私の姉は審神者です。



 私の姉は審神者という国家公務員である。
 一昨年の健康診断で審神者適正検査に引っかかってしまい、あれよあれよという間に就職活動という凍える荒波を乗り越えてやっと内定貰えた企業を辞退して審神者になってしまった哀れな仔羊ちゃんである。
 その時の姉の台詞がこちら。

「何故試験前に発覚しなかったんだもっと熱くなれよ私の霊力うぅぅぅぅぅ!!!」

 まぁ折角書いた履歴書も足しげく通った企業説明会も面接練習も全て無駄になったわけだからさもありなん。ちなみに就職試験通算7回目にしてそろそろ第一回心折れ友の会が結成されそうな時期に内定貰えた上でのこれなので、お姉ちゃんマジご愁傷様。
 明日は我が身と就職までもうちょっと時間がある私は、ああはならないようにしようと思いましたまる。
 さておきそんな世知辛い世の中の洗礼を受けてきた姉は歴史修正主義者という頭の螺子数本飛んでるんじゃないかというテロリスト集団と戦ういわば自衛隊?軍隊?みたいな?役職についている。
 とはいっても姉が実際に銃だの戦闘機だの某機動戦士みたいなロボットに乗って戦うわけでもなく、「付喪神」というオカルトな手段を用いて前線指揮を執るという司令官みたいな立ち位置らしい。ワロス。いや別に仕事内容に笑っているわけではない。西暦2205年という科学技術で構築されている世の中で付喪神だの神様だの式神だの二次元乙と言わんばかりの手段を用いてお前らタイムパラドックスって知ってる?と言わんばかりのテロリストと戦わなくてはならないその尊いお仕事を馬鹿にしているわけではない。
 だって実際現実に起きているわけだし、それなりに世間にも周知されているわけだし?まぁ情報規制はかなり厳しいから、内情まで細かに晒されているわけではないようだけど。起こっている事実を妄想乙なんていうほど私もリアリストじゃないし、それこそ現実見えていない証拠である。一応歴史を守らないともしかしたら私も家族も友達も今通っている大学とかもなくなるかもしれないらしいし。すごく大変で素晴らしいお仕事なんだなーとは思ってる。思っているが、なおさらのこと一般人にそれ任せていいのかなー?とも思うわけですはい。
 だって一平卒でもないそんな経験皆無の姉が付喪神というよくわからん妖怪を束ねてるんだよ?ぬらりひょん的ポジションだよ?参謀とか司令官ってさ、一平卒以上に大変だと思うんだよ。まだ上司の命令聞いて動きまわってる方が楽じゃね?とか思うぐらい大変だと思うんだよ。そもそも普通の人間、というか一般的にみてよっぽどのエリート且つ金持ちでコネがあるような人間じゃない限り、普通は下っ端から始めるものである。そこから現場の経験を積んで下地を固めて階級上げて初めて部下と呼べる人間や後輩と呼ぶ人間を得て人を束ねたり指示を出したりとかいう行動を学んでいくわけであって、そんな経験もない人間にいきなりはい部下まとめて指示出して戦ってね!ってかなりの無茶ブリ。
 政府は人材を育てる余裕もないのか。自衛隊でも入隊したら訓練していくぜ?警察でも警察学校があるくらいだぜ?私ならそんな職場御免である。しかも戦闘指揮でしょ?大丈夫?お姉ちゃんお飾りのいるだけでいい窓際上司にされてない?自分の存在意義疑うような事態になってない?
 軽く鬱になりそうな職場だなぁと思うけど、まぁたまーに・・本当に年に数回、片手の指で足りるほどしか帰ってこない姉は、まぁまだ精神的にキてはいないようなので上手くいってるのだろうと思うことにする。さりげなく心理テストとかしてみたけど大丈夫そうだった。もしかしたら机の上についた手が机をすり抜けるくらいの確率で司令官の才能を開花させて優秀な上司をやっているのかもしれないし。
 でもとりあえず妖怪とはいえ命?を預かる仕事は私はあんまりしたくないなって思うよ。まぁ私には姉と違って審神者適正はないそうなので多分今後何かで霊力とやらが飛躍的に上がらない限りそこらの人間と変わらぬ人生を歩めることだろう。ちなみに将来の夢は図書館の司書さんです。学校でも市立でもとりあえず本と共に人生を歩みたい所存であります。
 さて、そんな色々どうなんだろう?と思わないでもないけどとりま元気にやってたらいいんじゃないかと両親と同じ意見を抱いて姉の審神者生活を余所に自分の青春を謳歌していた私にカルチャーショックが襲い掛かる。
 なんと、姉がうら若き生足魅惑の美少年を伴って帰還したのだ・・・!おいおい姉さんさすがにショタはちょっと妹としてどうかと思うな!いや、好きになったならしょうがないから、とりあえず成人まで健全なお付き合いを推奨するけどとりあえず審神者って確か本丸とかいう辺鄙なところに缶詰状態で現世と関われないとか言ってなかったか姉さんや。どこで知り合ったんだこんな美少年と。そして何故美少年だったんだ。せめて美青年にしてくれ見た目が吊り合わないとかはともかく目の保養になるから連れてくる彼氏はイケメンでオッケーですよ。あ、でも将来的に確実にイケメンにはなるからまぁいいのか。とりあえず折角テロリストと戦う正義の味方してるのに犯罪者にだけはならないように理性にだけはロックかけておいてね姉さん。

