08 あなたまでの距離
腕を伸ばせば容易に届く。白い衣服に触れて、握り締めるとその時ようやくその人は振り向いた。極自然に落とされる視線。自分の持つ色とは違う色の瞳が、瞬きに隠れた。
唇が持ちあがる。三日月に弧を描き、微笑んだ。遠い。首が痛くなるまで後ろに逸らして、やっと自分はその人の視線と合うのだ。首が疲れるまでその角度を維持して、やっと自分はその人の笑顔が見れるのだ。遠かった。それが悔しくて意地になって見上げ続けると、その人は不思議そうに小首を傾げて、しゃがみこんだ。近い。けれど、それは望んでいた事じゃない。近づいて欲しいんじゃなかった。近づきたかった。この人に。だから眉を顰めると、益々不思議そうな顔をして、その人は苦笑した。頭を撫でられる。自分の内を知られたような羞恥が全身を駆け巡り、唇を噛み締めて俯いた。それでも振り払えないこの優しい手の存在が、時々ひどく厭わしい。羞恥と同時に感じる、受け入れてくれているのだという感覚が、きっと振り払えない理由。往復する掌を感じて、目の奥が熱くなった。
あぁ、いつもこの人はとても簡単に自分の全てを暴いていく。あまりにも無造作に、なのにするりと当たり前のように。暴かれる自分。その時に感じる嬉しさと、恥ずかしさと、そしてどうしようもないほどの悔しさを、あなたは知っているだろうか。近づいて欲しいんじゃないんです。貴方から近づいて欲しいのではないのです。自分が貴方に近づきたいのです。
貴方を見下ろせるぐらいに大きくなりたい。貴方を抱きしめられるぐらいに大きくなりたい。
「大きく、なりたい、です・・・っ」
引き攣れた声で吐き出すと、やはり往復する手はやさしかった。
「ゆっくりなっていけばいいよ。急がなくても、大きくなるものだからね」
声は深い。響きは遠く、優しく、包むように。子供な自分。大人なあなた。
大人になればあなたに近づけるとか、大きくなれば近づくのだとか、そうじゃないことに自分は気づいてしまった。
子供な自分。
大人なあなた。
背丈と同じようにあとどれぐらいだと、明確にわかればこんなにも息詰まる思いをしなくてもいいのに。