肩車



 樹の上にそれは美味しそうに熟した果実が実っていたのだが、残念なことにその木は人の体重を支えられるかとても不安な細さの枝しかなく。幹を登って、枝分かれした股の間に立って手を伸ばして・・・あぁちょっと無理か。届きそうにない。ジャンプしてもぎ取るか?できないこともなさそうだが、失敗もしそうである。梯子を立てかけるにも、肝心の梯子がないのだからどうしようもない。色々と手を考えてみたが、どれもあまり良策とは言えそうになかった。ちっ。念力が使えたら余裕であれ取れるのに。というか樹の太さが中途半端なのよね。その癖背だけは高いし。
 全く。折角美味しそうなのがあるのにこれじゃ絵に描いた餅も同然じゃないか。大人しく梯子持って来るかな、とずっと上に向けていた首をこきりと前に戻すと、ふと見慣れた巨体が視界に入ってきた。チッチッチッチーン。考えること数秒。私は迷わず、相手が私に気づくようにさっと片手をあげたのだった。

「ほーらほらソカロー。ちゃーんと服広げておきなさいよー」
「おい、こんなに取るのか」
「皆にもお裾分けしようかと。食堂持っていったら美味しくデザートにしてくれそうだし」

 マリアに渡してもしてくれそうだけど、と呟きながら伸ばした腕で熟れた果物をもぎ取る。
 そしてそのままぽとん、と下に落とせば、ソカロが広げている服の裾に他の果物とぶつかりながら収まった。ぽんっと軽く跳ねてころころと服の上を転がるオレンジの果物と真っ黒なソカロの服がなんとも綺麗に対照的だ。そもそもソカロが農家の娘よろしく、服の裾を持って広げている光景がそこはかとなく笑える。しかし、ソカロがそうして果物をキャッチしているということは、私を支える手というのは皆無である。私は片手をソカロの頭に添えながら、さすがに首を絞めてはならんだろう、と力加減に配慮しつつ、足に力をいれてバランスをキープする。まあソカロ肩幅広いし、巨体な分安定感あるし、私にしてもバランス崩したところでどうってことはないから別段危険なことなんてないんだけど。

「にしても高いわねー。新鮮な目線ー」
、くだらねぇこと言ってないでさっさと取るもん取ってきやがれ」
「少しぐらい浸らせてくれたっていいでしょーに。んーあそこの取ったら一旦やめておこうか」
「あぁ?どこだ?」
「あれあれ」

 ソカロの頭というか肩の上から、顔をあげたソカロを見下ろしつつ、指を指して場所を示す。
 ソカロは軽い溜息を吐いて、面倒そうにしながらも渋々と私が言った果物の真下まで歩いていく。ずーんずーん、といった重量感を感じながら、私はソカロの頭を支えに、中々大きな揺れに耐える。やっぱり高いとそれだけ揺れってあるもんねぇ。

「あ、ソカロもうちょい左」
「この辺か?」
「あと半歩後ろ・・・・よーしよーし。ドンピシャ!」

 ぺしぺし、と頭を叩いて動きを止めさせ、服の裾を広げて構えさせておきながらよいしょ、と腕を伸ばす。あ、ソカロに乗ってもちょっと高かったか?いやでも、これならいける・・!

「んー、も、少し・・・」
「・・・なにやってんだ、お前ら」
「へ?と、わっ」

 伸ばした手が果物を掴み、捻りながらもぎ取った瞬間、横からかかった声に咄嗟に体の重心がぶれる。倒れこみそうになったのを察して足に力をこめて(ぐふって声が聞こえた)、がしぃ!とソカロの頭を鷲掴みにして寸前で耐えたが・・・あらー?

「あ、ごっめんソカロ。今首締めた?」
「きゅっと締まったな、今・・・がほっ」
「恨むならクロスに言ってね。私は不可抗力でーす」
「あぁ?なんで俺が恨まれなきゃならん」
「明らかに今お前が声をかけてきたからだろうが。、もういいだろ。さっさと下りろ」
「ウイーッス。・・・てかこらこらソカロさん?なに足撫でてるんですか金取りますわよー」
「これぐらいの役得あってもいいだろうが。・・・いい足してるな、お前」

 下りろと言う割に太股を撫で回す手つきがいやらしい。にぃ、と笑いながら太股の内側を撫で繰り回すソカロに溜息を零しつつ、手の甲を抓り挙げる。なんだかんだでクロスもソカロも変態チックよね・・・。

「こら待て誰が変態だ。俺をそこの真性の変態と一緒にするな」
「似たようなもんでしょ。よっと」

 すかさずクロスが不愉快だ、と眉間に皺を寄せて物申してきたが、私はそれをさらっと聞き流して、ソカロの頭に置いた手に力をこめて、ぐっと下に押す。ソカロの頭は一瞬沈み込み、そのまま前に乗り出すとすると頭を乗り越えてコートの裾を広げながら着地を果たした。とん、と音をたてて地面を踏みしめながらもぎ取った果物をぽーん、とクロスに投げ渡す。片手にタバコを持っていたが、もう片手でなんなく果物をキャッチしたクロスは目を細めながら紫煙をもくもくと吐き出した。

