしかしまいった、とぼやいた。

「私、イノセンスの使い方なんてさっぱりよ」
「なんとかなるだろう。弾に撃たれても死なないことが判明したんだ。遠慮なく盾にできる
「あはははは。逆に盾にしてやろうかお前

 にっこりと満面の笑みを浮かべて周囲に花を飛ばしてみる。けれど声はドスを効かせて、クロスの頬をぺちぺちと叩いた。わずかにクロスの口元が引き攣る。

「俺は当たったら死ぬんだ。今まで助けてやったんだから盾ぐらいなれ!」
「女を盾にする男がどこにいるのよ。生き残ったら言いふらしてやろうか?この男はヘタレの弱虫で女の子を盾にして逃げるような最低の男なんですー、って」

 眉を寄せるクロスににこりと微笑めば、一歩後ろに下がった。目に本気を感じ取ったのかもしれない。クロスは溜息を零し、冗談だ、冗談。と項垂れて両手をあげた。

「お前、結構いい性格をしてるな」
「言われ慣れた褒め言葉だわ」
「そーかよ。・・・・・・・とりあえず、さっさとこの集団を殲滅するぞ」
「まだ使い方わからないんだから、期待はしないでよね」

 そういって、お互い振り向いた先にはうぞうぞと蠢くアクマの群れ。吐息を零して、前髪をかきあげる。夜は深けて行くばかりで、今だ朝陽が昇る様子はないけれど。まあ、昇らない陽はないというぐらいだし。早くこの世界の夜明けが見てみたい。そう思いながら、二人ほぼ同時に地面を蹴った。