嘘に限りなく近い真実



 少し小高い丘のような場所で、小さな花が風にそよぐ。穏やかな風に心地よさを感じながら、説明がめんどくさいなぁ、とぼやいた。
 柔らかい草の上に腰を下ろし、空を仰いだ。晴れやかな青空が視界に入り、白い雲がぽっかりと浮かんでは物静かに流れていく。平和だねぇ、なんてのんびり考え、上向けていた顔を戻してのほほん、としているコレットとロイドから、チラチラとコチラを見るジーニアスに視線を流した。

「さて。何処から話そうかね」

 年寄り臭い口調で言うと、花を眺めていたコレットがその海色の瞳を瞬かせて首を傾げた。さらり、と肩をプラチナブロンドの髪が落ちていく。

は、異世界からのお客様なんだよね?」
「そんな上等なモンじゃないけど。・・でも、そうね。まずこれだけは言っておこうか。ロイドの言ったことは本当。私は、こことは違う世界から来たわ」

 来たっていうよりも連れてこられた、という方が正解に近いが。あえてそれを言うこともない。真理の話しはロイドにもしていないし。もっとも、ロイドの頭で(悪いが、私はロイドの頭の中身をさほど高く評価していない)その概念を理解できるとは思えないからだ。
 そもそも根本的に人が、あの存在を理解することは不可能だ。私だって、実際あれを見て、感じ、教えられたからこそあれはああいうものだと判るが、ソレを口に出して説明しろ、と言われたら眉を寄せて考え込む。真理を説明することは、一生かかっても無理だろう。
 ・・・いや、本当は皆知っていることだ。みんな本能にそれを刷り込まれている。だけど真理を垣間見るのはきっと、命が授かった瞬間と、そして死ぬ一瞬。
 ほんの一瞬の内に真理を垣間見、そして忘れていく。大体真理なんて生きる全てのものの数だけあるもんだし。あえてそれを口に出して言うなら、『世界』としかいいようのないものだろう。

「冗談じゃないよね?」
「至って真面目な話し。伊達や酔狂でこんな突拍子もないこと言わないわ」

 こんな嘘ついたところで私に利益なんてないんだから。ジーニアスの疑い深い目に、肩を竦めておどけたように言った。暗めの青の瞳が、食い入るように向けられる。そこに、ロイドがやや面白くなさそうな顔で口を挟んだ。

「ジーニアス。がそう言ってるんだ。なんで疑うんだよ?」
「ロイドが信用し過ぎなの!普通、異世界だなんて言われてはいそうですか、なんて納得できないからね!」
「それは私も同感ね。言っとくけど、ロイド、あんたの反応の方が可笑しいから」

 普通はロイドの援護に回るべきなんだけど、考え方としてはジーニアスの方が共感を持てる。ジーニアスと私に言われ、うぐっと言葉を詰まらせたロイドがそうなのか・・・?と首を傾げた。ダメだ。コイツも天然だ・・・・・・!

「でも、が異世界から来たのは間違いないんでしょ?」
「そうだけども・・だからといって、簡単に信じるのもやっぱどうかと思うのよねぇ」

 コレットだけはロイドの味方なのか、そうやって言ってくるので困ったように眉を下げた。
 信じることは良いことだけど、しかし信じすぎるのはただの馬鹿としか思えない。私の台詞にうんうんと頷くジーニアスが、真剣な顔でロイドに詰め寄った。

「いい?ロイド。ロイドは馬鹿正直なお人好しっていうか、傍から見たらただの考え無しだけど・・・とにかく。なんでもかんでも人の言ったこと信用しちゃ駄目なんだよ!判った!?」
「あ、あぁ・・・ってお前今なんか俺のこと馬鹿にしたようなこと言ってなかったか?」

 ジーニアスも大概毒舌だ、と思ったけれど、問い掛けなくても確実に馬鹿にされてることに気づけ、ロイド。
 問いかけつつもジーニアスにはぐらかされて有耶無耶にされている様子にやっぱり鈍いなぁ、なんて呆れて目を半眼にする。て、そうじゃなくて。本題に話を戻そう。

「まあということで私は異世界から来たのよ。質問は?」
「じゃあ、仮にが異世界から来たとして、どうやってきたのさ?」

 ふむ、良い所をつくね、ジーニアス君。スイッチを切り換えるように戻ってきたジーニアスに感心しながら、にやりと笑みを浮かべた。この中で一番頭いいのはジーニアスだなぁ。常識もちゃんとあるし。

「方法を言うなら、扉で・・・扉の説明をするなら、たぶんこの世界と私の世界を繋ぐ扉ね。そこをくぐってきたのよ。もっとも、そこに私の意志はなかったけどね」
「じゃぁ、その扉は今も何処かにあるの?」
「在るといえば在る。それは世界の扉だから、何処かには必ず」