「お前、これ取ってたのか?ソカロに肩車までさせて」
「いやーさすがに登れそうな樹でもなかったし、梯子持ってくるの面倒だったし。どうしようかなーって思ったら丁度通りかかったから」
「俺はお前の道具か何かなのかよ」
「いや、友達だよ?でもほら、立ってるものは親でも使えっていうしー?」

 さらっと言ってやりながら、律儀に両裾を持って果物を今だ持っているソカロを振り返る。一瞬彼はなんともいえないような顔をして顔を顰めたが、やがてまるで興が削がれた、とでもいうように溜息を零して服を揺らした。

「で、これどうするつもりだ?まさか俺にずっと持っていけっていうのか」
「え、それしかなくない?まあ少しぐらいならもってもいいけど・・・あ、そうだ。ねえクロス」
「断る」
「まだ何も言ってないでしょうが」

 面白い光景だよねぇ、と思いながらさらっと肯定すれば嫌そうに顔を顰めたソカロを尻目に後ろを振り返る。そうするとコンマ何秒かでスパッと拒否しやがるんだから、なんだこいつ!協調性がないわよクロス!

「誰が好き好んで荷物運びなんざするか。お前らが始めたことなんだからお前らで始末しろ」
「うっわー聞きましてソカロさん?どうせその内この恩恵を受ける身の癖してあんなこと言ってますわよ」
「使えねぇ野郎だな」
「はっ。どうとでも言いやがれ。俺は帰るぞ」

 言いながら嘲笑うように口角を持ち上げて踵を返そうとしたクロスに、マジで友達甲斐のない奴、と思いながら肩を竦めたが、今度はなにやら別方向から声をかけられ、うん?と振り向いた。つられて振り向くクロスとソカロの行動がそこはかとなく可愛らしい。

!」
「こんなところでなにしているんだい?」
「クロスもソカロも揃ってるなんて、珍しいわね」
「クラウド、ティエドール、マリア。ナイスタイミーング!」

 声をかけてきた順に名前を呼びながら、近づいてくる三人に片手をひらりとあげた。ていうかなに、この珍しいメンバーの大集合というか・・・このメンバーが一同に会するとか、滅多になくない?皆売れっ子で飛び回ってるからなぁ。うわ、超珍しい。そう思いながらも、飛び込んできたラウ・シーミンをキャッチして頭の上に乗せてやりながら、えへ、と小首を傾げた。

「今そこの果物収穫してさぁ、食堂にもって行こうかとね。けど量が結構多いからさ、ソカロだけに任せるのも悪いかと思って。手伝ってくれない?」
「あら、それなら籠でも持ってくればよかったわね」
「私が作ろうかい?」
「わざわざそんなことで楽園ノ彫刻(メーカー・オブ・エデン)を使うつもりなのか、フロワ。・・それならが作ったほうが早い思うが・・・」
「あ、それもそうね」

 朗らかな笑顔で進言したティエドールに、多少呆れた様子で目を半眼にしたクラウドに、ぽくんと手を打って納得する。そういや私自分で作れたんだった。偶に忘れるというかむしろ盲点?

「おい。なら俺が肩車する必要はなかったんじゃないか」
「あはは。まあいいじゃない、別に。というわけで籠作ろうかー」

 上から納得できない、とばかりに声をかけてきたソカロに片目を瞑って見せながら、よいしょっとー、とばかりに手をあわせて練成。バチン、と青白い発光と共にいくつかの籠ができると、マリアが手馴れた様子で籠を拾い、ささっとソカロの服の上で転がっている果物に手を伸ばした。
 そうして詰めていく作業をすると、私も籠を拾って果物を籠の中へと投入していく。

「これで何が作れるかなー。最近暑いしシャーベットとかどう?」
「フルーツタルトも美味しいと思うわ」
「パウンドケーキも中々だと思うが・・・」
「パフェの飾りにするのもいいんじゃないかな」
「丸齧り」
「「「「あぁ、それもまたよし」」」」

 ぼそ、と呟いたソカロに同意をしながら、果物を詰め込んだ籠を流れるような動作でクロスに手渡す。そしてクロスもまるで条件反射のように受け取り・・・はっと気がついたように目を見開いてちょっと待てぃ、とばかりにずいっと私の鼻先にそれを突きつけた。

「おい、俺は手伝うとは一言も・・・」
「よっし全部いれたわね。食堂に行くわよー」
「たくさん取ったのねぇ、。どれも熟していて美味しそう」
「選別の目は確かだね、は」
「ソカロが手伝っていたとは想定外だが・・・偶にはお前も役に立つことをするんだな」
「クラウド、お前先輩に対してどの口きいてんだ、あぁ?」
「先輩というのならばもう少し尊敬できるような態度を取ってみるといい。のように」
「き・さ・ま・ら・なぁ・・・・!!」

 見事にクロスの言い分を全員が無視し、聞き流し、ふるふると果物の盛られた籠を握り締めて青筋をたてるクロスを尻目にぞろぞろと食堂までの道のりを歩き出す。その間に私はくるりと振り返り、ははん、とばかりに口角を吊り上げた。

「諦めなさいな、クロス」
「・・確信犯か、!」

 え、今更じゃんそれ。