二日目の夜
任務明けで帰ってきた私の視界の端に、何か白い物体が横切った。
※
さっさと報告をすませて旅の汚れを落としたい。そう思いながらも、視界の端を横切ったそれに眉宇を潜めて近づいていく。柱の影に隠れるようにして動くそれの背後に気配を殺して忍び寄り、むんずとばかりに首根っこを引っつかんだ。光が丁度正面から当たっているものだから、影がそれにかからなくてよかった。影が差せば嫌でも気づかれたことだろう。そう思いながら捕獲したそれにきょとり、と瞬きをした。
「・・・・・・・・・・・・・猿?」
「キッ!」
まるで驚いているかのように甲高い鳴き声を零して、白い毛並みの子猿の、真ん丸い円らな瞳がじっと私を写し取る。・・何故にこんなところに子猿がいるのか。首の皮を抓まれてぶら下げられている子猿にはて、と首を傾げる。教団ってペット可だったかな。不似合いといえば不似合いな、愛らしい小動物に疑問を覚えながら子猿の手の中にある果物の欠片にあー、と小さく声を零した。
「お前、こんなところで盗み食いかね」
「キキッ」
「そーかそーか。飼い主はどこだー?」
しかしこんな子猿を飼ってるような人物の噂は聞いたことが無いけどね。鳴いて尻尾を揺らす子猿の首根っこを抓んだまま、どうせ食堂から食べ物パチッてきたんだろうなぁ、とぐるり、と首を回した。バレなきゃ別にいいだろうし、私には関係ないんだからどうでもいいことだが、しょっちゅう盗まれてたら困るだろうな。その内バレるだろうし。そうなったらペット厳禁になるのかなぁ、と思いつつとりあえず報告に司令室に向かおうかと、足を動かした。そこでこれを預けるなりなんなりすればいいだろう。動物を連れている団員だ、珍しいに違いないのだから把握してるだろうし。可愛い顔してるし、愛玩用にはもってこいってところだろうか。かといって実際飼ってても、色々と大変だと思うけどね。教団に属している限り生活班や救護班ぐらいならばまあいいとして、ファインダー辺りだったら最後まで面倒見切れる確立が低いだろう。まあまずそんな人種はペットを飼おうとは考えないはずだが。世界中飛び回ってて動物の世話をする余裕なんてないだろうし。となるとエクソシストもまず飼えない。ならやっぱり生活班ぐらいの団員が妥当かな。そんなことをつらつらと考えていると、子猿が長い尻尾を腕に巻きつけてくる。気がついて一瞬黙考し、首の皮を抓んでいる手を離すと、まず尻尾で体重を支えて腕にぶら下がりながら、小さい手を伸ばしてしがみついてきた。そのままするすると移動して、肩の上に乗ってくる。随分と人に慣れている猿だこと。子猿だといっているが、実はこれでもう立派な大人なのかもしれない。大き目の襟の中に体を滑り込ませて落ち着いた猿を指先で弄りながら(可愛い)軽く構ってやりつつ、薄暗い石造りの廊下を歩く。曲がり角に差し掛かったとき、その角から小走りの足音が聞こえ、弄り倒していた子猿から視線を上げてゆっくりと歩くペースを落とした。そうすることによって角からくる人物との鉢合わせするタイミングをずらし、危険性を回避するのだ。私が曲がり角に到達するよりも早く、問題の場所から人影が飛び出してくる。その人影に、疲れで半眼になっていた目を軽く瞬いた。
「お?」
「あ、」
女の子だ。しかも美少女。片目を隠すように伸びた金髪に、ややきつめの印象を与える吊上がり気味の眼差し。美少女だが、男を惹きつける類の女らしさというよりも、どこか高潔な、プライドの高そうな印象を受けたのはキリっと凛々しい顔つきのせいだろう。男前、そんな言葉が似合いそうなクールビューティ。しかしそんな中でも、すらりと伸びた長い手足に、襟ぐりが大きく開いたインナーから覗く鎖骨が眩しいナイスプロポーション、としげしげと女の子を眺めて、僅かに首を捻った。はて、こんな同年代に近い女の子が、マリア以外にいただろうか。エクソシストではまずいなかった気がする。となるとファインダーか、救護班か、生活班か、そこらの子だろうか。うーん、でもこんなに若い子っていたっけかな。そもそも教団内で十代前半の女の子を見ることが珍しい。大抵男が多いし。疑問を浮かべつつ、できるならお近づきになりたいなぁ、と目があった瞬間ににこりと愛想笑いよろしく笑みを浮かべた。なにせ美少女だ。マリアとはまた違う美貌の持ち主に、是非ともお友達になりたいなぁ、とやや邪まなことを考えていれば、戸惑ったように眉を潜めた美少女は、次の瞬間にはっと切れ長の瞳を見開いた。
