05:基礎が出来たら応用です。
五老峰に一泊した翌朝、名残惜しむ童虎を「また来るから」と宥めすかし、私はそこを後にした。まあ1日あればあのシオンのこと。というか出ていくときのシオンの様子からしてたぶんもう準備はできているだろう。そこまで私はあの2人に何かしたっけか?と甚だ疑問に思いつつ、さてどうやって帰ろうかなぁと視線をさ迷わせた。ちなみに今の格好は童虎がどこからか調達したチャイナ服だったりする。一体どこから、という突っ込みはもういれないことにして。
「童虎に送ってもらえば手っ取り早いんだけど、動くわけには行かないでしょうし」
一応仕事で長い間座りつづけているわけだし?シオンの迎えも期待していない。
というか、教皇がそうそう単独行動なんてとってたら問題有りだ。つまりは自力で帰るしかない、というわけで。ふむ、と一つ頷いて記憶を浚った。
「ここから聖域には問題ないとして、問題はそこから12宮経由の教皇宮か。さすがにまだ堂々と通るわけにはいかないしなぁ・・・」
伊達に昔ここに召喚されたわけではない。テレポーテーション程度朝飯前である。
必要、というか使えることは色々吸収しているんです、これでも。・・・よくよく考えて自分も聖闘士の言うことなんぞ言えない能力を持っているわけだが、元の世界でそれが使えるのかというと、それは違う。あの世界では使えないのだ、それらの力は。無論魔法も、錬金術もだ。理が、違うが故に。ここにはここの理が、あそこにはあそこの理が、ある。
一度その世界に踏み入れば、その理に触れることになる。なまじ真理などに精通している分、私はその影響が強い。理から外れているが、けれど深く関わってもいる、というなんとも複雑な立場で。大体元が魔法とか超能力とかと縁のない世界にいたんだから、普通は使えるはずがないのだ。まあ小難しいことは置いといて、使えるものは使える、使えないものは使えない、で私は理解している。それでいいじゃないか、全て。
「すでに伝わってる可能性もあるけど・・・末端まではまだ無理だろうしなぁ」
思考を切り離して唸る。大きな組織では流石に1日で全ての連絡が通る、ということは難しいだろう。得てしていざこさが起こるのは下っ端が主であるし。シオンならある程度の下準備はできてるだろうけど・・・ああ、ったく面倒な!!つまりは、面倒事を起こさないためには12宮経由は駄目だ、ということだ。直通でシオンのところに行ければいいのだが・・・。
「面倒だなぁ・・・敵の襲撃に備える為とはいえ、テレポーテーション禁止区域だなんて」
12宮はアテナの力が満ちているせいで、一足飛びに上に行くことはできない。
自らの足で12の宮を越えていかねばならぬのだ。まあ、それはどこの界域でも同じだろうが。ていうかそれがなかったら普通に皆親玉のところまで行っちゃうしね。仕方がないことなのだ、これは。しかしこういう場合は激しく面倒、余計な手間。
「テレポーテーションは駄目なのよね。・・・・・あぁ、ならあれならできるかも」
パチンっと指を鳴らして口元を歪める。にっこりと笑って、確かあの方法なら関係なかったはずだ、と嬉嬉として小宇宙を練り始めた。集中する為に息を深く吸い、目を半眼にして手を翳す。頭の中では理論を組み立てて。そこそこ難しい方法ではあるのだが、出来ないわけではない。
「ジェミニのアナザーディメンション、知っててよかったぁ」
よもや本人もこんなことに使われるなどと思ってなかっただろうが。ていうか使えるとも思ってなかっただろうが。つらつら考えながら理論とイメージを広げていく。掌に集まってきた小宇宙を収縮し、解放する。ジェミニの技・・・アナザーディメンションだが、この技は異空間に物を飛ばす技である。それを応用して空間を超えちまおう、というわけである。
テレポーテーションは移動、極端に言えば今私が一歩を踏み出したことでもある意味テレポーテーションに入るのだ。アナザーディメンションはそうでなく、空間を湾曲させて捻じ曲げる、まあ移動する点では似たようなものではあるが、違うものなんだよ。(ということにしといて)空間湾曲には相対性理論とか色々小難しいことがたくさんなので詳しくは無理だが、感覚で湾曲と移動の違いを理解していただきたい。ともかくも、その技をつかって空間を捻じ曲げて引っ付けて、一足飛びに教皇宮まで飛ぶのだ。空間湾曲にはアテナの力も関係ないはず。あれは移動を断絶する保護壁であるし。大体私には敵意がないのだし、たぶん大丈夫。空間を繋げる、この方法は私が異世界に来る方法とぶっちゃけ同じだったりする。
