それを人はどう見るか。



 任務から帰って来て、疲れた状態で心地よくさぁ寝るぞ、と思ったときに普通にベッド陣取られてたら軽く殺意が湧いても別に可笑しくないよね?
 別に、請けた任務が特別大変だったというわけではない。30体ほどのAKUMAの殲滅任務がちょっと手違いで80体ぐらいに増えて、私も予定していた休息が取れなかったぐらいで。かといって徹夜するほど大変な話でもなかったし、予定が狂ったぐらいで別段の支障はなかった。私の攻撃は今のところ基本が魔術による全体攻撃を主としているし、殲滅するにはぶっちゃけ持って来いのタイプである。それがわかっているからこそ、上もイノセンス回収もそこそこ、AKUMAの殲滅任務が与えられることが多い。迷惑だ。好き好んで戦いわけじゃないんだけどなぁ。疲れるし、面倒だし。そんなわけで、予定の休息は削られたし、列車の移動だって一等車両で休んでいたのだが、ガタゴト揺れる列車の中で完全に疲労が取れるはずもない。まあ総合的に見て疲れてしまうのは仕方ないのだ。そもそも寄生型の私は常にイノセンス発動状態にも等しく、エネルギーを消耗しているわけだし。その割に食事量は少ないという燃費のよさだが。マリアは・・・うん。マリアは恐ろしいほど食べるのにね。おかげでマリアから羨ましげな視線に晒されること数回。いや、まあとりあえずそこの話は置いといて、問題はあれだ。要するに私は疲れてるんだよ。今度こそ動かない固定されたベッドですやすやと寝ていたいわけでね。つまりだ。

「さっさと退けやこの色情魔」

 人のベッドの真上を陣取り、酒瓶を床に転がし、タバコの吸殻を空き缶の中にいくつも突っ込んだまま、すやすやと寝入る赤毛の問題児のどてっ腹に、無表情に踵を落とす。が、普通ならめり込んで相手に地獄を見せるはずの踵落としは、惜しくも男の腹ではなく柔らかなスプリングのきいたマットの上に沈みこみ、ぎしぃ、と鈍い悲鳴をあげさせた。思わずちっと外聞もなく舌打ちを零すと、ベッドの上を転がって難を逃れた赤毛・・・まあ要するにクロスなんだが、クロスはがしがし、と髪を掻き回して寝ぼけ眼で起き上がった。

「なんだ、お前か。起こすならもっと優しく起こせよ。踵落としなんざ色気もねぇ」
「いっそそのまま永眠させて窓から放り出してやろうかと思ってた私に色気を求めないで頂戴」

 悪気の欠片もなく、片膝をたてて壁にもたれたクロスを若干座った目で睨みつけると、眉を動かしてクロスはポケットからタバコを取り出そうとした。が、すぐさまそれを弾いてタバコを空中に跳ね上げ、奪い取るとぐしゃりと握りつぶす。迷惑そうなクロスの視線が向けられた。

「おい」
「お黙り。ここは私の部屋よ、つまり私の城なのよ。私がルールで法律なの。不在の時なら言いようがないから仕方ないとして、いるときにタバコ吸わせると思う?ていうかなんでここにいるの自分の部屋でくつろぎなさいよ邪魔!!すごく邪魔!!」
「・・・随分と荒れてるな」
「眠いからね」

 普段よりも幾分か短気に荒んだ目をしている私に、諦めたように肩を竦めたクロスが意外そうに瞬いたが、私がハン、と鼻で笑うと合点がいったように頷いた。顎に手をあててあぁ、と声まで漏らしている。

「お前、寝汚いからな」
「うっさい。自分の欲望に忠実なだけよ。あーもー・・・帰って早々無駄な体力使わせないでよー」

 食欲よりそっち優先だもの、私。ぐったりとしながら、どさっと前からベッドの上に倒れこむ。受け止めてくれたベッドのスプリングが心地よく、多少タバコの匂いがシーツに染み付いていたが、洗えば落ちるだろうと今はそれに目を瞑ることにした。むずがるようにぐりぐりとシーツに顔を押し付けて、ねむーい、とぼやく。クロスが呆れたように片目を向けて、げしり、と蹴ってきた。ので問答無用に蹴り返した。