 コレットの問いかけに、セフィロトの姿を思い浮かべて苦虫を噛み潰したように渋い顔をした。あれは世界の扉。真理への入り口。確実に、何処かには存在しているだろう。それは確信だ。あの傲慢極まりない真理と共に、何処かに在るだろう。しかし。

「だけどそれは今はもう私の目にも、誰の目にも見えないし、あれの元に行く術もないわ。どうやって扉のある場所に行けばいいかも、その場所すらも・・・私はこの世界での帰り方をまだ見つけていない」

 今度はどれくらいかかるんだろうか。そもそもどうやって見つけようか。やっぱ旅して探し回るしかないのかなぁ。でも異世界へ行く方法なんて、あるのかしら。賢者の石のように莫大なエネルギーを持つものがあるのか、この世界に。等価交換さえ覆すような、そんな莫大な力が。ポツリと呟いて、思わず溜息を零した。厄介なことだ。

「大丈夫だって、!絶対帰れるっ。一緒にが帰る方法、探してやるから」
「そうだよ。わたしも、が帰れるようにお手伝いするよ?」

 拳を握り締めていってくるロイドに目を瞬き、コレットの穏やかな笑みに息を詰める。
 本気で心からそういってくれてることが判って、くすぐったいような、むず痒いような、そんな微妙な気分で苦笑した。慰められた、のかな?

「ありがと。でもまぁ、今は考え込んでても仕方ないし、とりあえず異世界を楽しむことにするわ。この村もまだよく見てないし・・・あぁ、そうだ。で、ジーニアスは他に何か聞きたいことある?」
「え・・・えーと、・・・の世界って、どんなところだったの?」
「私の世界ねぇ。一言じゃ言いきれないけど結構文明が発達してたわね。機械とか、そういうのが。もっとも、この世界ほど綺麗ではないけど」

 薄汚れた空気に、丸裸の森、乾いていく大地に、溶けていく氷山。環境問題の著しい世界よねぇ、こういう自然が一杯の世界を見るとつくづくそう思う。国際問題も山積みだし、人間関係も殺伐としてるし。ロイド達のような存在が、ひどく珍しい世界かもしれない。

「へぇ。他には?何があるの?」

 興味津々なジーニアスに、やっと年相応らしい部分が見えて笑った。よくよく考えてこの世界ももしかしたら美形率が高いかもな。コレットは文句無く美少女だし、ジーニアスも整った顔しるてし、ロイドも系統は違うが精悍な顔つきしてるし。容姿に文句のない人達ばかりで実に良い目の保養ね!

「色んな国に色んな言葉、色んな人種がいるわ。白人から黒人、黄色人に、アメリカ、日本、ドイツ、フランス、中国、イギリス、韓国・・・数え上げたらキリが無いぐらいたくさん。そういやここの料理はさほど私のところと違いはないのよね。そこはちょっと驚いたなぁ。結構違うかと思ったけど」
「そうなんだ。じゃあわたしたちの世界との世界も、同じところと違うところがあるんだね」

 ニコニコ笑顔のコレットに、こうして考えると結構共通点があるんだなぁ、としみじみと思う。
 銀髪の人間なんてそういないけど。・・・・・・・・・・・まあ、それ以上にカラフルな面々がいるのであえて言及はしない。ていうか個性の強さだけなら確実にアッチの方が強い!恐ろしいほどに!!

の世界にも色んな人間がいるんだな」
「そりゃまあねぇ。この世界にも色々いるでしょ。ダイクさんだってドワーフだし。私の世界なんてドワーフなんか物語の中だけの存在よ」
「えぇ!?そうなの?」
「そうよー。あぁ、そういやここドワーフがいるんだからエルフとかもいるのかしらねぇ」

 やっぱりファンタジーの王道と言えばエルフよねぇ。しかも絶世の美貌の持ち主が多いって話しじゃない?見てみたいなぁ。話しの種として。そしてあわよくば魔法もみてみたい。いや、だってなんかありそうじゃん。この世界。

「なに言ってんだよ!エルフなら目の前にいるぜ」
「は?」
「えへへ。にはまだ言ってなかったよね~あのね、。ジーニアスはエルフなんだよ」

 胸の前で腕を組んでにこにこ笑うコレットに、目を瞬いてジーニアスに視線を移すと、曖昧な笑みを浮かべて頷いた。

「うん・・・ボクと、もう一人。姉さんがこのイセリアで唯一のエルフなんだ」
「そう、なんだ・・・。うわぁ、まさか本物にこんなあっさり会えるとは思わなかった」

 そういうと、ジーニアスの曖昧な笑みが更に深まる。それがとても憂鬱そうで、そして複雑そうで。年に見合わない誤魔化すような笑みが、痛々しかった。けれど、それは私が触れていいものじゃない。出会ったばかりの他人が、その奥深くに・・・あるいは傷のようなものに、触れていいはずがない。だからこそ、気づいていることに気づかれないように満面の笑みを浮かべた。

