ロリポップ少年



 その日、今年一番の寒波とやらが列島を襲い例に漏れずシブヤの街中にも体の芯から凍えるような寒風が吹き荒んだ。空気は冷たく露出している肌を刺すようで、隙間の覗く首元から忍び込む冷気の手にぶるりと肩を震わせた。
 思わず首を竦めて隙間を埋めようとしてみるものの、ずっとそうしていると肩が凝って仕方がない。やがてまた肩から力を抜いて歩き出すが、再びピュゥ、と吹いた風に亀のように首を引っ込めることになった。うぅ、寒い。がさがさとコンビニのビニール袋が音を立てる中、すぐさま連れが待っているだろう場所にとんぼ返りする。時間にしておよそ10分も経っていないだろう。それでも寒い中待たせて悪いな、という気持ちから心なしか早くなった足元で、僕は何かカラフルな塊を見つけた。それも進路方向に、だ。
 季節に合わせた茶系や白、黒といったモノクロなカラーリングもあるが、今年の色がスモーキーピンクだとかとパープルだとかあと彪柄だとかのアニマル系を押しているからか、そういう色合いも混ざってなんとなく彩りは溢れている方だと思う。
 茫然とその塊という名の女子の集団を眺めていると、やがて何かの拍子に塊が割れるように隙間から奥がちらりと垣間見えた。キャメル色のロングのダッフルコートの襟にふんわりとかかるピンク色の髪。大き目の青い瞳がくるくると楽しげに瞬いて、ふと集団の切れ目から視線が合う。ひぇっと喉を引き攣らせたのは条件反射だ。

、おっそーい!僕待ちくたびれちゃったよぉ」
「ら、乱数くん」

 目が合った瞬間、キュウ、と三日月形に沿った目元にぞぞぞぞぉ、と背筋に悪寒が走ったことに違いはない。同時につり上がった口角の角度も怖い。瞬時にカッラカラに干上がった口内でもつれる舌を懸命に動かして女の子に囲まれる、一見してこちらも女の子かな?と思わなくもない少年の、しかして思ったよりも低音の声にコンビニのビニール袋をぐしゃぐしゃに握りしめた。

「ごめんねーお姉さん達。待ち合わせの子がきちゃったから今日は解散!また今度遊ぼうねぇ!」
「えぇー」
「もっと乱数君とお話したーい」
「ふふ、嬉しいな。でもでも、僕はお姉さん達と次も会いたいからぁ、次の約束をしたいな。だめ?」

 そういって、僅かに小首を傾げてやや下から覗きこみ、大きな目を惜しげもなく使った上目使いで舌先に甘さを乗せた少年に、物足りなさそうに眉を潜めていた女の子が瞬く間に頬を赤らめた。そして間髪入れずだめじゃないよ!と否定を口にすると、じゃぁライン交換する?といそいそと小さな鞄から携帯を取り出した。それに習って、周りの女子も我先にとでもいうように携帯を出し始めるので、乱数くんも、ニコニコ笑いながらいいよ!なんて安請け合いをして携帯を取り出すのだ。その光景を茫然と突っ立ったまま眺めていると、やがて全員とラインを交換し終わったのか、女子の塊にバイバーイ!と実に朗らかに高めの声で手を振りながらこちらに寄ってくる。・・・って。

「ら、乱数くん、ぼ、僕は君と約束していたわけでは・・・!」
「あぁ、さっきここに居た子ならなんか僕がきたらどっか行っちゃったよ。ひどいよねぇ、のこと待たずにどっか行っちゃうなんて」
「な、なにをしたの!?」
「やだなぁ、僕がなんでもかんでも威嚇してる狂犬みたいな言い方やめてよ。こーんな可愛い僕がそんな野蛮なことするように見える?」

