02:時間の差
果たして、それは見覚えのある顔だった。手の中で冷たい温度を放つ仮面を握り締め、まじまじと見下ろしてくる顔を見上げる。年老いた顔はいくつもの皺が刻み込まれ、長い年月を過ごした者特有の貫禄と、威厳・・・そして英知が感じられる。老いさらばえた男。
腰にまで届くかと思われるほど長く伸びた、銀に近い白髪の髪は本当にどうやって仮面の中に押しこんでいたのか。年の割に豊かな髪に感嘆の吐息を零し、見知らぬ老人の顔を凝視する。それは、知らない顔だった。それは確かな事実だ。私は、この老人の顔を知っていた覚えはない。けれど、確かにこの老人の顔には、面影があった。見覚えのある、面影が。ちょっと俄かには信じがたい・・・むしろ信じたくないことではあるが。
しかし、事の原因たるものを思い浮かべればこれは・・まあ納得できる範囲でもあり、また、何より疑うべくもない証拠が、この目の前の老人にはあったのだ。目の上に、本来ならすっと一本線が引かれているはずのそこにあるもの。ぽつん、と墨を1滴垂らして、円を描いたような。それは、懐かしくも不自然というか・・・良い意味で個性的、悪くいうなら・・・ぶっちゃけ、可笑しい。それは、昔の平安貴族が好んだといわれる、その時代独特の眉の形。
俗に言う、麻呂眉、というものである。記憶に違いがなければ、こんな眉してる男で私を先生と呼ぶ輩なんぞ、私は唯の1人にしか覚えがない。そしてそれは、目の前の老人が私の知った人物である、という事実に他ならず。どうしたらいいんだ、これは。困惑が容易く見て取れる老人を見つめつつ、まさかこんなことって有りなのか、と密やかに真理に問いかけた。もっとも、望む答えなど与えられるはずもないが。相変わらず骨と皮ばかりの掌で頬を包み、困惑の中に喜びと、疑心を抱いて私を見つめる老人を見返し溜息を零して、ゆるりと口元を歪めた。
「久しぶりだね―――シオン」
名を、呼ぶ。これで間違いがなければ、確実に反応を返すはずだと、ささいなものさえ見逃さぬように、笑みの下で注意深く男を見た。男は――シオンは、そんな私の内心さえも気づけぬように、大きくその赤みがかった瞳を見開き、ついで泣きそうに顔を歪めた。
「せ、んせい・・・先生・・・・・・っ!」
頬に触れていた手が一瞬離れて、次の瞬間には後ろに回って抱きしめられた。
広く大きく、逞しい胸板に顔を押し付けられながら、頭の上で掠れたような声が降ってくる。と、同時にぽたぽたと肩の上に熱いものが落ち、瞬時にそれは冷えて服を濡らした。
「あー・・・・」
なんかすっごい感動されちゃってるよ、私。こんな感動させるようなことしたっけかなぁ・・・まあ、本人の感じようにとやかく言えるわけはないんだが。大いに場違いなことを考えつつ、咽び泣くシオンの背中に手を伸ばしてぽんぽんと宥めるように叩いた。よくやってやったなぁ、これ。昔を思い出しつつ、何度か背中を叩くうちに、落ちついてきたのか背中に回された腕が緩んだ。それに気づき、軽く胸板に手を置いて突っ張るようにして隙間を作る。
密着状態から解放され、軽く吐息を零すと顔をあげて改めてシオンを見上げた。おいおい、いい大人・・・もといこの場合は老人がそんな泣くなよ。この状況はちょっとなんだかなー、と思いつつ、ほろほろと零れるシオンの涙を、苦笑したまま指先ですくう。
だってあれだよ。傍からみたいら号泣している老人と慰めてる少女だよ?奇怪だろう、それは。何があったんだって本気で問われるよ。
「あぁ、・・・先生・・・・、本当に、本当に我が師である、先生なのですか・・・?」
「信じられない?」
「それは・・・・」
