04:人類の進化?!
ひとまず、絶叫してうろたえまくりな童虎を落ちつかせて私は腰を下ろした。こんな今にもポックリ逝きそうなご老体をあんまり興奮させちゃいかんよ。
慌てて童虎が自分の着ていた上着を脱いで下に敷こうとしたが、それを断りつつやはり座ってもかなり目線に違いのある童虎を見下ろした。
「にしても、・・・・・・・・・・・・・・・妖怪?」
「歯に衣着せぬ言い方ですのう」
顎鬚を撫でながら苦笑した童虎に、だってなぁと内心で呟く。肌が紫色ってお前なんの病気だ、とか、その耳はなんだ悪魔かコラ、とか、むしろその小ささは一体何事なんだいくらなんでもそれはねぇだろおい、とか。突っ込むべきところ、むしろ突っ込みたいところはかなりある。初対面の赤の他人だったら流石の私でも内心で止めておくが、童虎は一応私の弟子にあたるのだ。だからこそこうして変化球なしの直球、むしろ豪速球で疑問をぶちまけられる。出なければ私は延々と内心で突っ込みをしまくらなければならない。
なんかあんなちっこかった子供が・・・いや背丈的には代わり映えがなくとも(てか子供の時の方がもっと背があったような)とにかく子供が一気に老人になって再会したのだ。
普通再会するときは若い時じゃないだろうか。私にラブロマンスは与えられないのか。
与えられてもどうしようもないが。私はきっとチャンスを棒に振るだろうなぁ、となんとも寂しいことを思いつつ最大級の疑問を率直に尋ねることにする。
「ひとまず聞くけど、なんで生きてるの」
「まるで死んでいて欲しかったような言い方ですのぅ・・・寂しいですぞ、お師匠」
「そういうわけじゃないけど、普通に気になるところだろこれは。シオンといいお前といい、私は2世紀越えするほどの延命方法教えた覚えはないんですが」
まるで子供に冷たくされた親のごとく悲しげな眼差しを向けてくる童虎を一刀両断し、眉をひそめて見やる。童虎はしばし落ちこんでから、ゆっくりと息を吐き出した。滝の音がBGMとなって辺りに轟いていく。
「わしが生きている理由は、ある種の極秘のようなものです」
「話せないってわけ?」
「時期ではありませぬ。が、あなたにならば話しても構いはせぬでしょう」
時期、か・・・。役目については知っている。ハーデスの監視、とやらだ。監視したところでどうだという気もするんだけど・・・。まあいい。それについては聖域の意向なんだから私がとやかく言うものではない。問題は、何故200年以上も生きられたか、だ。
時期といえば恐らくハーデスの復活の時期、ということだろう。ハーデス、まるで悪霊のような扱いだな。神様なのに。しかも三界のうち一つを収める神様なのに。酷い扱いだなぁ。
少し哀れに思いつつ、敗者なんてそんなもん、とシビアに切り捨てた。
「で?」
途切れた童虎に、片眉を動かして促すと、童虎はそっと自分の左胸に手を置いた。
「わしの体には先代アテナより神々の仮死の法、MISOPETHA MENOSが施されておるのです」
「ミソペサメノス?(噛みそうな名前だなぁ)」
そんな早口言葉で言えといわれたらアナウンサーでも噛みそうな名前を、ご老体の癖して滑らかに言った童虎に感心しつつ、首を傾げる。ていうか仮死の法って。
仮死って・・・・一般的に意識がなくて呼吸してなくて心臓が止まってる状態なわけでしょ?死んだように見せかけて、実は生きてるという・・・・・・お前普通に動いて喋ってるのは果たして仮死というのか?そこが神の秘術とやらか?常識外れな。
「はい。わしの心臓はその秘術により、一年間に十万回の鼓動を打つようになったのです・・・十万という数字は人が1日に打つ鼓動の数。つまり、わしの肉体にとっては今まで流れた時間は1年間にも満たないのです」
「ほほぅ。なるほど。だから生きていられるわけか。・・・・シオンもそれやってるの?」
「いえ。わしだけのはずですじゃ。アテナからそんな話しは聞いていませんからのう」
