07:日々徒然



 さて、ひとまず面倒この上ないから、私はもう誰かを師事するつもりはなくてよ。
 修行をつけて、と頼んできたアイオロスに口調を変えつつさらりと返すと、不満そうに唇を尖らせた。

「なんでっ」
「面倒だからって言ったでしょ。大体聖闘士でもないただの一般庶民に天下の黄金が師事を願ってどうするの」

 シオンと童虎の場合は聖闘士候補生だったし、何よりアテナ自らのお願いだったのだ。
 無論波風立たなかったわけではないが、まあそこは鶴の一声ならず女神の一声で事無きを得たわけだが。まあ、反対されたらそれはそれで私の面倒がなくなるだけだから、問題はなかったわけだけど。まあそうなってたら今現在、私はここまでスムーズに聖域暮らしを決めてなかったわね!なんだろうか、これも真理の策略?どちらにしろ結果オーライ、終わりよければ全てよし。

が一般庶民って間違ってる気がするんだけど・・・」
「あはは。私も思わないでもないけど少なくとも聖闘士ではないのは確かだからね」
「でも教皇と老師を師事してたんだろう?」
「まあね。そのおかげで今現在があるわけだし」

 いや本当、縁って不思議よねぇ。しみじみとしつつ、人馬宮の中庭にて、元々設置されてある椅子とテーブル(まるで憩いの場ね)の上で寛ぎつつ、入り口の方から感じれた小宇宙に視線をついと向けた。

「お茶をお持ちしました」
「ありがとう。そこに置いておいてくれるかしら」
「畏まりました」

 そういって無駄な動作なく、テキパキとお茶の準備をしていく女官さんに、うっとりと微笑みながら熱視線を送る。視線に気づいたのか、女官さんは顔をあげてにっこりとまるで花のような微笑を私に向けてくださった。さらさらと透けるように白い白磁の肌を、柔らかな金髪が滑り揺れる。長い金色の睫毛に縁取られた白い瞼の下から覗く、苔生した水底のような碧色の瞳が柔和に細められて、それはもう文句なく美しい。否、顔立ちはまだ幼さが出ているから、この場合は愛らしい、だろうか。どちらにしろ眼福には違いなく、あぁやっぱり美人さんって素敵!と心の中で歓声をあげた。

「うふふ。様はまた射手座様に駄々をこねられているのですか?」
「そうなのよねぇ。なんていうか運動が好きな子なばかりに・・・勉強もしなさいよ」
「うっ・・・そ、そういうのはサガの方が得意なんだ!」
「いやどちらにしろ自分もやらにゃいけんから。まあ困るのはロスであって私には全く関係ないからいいけどね?」

 朗らかに微笑みつつ、淹れてくれたお茶の香りを楽しむ。アイオロスがうぅ、と低く唸るのをくすくすと控えめに笑いながら、女官はそれでは、とまたしずしずと退出していった。
 あぁ、本当に素晴らしい。そのしなやかな後ろ姿を見送りつつ、やっぱ品のある女性って麗しいわぁ、とうっとりと溜息を零した。いやはや何気に聖域ってば見目麗しい女性がたくさんで嬉しいわ。やっぱりあれよね。教養とか資質とかも勿論だけれど、やっぱり見た目も大事なのよね。女神に仕えるんだから、やっぱりねぇ。ほら、アテナっていえば黄金の林檎でアフロディテとかと張り合ったっていうし。結構な美人さん、まあ私が対面したアテナはまだまだ女のおの字も見うけられないお子様だったわけだけれど。の割りに性格は我侭小娘、をちょっと策士にしておおらかさを加えた感じ?だったな。さておき、ともかくもやっぱり見た目は大切だということだ。人間中身だ!と声高に叫んでいようと、所詮第一印象は見た目である。見た目が悪ければどんなに中身がよかろうと、近づいては貰えないのである。
 近づいてもらえない限り、第一印象の払拭はできない。まあつまり、世の中容姿が良い方が断然得なんだよねやっぱり。さておき、ずず、と行儀は悪いが音をたててお茶を飲みつつ(日本茶だったらそれもまた風流、なのだが)茶菓子に手を伸ばすロスを見る。

「大体もう聖闘士の位貰ってるんだから、いいんじゃない?私につけてもらわなくても」
「それとこれとは別。女神のためにも地上のためにも、そして弟のためにも。俺はもっと強くならなくちゃいけない」
「弟・・・?」

 聞きなれない発言に思わず眉宇をひそめる。いやそれは初耳だわ。弟なんかいたのあんた。きょとん、目を瞬きつつ小首を傾げると、アイオロスも同じように首を傾げてあぁ、と頷いた。