やや離れたとはいえ、やっぱり至近距離には違いないこの状態で、今だ信じられぬように呟くシオンに意地悪く笑みを浮かべてみる。シオンは、罰が悪そうに言葉を詰まらせ、困ったように・・・・こいつ、眉がない(言い方に語弊有り)せいで表情が掴み難いが、雰囲気でそう判断してくつりと喉で笑った。信じられない割に大分感動してくれたようだけどね。
「信じられないか。まあ、しょうがないけど」
「それは・・・!それは、別れ際にあなたがもう二度と会えない、とおっしゃったからではありませぬか。何より、我が師よ。何故あなたはあの時のまま、若い姿でおられるのです」
眉間に皺を寄せて、怪訝そうに問いかけるシオンにどうしたもんかと、困ったように口端を歪めた。いやなに、何故とか言われてもねー・・・・一言で言いきるにはいささか問題あるし、まあ大体それに関してはシオンにも言いたいことがある。
「それはお互い様。シオン、あんたなんでそんな年取ってるの?」
「・・・・あれから、長い年月が流れましたからのう」
「まあ、そうなんだろうけど」
でなかったら恐ろしいっつーの!苦笑のように・・・苦味を帯び、哀切を滲ませたシオンの表情は、やはりそれなりに人生経験を積んだものにしか出せない風格というものがあった。
懐かしささえ見受けられる。あぁ、本当にこいつは長い時間を過ごしたのだと判って、ゆっくりと体を離れさせた。びくり、と僅かにシオンの腕が震えたが、構わずに一歩離れてシオンを見上げる。真っ直ぐに見つめ返すシオンを見返し、ふっと目を逸らすと何もない周りに視線を走らせた。
「ここは、スターヒルよね」
「はい」
「確かここって教皇とアテナ以外は立ち入り禁止の地・・・ということは、シオン、あんた教皇?」
「はい。恐れおおいことながら、私が聖域の教皇の任に就かせて頂いております」
「ふぅん。そう。それはまあ、なんつー出世をしたことかしらねぇ・・・。まあいいわ。詳しいことは下にでも降りて話しましょう。こんなところで長い立ち話するのもなんだし、・・・積もるものもあるんでしょ?」
ぶっちゃけて私にはそんな積もるものなんてないので、恐らく専らシオンの話を聞く羽目になりそうだけど。横目でシオンを見れば、シオンは僅かに表情を崩して、浅く頷いた。
「御意に」
「そんなかしこまらなくてもいいんだけどね・・・師とかいっても、たかだか一年間の事でしょうに」
律儀にもそんな反応を返す必要性は感じられないんだけどねぇ。しかもその後、今の今まで一度たりともあってないんだし、本気でそこまで礼を尽くされる覚えはない。苦笑すると、シオンは目を見開いて首を横に振った。
「なにをいいますか!たった一年余りのことなれど、私があなたの教えを受けたことに変わりはありません。それに、あなたと・・・そしてあいつと過ごしたあの一年間は、私の中でもっとも色濃く鮮烈で、尊いものなのです。故に、私があなたに礼を尽くすのは、至極当然のことといえましょう?」
「いや、あのねぇ・・・あぁ、もういいわ。ともかく、私としてはそんな大層なもんじゃないんだから、あんまり大仰な態度は取らないで。居心地悪いから。最低限さえありゃいいでしょ」
むしろ居たたまれないっていうか。あれだなぁ、純粋な頃に仕込んだのが悪かったか。
いや、まあ、まさかここまで尊敬されてるとはね・・・。でもあの時って私代理みたいなもんだったし、正直ここまでこう、尊敬されるとは普通思わない。シオンの態度にどうしたもんかと思いつつ、一旦その話は切り上げて私はシオンの法衣を掴んだ。
「さて、私はいい加減このさっむいところから降りたいんだけどね、シオン」
「あぁ・・・それでしたら、私がテレポーテーションでお送りします」
「へぇ?出来るんだ」