真理が異世界と異世界を繋げる道を作るのと、私が中国からギリシャまでの道を作るのとは、規模こそ違うが要は全く同じことなのである。しかしここからが難しい。
理論とイメージを組みたてながら深く息を吐き出した。扉を作る、一つの空間に穴をつくることまでは容易い。が、ここから正確な道を作り繋げることは難しいんだ、これが。
真理はそれを簡単に、しかも世界と世界という道なんぞ判るはずもない物を理解し、繋げてしまうことができる。そこが人と真理の違いだな。所詮、人は空間を湾曲させても同じ地上でしか道は作れない。道無き道に、正しい道を作ることはできないのだ。
だから私が、元の世界に自力で帰ることはできないんだよ・・・。なんらかの人知を超えた圧倒的な力を利用し、真理に干渉しない限り。ああくそ。ややっこしいなぁもう!ブツブツ悪態を吐きながら、作った扉から細く小宇宙を糸のように伸ばしていく。力場を固定して出口を作らないと、とんでもないところに出るしなぁ。ジェミニのアナザーディメンションという技は、つまりそういうことなのである。入り口だけ作って後は放置しているのだ。だから明確な出口がなく、その異空間に呑まれれば出るのは奈落の底かはたまた天国か、という物凄く曖昧なものなわけで。下手すればその不自然に歪められた空間で永遠にさ迷うこともあるわけだし。まああれって術者自体が出口に干渉してないせいで、実はすぐそこに出ちゃったりとか、むしろ逆に手助けしちゃったりとかいうハプニングも有り得る。空間と空間を正確に繋ぎ合わせることは難しいのだよ。遠ければ遠いほどそれは比例してしまう。
ジェミニはそれができないから、ただ入り口だけ作って放り捨ててるわけだな。いや、できないわけじゃないんだろうが、道を繋げるのには集中力というものがいるし(小宇宙の動きが物凄く繊細なのだ)戦いの最中そんな集中してる暇はないだろう。考えれば実は聖闘士も科学的な部分が強い、ということだな。小宇宙によって岩を砕く、ということは原子を小宇宙で干渉し破壊する、ということでもあるし。凍気を操る聖闘士が絶対零度を求めるのは、原子の活動を停止させることが目的である。小宇宙とは原子に干渉する力、ということなんだろうか・・・。まあそれだけじゃ説明できない部分もたくさんあるので、やっぱりここはファンタジーで終わらせておこう。さてそんなことよりも、と伸ばした糸に神経を集中させて、別の小宇宙を探る。別の人間の小宇宙を目印にして、そこに力場を固定させることによって出口が作れるのだ。そうすることによって場が安定し、変なところに行かずに空間を渡ることができる、と理論上では考えられるのだが・・・実践はこれが初めてだし、どうなるかなぁ。なんとも頼りないことを考えつつ、為せば為るの信条の元に更に小宇宙を求めた。そうしているうちに、私の小宇宙の琴線に、別の小宇宙が触れる。注意深く探れば間違い無くシオンの小宇宙である。うん。間違い無い。オッケー、これに固定させて、と。
シオンの小宇宙を軸にして、伸ばした小宇宙の糸を巻きつける感覚で操作する。解けないように固定させ、そのピンと張って伸びた糸を中心に道を作り上げていく。
人一人通れる道を作れば、あとは簡単。扉を開けて入ればいいだけである。
「うっし。行きますかー」
固定させた空間から意識を外し、息を吐き出しながら腰に手をあてる。出来あがった通路に満足気に頷いて、こじあけたと言っても過言ではない空間に足を踏み入れた。
ぐにゃり、とまたセフィロトの門を通ったときのような変な圧力が体にかかる。空間はまたなんとも言えない、口にしようのない奇妙な光景だった。闇一色、かと思えばカラフルに変わっていく。虹色のような、それでも時々何やら物質めいた風景も覗いていたりして。頭が痛くなりそうな光景だった。何度も使いたい方法じゃないな、と思いながら(これは結構空間に負荷がかかるし)開けた入り口をきっちり閉じて、目印目指してさっくりと足を進ませた。まあ、感覚的にはほぼ一瞬であるのだが。見えてきた亀裂に目を眇め、滲む光に口端を吊り上げる。がっと亀裂に手をかけると、問答無用にそれを左右にこじ開けた。
ギギギギギ、軋むような音が聞こえたような気がし、開けた視界に満足して笑う。目の前には玉座に腰かけていらっしゃる、シオンなんかがいたりして。唖然とこっちを見ているシオンに、ひらりと片手を振った。仮面をしているからわからないけど、きっと顔は間抜けなことになっているだろう。
「やっほ」
