銀貨三十枚の代償
「
無数の光柱が、数多のアクマを貫き降り注ぐ。月の明かりを掻き消し、昼間にも似た明るさを俄かに取り戻した周囲は、けれど瞬く間に暗闇が落ちて静寂に満ちた。刹那、弾け飛ぶような爆音と爆風が真夜中の街に響き渡る。安眠を妨げているのは重々承知ではあるが、こちらも命がけなのだ。それに、寝ている間に自分の命を脅かすものを退治しているのだから、大目に見てもらいたい。破壊されたアクマが散り散りになるように、爆風は衣服を靡かせ、周囲を駆け巡る。吐息を零すと、屋根の上から見下ろす郊外の向こう側、地平線にほど近い場所が薄く白み始めたのを見つけ―――夜明けを知った。あぁ。
「結局徹夜か・・・」
そしてこの後も休む暇がないのだろうと思うと、恐ろしく気が滅入った。要するに、私のイノセンスは私にかけられた制約の解除といったところだろうか。
戦いの最中模索した結果、そういう答えに落ちついた。様々に渡って身につけた術――それを扱うことができるのがこのイノセンスの能力。・・・てかそれイノセンスっていうより私の力じゃね?と思ったが、イノセンスがなければ扱えないのでイノセンスの力ということにしておこうか。本来、世界が違えば理も違う。理が違えば世界が許容できるものも違うのだ。
私が私の世界で、魔法やら錬金術、小宇宙などが扱えないのは、私の世界ではそれを扱う理がないからだ。世界の理に反してしまう。異物となってしまったものは、遠くない内に排除される宿命だ――故に、世界に生きるものはその世界の理に準じなければならない。
例えば魔法が扱える世界から、私の世界へ誰かがきたとしよう。その世界では魔法は日常生活に溶け込んだ物だとしても、私の世界にはそんなもの存在し得ない。そうなると、排除されない為におのずと順応し、魔法などは一切扱えないという制約を受けるのだ。
この世界では、イノセンスが適合するまで、あるいは今だその力が眠っている時の状態では、異能は使えない。異能が使えるのはイノセンスの適合者、あるいはイノセンスの発動という制限下だけでのことなのだろう。よって今のところ私が扱える力は魔法と特技(剣技とか)と錬金術である。小宇宙はなんでか使えないなぁ・・・まだ何か条件があるのだろうか。
まあ魔法も魔法だが、小宇宙も大概規格外だから仕方あるまい。諸々の考察をし終えてある程度自分の力の配分を見極めると、フォークに刺したウインナーを頬張る。目の前では同じくサンドイッチを黙々と食べるクロスを眺めて、紅茶に手を伸ばした。
「なんだ、クロスってばまだ正式なエクソシストじゃないんだ?」
「教団に入ることが正式なっていうんなら、そうだな」
「ふぅん。それで、お師匠様に言われた通りにその・・黒の教団だっけ。そこに向かう途中と」
なるほどなるほど。頷きながら紅茶を一口飲み、喫茶店の窓から外を見る。流れる町並みはレトロな雰囲気が漂い、現在地を尋ねればイギリスらしいので、どうやら近代よりも昔の英国にきてしまっているらしい。いや、そういう世界観なのかもしれない。でも日本とか(首都江戸だって!あはは、大分昔だぁ)アメリカとか中国とかあるし・・・平行世界で決まりだなこりゃ。どことなく薄曇りに見える風景は、蒸気機関車の登場故なのであろうか。
スモッグともいうべきか、滲んだように思える街の道路に馬車が走る。ガタゴトガタゴト。
レースのついたカーテンの向こう側に、派手な帽子の妙齢の女性を見つけた。貴族なのかなぁ。道行く女性のほとんどは長いスカートで、足元まで覆い隠している。時折レースのついた日傘を差している人物を見かけて、なんとなく時代背景を悟りながらサラダのレタスにフォークを突き立てた。
「イノセンスの持ち主って絶対そこにいかないとダメなの?」
「まあ、そこがイノセンスの管理場所でもあるからな。纏めるところがなければアクマ退治も容易じゃないだろうし、イノセンスは伯爵にも狙われてる。身を守るにも足を運んで不都合はないだろ」
「あぁ、確かに」
えーと、人類の滅亡が目的だっけ。千年伯爵も酔狂なこと考えるよなぁ。どこにでもいるのね、そういうはっちゃけた人物。というか極論というか・・・滅亡させてどうしたいんだろうか。
