償われた罪の重さよ、



 なんていうか本当、イノセンスも人格を選ばないものねぇ、としみじみと思いながら放たれる銃弾を回避する。そして回避した途端ぶちこまれるこちら側の弾丸が、悉くAKUMAの体を貫通し、爆発を誘った。すとん、と瓦礫の上に着地をすれば、横にコートの裾を靡かせるクロスが無表情に立っている。真っ直ぐに伸ばされた腕の先に握られた断罪者が、休むことなく再び連続して銃声を轟かせる中、また一角で何かが爆破されたように数体のAKUMAの体が吹き飛んだ。おぉ、と声をあげたところで鋸のようなギザギザの刃をした、割と極悪な武器を持った男が飛び出してくる。獣のように歯茎を剥きだしにして、爛々とギラつく目で、地面を駆け抜けながらクロスの弾丸とほぼ同時に、一体のAKUMAを切り刻んだ。
 飛び散る血潮、爆発する体、黒い団服の裾を翻し、筋骨隆々とした太ももを惜しげもなく晒す姿ははっきりいってどこが神の使徒かと目を疑う有様だ。男はAKUMAの体を踏みつけて、ぐちゃっと水音をたてて薄暗くなってきた周囲をバックにこちらを・・・というかクロスを睨みつけた。

「テメェ・・・俺の獲物に手ぇ出すなっつっただろうが。あぁ?」
「ハッ。筋肉馬鹿が遅いからオレがわざわざ手を出してやったんだろうが」

 不機嫌そうに鼻を鳴らした男・・・一応同僚であるソカロに向かって、クロスは銃で肩を叩きながら皮肉気に口角を吊り上げる。その瞬間苛立たしげに眉間に皺を寄せたソカロがじゃこ、と音をたてて「神狂い(マドネス)」を構えた。

「つくづく腹の立つ男だ、テメェはよぉ!!」
「奇遇だな、オレもお前が気に食わねぇよ!」
「いい加減うるさいわよあんた達!!人を挟んで言い合うんじゃないっ」

 地面から轟音をたてて出現したAKUMAを避けるように三人で空中に飛ぶ間も続く罵りあいに、ただでさえひっきりなしに襲い掛かるAKUMAに辟易としていた私は怒鳴りつけた。
 ふわり、と動きにあわせて靡く衣服とともに、出てきたAKUMAを尻目に私の爪先がソカロの顎に、ついで返す足の踵でクロスの腹部に蹴りを叩き込む。ぐふっという二人の咽る声を聞きながら体勢を崩すその横で、蹴った力を利用して更に高く飛び上がりながら、ぴっと指をAKUMAに向けて目を眇めた。AKUMAの攻撃の照準がこちらに合わされているが・・・遅い!!

「――フリーズ・ランサー!!」

 力ある言葉と共に、四方八方から伸びた透明度の高い槍がAKUMAの体を貫いていく。
 ドドドド、と音をたてて突き立った槍に短くAKUMAの悲鳴が聞こえると、数瞬後には派手な爆発が巻き起こり、周囲を飲み込んだ。とん、と壁に一旦足をつけて着地し、続いて追ってくるように迫る弾丸の回避に逆方向に壁を蹴ってそこから飛びのく。クロスとソカロはさすがというべきか、まあ私が空中でさほど力も入らない状態だったのも手伝っていたのだろうが、体勢を整えて自分の武器で攻撃を粉砕していく・・・無論、私への非難も交えて。

「テメェ!!あんな場面で蹴りつける奴がどこにいる!?」
「一瞬意識が飛んだぞ。くそっ。まだくらくらしやがる・・・っ」
「あんた達がうるさいから悪いんでしょうが。文句あるなら黙って仕事なさい」

 げほっと息を吐くクロスと、顎を押さえて悪態を零すソカロにはん、と鼻を鳴らしてぱんっと両手を合わせる。そしてすぐ傍の瓦礫に触れれば、青白い発光と共にずず、と音をたててすらりと長い剣が現れた。柄をしっかりと握り締めて一気に駆け出せば、追いかけるように二人も動く。ぶつぶつと悪態は聞こえるが一切無視だ。いちいち付き合ってられないし。