「違うし!!犯罪じゃないしそういうんじゃないしいやちょっと誘惑はされるけど別にそういう趣味でもないし!!!」
「イエスロリショタ?」
「ノータッチ!!って、そうじゃねえぇぇぇぇ!!」

 あ、玄関で騒ぐのやめてご近所迷惑。帰って早々「さん所の娘さんったらいい年して・・・」とか噂されるのは勘弁ですよ。

「久しぶりに帰還した姉に対してなにこの仕打ち!妹よ、お姉ちゃんのこと嫌い?!」
「ぶっちゃけ」
「マジで!?」
「うそうそ。あー・・とりあえず上がりなよ。いつまでも玄関で立ったままいられても困るし、お連れの美少年も座りたいでしょう」
「俺っちは別に平気だぜ?」
「まぁ見た目とは裏腹になんて低音ヴォイス」

 儚げフェイスを裏切る男前ヴォイスに妹ちゃん胸のときめきがマックスハート。
 まぁとりあえず上がりなされ、と来客用のスリッパを出して玄関前に並べつつ、なんかキッチンに出せるものあったかな?と首を捻りながら背中を向ける。
 その後ろでぶちぶちと文句を言っている姉とくつくつと笑う美少年に、あれじゃどっちが年上かわからんねぇ、とぺたぺたとスリッパを鳴らした。
 さて美少年の声が思いのほか低かったことにギャップが隠せないけれど、見た目子供だから出すものはやっぱりジュースだろうか。うちに今あるの私が朝飲む野菜ミックスぐらいしかないんだよな。まぁ野菜というよりも果物の風味のが強いので子供でも飲めるだろうけど・・・。キッチンに入って、冷蔵庫の前で思案するものの、なんとなくあの子供多分タダモノじゃない感が漂っていたので、戸棚からお茶葉の入った円筒形の缶を取り出してきゅぽん、と音をたてて蓋を開ける。急須にお茶葉を適当にいれて、食器棚から出した客用のちょっといい湯呑みを取り出してポットからその湯呑みにお湯を注いで急須に移す。心持大目にしとかないと足りないんだよねーと思いながら二杯分のお湯を急須に注ぎいれると、少しの間放置。
 その間に冷蔵庫の中やらいつもお菓子を置いている網籠の中やらを物色して、開封して中身もいくらか減っているもらい物のカステラを無事発見する。とりあえずこれ出しとこ。皿を出してカステラをのせ、フォークも並べて置く。身内だけなら手掴み上等なんだけどね。お客様がいるからしゃーない。
 そうこうしている内にお茶も頃合いだろう、と湯呑みに注いで、お盆に乗せてリビングに戻れば、そこには物珍しげに部屋を見渡す美少年と、テレビのリモコンを操作している姉の姿があった。この時間帯だと大体二時間ドラマか情報番組が多いよ姉よ。