「いてっ。・・・テメェ、俺はそんなに強く蹴ってないだろうがっ」
「人の部屋で勝手に寛いでた罰よ。大体なんでここにいるのよ。自分の部屋すぐ近くでしょうあんた」

 そう、それは一つ部屋空けて隣ぐらいの近さじゃないかお前。なんで私とクロスがこんなに近いんだよ、という文句は聞き流されて久しい。まあ別になんら問題はないからいいんだが・・いや、あるとするならば勝手に無断進入されたことか?鍵かけ忘れてたっけ私?最早その辺りの記憶も曖昧だ、とベッドに横になったせいで急激に押し寄せてきた睡魔に負けそうになりながら、もぞもぞと動いて掛け布を引き寄せる。あー・・・コート、脱いだ方がいいよね・・・。ブーツも脱がないと。面退くせぇ。思いながらうっかり寝そうだったのを頑張って耐えて、もぞもぞとブーツを脱いでベッドの下に放り投げ、コートも脱いで、クロスに押し付ける。

「それ、ハンガーか椅子にでもかけといて・・・」
「お前なぁ、仮にも男の前で脱ぐか?普通」
「アンダー着てるし、別に問題ないでしょ・・・私に欲情するほど女日照りでもないでしょうに・・・」
「まぁそうだが。どんだけ眠いんだ、お前」
「んー割と・・・予定より寝てないんだもん・・・ぶっちゃけ本気で眠いのよね・・・」

 寝ないでも平気ではいられるけれど、それはそうする必要がある場合だけだ。今は気を抜いてもいい時間で、そうなると元々取れなかった分を取り返すように体は休息を求める。んー、最近それが顕著になっのはやっぱりイノセンスの副作用か何かか。食事の代わりに睡眠欲ってか?まあさほど常と変わりはないけれど。とりあえず一通り寝る準備を整えて、もぞもぞと布団に潜り込んでからクロスを下から見上げる。そうすると見下ろしてきたクロスと視線が合い、それはそうと、とどこかぼんやりとした口調で問いかけた。

「さっきの質問の答え聞いてなーい」
「あ?」
「なんでここにいんの?自分の部屋はー?」
「あー、片付けるのが面倒だった」
「・・・あんた、汚いものが嫌いな割りに矛盾してるわよね」
「面倒だろう、片付けなんざ」
「わかるけどだからといってそれで人の部屋に転がり込むのはやめてよ・・・。私の部屋散らかしたら片付けさせるわよ、自分で」

 というわけで床に転がっている酒瓶とかテーブルの上の吸殻とかとっとと片付けて出て行けよ。さら、と言いつけると面倒そうな顔をしたクロスに、「誰使ってもいいからとりあえず片付けておいてよ」とだけ言ってふわぁ、と欠伸を零した。

「でけぇ口」
「黙れっての。もー寝る。・・・居てもいいけど、邪魔はしないでよ・・・」
「安心しろ、お前の睡眠の邪魔だけは誰もしやしねぇよ」

 するとしたら自殺志願者だけだろう。あと馬鹿。といわれてそれもそうだな、と納得する。
 まあもうどでもいいや。とにかく私は眠りたい。そう思い、ぐるりと寝返りを打ってクロスに背中を向けると、うっとりと瞼を閉じた。一般の目線から言えば、あのクロスの前で無防備に寝るなんて食われたいのか、という話だろうが、お互いにそんな気は一切ない。所詮悪友というものだ。そもそも、私よく天国や健ちゃんの前で寝てたしなぁ。くっついて寝ることもままあり、だ。ついでに言うと、起こせばまさしく阿鼻叫喚、というのを熟知しているだけに、私の知り合いは滅多なことじゃ寝ている私に手など出さない。ソカロは別だけど。あれは戦うことが生きがいだから。まあそんなわけで、たとえ相手がクロスであろうと、私の睡眠が邪魔されることはないのである。ていうかクロスなら私の部屋じゃなくて別の女性の部屋にでも転がりこめばいいと思うのに、なぁ・・・。なんでよりによってこの部屋。そう思ったが、最早落ちかけた意識に逆らう気力もなく、私はそのままこてんと寝入ったのだった。あぁ、やっぱり動かない寝床は最高だ・・・。

「・・存外居心地がいいんだよ、馬鹿女」

 聞かせる気もなさそうにぼやいて、さらりと頬にかかる前髪にクロスが触れたのなんて、気づくはずもなかったけれど。