とりあえず一応理論に基づくかといわれれば激しく首を捻るしかないが、納得はして(しなければ話が進まない)更に尋ねれば、童虎は朗らかに笑いつつ言った。
記憶を探っているのか一瞬視線を宙にさ迷わせ、けれど結局引っかかることはなかったのか首を横に振る。私はその返答に目を瞬き、唖然とした風に呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、じゃああいつマジで自力で231年生きたの?」
「アテナからシオンにもほどこしたという話しは聞きませんでしたから、そうなのでは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・化け物・・・・?」
「よくよく考えて常識外れな奴ですな。あやつは」
お前に言われたくはないだろう。寸前でそれを飲みこみ、変に唸ってから私はぺしりと額に手を置いた。いや、まあ、うん。どこから突っ込めばいいのやら・・・・・・・・。
あ、ちょっと頭痛がしてきた。あまりにも常識外れ、人間失格もいいところな2人に私こんなの育ててたんだ、と昔の自分を褒めてやりたくなった。まさかあの頃はこんな化け物になるとは思ってなかったからなぁ・・・。
「師匠、この事はシオンにも他言無用ですぞ」
「あぁ・・・うん・・・はいはい」
「師匠?何をそんなにお疲れになっておられるのです?」
「気にするな」
心配そうに顔を覗きこんできた童虎に、輝くばかりの笑顔を浮かべて押しやる。
私は何か知らないが悟った。そう、悟ったのだ。もうこの世界で起こることに、いちいち突っ込んではいられない、と。疑問が浮かぼうともそこはそれ、ということにして安置しておかなければ、神経が磨り減るだけである。数度異世界を渡ってきた私だが、向こうは向こうでなんというか・・・ある意味科学的だったり、あるいはファンタジー一直線だったりで、結構普通に流せたものだがこれは如何なものだろう。ホムンクルスとか、天使化した人間とか、エルフとかとは違うのだ。まあちょっと錬金術なところでもファンタジー入っちゃってたわけだが、一応科学に基づく理論というものはあったのだ。なまじ真理を見せつけられたが故に、納得せざるを得ない、という部分もあったし。しかしここは、普通に生身で生きちゃってるのだ。もうこれはどう論じればいいのか。ファンタジーに分類するべきか。なんでもありだなおい。
「世の中って、計り知れないねぇ・・・・・・」
「?はぁ、そうですのう」
しみじみと呟くと、童虎は一瞬怪訝な顔をしてから、曖昧に頷いた。あれだな。200年生きてても、たぶん私の方が童虎たちより悟ってると思うよ。ふふ。嬉しくねぇ・・・・・・・。
それだけ自分が外れていっている事実に、ちょっとばかし泣きたくなりつつ。もうこれ以上の不思議はいらない、と、絶対叶えてくれそうにない神様に願ってみた。
あぁ、何故だろう・・・・真理は絶対面白がってもっと何かやらかしそうだ・・・・。
「それはそうと師匠」
「なに」
「何故貴方は昔と変わらず、そのままの姿でここにおられるのですか」
「説明面倒なんだけど・・・」
「してください」
あ、童虎の奴もちょっと強くなったんじゃない?渋る私に、逃げることは許さない、とばかりに視線を強くさせた童虎に肩を竦める。同じこと2回も言うのって、面倒なんだよねぇ。はふ、と溜息を零して、しゃあないか、と童虎に向き直った。
「言っとくけどこっちも結構突拍子ないから、覚悟しとくのよ」
「判りました」
「よろしい。んじゃ、これ言わないと始まらないから言うけど、実は私、異世界の人間だったりします」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
うむ。ナイス反応。目を点にして絶句した童虎に満足気に頷いて、シオンに話したのと同じ内容を、私はとうとうと口にした。