「はいお茶だよー」

 まぁ本丸だとテレビとかもないらしいし、こういうのに飢えてるのかもしれないな。
 考えんがらリモコンでぽちぽちと番組を変える姉を尻目に、少年の目の前にお茶と茶菓子を置くと、少年はくっと口角をあげて笑みを浮かべた。

「お、かすていらじゃねぇか」
「ごめんねー今これぐらいしかまともに出せる茶菓子がないんだよー」
「構わないぜ。むしろこんな贅沢なもんだして貰って悪いぐらいだ」

 菫色の・・・あぁうんカラコンでもない限りまずねぇわこんな色。という不思議カラーの虹彩を煌めかせて、少年はカラリと豪快に笑う。肌も白くて線も細い薄幸の美少年風なのに対応が江戸っ子すぎやしませんか?ていうかちょっと姉ー。

「姉さんそんなに食事事情切羽詰ってんの?子供養えないぐらいなの?仕送りした方がいい系?」
「待って誤解それすごい誤解。私が食べさせてないみたいじゃないか!」
「いやだってカステラぐらいで贅沢とか言ってるし・・・」
「それは薬研の価値観の問題なの!うちはしっかり三食おやつ付きで食べてます!」

 ひどい風評被害だ!と適当な番組に落ち着いた姉はローテーブルをべしべしと叩いて遺憾の意を伝えてくる。私は半信半疑の目で姉を見下ろすと、さっきからお前ひどくね!?と姉が更に憤慨したようにテーブルを叩いた。

「大将、あんまり机を叩くと手を痛めちまうからやめな」

 そういって、何時の間に椅子から立ち上がったのか、美少年・・・薬研君?(変わった名前だ)はそっとテーブルを叩いていた姉の手を取り、その白く細くて長い指でまるで壊れ物を扱うかのように姉の手を包んだ。そんな丁寧に扱わなくてもそんな繊細な生き物ではないよ姉は。しかし薬研君に手を握られてた姉はぶぅ、と、年甲斐もなく頬を膨らませていた。いや、姉さん、年、考えよ・・・?

「・・・とりあえず、姉さん。説明」
「あーはいはい」

 色々と言いたいことはあったが、またむくれられても面倒なので、ここは一つごくりと飲み込み、椅子を引いて座りながら姉の横に腰を下ろした薬研君と、相変わらず握られたままで宥められている姉にチベットスナギツネみたいな目を向けてみる。
 言葉にはしないけど伝われ私のこの気持ち。しかし姉も割となれているので、さらっと流して、改めて居住まいを正した。

「妹よ、この子は刀剣男士の薬研藤四郎。短刀に憑いている付喪神だよ」
「よろしくな、お嬢」

 その説明に軽く目を見張る。なんと、このニヒルに笑う少年が、噂の刀剣男士だと!?

「え、マジで?」
「マジマジ。ほら、ここに薬研の本体があるし」
「現世は帯刀が禁止だっていうからなぁ。ちぃっと動き辛いが、まぁ郷に入りては郷に従えっていうしな」

 いや本体あるし。とか言われてもわからんし。とりあえず紫色の風呂敷に包まれた細長いものを示されて、そこに薬研君の本体?があるのだろう。えーとなんだっけ。確か刀剣男士は刀の付喪神っていう話だから、あそこにあるのはマジモンの刀なんだな。オッケー超物騒。子供がそんなもの持っちゃいけませんと言いたいところだが、彼は妖怪なので人間の尺度では測れない。うん。ここはスルー一択で。

「はぁん・・・私付喪神って初めて見たわ。そういえば姉さんの話の中で聞いたことがあるわ薬研って」
「へぇ。大将がどんな話をしてたのか気になるな」
「聞かなくていいから!あんたも余計なこと言わないでよ!?」
「はいはい」

 ちょっと身を乗り出した薬研君に、姉が必死に待ったをかける。その姿に残念、と言いながら肩を竦めて乗り出した体を元に戻す薬研君は、細めた菫色に姉を映して微笑んだ。
 あー・・なんだあの愛しいものを見る目は。ラブ?ラブなの?いやしかしあの目は男女というよりもまだ手のかかる被保護者を見ているような・・・?
 どっちかというと後者の方がありがたい話だよな、と思うので僅かに目を細めるだけに留め、私はこてん、と首を傾げる。