「お前のせいだろうが・・」
「こんな理不尽初めてだ」
「初体験おめでとう」

ざしゅ、どんっ

 クロスのジャッジメントがAKUMAの眉間を貫き、ソカロのマドネスが真っ二つに胴体を切り離し、私の剣が頭を叩き切る。飛び散る血潮をバックステップで交わしながら入り乱れ、立ち位置を変えながら背中合わせに一瞬集まり、再び弾かれたように場所を変える。
 たちまち襲い繰る攻撃は地面を破裂させ崩し、原型をなくしていった。その礫が周囲に飛び散る中を、とん、と足を曲げて着地の衝撃を殺しながらぐっとたわめた力を解放してバック転の要領で飛び上がる。AKUMAの頭上を飛び越えて剣を一瞬の間に練成し直し、弓矢の形にして数本の矢を打ち込む。ハリネズミのように数本の矢が突き刺さったAKUMAが苦痛に喘ぐと、隙を見計らったように高笑いをしながらソカロの回転のかかったマドネスが細切れにしていった。・・・相変わらずなんというか、やり方がえぐい。ざしゃっとまだ破壊されていない無事な床の上に着地をすれば、クロスと一瞬互いに向き合った。交錯する視線、動く互いの両手。視界を、クロスの赤髪が体の動きに追いつけないように横に流れるさまが横切る。きっとクロスの視界にも似たような私の姿が映っていることだろう。そして揃って互いに向けて武器を構え、クロスの弾丸が頬を横切り、私の閃光がクロスの髪を数本掠めて通り過ぎていく。閃光はクロスの背後のAKUMAの顔に丸い穴を開けて貫通する。つんざくような悲鳴が辺りを震わせた。その悲鳴の一瞬の間の後、私の背後とクロスの背後で、爆発がほぼ同時に巻き起こる。爆風に背中を押されるように駆け出せば、すれ違い、視線が外れまた別のAKUMAへと間断ない攻撃を加えていく。その繰り返しが延々と続いて辟易としないのは、そこのバトルマニアぐらいだろう。一瞬攻撃が途絶えた隙に吐息を零せば、狂ったように哂いながら派手に血肉をぶちまけてAKUMAを細切れにしていくソカロの遠慮のない姿が目に映る。・・・・この姿を見てどっちが悪魔だ、と断言できる人がいるだろうか・・・私としてはどっちも悪魔だ、と言ってやりたい。まるで豆腐でも切るようにふるりと頭を切り裂くマドネスは、本人の意識を写し取ったようにえげつない。ギザギザの刃先は回転を加えることでより鋭利さを増し、噴水のように血を撒き散らすのだ。AKUMAの機械の部分と人間であった名残のような肉片が飛び散る中、クロスの弾丸が連続してAKUMAを貫く。まるで互いに競い合うように屠っていく様を、一歩離れた位置で見守りつつ、指を鳴らして周囲に近寄ってきた愚か者を紅蓮の炎で舐め尽した。

「ったく、こんなにAKUMAがいるなんて聞いてないっての」
「情報じゃ確かに目撃情報はあったが、ここまでの被害は聞いてねぇな」
「どうでもいいじゃねぇか、そんなこと。暴れられればよォ」
「あんたはそれでいいかもしれないけど、ってちょっとソカローーーー!」
戦闘狂い(変態)が」

 不愉快そうに吐き捨てたクロスの声も聞こえていないように、再び現れたAKUMAの団体に向かって突撃をかますソカロに、思わず額に手をあてた。本当に楽しそうにやってくれるというか、見ていてあんまり気持ちいいものでもないよねぇ、あいつの戦い方って。どんっという地響きと共に足元に振り下ろされた大鎌を飛び上がり避けて、壁を蹴って更に上へと駆け上がる。どんどん身体能力が人間離れしているような気がするんだけど、と思いつつ眼下の光景に別に私だけでもないか、ととんっと壁を蹴って屋根の上に着地した。一息の跳躍で天高く舞い上がり、着地すらも大した衝撃ですらないように軽やかに後始末をつける。神に魅入られれば得られるのは超人の肉体なのだろうか。・・・聖闘士とかもそんなもんなんだから今更よねぇ。っていうか、確実にあっちの方が人間離れしてるって。

「・・・一時期その同類だったことを考えると私って本当・・・なんでもありよねぇ」

 自分でいうのもなんだが、本気でどうなんだろう、と思わずにはいられない。一応曲がりなりにも一般人だった私はどこにいってしまったのだろうか。思わず遠い目をして、森の向こう側に沈みいく真っ赤な太陽に目を眇めた。――日が、沈む。そしてもう一度下を見れば、AKUMAの数も減っていた。もう一息で殲滅できるといったところだろうか。所々で破壊による爆発が見つめながら、よし、と頷いて息を吸い込む。

「輝く光の下 その恩恵を受けし 七色の剣―――プリズムソード」

 呪言を唇に乗せ、朗々と紡げば周囲に輝く真っ白な剣が現れる。最早夜の帳が落ちたといっても差し支えのない周囲だというのに、それすらも関係ないかのように私の周囲は明るかった。魔力によりふわふわと揺れる髪が頬をなで、命令を待つように佇むキラキラと乱反射を繰り返すそれにうっすら目を細め――無慈悲に腕を振り下ろした。刹那。


ドドドドドド  ド  ドンッ!!!