「ラウ!」
「ん?」
ラウ?はて、誰だそれは。突然聞き覚えの無い名前を叫んだ少女に首を傾げれば、キキ!耳元で子猿が鳴き声をあげる。それに視線を下に向ければ、あっと思う間もなく、子猿がぱっと身を乗り出して肩の上から飛び出した。ひらりと、長い尻尾が頬を掠めて遠ざかる。おや?と眉を跳ね上げれば、身軽に床に着地した子猿は嬉々として少女の足元まで走り、腰を屈めて手を差し伸ばした少女にじゃれるように体を摺り寄せた。少女はそんな子猿を掬い取るように抱き上げ、ほっと柔らかく安堵したように冷たく硬質だった表情を和らげた。そうしてみると、西欧独特の大人びた雰囲気が和らぎ、どちらかというと幼くすら見える。もしかしたら年下かもしれない。普通にしていると、硬質な雰囲気と相俟って同年代ぐらいに見えたけれど・・・うーん。というか、そうか。あの子猿はこの子のペットだったのか。無事見つかってよかったね、子猿。そう思いながら子猿と戯れる少女を眺めて、くすりと口角を持ち上げた。
「あぁよかった。君がその子の飼い主?」
「え?・・・あ、あなた、は・・・」
「。任務帰りの教団員よ。初めまして、お嬢さん」
はっと子猿に気を取られていた少女が気がついたようにこちらに視線を向け、僅かに頬を赤くしながら狼狽したように視線を泳がせる。その様を微笑ましいなぁ、と思いながら一瞥し、にこりと笑って近づいて彼女の手の中にいる子猿の顎を指先で擽った。
「帰ってきたらこの子が一人でいるものだからどうしたことかと思ったけど・・・ここは広いからね。気をつけたほうがいいよ」
「あ、ありがとう。あなたがラウを見つけてくれたんですね・・・」
「ラウってのがこの子の名前?」
「はい。ラウ・シーミン。それが名前です」
「ちなみにあなたは?」
「クラウド。クラウド・ナインです。本当に、ラウを見つけてくれてありがとうございました。気がついたらいなくなってて・・・私、」
「ん。無事に再会できてよかったね」
よほど大切なのだろう。ぎゅっとラウ・シーミンを抱きしめながら安堵したように零す少女、クラウドに頷きながら軽く頭をぽん、と撫でる。後ろで結わえている髪を崩さないように軽く撫でると、驚いたようにクラウドが目を見開いた。こういうことに慣れてないのかもなぁ、と思いつつ、ニコニコと笑顔を浮かべた。だって美少女!目の保養!マリアもいない今、任務帰りの荒んだ心を癒してくれるのは美少年よりも美少女でしょう!なんて運がいいの私。こんな美少女に会えちゃうなんて。名前もしっかり覚えたし、これからちょくちょく接触しようかなぁ。どこに所属してるのかな。この雰囲気だと、生活班というよりもファインダー系の外回りのようにも思えるが。科学班かもしれない。うっからナンパのような思考を回していると、ばさばさと耳元で羽音が聞こえ、はっと瞬いてちっと内心で舌打ちをした。いやだな、表立ってするわけないでしょう、クラウドが目の前にいるっていうのに!そう思いながら、近寄ってきた黒いゴーレムを振り向けば、スピーカーから声が聞こえてくる。
『、一体どこで何してんだー?室長が待ってんぞ』
「あーはいはい。すぐ行くわ、ディルト」
『早くしろよ。こっちも山積みの仕事に死にかけなんだからよ・・・』
「こっちなんか今まさに生死を賭けた仕事をしたばかりだっての。切るよー」
『ウイーッス』
物凄く覇気のない、眠気マックス、と言わんばかりの力ない声に眉を潜めつつそんな軽いやり取りをして、ぶちっとゴーレムの通信を切る。そんな私とゴーレム(正確には科学班の男)との会話を聞いていたクラウドは、どうしたらいいものか、所在無く視線を泳がせていた。うん。放置してごめんねクラウド。そんな気持ちをこめて微笑みかけて、次にそれを眉を下げて苦笑に変えた。
「ごめんねクラウド。呼び出しがかかったから私行かないと」