眉を跳ね上げ、意地悪く笑みを乗せる。シオンはふ、と笑い、当然です、胸を張った。
「これでもアテナ無き聖域を束ねる教皇ですぞ。あの頃とは違います。お掴まりください、我が師よ」
そういって腕を広げたシオンに、抱きつけというのかおい、という視線を送るとにっこりと笑われた。・・・・・・・・か、可愛げがなくなってる・・・?!まあ、年とりゃ誰でもそうなるか。
狸か狐か・・・腹黒く染まりきってなければいいが、とぼやきながら、私は法衣をしっかりと握り締めるだけに留めておいた。どっかに触ってりゃ十分でしょ。シオンは、どことなく不満そうな顔をして私を見るが、素知らぬ顔で目だけで早くしろと訴えると、溜息を零して法衣を握っている手を取り外すし、自分の手の中に収めた。まるでそれが妥協です、と言わんばかりだな、おい。しっかりと握られている手をみて、まあ別にいいか、と軽く流すとこくりと頷いた。シオンは、嬉しそうに笑みを浮かべて(若かったらもっと様になってただろうに!惜しい!)、体が引っ張られるような感覚の後、気づけばそこはどこぞの部屋の中だった。
月明かりだけが頼りの部屋は、天蓋就きのベッドとか、天井まで届きそうな棚とか、まあ他にも色々と何かしらのものがあり、豪華といえば豪華な部屋だった。青白い月明かりに軽く目を細め、ぐるりと薄暗い室内を見渡す。ここは・・・。
「あんたの部屋?」
「はい。今明かりをつけますので」
そう言った瞬間、ぱっと明かりがついて部屋の中が俄かに明るくなった。シオンは一歩たりとも動いていない・・・サイコキネシスか何かで電源をいれたんだろうな。
俄かに明るくなった室内に目を細め、手で軽く影を作ってやりすごしながら、はた、と止まった。シオンはその間にも椅子や机を整えてたりするんだが、まあそこはどうでもいい。
問題は決してそこではなく。私は、影を作っていた手をどかすと、目を瞬いて天井を見上げた。そこには、なんとまあ紛れも無く私の世界にもある、むしろ私の時代にもある、といった方がよいか・・・まあ、それはともかくとして、カバーのついた電灯が、あった。
煌煌と光を放つ、見なれたものを呆けたように凝視し、聖域って電気通せたのか・・・?と、どこか違う疑問を逃避するように思い浮かべながら、瞬きをしきりに繰り返した。
「先生、どうぞこちらに・・・どうかなさいましたかの?」
用意が整ったのか、振り向いたシオンが怪訝そうに声をかけてきたのに、ぎこちなく首を動かして視線を合わせた。
「シオン・・・これは、電気よね?」
「・・・?はい。電気ですが」
「紛れも無く、風力やら火力やら水力やら原子力、はては太陽光などエコロジーにも手を出しつつ人類の進化に大きく手助けをしているエネルギーよね?」
「御詳しいですな。そうですが、それがどうかなさいましたか?」
「私の記憶違いでなければ、聖域に・・いや、世界にこんな文明はそう発達していなかった、と記憶してるけど?」
「・・・・あぁ。確かに。あなたがいた頃にはこのように便利なものはありませんでしたからなぁ・・」
何か思い至ったのか、軽い笑みを浮かべて肯定したシオンにぐっと眉間に皺を寄せた。
私が以前ここに来たとき・・・・こんなものはなかった。それは、この世界がまだそんな発達をしていないほど、昔であったからだ。文明開花の時代では、なかったのだ。
そして、この世界がある種、パラレルワールドのようなものだと判断してから、恐らく私の世界と似たような歴史を歩むはずだ、と予想はしていて。けれど、所詮は別世界。
全く同じである筈はないだろう、ということもまた、想像できる。しかし、だからといってせいぜいシオンの年から見て70か80年程度で、こんなにも近代的に成長するものなのか?