 天高くから降り注いだ光の剣が、今だ残っているAKUMAの体を頭から真っ直ぐに串刺しにする。地面に縫いとめられ身動きのとれなくなったそれらが、嘆くように「オォォ・・」と声を漏らせば、それが合図であったかのように剣は内側から弾けるように霧散した。名残のように光の粒子が周囲に舞い上がればその輝きに誘発されたように、AKUMAの体も破裂していく。どんどんどんどんどん、とまるで花火でも連続してあげているような音が周囲に轟けば、舐めるような光と炎の乱舞が眼下を埋め尽くした。咄嗟に目を細めて光量を調節し、すっかり爆発もなくなり土煙も晴れた光景にふぅ、と額の汗を拭う。広がる世界は破壊こそされ尽くしたなんとも哀れな光景ではあったが、そこにはあの醜く禍々しいAKUMAの姿は一つたりとも見つけられない。綺麗なものだ、と頷いてとんっと屋根を蹴る。衣服をばさばさとはためかせながら地面に着地をすれば――何故か弾丸と刃物が振り下ろされた。よっと軽い声で避けながら、再び細かい瓦礫となった地面に、不機嫌に眉を潜める。

「ちょっと、折角一仕事終えた仲間に向かって攻撃するとは何事よ」
「その仲間の被害考えずぶっ放した奴の言う台詞かそれが」
「俺の獲物には手を出すなといっただろうが
「なによーあれぐらい避けられると信じての行動に決まってるでしょう。(そんなこともできないってんなら爆笑もんね)それとソカロ、私そろそろ疲れたの、休みたいの。飽きたの。一気に片付けたいと思うのが当然でしょう?(テメェの趣味に付き合わせんじゃねぇよ)

 笑顔で色々と言外に含めつつ小首を傾げれば、ひくりと二人の頬が引き攣り、拳を握り締めた。ふるふると震える拳がなにやら可愛らしかったが、容姿が容姿だから愛でてやる趣味はない。とりあえずこれで任務は終了だ、と軽く伸びをしてさくさく帰るわよーと声をあげて・・・一斉に武器を構えた。

「あーあ。ざんねん。せっかくあれだけいたのにぜーんぶやられちゃったわ!」

 甲高い少女の舌足らずな声が、まだ月明かりさえおぼつかない周囲に響き渡る。
 演技がかった調子でとても残念そうにトーンを落とす声はわざとなのか本音なのか、判断がつかずに眉を寄せて視線を上へと向けた。屋敷の大きな正面玄関の、時計が埋め込まれた屋根の先端に小さな人影が、一つ。暗闇であまりわからないが、髪の色は金色かもしれない。巻き毛のかかった金糸を揺らし、白とピンクの布地で構成されているゴシック調の衣服の、パニエとレースがふんだんに盛り込まれてふんわりと広がるスカートが風に踊っている。胸の下辺りで締められているピンク色のレースのリボンの先が煽られるとくりくり大きな碧眼の瞳を動かし、大層愛らしい顔をした少女がぷっくりとした桃色の唇を吊り上げて笑った。顔立ちによく似合った小生意気な笑みは高慢な雰囲気がよく出ている。

「将来有望だな」
「性格があれっぽいけどねぇ」

 クロスの呟きに着眼点はそこかよ、という突っ込みもなく将来性について答えを返してみる。確かに性格が鬱陶しい女になりそうだ、と頷いたクロスがタバコに火をつけると、ソカロが呆れたように目を半眼にした。

「将来も何も、あれにそんなもんはねぇだろう」
「想像するだけはダダじゃない」
「血にしか興味のねぇ男に言っても無駄だろう」

 はん、と鼻で笑うクロスに、ソカロは特別な否定もせずに口角を吊り上げた。趣味が違う、とでも言いたげだったが、まあどうでもいいとして。暢気な会話をする私達にじれたように、少女は爪先が丸いでこ靴を踏み鳴らした。

「ちょっとぉ、わたしをむししておはなししないでよ!」
「あーごめんごめん。・・で?今更何の用かしら、お嬢さん」

 わがまま娘、そんな印象そのままに癇癪を起こしたように頬を膨らませた少女に、穏やかに微笑みかけた。・・・いや、このメンバーなら私が相手する羽目になるじゃない、常識的に考えて。少女はやっと自分に注意が向いたのが嬉しいのか、満足そうにパッと不機嫌だった顔色を変えてキラキラと目を輝かせた。

「そう、そうなの!あなたたちってとってもつよいのね。エクソシストってこんなにつよいだなんてしらなかったわっ」
「へー」
「あれだけいたのにぜんぶこわしちゃうなんて、やっぱりクズはクズってことね。つかえなさすぎてわらっちゃう!」