「あ、いや。私の方こそ、任務帰りだったというのに迷惑をかけてしまって・・・」
「あぁ、それは全然。動物は癒しだからね。帰還直後に可愛いものが見れて英気も養われるってもんよ。クラウドにも会えたし」
「えっ?」
「ははっ。気にしない気にしない。じゃあね、クラウド。よかったらまたどこかで会いましょう」
ぱちん、とウインクを飛ばしてひらりと片手を振り、最後にラウ・シーミンを一撫でしてから踵を返す。キキッという可愛い鳴き声を背に、角を曲がってのんびりと靴音を響かせた。
「室長に聞けばどこに属してる子かわかるかな」
できるならば癒しは多く手元に持っておきたい。クロスのせいで若干他の女性団員に目の仇にされている私としては、それは結構切実な問題だったりするのである。彼女自身には聞けなかったので、その辺りで情報を集めつつ、接触を図ろうかと。クロスにはなるべく近づくなって注意しておきたいしなぁ。つらつらと考えながら、報告のために室長室の扉を開け放つ。そして見える無数の屍に、ここもここで別の戦場よねぇ、といささか呆れたように目を半眼にした。
※
「あのですね、君。帰ってきたばかりで大変心苦しいんですが・・・」
「次の仕事ならしばらく受け付けないわよ」
「うぐっ。・・・そ、そう言わずに、お願いしますよ~」
三ヶ月にも渡る長期の仕事、そのほとんどがイノセンスの収穫もなくただそこらに湧いてくるAKUMAの破壊だけという、疲労の溜まるばかりの内容を報告し終えて、ソファに腰かけながらコーヒーを啜り、にっこりと拒否をする。大変低姿勢から発言をした室長には悪いとも思っていないが、いくら私でも帰ってきて早々動き回りたくはないわよ。そもそも面倒なのが嫌いなのに、そう次から次へと仕事を回されて堪るか。私に回すよりもソカロ辺りに回しなさいよ。あれなら嬉々としていくでしょう。戦闘好きなんだから。
「いや、でもソカロ君達も今任務についていますし、ね?」
「場所は?」
「ギリシャの山村に行ってますが」
「私に頼む任務地は?」
「トルコです」
「隣じゃない。ついでに追加してあげれば行くでしょ」
「くーん」
えーん、と泣き言のごとく言い寄ってくる室長を、それは鬱陶しいものを見る目で睥睨し(酷いです!)素知らぬ振りでコーヒーを啜る。事実、わざわざ本部からそこに行くよりも、確実に時間短縮にはなるでしょう。一人の負担?ははっ。知ったことか。私は私で休息を得たいのよ。それでダメならクロスなりティエドールなり他のエクソシストなり使いなさい。私が行く義理はない!
「皆も頑張ってくれてますし、ここはもう少し踏ん張って!ね?ね?」
「イ・ヤ。あのねぇ、室長。オーバーワークの意味わかってる?」
「わかってますよ。今まさに僕達がその状態です」
「うん。否定しない。でも私達もそうなのよ。大体、その情報本当に行く価値があるの?言っとくけど、この三ヶ月ほど、私が請け負った任務の中でイノセンスの情報は全部スカだったのよ。ファインダーが職務怠慢してるとは言わないけど、もう少し確実性を持ってくれないと、こっちの負担が半端ないわ」
じろり、と目を半眼にすれば、室長は言葉に窮したようにもごもごと口を動かした。
ただでさえエクソシストの数は少ない。絶対数が少ないということはそれだけ一人に当てられる任務の量も増えるということだ。ただでさえAKUMAとの戦闘で体力気力諸々を消費しているのに、無駄足にも近いイノセンス探索にまで乗り出すのは気が進まない。
勿論、エクソシストがイノセンスの回収に赴くのはファインダーではどうしようもできない場合、あるいはAKUMAが絡んでいる場合に限る。けれど最近、ファインダーも人数が足りてないのか、そういう仕事まで回ってきてどうしようもないのだ。きっと今、教団は人材不足でひぃひぃ言ってる頃でしょうね。ファインダーにもそれなりの戦闘技術、体力、運動神経、情報収集能力などなど、かなり優秀な人材でなければ勤まらないのだ。そういうのを育てる時期に入っているのだろう。よくあるよね、一時期の衰退期って。ぱきん、とクッキーを噛み砕いてもごもごと口を動かすと、室長は溜息を零して確かに、と口を開いた。
