07 これは賭け



 どくどくと騒がしく鼓動を刻む心臓を服の上から握り締め、シオンは息を詰めた。
 童虎はどこにいるだろう。無事に隠れているのだろうか。チラ、と兄弟弟子の姿が脳裏を横切ったが、シオンは小さく頭を振るとそれを追い出した。他人の心配をしていられるほど、自分もまた余裕などないのだ。自分に課せられたことを成し遂げなければならないのだから。イチかバチかの要素が高い。それだけあれは手強いのだ。けれど、やらなければやられる。限界まで身を縮め、シオンは息を潜めて茂みの中で丸くなった。
 緊張が神経をすり減らす。心臓の音が耳に響き、あまりにも大きく聞こえて益々強く服を握り締めた。汗が背中を伝い、喉が上下する。ぞくりと、背筋に悪寒が走り、シオンは咄嗟に茂みから飛び出した。瞬間、さきほどまで隠れていた場所に瞬くような流星が振り注ぐ。
 否、それはただの石っころだが、それなりのスピードを持ってして投げられたそれは立派な武器だ。ぞぉとしない感覚に肌を粟立たせ、シオンはわき目もふらず走り出した。
 その後を追うように、幾つもの飛礫がシオンを襲う。それを紙一重がでかわしながら、肌を浅く飛礫が掠めていった。恐ろしさと緊張に、もつれそうになる足を懸命に動かしてシオンは開けた場所に出た。身を隠すところもないそこは、まさしく相手にとって格好の場所だろう。けれど、シオンはその広場を突っ切った。小さ身体を曝け出し、地面を力強く蹴り上げる。飛礫が飛んでくる。シオンはそれを横目で確認し、同時に飛礫とは違う大きな影を見出し、シオンは横っ飛びに思いっきり飛んだ。同時に、叫ぶ。

「童虎!!」

 瞬間、大人の背丈ほどはあろうかという大きな岩が空中に踊り出た。大きな影が地面に現れ、それは迷いなく落とされる。そしてそれは、地面に到達する間もなく、音をたてて粉々に粉砕された。幾つもの破片があたりに飛び散り、シオンは慌ててそれを回避するように茂みに飛びこむ。轟音が響き、ばしばしと地面に叩きつけられて跳ねる石片が、茂みを抜けてシオンの横を過ぎた。ばしぃ、と音をたてて木の幹にぶち当たる。少々抉れた幹の木肌から、新しい木肌が見えた。やがて岩の欠片が飛び散るのが終わり、大気を震わせた轟音も余韻を残しながら消えていく。そっと茂みからシオンが顔を覗かせた瞬間、ひたりと首の後ろに手が添えられた。

「ゲーム・オーバー」

 楽しげな声と共にそう告げられ、首を掴まれた瞬間、硬直していたシオンは恐る恐ると後ろを振り向いた。真っ先に飛び込んできたのは、満面の笑顔で迎え入れるの姿だ。
 更にシオンは目を動かし、逆様に浮かんでいる童虎をその赤い目に収めた。額を全開にし、眉を寄せて悔しそうな顔をしている童虎は、口をへの時に結んでいる。
 その様子に、浮かんでいる、というよりも、浮かばされている、と言った方が正しいのだろうと判断する。恐らく身体も金縛りによって動かせないに違いない。そこまで思考し、シオンはがっくりと肩を落として、両手をあげた。

「負けました・・・」
「はいはい。んじゃ童虎をフォーユー」
「わぁ?!」
「ぐぇ!」

 至極愉快そうな笑みを作りながら、は浮かべていた童虎をシオンの上へと落とした。
 どさぁ、と2人がもみ合うように倒れこむ。蛙が潰れたような声を出したシオンは、上に落ちた童虎の背中をばんばんと叩き、童虎がいたた、とぼやく間に悪態と共に渾身の力で蹴り退けた。

「おっもい!!」
「いたっ!ちょ、蹴ることないだろぉ?!」
「いつまでもお前がどかないからだよっ。もうっ。折角作戦考えたのに~~~!!」

 憤慨したように腕を上下させて地団太を踏むシオンに、童虎もぶすっと頬を膨らませた。

「そんなの!お前がわざとらしく逃げまわるからじゃんかっ」
「なにおぅ!?童虎がちゃんとやらないからだろー!!」
「にゃにぃ・・・・!!大体お師匠も「最後まで気を抜くな、目標達成が1番危ないんだぞ」って言ってたのにシオンがさっさと逃げないのが悪い!」
「岩使ってめくらましまでやったのに決められなかった童虎に言われたくないよっ。先生だって「一撃必殺」って言ってたじゃん!」
「シオンのせいだ!」
「童虎のせいだよ!」
「どっちも未熟だからに決まってるでしょうが」

 ずびし、と二人の頭に手刀が落とされる。いた、と同時に小さく悲鳴をあげ、2人は呆れた様に佇むをねめつけた。腰に手をあてて見下ろすは、泥だらけの童虎とシオンに肩を竦める。

「他人のせいに出来るほどアンタ等まだ出来てないんだから、そんなことよりも何が駄目だったのか考えなさい。これで374回目よ。アンタ等がゲームオーバーになったの」
「うぅ・・・今度こそはって思ったのにぃ・・・」
師匠強すぎ!タイミング合わせたのに」
「弟子にそう易々と負けられるわけないでしょうが。にしても日に日に過激になるわねぇ」

 そう呟きながら向けた目には、岩の破片が飛び散っている広場が見える。岩を粉砕したのはだが、岩をぶつけてきたのは童虎とシオンである。最初の頃は素直に逃げまわっていたのになぁ、とは遠くを見た。
 3人がしていたのは、自称「なんでもありの鬼ごっこ」。ルールは鬼に捕まらないこと、鬼に一撃を加えること。二つ目のルールは後から付け足したものだが、それに付属してなんでも有りに相応しいように、武器道具・罠・反撃・攻撃と普通の実践と大して変わりはない。
 ただそこに「鬼ごっこ」という言葉をいれると、あら不思議。まるで遊びのような響きを持つのだ。そのおかげか、割りと楽しんでいる弟子2人の様子に、は満足そうに頷いていた。しかし、何でも有りなのだから言う事ではないのだが、そろそろ手段問わなくなってきたなこいつ等、とは考えた。最初は落とし穴とか、可愛いものだったのが、終いには岩をぶつけてくるまでになった。粉砕した飛礫に紛れて童虎がしかけ、シオンは茂みに隠れてやり過ごす。童虎が一撃をいれれば勝ち、シオンが逃げきってもまだゲームは続行。
 もっとも童虎は一撃をいれられなかったし、シオンは捕まったのだから無意味に終わってしまった作戦だったのだが。大人しく何が悪かったのか考えている二人の旋毛を見下ろし、は目を細めた。賭け要素が高い内は、まだまだなのだということに気づけ、と内心で呟く。作戦とは、綿密に綿密に作り上げ、勝利を確信させるための代物なのだから。