01 質問禁止事項



っ覚悟ーーーー!!!」
「ウザイ」

 いきなり頭上から聞こえてきた声に、童虎とシオンも動かしていた鉛筆を止めて思わず上を振り仰いだ。そして上から降ってきた人影が、着地する前にの光速で投げた拳大の石によって撃沈される決定的瞬間を視界に納めた。おおよそ擬音では言い表せない恐ろしい音が、比較的穏やかだった森に響き渡る。そして、石により撃退された人影が、情けなくも地面にべしゃあ、と墜落すると、再び森は静寂を取り戻した。大分不気味な静寂だったわけだが、地面に墜落した人物を鬱陶しそうにみやっていたは、そのままスタスタと自分が落とした人物に近寄った。何をするのだろう、というかあれ誰?と首を捻る弟子2人にお構いなく、しゃがみこんで突っ伏している人物、体格からして男、しかも聖衣を着てるから聖闘士、らしき人物の首根っこを掴み、は空間に手を翳す。すると、どうだろう。
 2人の目の前で空間にぽっかりと洞のような穴が開いたのだ。大きく目を瞬いて(実は師の技を見るのはこれが初めてだった)その様子を凝視していると、開いた穴にはなんの躊躇いもなく、

「えい」

 と、やる気のない掛け声と共に聖闘士らしき男を放りこんだ。あ、とどちらということもなく思わず呟きが零れると、男を飲み込んだ穴はぴったりとその口を閉じて、何事もなかったかのような光景が再び広がった。チチチチ、という可愛らしい鳥の鳴き声が、穏やかに森の中に響いている。燦燦と降り注ぐ太陽の光は暑くもなければ寒くもなく、丁度良い加減で、実に心地よい。動けば軽く汗ばむも、過ごしやすい気候の中で2人は振り向いた師の輝かしい笑顔を見た。今まで、これほどまでに輝いている師の笑顔があっただろうか?
 思わずそう自分に問い掛けたくなるほどに、は一仕事終えたと言わんばかりの清清しい笑顔を満面に浮かべていた。

「あれ、なに止まってんの2人共。さくさくとやりなさいよー」

 硬直している童虎とシオンに、訝しげに眉を顰めたは腰に手をあてて立ち止まる。
 その、さっきまでのことなど何もなかったかのような態度に、幼いながら2人は悟った。曰く、

「はい!先生」
「すぐ終わらせます!」

 触れちゃいけないことなんだ、と。にこぉ、と可愛らしく満面の笑みを浮かべて、すぐさま課せられた課題に再び取り組みはじめた弟子2人を満足そうに見ながらは頷く。
 ちなみに2人がやっているのは聖闘士の修行というよりも一般教養であり、今やっているのはギリシャ文字の書き取りだったりして、時々カリカリという鉛筆の音が途切れて消しゴムを使う音も聞こえる。更に言えば用意された勉強道具はが何処からともなく取り寄せたものであり、そのことを尋ねてもはただ笑顔で「企業秘密」としか答えてはくれなかった。そもそも2人は鉛筆と消しゴムなんて存在は知らず、最初の疑問はこれは何?だったわけだが。暖かい日の下では眠たくなるような勉強だが、いかんせん聖闘士云々の前にこれをやっていなければギリシャでは過ごしていけない。ついでに言えばこの後は算数が待っており、その後にようやく聖闘士修行が待っていたりして、さながら青空教室そのものであったりとか。その光景は、本当に和やかな勉強風景であり、とてもとても平和的だった。その後、あの奇妙な襲撃者がその日の内に3回やってきて、3回とも満足な会話もすることなく撃墜され、同じような方法で処理されたりしたわけだが、3人は何事もなかったかのようにその日を満喫し、童虎とシオンは、決してその人物について尋ねたりすることはなかった。そのことにとても満足そうに笑っていたが嬉しかったこともあるのだが、何より。
 その襲撃者が来ていた聖衣が輝かしい黄金だったなんて、認めたくなかったからだった。