私の内の疑問に気づいているのか、シオンは淡い微笑を浮かべながら、椅子を指し示した。
「先生、あなたがいなくなってから、本当にたくさんの年月が流れ・・・また、それに見合った出来事もたくさんありました。あなたの疑問ももっともです。その全てに、今からお答えいたしましょう。そして、私の疑問にお答えしていただきたい」
真摯な眼差しでそう言ったシオンに、あの頃を重ねるのはどうにも無理そうで、微かに微笑して呟いた。
「本当に、今夜は長くなりそうね」
「眠れぬかもしれませぬな」
「やだなぁ、それは。私寝ないのはちょっときついのよね」
「そうでしたな。あなたは、昔から随分と寝汚かった。あなたを無理矢理に起こすことは即座に死に繋がると思いましたから」
「それは否定しないけどね。シオン、あんたやっぱり年取ったわ。昔はそんなこと言わなかったのに」
「少なくとも、今のあなたの外見年齢よりは遥かに年取りましたので」
悪戯っ子のように目を細めるシオンに、狸かな、と思いつつ。でも彼の守護星座は牡羊座だ、と思いなおす。随分とまあ、裏のありそうな羊だこと、と内心で呟き、私はシオンの向かい側にある椅子に足を向けた。自然な動作で椅子をひかれて、これもまた随分と躾られたもんだ、と感心しながら椅子に腰をおろす。それを見届けたあと、シオンもまた向かい側に座って、そして私達は再び対峙した。室内の明かりと、窓から入る月光を浴びながら、シオンはゆっくりと目を伏せる。
「さぁ――――何から、話しましょうか」
「そうね・・・とりあえず、私の事情からいきましょうか。私の方が説明は短いしね。長い話は後回しにしましょう」
少しだけ、困ったように微笑んだシオンに、微笑み返しながら言葉を紡ぐ。シオンは、それにこくりと頷き、目だけで先を促した。私は、軽く吐息を零し、頭痛のする自分の身の上を振りかえる。あぁ・・・いまだかつてこんな落ちついた話し合いが初っ端でできただろうか。ちょっと嬉しいかもしれない。
「私の話をする上で、前置きがあるわ」
「なんですかの?」
「私の話がどんなに信じられなくても、ひとまず全部聞くこと。いい?それが前提よ。それができなければ話は進まないから」
「わかりました。では先生、私からも一つ前提として、同じことを返したく思います」
「・・・・・・・それだけ、突拍子もないってこと?」
「そういうことになります。どうぞ、先生」
笑って頷いたシオンに、まあちょっとやそっとじゃ驚かないぞ私は、と思いつつ、ようやく本題に入った。頭痛のする自分の身の上話を、私はシオンに語った。
「まずは、これもまた突拍子がないけど、私はこの世界の人間じゃないってことを最初に言っておくわね」
「それは、どういう」
「つまり、簡単に言うなら異世界――こことは異なった世界が私の本当の居場所、というだけの話よ」
「異世界!?」
「そ。異世界。まあ、異世界といってもここと限りなく近い・・・いわゆる平行世界のようなものかもしれないけど。詳しくはわからないわ。けれど、根本は同じはずよ」
「そんなことが・・・」
「信じられないでしょうけど、それが事実。紛れも無いね」
信じられないように目を見開き、呟いたシオンにまったく突拍子がないよなぁ、と自分でも思いながら淡々と言葉を紡ぐ。場を誤魔化すための飲み物が欲しいところだ、と思うと、シオンも同じように考えたのか、軽く指を動かすとどこからともなくポットとカップが出てきて、机に上に鎮座した。その内のポットを手にとって、シオンはお茶を注ぎ、私に差し出す。
怠慢にもほどがあるぞお前、というかお茶を何時の間に淹れたんだよ、とツッコミたいが、超能力とはそういうものなんだろう、というよくわからない納得をして無言でそれを受け取った。こくり、と熱いお茶を飲んで一息吐くと、シオンの真剣な眼差しに気づいて顔をあげる。赤みがかった瞳を見返し、そこに映る自分を見ながら笑みを刷いた。
「まあ色々諸事情、というか・・・簡単に言うとカミサマとやらが娯楽で私を飛ばしたのよ。ここ以外にも色々とね」
「神が・・・娯楽で?」