「最近は人材不足もそうですし、AKUMAの活動が活発になっていて、ファインターの死亡数も増えてきています。人を育てるにも時間がかかりますし、そういう新人ほど命を失うのも早い。・・・決して彼らを非難するわけじゃありませんが、確実性に欠けるのはいかんともしがたいですね」
「そうでしょう。行かなければわからないっていうのも確かにそうだけど、事前情報はなるべく必要よ。で?行く価値はあるの?」
「あれば行ってくれますか?」
「その後向こう一週間程度の休暇をくれるなら、妥協してやらんこともない」
「・・・・君、それはちょっと・・・」
「譲歩は聞かないわよ」
にこ、と微笑んでカップをソーサーに置くと、室長は溜息を零してうんうんと考え始めた。
というか、ここまで必死に言い募るのも珍しい。いや、まあ確かに任務についてのお願いはよくされるが、彼らだって私の多忙ぶりはわかっているはずである。三ヶ月働けば、2、3日は間を置く、ぐらいの配慮はしてくれるはずだ。通常ならば。そもそも三ヶ月とはいっているが、その間にたった数日の休みを挟んで、やはり長期に渡って任務をこなしているのである。内だ外だと比較するわけではないが、怪我だって多い戦闘をメインにこなしているのだから、もう少しゆっくりしたっていいんじゃないか?何をそんなに急ぐ必要がある。いやあるんだろうけど、それは。でもわざわざ私を派遣するほどのことなのか、という疑問点が浮上する。ふむ、と一つ頷ききしりとソファに背を預けた。
「しーつちょ。その任務、何か私じゃないといけない理由でもあるの?」
「・・・実は、この任務のついでに新人エクソシストの監督も頼みたいのです」
「え、なに。新しい子が入ったの?」
寝耳に水だ、そんなこと。きょとりと目を丸くすれば、室長は困った笑顔を一転して嬉しそうに頷いた。そうなんですよ、と明るい声まで聞こえてくる。
「君たちが任務に出ている間にですが、一人、無事エクソシストを迎え入れたんです」
「ほー。そりゃ、よかったね」
「はい!これも我らの神のお導きでしょう」
「神様のお導き、ねぇ・・・」
その神様とやらといくらか接触したことのある身としては、信仰心も感動も有り難味も一切湧かないのだが。どことなく白けた調子で、大してよかったとも思っていない調子で(むしろ哀れな、と思っているクチだ)、無感動な相槌を打つ。それにも室長は気がつかないかのように嬉々として頷いた。そうか、新しい子が入ったのか。なんというか・・・可哀想に。わざわざこんなところに入団しなくちゃいけないなんてねぇ。私なんか普通に職種の選択間違えたと思ってるもん。ダメだね、安易に人についてっちゃ。しみじみとそう実感しながら、どんな子なんだろうなぁ、と目を細めた。とりあえず人付き合いはほどほどにできる子じゃないとな。てーか、新人の教育なんて、イノセンスの発動及びシンクロ率の上昇、ある程度の戦闘のノウハウさえ叩き込めばあとは実践あるのみだ。任務のやり方だとかそういうのは、現地でなければ培うことは出来ない。それならばパートナー任務に向いた奴が他にもいるだろう。まあ、そういうことならソカロやらクロス辺りは不向きもいいところなので、渋った理由はわかるが。かといってどうしてそこで私にお鉢が回ってくるのか。どちらにせよ私である必要性はないぞ。眉を跳ね上げて顔を顰めれば、室長はほけほけとした笑顔を元通りにして、少し真面目な顔を作った。
「というわけで、君に頼みたいのですが・・・」
「他にはいないの?」
「いないわけではありません。つい昨日帰ってきた人もいますし・・・ですが、今回ばかりは君が一番適任だと思うんです」
「なにそれ」
どうしてそんなことがわかるんだ?真顔で言う室長に、首を傾げて疑問を表す。手を伸ばしてクッキーの欠片を抓みつつ、理由を促せば彼はこくりと頷いて続きを口にした。
「実は、そのエクソシストは女性なんです。名前は、」
そこまで口にしたところで、コンコン、と部屋の扉をノックする音が室内に響く。それに一旦口を閉ざし、室長は視線で私に了承をとると、そのまま扉に向けて声をかけた。
「どうぞ」
「失礼します」