「エルフって魔法使えたりする?」
「勿論。それがエルフの特徴の一つでもあるからね」
「なるほど、なるほど。今度見せてよ。私の世界に魔法なんてないし」

 錬金術な世界になら行ったけど。そういうと、いいよ、と快く快諾してくれたジーニアス。これは実に良い土産話が出来そうだよ天国、健ちゃん。

「ていうかジーニアスにお姉さんなんていたんだ?」
「あぁ!リフィル先生っていって、学校で勉強教えてくれてるんだ。色々知っててすごいんだぜ。ちょっとおっかねぇけど・・・あ!!!」

 そのリフィル先生とやらについて語るロイドが、唐突に何か閃いたように声をあげた。そして、目をキラキラさせてすくっと立ちあがると握り拳をする。立ちあがるロイドに、私とコレット、ジーニアスの視線が動いた。

「そうだよ、リフィル先生ならの世界への帰り方も何か知ってるかもしれねぇ!」
「あぁ!そうだね!リフィル先生って、すっっごく頭いいもんねっ」

 名案でも思い浮かんだように喜喜として言うロイドに、コレットも嬉しそうにはしゃいで賛同する。それを唖然と見ながら、頭がいいこととそれは関係ないだろう、と思わずツッコミを入れたくなった。

「あー・・そんなにリフィル先生とやらは頭がよろしいのかね?」
「姉さんの頭は本当にいいよ。色々知ってるし・・・ボクが保証するよ」
「ふむ。(でもやっぱ期待は出来ないよなぁ)・・・ところでジーニアスは私の話しを信じることにしたの?」

 なんだか盛りあがってる二人はさておいて(私の問題なんだけども)ジーニアスに問い掛けると、一瞬きまずそうにしてから、照れ笑いを浮かべて頭をかいた。

「本当は、まだ半信半疑なんだけどね。でも、ロイド達は信用しきっちゃってるし・・・も、嘘言ってるようには見えないし。この際深く考えないほうがいいかなって。・・・だめ、かな?」
「んーん。いいよ、別に。それで十分」

 上目遣いに伺うジーニアスに目を細め、そのまま少し癖のついた髪を撫でる。優しい子だと思う。私が傷ついていないか、心配してくれた。信じてくれなくともいい。むしろ、信じて欲しいなんて思っていない。そんなこと、別に大した問題じゃないのだ。だって私はここにいて、そして彼等とこうして触れ合っている、それが大切だから。重要なのは、それだけだと思うから、別段信じようが信じまいが関係なかったりする。
 優しいジーニアスにほっこりと胸が温かくなる気持ちを噛み締めていると、きょとんと目を瞬いて彼は顔を真っ赤にして慌てた。

「う、わ!な、なにするのさ!!」
「あはははははこれぐらいで照れるな若人よ。そんなことじゃ恋しても失敗するぞ」
「よ、余計なお世話だよ!もうっ」

 カラカラと笑ってぽんぽんと頭を叩くと、憤慨したように顔を赤くしたままジーニアスが手をぱしりと払いのけてそっぽを向く。その姿に、やっぱり笑うとじとり、と睨まれた。全然怖くないけどね。

「そうと決まったら早速行くぞ!ほら、、ジーニアス!先生のところへ行くぞっ」
「何時の間に決まったのよロイド。・・・あーはいはい。判ったからそんな引っ張らない引っ張らない」

 急き立てるようにぐいぐいと引っ張るロイドに呆れたように笑みを浮かべ、立ちあがる。その横でジーニアスもコレットに促されて立ちあがっていた。

「ジーニアスも!早く行こう?」
「う、うん・・・でも姉さんがの話し信じてくれるかなぁ?」
「大丈夫だって!そんな心配するなよっ」
「その自信が何処からくるのか是非聞きたいわね・・・まあ、リフィル先生の話しには興味あるからいいけど」
「なんで?」
「とりあえず先生なら、この世界のこともっと詳しく聞けそうじゃない?情報不足は危ういからね」

 ロイドとダイクさんだけじゃいまいち心もとないし。そういう点から先生と呼ばれる人に話しを聞くことは実に有意義だ。それに女性らしいから、ここまでの遭遇した美形率を考えると、かなり楽しみだったりする。

「じゃあまぁそのリフィル先生とやらに会いに行きますか」

 ジーニアスの背中を叩き、ゆっくりと顔をイセリアに向けた。願わくば、美人であったなら嬉しいなぁ、とか思ってます。