考えてもわからないのは、私にそういう思想がないからだ。自分には理解できない事柄、無意味だと思っていても他人にしてみれば物凄く重要で。世の中、相対する相手というのはどうしても存在するものだ。そういうのに敵対するのには、それこそ世界をあげて協力しなければやってられないのだろう。ほら、RPGでも最終的には王様関係に認められることが多いし?全て個人的っていうのは、やっぱり限度があるんだろうなぁ。世界の敵には世界の皆で対抗しましょうってか。納得しながら、ということは私も向かわなければならないのだろうか、と考える。行かなくてはいけないんだろう、流れを察するに。うーわー・・・やっぱり強制イベントだー。
「面倒だなー。隠れてれば見つからないかなー」
「俺に知られてる時点でバレるだろうが」
「見逃して?」
フォークを握って小首を傾げ、上目遣いにおねだりしてみる。クロスがそれはそれは不気味なものを見るような目で見てきた。私も正直痛いと思ってるから、そんな顔するな。
さっさとぶりっ子モードはやめて、溜息を零してお皿の上にフォークを置いた。カチン、と金属の音がレコードの音楽が流れる店内に掻き消えると、椅子に背中を預ける。ぎしりと軋む音を聞きながら、それにしても、とぼやいた。
「視線が痛いな・・・」
「その格好じゃな」
コーヒーを飲むクロスがちらりと私の足に視線を向ける。やらしい目で見るな、とぼやけば見せてる方が悪いと開き直られた。おのれ。だがしかし、仕方ないだろう。なにせ屋上でお昼食べてるときにいきなり落とされたのだ。制服姿なのは仕方ない。天国と健ちゃんしかまだいなかったのが幸いだ。膝上何10センチ、というほど短くはないけれども、現在周りを見るだけでもロングスカートが主流のこの世界、ミニスカートははしたないものと思われて仕方ないのだろう。てかそもそもセーラー服(しかもピンク)の時点で浮きまくりだ。不可効力とはいえ、注がれる視線とひそひそ声が居た堪れないなぁ。
「どっかで服を調達するか、ロングコートでも買わないとやってられないな・・・」
「金は貸さないぞ」
「ケチ。・・・まあ、列車代もないし、どうするにせよしばらくバイトでもしないとなぁ」
この世界に戸籍ないけど。なくても働けたかな?まあ一々戸籍確認なんぞしないだろうし、なんとかなるだろう。多分。書類を書く場合には偽造上等だ。気にしてたら異世界で生活なんてやってらんない。とりあえず生活の基盤だよ基盤。金がなくっちゃどうにもならないとは、何処の世界でも同じなのね。働き口見つかるといいけど、とぼやきながらそういえば、と首を傾げる。タバコを出そうとしていたクロスが視線に気付いたのか、眉を動かして片目で私を見た。
「クロスはお金あるの?」
「あー、・・・本部まで行くほどの手持ちは今はねぇな」
「え。それじゃどうするつもりなのさ。あんたもバイト?」
「俺がそんなことすると思うか?」
シニカルに口角を吊り上げたクロスをまじまじと見つめて、笑顔で思わない、と即答してやる。だろう、とやたらと自信満々に頷くクロスは、しかし色々と失格な気がするんだがどうだろうか。タバコを出して口に咥えたクロスはマッチで火をつけながら、一呼吸置いて煙を吐き出す。もくもくと立ち上る煙にぱたぱたと手を振って霧散させ、そうすると、どうする気なのだろうかと目を半眼にした。
「稼いでもあんたの分は出さないわよ。あぁ、でもここのお金は返すけど」
「奢られるつもりはねぇ。どこぞの女を引っ掛ければすむ話しだしな」
すっぱー、とタバコを吸いながら問題発言。にぃ、と笑ったクロスは確かにカッコイイのだが、それは文句を言う事もなく、容姿はとてもいいんだが。精悍な顔に浮かぶシニカルな笑みはクロスによく似合ってるし、ボタンを数個外して覗く襟刳りの鎖骨も色っぽいし、服ごしでもわかる均整の取れた肢体は、文句なくクロスを映えさせている。男らしい魅力溢れた男であるのは認めよう。確かに引っかかる女も数多といるだろう。女というのはちょっと危険な男に興味を持っちゃったりするもんだし。だが、お前顔がいいからって全て許されると思うなよ?ひくり、と口元を引き攣らせて堂々と言いやがった男を睨みつける。気にした風もなく、窓の外に視線を向けたクロスに、もしかして女の子を物色してるのだろうか、と危ぶみ、項垂れるように額に手を置いた。
ちょっとこの街の女の子たち。ここに女の敵がいるから早く逃げてくれないか。