成功したみたいだな。さっすが私!自画自賛しつつ気楽に声をかけて、反応できずにいるシオンに構わず道から出る。振り向いて、開けっぱなしの空間から繋いでいる自分の小宇宙を消して、慎重に閉じていく。後始末までしっかりしなければ、変なことになりそうだし。
きっちりと空間が閉じたのを確認して、ふうと大きく息を吐いた。上手くいくもんだねぇ、案外。しみじみ思いつつ、くるりと踵を支点に体ごと反転させる。ピクリとも動かず硬直しているシオンに、今度は呆れたように目を半眼にした。
「シーオン?いつまで固まってるの」
「・・・・・・・・・・先生、ここでのテレポートはできないはずなのですが・・・・・」
「あ、これテレポートとは違うから」
パタパタと手を振りながら、呆然と問いかけてくるシオンに至って気楽に答える。
益々絶句したシオンに、簡単に言うと、と言葉を繋げた。
「ジェミニのアナザーディメンション、知ってるでしょ。あれの応用」
「そのようなことができるのですか?!」
「やろう思えばできるわよ。ジェミニにもできないわけじゃないだろうけど・・・まあ、実際はこの技戦闘に使う為のものだから、そんな余裕ないわけよ」
「・・・・・・・・・・常識外れな・・・・今まで聖闘士の技を応用して扱う者など見たことも聞いたこともありませんぞ」
「あら、じゃ私が最初の一人?すごいわねぇ」
全然すごいとも思ってない口調でカラカラと笑いながら、さて、と顔を真顔に戻す。
ようやく硬直から解けたシオンは深く溜息を零して玉座の背もたれに背を預け、ずりずりと下がっていったのを止めて姿勢を正した。というか、気がついて慌てて立ちあがるとすぐさま私の傍まできた。まあ、礼儀として一応目上(でいいのか?)の方の前で高いところの椅子に座ってるのは感心しないね。まあどの道シオンの背が高いから見上げるしかないんだが。
「童虎に会ってきたわ」
「どうでしたかな?」
「いや、まあどうっていうか・・・(妖怪かと・・・)元気そうだった」
「そうですか。童虎は耄碌などせずに貴方を覚えていましたか?」
「無論。廬山に童虎の絶叫が響いたぐらいだし」
あれは中々見物だったというか、滝の音が掻き消されそうだったしねぇ。くすくすと笑いを零しながら、髪をかきあげる。シオンが楽しげに目許を綻ばせ、ゆっくりと仮面の下で息を吐いた。
「それは何よりです。まあ、あれが貴方を忘れるはずもありませんが」
「その自信はどこからくるのかしらねぇ。まあいいわ。で、準備の方は・・・」
どうなったの、と聞こうとして、それは途中で断念せざるを得なかった。バァン!!と激しい音をたてて教皇の間の扉が開く。驚いて振り向けば、小柄な影が二つ、転げるようにして教皇の間に突入してきた。
「教皇!!今見知らぬ強大な小宇宙がここにっ」
「ご無事でございますかっ!?」
まだ声変わりもろくろくしてないような少年の声が、教皇の間に焦りを伴って響いていく。
ある意味場違い、私達の間であればそれは無粋ともいえる訪問であったが、思い返せば極々普通のことだった。目を瞬かせ、和やかとも言えた教皇の間に乱入してきた影を私は凝視する。視界にまず入るのは、眩いばかりに輝く黄金の聖衣。光を反射し、自らも輝くそれはまるで太陽のように鮮やかに目を刺激した。一人の人物の聖衣の背中には、大空をも自由に飛べそうな大きな翼が両翼を広げるように背負われている。握り締めている弓矢がとても物騒である。もう一人は肌の露出が極めて少ない、けれど重厚な聖衣でその聖衣に映えるように、鮮やかな空のように蒼い髪が背中を流れていた。小脇に抱えてあるバケツ・・・いやいや。ヘッドパーツが相変わらず不気味である。とりあえずその聖衣を認めて、たしかあれは双子座と射手座だったかと記憶を掘り返した。
「お前達・・・」
「教皇!・・・・貴様、何者だ!!」
「今すぐ教皇から離れよっ」
「うーわ、敵意満々だね」
驚いたように呟いたシオンに2人が視線をやったのも一瞬、次の瞬間には私を睨みつけて拳を構えた。高められていく小宇宙は流石黄金とでも言おうか。体は未成熟でも立派なもんだねぇ。感心しつつ、そんな悠長にしてる場合でもないことに、攻撃を仕掛けられた後気づいた。遅い。攻撃的に高められた小宇宙が、帯電しながら少年の拳に集まっていく。
だんっと勢いよく石畳の床を蹴り上げ、肉眼ではきっと追いきれない・・・それが真実ならば、光速でそれは私に肉迫した。生憎と見えてたりする私はすでに常人ではないんだろうなぁ・・・。いや、小宇宙だよ小宇宙!!