「娯楽で。本当に傍迷惑な話だけど。まああれを神様なんていうものと一括りにするのも難しいけど、この世界の場合はそういったほうが判りやすいでしょ。アテナがいたんだし」
ずず、と再びお茶を飲んで遠い目をする。あと何回あの世界の娯楽に付き合えばいいのかしらねぇ、私は。
「まあ、それで私は昔のここに飛ばされて、そしてもう一回今現在ここに飛ばされた、っていう経緯なわけね。とどのつまりは」
「なるほど。でしたら、あなたが若い姿のままなのは、時間の流れが違うということなのですか?」
「それはちょっと違うと思う。流れが違うというのも考えられるけど、たぶん飛ばされる際に飛ばす時間軸を変えただけなんだと思うわ。時間の流れが違ってても、時間軸さえ変えてしまえばそんなこと関係ないわけだし」
「ふぅむ。本当に・・・神とは、強大なる力を所有するものでありますな・・・そのようなことをあっさりとしてしまうとは」
「あれが異常なだけよ。・・・いや、有る意味正常でもあるんだけど。どのみち、人の物差しで計れるほど簡単な奴じゃないわ」
低く唸って感心したように、どこか呆れと畏怖をもってして慄いたシオンにさらりと言いながら溜息を零す。人の物差しで計れるようなものならば、私がこんなことに引きずり込まれるはずはないのだから。
「と、いうのが私のおおまかな事情よ。昔にあんたの先生をすることになったのは、ここに飛ばされた際にアテナが言い出したことで、別れ際に二度と会えないっていったのは、まさか二度もこの世界にくることになるとは思わなかったから――わかった?」
「はい。そうですか・・・では、偶然に近い必然の元に起こったのですね。昔のあの邂逅は」
「そーいうことになるわねぇ。ていうか、確か私はアテナと教皇に万が一の保険をかねて、そういう伝承になるものを残すように言っといたはずだけど・・・教皇ぐらいに代々伝わるようにって」
「なんですと?・・・・・・・・いや、まさか、あれはこのことだったのですか?!」
驚いたように叫んだシオンに、本気で伝えてたんだ、と思いながら首を傾げる。
「あれって?」
「いや、その・・・・前教皇様にお聞きしたのですが、聖域に光と共に現れる者あり、その者真理の狭間より落とされし、異界の者である、とかなんとか」
「なんだそのファンタジー小説の伝説の一端みたいな話は。私は伝説の勇者かコラ」
「そんなこと言われましても・・・」
恐縮したように縮こまるシオンに、はあと溜息をつきつつ背もたれをぎしりと軋ませた。
確かに光と一緒にここに飛ばされはしたけど・・・真理の狭間というのも間違いじゃないけど・・・異界とかまんまその通りだけど・・・間違いではないんだが、伝え方が可笑しいよ。
下手して伝わったら私が伝説の人みたくなるじゃないか。聖域には実話の神話で十分だろう。こんな伝説の勇者か巫女様紛いな伝承はいらんぞ。
「なんつか、まあ、そんなご大層な文句の人間じゃないのにね」
「ですが嘘でもないでしょう。ただ、捉え方がまるでそのようなことになってしまうのは否めませんが」
くつくつと喉を震わせて笑ったシオンに、本当にまんま聞いたら伝説の勇者か何かだ、と前教皇を軽く恨みたい気持ちになった。・・・いや、もしかしたら教皇じゃなくてこの文句考え出したの、アテナかもしんない、と思いつつ。神様ってのは本当に遊びの為なら人のこと考えないなぁ!これだから下手に力のあるやつは。
「ていうか前教皇はあんたにそれが私だと教えなかったのね」
「そうなのです。私が我が師には二度と会えないのか、と問うたところで、あれは特殊な人間であるから、としかいわれませんでしたし」
「私はなんなんだ。むしろ特殊とか聖闘士に言われたくないわ!!」
私はちょっと異世界に飛ばされちゃったりする経験を持ったただの人間よ!そりゃちょっと特殊な経験とか、戦いとか旅とか魔法とか剣とか錬金術とか色々あんましないかなー?ってこと経験してたり使えたりしますけどね。しかもついでに聖闘士の教育とかやったりしたり小宇宙扱えたりとか諸々できるようになりましたけどね!・・・あ、ダメだ。全然普通じゃない・・・。
まぁでも、聖闘士だって特殊な人間なんだから、私がこいつ等に特殊って言われる筋合いないわよね?