 言いながら笑っているところに突っ込めばいいのかしら。とりあえず子供らしく無邪気で残酷な、どこか歯車の可笑しい台詞を聞きながら、ジリジリと今にも切りかかりたそうなソカロを片手で押し留めた。クロスも銃を握る手に力を込めているが、少女は気にした素振りもなく大仰に両手を広げる。

「せっかくはくしゃくにさまに「そだててくださいネv」っていわれてたのに、ぜんぶこわされちゃうんだもの。どうしてくれるの?」
「どうしてくれるのって言われてもねぇ。それがお仕事だし」
「そう、そうよねエクソシストのおしごとだもの。しょうがないわね、でもわたしおこられちゃうかもしれないわ。わたしそんなのいやよ・・・ねぇ、エクソシスト」

 にぃ、と桃色の唇がつりあがる。細まった眼差しの動向が縦に開いたようにも見えたが、実際はどうだかわからない。ふわふわのドレスが風に揺れる中、少女に擬態したAKUMAの舌足らずでおぼつかない声が、楽しげに震えた。

「あなたたちをころしたら、はくしゃくさまにおこられなくてすむわよね」

 瞬間、ソカロとクロスが同時に動く。飛来した弾丸は少女のスカートの裾すら掠めることなく、少女はスカートを広げて宙に飛ぶ。それを追いかけるようにソカロがマドネスを振り下ろしたが、それも形を変えた少女の腕に止められて一瞬弾かれる。けれど、その背後から再び迫り来た銃弾に、少女は多少驚いたように目を見開いて腕を突き出した。どん、というぶつかり合う音が響き、衝撃波が周囲に瞬く間に広がっていく。すたん、とソカロが先ほどまで少女の立っていた場所に降り立ち、クロスの舌打ちが耳に届く。

「・・・中々硬い装甲だな。レベル2にしちゃ上等だ」
「マドネスも受け止められたし、可愛い外見に反して結構やるわね」

 呟きは、硝煙の晴れた中でふわふわと浮いている少女に届いたのか、届かなかったのか。
 彼女はパチパチと長い睫を震わせて、袖の千切れた、変容した片手とは反対側のまだ人の形をしている小さな手で、口元を覆った。

「おどろいた!あなたのだんがんっておいかけてくるのね」
「オレの弾は対象物にあたるまで追いかけ続ける便利な代物だからな」

 どこか自慢気に口角をつりあげるクロスは、しかし目は笑ってなどいない。そりゃそうだろ。割とああもあっさりと弾を止められたのは初めてなのだから。クロスのジャッジメントは、元々攻撃性の高い銃という形態を取っている。その攻撃力は教団の中でも上位に食い込むほどで、シンクロ率もそれなりに高いクロスはいっぱしに教団の筆頭エクソシストの仲間入りもすぐだろう、と言われているぐらいだ。無論ソカロもその気性や武器の形態からいって攻撃性は有無を言わせず、互いに稼ぎ頭といっても間違いではない。(密やかに私もその筆頭稼ぎ頭に加えられているのは知っているが)だからこそ、ああもあっさりと攻撃をいなされたのが警戒心をここまで喚起させるのだ。これは・・・今までのと多少勝手が違うかもしれないな。微笑みを貼り付けながらも徐々に張り詰めていく空気に、けれど少女AKUMAの甲高い笑い声が遠慮もなしに響く。

「いいわ、いいわ。おいかけっこね、わたしおいかけっこもだいすきなの。あなたたちがおに?わたしがおに?どちらもすてきね、たのしそうだわ」
「すぐに終わる追いかけっこに、興味はねぇよ!!」
「そんなことないわ、わたしにげあしはやいもの!」

 空中に浮くAKUMAにソカロが切りかかるが、やはり幾度か切りあうと弾かれる。困ったことに、相手は浮遊能力があるが、私達にその能力はない。そうなるとどうしても空中戦というのは不得意になるのだ。無論イノセンスの力である程度の動きはできるけれど、完全に飛び続けることができるわけではない。不利になるのは明白で、こういう場合に有効なのは飛び道具、あるいは遠距離攻撃である。つまり接近戦型のソカロには多少不得手な領域に入るわけで。

「悪いわね、ソカロ。一旦引きなさい」
「・・・ちっ」
「クロス」
「わかってる。・・・行くぞ」

 手平を向けて私がAKUMAへと真っ直ぐに手を伸ばし、クロスが照準を合わせる。AKUMAは楽しげに私達を見下ろしていて、とりあえず地べたに這い蹲らせないとソカロも巧く行動できないしなぁ、と目を眇めた。

「フリーズランサー」
「行け、ジャッジメント」

 同時に放たれた氷の槍と鉄の弾丸は、笑いながら浮かぶAKUMAへと一直線に突き進んだ。