「っ止めよアイオロス!!」
仕掛けてきた少年に、シオンの静止がかかる。が、聞こえないのか、頭に血が上っているのか、攻撃を仕掛けてきた少年の拳は止まらない。金の弾丸が迫り来る。そしてそれは、私の目の前で咆哮と共に炸裂した。
「アトミックサンダーボルト!!!!!!!!」
突きつけられた拳から、凄まじい小宇宙が噴き上がる。雷光を放ちながら、刹那の光のようにそれは襲いかかり。教皇が隣にいるのに遠慮がないなーと暢気に考え、流す為に緩慢に手を翳した。しかし、攻撃を回避するために力を高める前に、私の前に人影が踊り出た。軽く目を見開き、私を庇うように出てきた後ろ姿を凝視する。背中に流れる長い髪と法衣が、小宇宙の解放による暴風で大きくはためいた。
「クリスタルウォール!!!」
シオンの声が、高らかに教皇の間に響くと同時に、私達の周りに見えない壁が張り巡らされたのがわかった。それが完全に巡ると同時に、少年から放たれた攻撃と、クリスタルウォールが激突する。あ、やばいこれ。思ったが最初、私はシオンの後ろから手を突き出して小宇宙を練り上げた。技と技のぶつかり合いによる爆発が起こる刹那、意識を研ぎ澄ませ、開いたのは異空間。爆発した小宇宙の周りにだけ異なる空間を作りだし、力を包むように展開させる。襲い来るはずの乱流も、莫大な光も、異なった空間に隔てられて教皇の間に広がることはない。要は小宇宙を異空間という袋に閉じ込めて、爆発を防いだわけだ。広げた手を少しだけ曲げると、ぎゅっと同じように異空間も小さくなり、袋に押し込められたような形になった小宇宙もまた小さくなる。上空で空間に包まれて荒れ狂う小宇宙の爆発を眺めながら、間一髪だったなぁ暢気に考えてゆっくりと手を握り締めた。
動作に反応するように異空間も狭まり、小さくなっていくと小宇宙もまた同じように小さくなっていく。ぐっと完全に手を握ると、開いていた空間は閉じてそこには何事もなかったような平穏な空気が流れた。いっそ不自然なまでに、静かになる。閉じ込めた小宇宙は異空間で爆発していることだろう。あそこはどこでもない場所。何が起こるかわからないが、その代わり何が起こっても勝手に処理される場所。ギリギリセーフ、と安堵の吐息を零して上げていた腕を下ろした。
「ったく。シオン。庇ってくれるのはいいけど、ただの力と力のぶつかり合いだけじゃこうなること、ちゃんと考えないと危ないでしょーが」
「・・・・・申し訳ありません」
「それとそこの少年も、場所と力加減を考えなさい。こんな狭い空間で広範囲の技は危ないんだから。しかも私の隣に教皇がいるのに手加減なしってどうかと思うわよ。以後、気をつけなさい」
「あ、はい!」
唖然としていた少年が咄嗟に背筋を正して返事を返したのによろしい、と返しながら溜息を吐く。静まり返った教皇の間で、私は首を傾げつつ唖然としている少年2人を見つめる。
2人が物凄く困惑しているのが判り、どうしたものかと思いつつシオンに視線を流した。
・・・・・・・・・うわー落ちこんじゃってるー・・・・・・・・・・・・。しゅん、と擬音がつきそうなほど項垂れているシオンに頬を引き攣らせつつ、そんな落ちこまなくても、と内心で呟いた。
おいおい教皇、こんなことぐらいで落ちこんでてどうする。ていうか、お前もう200歳以上いってるんだろう。子供みたいな反応をするシオンに、もしかして思考回路が昔に戻ったか、と危ぶみつつ苦笑を零した。
「まあ、今後気をつけてくれればいいわけだし、別にこうして被害はなかったんだし、気にしない気にしない」
ぺしぺしとシオンの肩を叩いて慰めつつ(フォローも大変だ)少し浮上したシオンに頷いてやって、それから警戒は解いていないが、困惑している2人に視線を流した。
ふむ。なんというか、変なことになったなぁ。異様な雰囲気になった教皇の間で、のほほんと私は他人事のように傍観していた。