涼しげな、アルトの綺麗な声が入室を告げる。その声にどこか聞き覚えがある気がして、首を回して横を見れば、きぃ、と扉の蝶番を軋ませて、一人の少女が姿を現した。その姿に、軽く目を瞬いてあれ、と口の中のクッキーを飲み下す。そんな私の反応には気づかず、入室してきた少女に、室長は破顔して手を打った。
「あぁ、君ですか。丁度よかった。今、君の任務のパートナーにつく人に話を通していたところなんですよ」
「そう、ですか・・・その、パートナーというのは・・・」
「ああ、こちらにいますよ。丁度いいですからお互い顔見せをしておきましょう。こちらへ、クラウド君」
「はい」
こくりと、いささか緊張したように頷き、肩に白い子猿を乗せている美少女が、かつん、とブーツの踵を鳴らして歩いてくる。さらさらと片目を隠すように流れる金色の髪、吊上がり気味の双眸に、意思の強さと気の強さを表すようにきゅっと引き結ばれた唇。すらりと長い手足を緊張した様子で動かしながら歩いてくる少女を視線で追いかけながら、彼女が室長のデスクの前に立ったところで、ようやくこちらを塗り向いた。そこで、彼女の目が驚愕に見開かれる。
「あ、あなたは・・!?」
「や、クラウド。さっきぶり」
「え?あれ、君知り合いなんですか?」
「んーん。知り合いっていうほどまだ知り合ってないよ。ついさっき廊下で会っただけだから。そうかそうか、君が新しく入ったエクソシストなわけね」
なるほど納得ー。と頷いて、よいしょ、とソファから立ち上がる。ぎしっとスプリングの跳ねる音を聞きながら、団服の皺を軽く伸ばして整え、驚きすぎて絶句しているクラウドににこ、と笑みを向けた。
肩の上の子猿・・・ラウ・シーミンがキキッ!と甲高い鳴き声をあげて、小さな手を伸ばすように私に向けてくるので、ひらりと手を振り返してから室長へと視線を流した。
「いいわ、室長。その任務、請けてあげる」
「いいんですか?」
「全然オッケー。むしろクラウドが相手なら早く言ってよね。だったら渋らなかったのにー」
「・・・君は、つくづくマリア君といい、女性には甘いですよね」
「世の女性には優しくするのが我が家の家訓なんでね」
勿論人は選ばせて貰うけれども、基本的に女の子には優しいよ。ニッコリと笑い、呆然と口を挟めないでいる彼女に向けて、手を差し伸べる。それをきょとんとした顔で見下ろしてくるクラウドに、飛びっきりの笑顔を向けて胸を張った。
「さっきも名乗ったけど、改めて。今回のあなたの任務パートナーを勤めさせてもらう、よ。よろしくね、クラウド」
言いながら、呆気に取られている彼女の片手を取って握り締めると、彼女ははっと気がついたように慌てててを握り返し、それから真面目な顔でこっくりと深く頷いた。
「私が、今回黒の教団に入団しました、クラウド・ナインです。よろしくお願いします、ミス」
「あぁ、敬語とか敬称とかいらないから。でいいよ、クラウド」
「え、でも・・・先輩に・・・」
「ここじゃそんなの関係ないって。実力主義みたいなもんだし。ま、女の扱いはさほどよくないけどね」
ねぇ、室長。と話をふれば、彼はどこか居心地悪げにあはは、と笑って誤魔化した。
まあ私が当初入団した時よりかはマシにはなったけれども、まだまだ女性の価値をわかってないからねぇ。これからが大変なのだよ、クラウド。そう思いながら、彼女の肩の上にラウ・シーミンの小さな手を指先で抓むようにして握りながら、こっちにもよろしく、と私は言ってのけたのであった。そしてなんとも珍しいことに、彼女の対アクマ武器が実はその肩の子猿だと聞かされたのだから、この辺り踏まえてややこしいのを押し付けたな、と知るのはもう少し後のこと。無機物ではなく、寄生型イノセンスに適合した子猿を、更に別の人間が操り武器とする特殊な形は、武器が生き物であるだけに扱いが非常に難しい。というか他に例がないと思うのだが。まあ、簡単に一つのイノセンスに二人の(正確には一人と一匹)の適合者がいると考えればいいのだが・・・色々と問題がでてきそうだなぁ、と初任務で硬くなっているクラウドを見つめながら、そう思う荒れる海上での船のこと。
まあ美少女とお近づきになれるんだから多少の面倒は目を瞑るけどね!