「しかしなんでまた付喪神を家に連れてきたの?今までそんなことなかったじゃん」

 神隠しがどうのとか、やっぱり人間じゃないものを本丸外に出すのはどうのとかの諸問題で、刀剣男士が審神者に同伴で外にでることはほぼないという話ではなかったか?
 無論そうなると、なんの護衛もなしに現世に出てくるのは大変危険となるので結果審神者の現世への帰還回数は限られてくるという内容だったと思うのだが。だからうちの姉も年に片手の指で余る程度にしか帰ってこられなかったはず。
 怪訝に思いながら世間話のように問いかければ、姉はカステラに手を伸ばして遠慮なく咀嚼しつつ、それはねー、と話し始めた。

「やっぱり護衛を伴わない現世への帰還は危険度が高いっていう話でさー。何度か現世に戻った審神者が修正主義者に襲われて死んじゃったり大怪我負ったこともあるからさ、護衛をつけようって話になったの」
「今更っちゃ今更だけど・・あーあれは?なんだっけ、現世、特に実家に帰る場合は身バレする可能性しかないから同伴ダメとかいう話は」
「それも刀剣男士に呪をかけることで解決。ていうか、今回その呪が完成して安全性を認められたから可能になったってやつ」

 なるほどー。つまり一通りの事案は解決したからこうして同伴できるようになったわけですか。納得し、改めて薬研君・・・付喪神とやらを上から下まで眺めまわした。
 いやだって早々見れるもんじゃないし?付喪神って言われると、なんとなくこう、物に手足とかみょんと生えたようなイメージがあるんだけど、なにこれどこの二次元ですか?と言わんばかりの擬人化が主流なのか。まぁ刀に手足が生えた状態の奴が戦争している光景は想像し辛いが。かといってこんな薄幸のショタっ子が刀もって戦ってる光景もどうなのか。まぁ見た目と中身の年齢は比例しないんだろうけれども。
 さらさらの艶のある黒髪。切れ長の菫色の瞳。肌の色は健康的というにはいささか白さが強いけれど、線の細さには似合っているのかもしれない。造作はびっくりするほどのシンメトリーを構築しており、嫌でも「美形ですね」と言わざるを得ない顔立ちだ。
 顔も体も全て人のようだが、彼は人ではないという。人ではないのに、酷く人に近い為りをしている、存在。・・・審神者なんて、やっぱりなるもんじゃねぇな。そう内心でぼやいた。

「あー・・・ちょいちょい付喪神美形すぎマジ辛いって言ってたけど、こういうことなわけね」
「わかる!?やっとわかってくれた!?」
「ん?大将、何か辛いことがあったのか?」
「顔面偏差値の話だから薬研君にはどうしようもない話かなー」

 十人並の顔の女が何人ものイケメンイケショタに囲まれるとかただの拷問だよね。夢見がち思考の乙女でもリアルに自分の顔面と比べると身の程を知るというものだよ。
 そしてそれと毎日対峙しなければならない姉。いくらか麻痺するとはいえ、帰ってきたときの安心感パねぇって言っていた意味がよくわかったよ。これは辛い。色々と。
 自分の主について聞き逃せない単語があったのか、食いついてきた薬研君をさらっといなして、よっこいしょーと婆臭い声を出して椅子から腰をあげる。

「姉さん、今日はどうするの?夕飯は食べてくの?それとも泊まり?」
「夕飯は食べる。でも食べたら本丸に帰るー」
「はいはい、じゃぁ母さんにそうメールいれとくわ。薬研君は何か食べたいものとかある?」
「俺っちのことは気にしなくていいぜ?大将の好きなもんを作ってやってくれ」
「わぁ、男前。じゃぁ今日はすき焼きにでもしようかー」

 肉ならまぁ男の子には外れはないだろう。そんな安直な考えで母親にぽちぽちとメールを打つ。締めは勿論うどんで決まりだ。
 きっと今日は母親のテンションが爆上げだろうな、と思いながら、ぴろりん、と送られたメールにふぅ、と溜息を吐いた。
 ・・・姉さんの名前がわかるようなもの、目につくところにはなかったよな?