「ああくそ。出来ることなら昔にいって前教皇どつきてぇ・・・・で?シオンの方はどういうことなのよ」
「は?あ、あぁ・・私ですか。ですが、私のことというよりもこの世界の時間の流れを語る、というものでしょうかのぅ」
「それでいいわよ。ついでに聞くけど、あんたちゃんと黄金聖闘士になったのよね?」
「なりましたとも。あなたの指導のおかげで、アリエスの聖闘士になることができました・・・無論、あれもまた、ライブラの聖闘士に」
「そう。ならいいけどさー」
そうかそうか。なったか。まあなってくれなきゃ私のしたこと無駄になるだけだったしね。
無駄骨は御免だし。頷きながら、お茶をまた一口啜ってちらりとシオンをみる。シオンは視線を落として何か考え込むように沈黙し・・・やがて、顔をあげるととつとつと語り出した。
「あなたが聖域・・・いえ、この世界から消えてから、私とあれは新たな師の元で修行に励み、黄金聖闘士の位を授かりました」
昔を思い出すように語るシオンを見つめながら、記憶を掘り起こす。聖闘士でもない私が教えた、たった2人の教え子。大きくなった、といえばいいのか、年老いたなぁ、といえばいいのか。ここは前者を言っておいてやろう。うん。
「その後、私達が18を数える年になったとき、聖戦が起こった・・・冥王と、アテナの聖戦が」
「あらまあ。それはそれは・・・悲惨だったでしょうね」
「えぇ・・本当に。青銅、白銀、雑兵、果ては神官達までが戦いに命を散らしました・・・・無論、黄金聖闘士も例外ではなく。・・・からくも我等は冥王との戦いに勝つことができましたが、その犠牲も決して軽くはありません」
その時のことを思い出したのか、苦渋に顔を歪めたシオンに軽く目を眇める。
所詮、その場にいなかった私にはそれがどれだけ悲惨で凄絶なものであったかなど、知り様がない。部外者であったが故に。知らぬ世界の話だった。もっとも、戦いの悲惨さは、身をもって判る部分もあるけど。
「黄金聖闘士の中で生き残ったのは、私と、そして童虎の2人のみ」
「それはまた、運が良いのか悪いのか・・・童虎も生き残ったのね」
「あなたの教えがあったからこそ、でしょうな。最後に死に抗い続けた者こそが・・・生き続けることを望み、足掻き、生きる覚悟を持った者が生き残る。戦いの中で散ることのみを是とせず、戦い後の世界まで生きることを望めという教えが、我等2人を生かしたと、私はそう思っております」
「いや、そんなご大層なこと言ったつもりは・・・ただ単に、死ぬぐらいなら無様に生きろっていっただけで」
「その中に一から十の意味があったと、今更ながら痛感しているのですよ」
そういって微笑んだシオンに、苦笑を返した。まあ、あんな言葉で2人共生き残ってくれたのなら嬉しいことだけれども。しかもそんなご大層なこと積めこんだ覚えもないけど。
うん・・本人がそう思ってるならそれでいいや。それにしても、生き残ったのは2人だけ、か。さぞかし戦いの爪痕は生々しく残ってることだろう。眉を顰めると、シオンは変化に気づいたのか首を微かに傾げ、それから話を続けた。
「それから、生き残った私は次代の為に聖域の復興と聖闘士の育成の為、同じく生き残った者たちと共にここで時を過ごし・・・童虎は、五老峰でアテナから命ぜられた冥王の監視の任につきました」
「ふむ。一応の収拾はついたわけか。で、復興は進んでるの?」
「それは、無論。・・・問題なのはここからなのですが・・・」
ふむふむと頷きながら、それは大変だったろうなぁ、他人事のように考えて(他人事だし?)顔をあげると、なにやら言い難そうにシオンは視線を泳がせた。なんだ・・・今のところ問題はなさそうだけど・・・なにかあったのか?