「俺、下に弟が1人いるんだ。父さんも母さんも死んでしまって、今は聖域で一緒に暮らしてる」
「ふぅん。ここで?」
「うん。今は寝てる時間」

 そういってにっこりと笑うアイオロスは、あぁなんというかお兄さんなんだなぁ、と思った。
 慈しみ、心の底から大切なのだと判るような微笑み。親を失ったとしても、アイオロスはきっと弟がいるから頑張れているんだろう。重荷としない、むしろ支えとしている、それはなんて強い心根だろうか。しかしまぁ、やっぱり親なしなのか。聖闘士なんて大半がそれだなんて知ってたけど。身内の縁などなく、俗世から切り離していたほうが後腐れがないのは確かだから、確かに都合がいいんだろうけど。ヘヴィな話しである。常々疑問に思うが、まず与えられるべきものの存在すら知らず「愛」を謳えるのだろうか、と思うのだがそこのところいかがなのかな?まあ所詮私は部外者。誰かを弟子にとっているわけでなし、突っ込むのはお門違いというものだ。しかしやっぱり聖域って感じじゃないよなぁ、と思いつつ、その内にその弟とも会うことがあるだろう、とぼんやりと考えた。ここにこうしている限り、確実に会う気がする。なんか知らんが私はそういう主要人物っぽい人間とはよく遭遇するからね。
 まあそれがいつ、とかはわからないにしても・・・さておき。

「弟の名前は?」
「アイオリア」
「アイオリア、ねぇ・・・。弟君は聖闘士になるわけ?」
「まだ、わからないけど・・・たぶん」
「なるほどなるほど」

 なんていうか、出来るならばその道を選んで欲しくない、という顔だな。
 しかし、それも当たり前だろう。誰がわざわざ唯一の身内を危険に晒さなければならないんだか。わざわざ血生臭いところに出る必要もないと思うし。しかも子供が。
 まあ、聖戦がいつあるかなんてわからないから今回もないかもしれないけど・・・。
 あぁ、だけど駄目だな。聞く話によるともう200数年の周期は巡っている。しかも射手座も決まっているのだ。女神はおのずと今世代に降臨するのだろう。難儀な話しである。ふむ。

「アイオロス、とりあえず今は一つだけ言っておくわ」
「え?」
「修行云々は気が向いたら、ということにして(まあたぶんやらないと思うけど)誰かの為に命を捨てる覚悟はドブに捨てろ」
「えぇっ?!ドブって・・・」

 ことん、とカップをテーブルに置き、微笑む。まずは何事も心構えからである。
 精神の伴わない力はただの暴力、宝の持ち腐れ。身体を鍛えればおのずと精神も、というが、心構えはまた別だ。強き心なき肉体に強き力など望めるべくもない。故に私はまず精神を説いてやろう。語るぐらいならやってもいいし。まあ物凄い個人的な考えなわけだけどさー。見開いたアイオロスの目を見つめて、眉間にそっと指を突きつける。

「死ぬ覚悟なんて私は認めたくないし、どうせならば最後まで生きる覚悟を持たなくちゃ」

 死ぬことが望みだなんて馬鹿なこと言うような人間でもないでしょう。びしっと突きつけた指でデコピンをお見舞いしつつ、反射的に目を閉じて額を擦るアイオロスに、ただ告げた。

「今を生きるものの使命はね、次代に繋げることよ。勿論場所を守ることもそうだけれど、教え導くことも大切なの。だからこそ、生きなければならないわ」
「・・・それが、心構え?」
「そうね。死ぬ気でやるのと死ぬつもりでやるのは別よ別。ていうかさ、死にたいわけじゃないでしょ?」
「そりゃ、まあ。・・・・死ぬつもりなんてないし」
「そうそ。それがまず第一。そうしたら死なないためには、って考えに行けるしねぇ。あとは自分でガンバレ」

 にっこり笑って、神妙な顔をするアイオロスに目を細める。ふふ。さて、逃げるか。
 よっこいせ、と婆くさい掛け声とともに腰をあげて、再び修行をつけて!といわれない内に退散を決め込む。だって、やっぱり面倒なものは面倒なのである。
 というわけでアイオロスが消化しているうちに、さっくりと人馬宮を出て・・・・・・・・・・。

!英語について教えを願いたいのですがっ」

 いきなり物陰から飛び出てきたサガに思わず顔を顰めてしまうのは、まあ仕方ない?
 そしてそのサガの声にアイオロスも気がついたのか、わたわたと走りよってくる気配がする。うわぁ、めんどくせー・・・。ていうかなんだよもう。そんなの神官の皆様に教えて貰えよ。
 なんで私なんだよ。私部外者だってばよ。色々言いたいことはあったのだが、とりあえずなんか逃がさないとばかりに足元に絡みつかれては、疲れも倍増というものである。
 あぁ、とりあえず、アナザーディメンションでシオンのところにでも飛ばすべき?
 こんな感じに、私は日々黄金2名から教えを請われる毎日です。ついでに、周りからも奇異の視線を貰う毎日でありまして。直感だが、なんか面倒に巻き込まれそうだと思う今日この頃。