 そういって、両手を緩く握りしめて口元に持っていき、きゅるん、と効果音が出そうなほどのぶりっ子ポーズを完璧に決めて見せた乱数君に、僕の目の前は真っ暗になった。が、そのままブラックアウトができるはずもなく、すぐに意識を現実に引き戻して慌てて周囲を見渡す。さきほどまであった女子の集団もなく疎らになったそこに、僕の元々の連れの姿は見えず顔から血の気を引かせているとポコン、とラインの着信音が聞こえてはっと急いでスマフォを取り出した。そして大きな画面に映るラインの吹き出しに、更にさらに顔から血の気が引いていく。そんな僕の横からひょこん、と画面を覗き込んだ乱数くんは、あーぁ、とわざとらしい詠嘆を零した。

かわいそー。フラれちゃったね」
「・・・誰のせいだと・・・!」
「えぇー。僕のせいだって言いたいの?それは心外だなぁー」

 ぶぅ、と頬を膨らませながら、僕の手からコンビニの袋を取り上げた乱数くんはガサガサと中を漁ってあ、いいもの買ってるじゃん、と呟きながらコンビニの新発売の肉まんを取り出して勝手に齧りついた。ふわふわの白い生地にくっきりと残る歯型を茫然と見つめていると、こちらの視線など気にもしないでもぐもぐと乱数くんは肉まんを食べ進める。

「僕今度はショコラプリンまんとか食べたいなー」
「知らないよ!てかそれ僕の!ラスト1個だったやつっ」
「あ、カラアゲチャンも貰うねー」
「だから!それ!僕の、ていうか彼女のリクエスト、いやもうとにかく勝手に食べるなぁ!」

 寒い中女子に囲まれていたから体が冷えてしまったのか知らないが、温かい食べ物をもぐもぐと胃袋に収めていく姿にさめざめと泣き崩れる。なんでこう、なんでこう、マイペースなのかなぁ、この男は!!ぺろりと唇についた油を舐めとった乱数くんが、それはそうとさぁ、と空っぽになったカラアゲチャンの入れ物をべこっと潰してから袋に突っ込んで口を開いた。

「なに・・・」
「それ、返信しなくていいの?フォローしといたほうがいいんじゃない?」

 他人事のように軽い調子で言われて、一瞬なんのことかと思ったがすぐにラインのことだと思い至ってハッと目を見開いてすぐさまタップして返事、いやフォロー、言い訳?いや事実だ!事実をありのままに伝えれば・・・!

「まぁもう手遅れだと思うけどねー」
「そんなことない!そんなことないはず・・・!てかやっぱり乱数くん何かしたんでしょ?!」
「何もしてないってばー。ただの彼女かきいてー僕もとは仲良しだよ☆ってアピールしただけだよ」
「あぁぁぁぁああぁぁぁぁあああ・・・・・・・」

 もうそれダメな奴・・・!完全に誤解された奴・・・!ていうか誤解するように誘導した奴・・・!悪びれないウインクに膝から崩れ落ちそうになるのを寸前で堪えて、生気の消えた泥のような目でラインにつらつらと書き綴った弁解文を眺めるが、既読はついても返信が一向に返ってこない事実に泣きそうになる。いやでもまだ、まだ盛り返すチャンスはあるはず・・・!

「それより、僕もう寒いからどっかお店に入らない?このままじゃ風邪引いちゃう」
「君のせいでこうなってるのに!?もう、なんなの!!じゃぁちょっと先に喫茶店あるからそこ行こうか!」
「えー僕今はスイーツの気分ー」
「そこフォンダンショコラが美味しいって話だよ!あぁ、返事がき、・・・ああああああああああああ・・・・」
「あは、ウケるー。ほらほら行こう」
「違う、違うんだ。乱数くんは男で腐れ縁で友達で決して彼女とか浮気とか二股とかそういうわけじゃないんだよぉぉぉぉぉぉ・・・・」

 腕を掴まれ見た目にそぐわぬ力強さでずりずりと引きずられてめそめそと弁解を重ねる僕に、乱数くんは通り過ぎ様、自販機横のゴミ箱にすっからかんになったコンビニ袋を突っ込んで至極楽しそうに笑い声をあげた。

「僕、のそういうところホント好き!」
「何が?!」

 意味が解りませんけど?!叫んだ僕の口に、いつの間にかポケットから取り出したロリポップを強引に突っ込んだ乱数くんは、あはははは!と笑い声を響かせた。何がつぼったの!?君!!