「シオン?」
「あれから長い時が流れました・・・気が遠くなるほど、長い時が」
「まあ、みるからにかなりの時間は経ってるっぽいけど」
まさか苦労したからこんな年老いたわけでもないでしょ?ふ、と遠い目をしたシオンに首を傾げると、シオンは意を決したように視線を戻すと、真っ直ぐに私をみた。なんだろう、そんなに言い難いことなんだろうか。
「あなたが我等の前から消えてから、231年余りの年月が過ぎました。その間、様々な人間同士の争いが起こり、文明は進み、・・・この聖域にも時代の流れは訪れ、このように電気を使うようにもなったのです」
「ほほう。231年も経ったのか。231年ねぇ・・・にひゃくさんじゅういち?」
普通に言われたので普通に返しそうになったそれを、寸前のところで止まって鸚鵡返しにシオンに向けた。シオンは、こっくり頷いて私の問いを肯定する。それから私はしばし沈黙し、光速で脳内でその時間を処理し始めした。えぇと、待て待て。231・・231・・・100年が1世紀として、軽く2世紀は過ぎてしまったことになる。なるほど。それだけの時間が流れていればおおよそ自分の世界と同じ水準の文明に至るには納得できる。電気があるのも納得だ。それだけ時間がたちゃあ電気も登場するっての。つまり、ここに至るまでに私の世界と似たような歴史を歩んだことにもなるだろう。違うかどうかは歴史の教科書でも購入して確かめるとして、ともかくも文明開花の時代は過ぎた、ということはわかった。
まあ、インターネットやらなんやらはもう少し経たなくては駄目だろうが・・・それでも便利なものも増えつづけている時代に違いはない。その分環境問題が著しくもなる・・・てそこは置いといて。吃驚だなぁ、そんな文明の余波が聖域にもくるんだね。そうかそうか、2世紀か。
そんなに経ったのか。一体どれだけ時間すっ飛ばせばいいんだ、真理め。231とか。すごいなぁ、うん。すごい。すごいとしかいえないけど、とりあえずこれだけは言っておかなければ。
「お前236年も生きてんのか!!??」
「私も吃驚です」
「いやそんな普通に吃驚ですとか言われても!!普通に有り得ないから!聖闘士とはいえ一応人類でしょうが!ホモサピエンスでしょうが!!鶴は千年亀は万年とか言われても実際そんな生きる動物なんていやしないっつーのにせいぜい100年が寿命の人間が、しかも当時日本は江戸時代とゆーぐらい昔の、医学的にもまだまだだったのに病気とかそういう問題も何事もなく236も生きたってかおい!お前はエルフかそれともハーフエルフかはたまたエクスフィア装着の天使化した人間かそれともホムンクルスか?!有り得ない有り得ない有り得ないなんて言葉が有り得ないとしてもやっぱり有り得ない!!どうやって生きた?!ていうか人間か?!」
「そこは、努力と根性で。ちなみに童虎も今だ健在ですぞ」
「マジで?!童虎までそんな恐ろしい寿命生きてんのか!つか努力と根性でそんなギネス記録保持されたらやってられんわ!!!いくら光速で動いたり片手で岩粉砕したりテレポーテーションしたりサイコキネシス使ったり星星砕いてみせたり異次元に飛ばしたり滝逆流させたり神様守ったり神様と戦ったり・・・・・・・・・・・・・ごめん、やっぱりあんた等人間じゃないわ」
「そんなしみじみと言われてしまっては私達の立場というか人間としての誇りというかそういったなんか色々なものが無きにも等しいぐらい粉砕されて泣けてくるのですが」
「いや、だってさー自分で言っててなんだけど、あれをどうやってまともな人類としてみろと?」
「不可能ですな」
爽やかな笑顔で、聖闘士は人にあって人にあらず宣言をした、それは私が再び聖域に訪れた、真夜中のことだった。しかし・・・・母上、私の元教え子達は、人ではなかったようです。すごいなぁ、実年齢にこんなに開きが出るとは思わなかったヨ!一体どんな術を使ったのか、激しく気になったそれは懐かしくも恐ろしい再会だった。