道具は人の夢を見るか



 頭からどっぷりと赤に塗れて、かたい筋肉の間を抜けて、筋を断ち切りながら骨の隙間を縫って切っ先が奥へと入り込む。触れたのはぷるりとした感触の、弾力を伴った何か。僅かに抵抗感を感じると、すぐに先っぽがぷつりと音を立てて突き刺さり、その後は何の抵抗もなくずぶずぶと沈んでいく。どくりどくりと動くそれの真後ろを突き抜けていくと、ようやく頭が空気に触れた。ぬらりと光る頭の先が背中から生えて、冷たい風に晒される。
 その光景を、感触を、茫然と見やりながら真っ赤に染まった己を見下ろした。頭の先から指の先まで。赤に染まっていない所なんてないかのように赤い。
 錆臭い臭いが鼻の奥をつんと刺激し、血に濡れた自分から視線を挙げれば、目の前には倒れている人。事切れた肉の体に埋まる、半分閉じかかった濁った黒目が俺を見た。何も見ていない黒い眼球がこの姿を映したその時、喉の奥から迸ったそれは―――。





 揺蕩う意識を呼び起こしたのは、黒いスーツと浅葱色の狩衣を着た二人の男だった。
 黒いスーツの男は色の濃いサングラスをして所々白いものが混じる頭髪を整髪剤で固めててらてらと光らせ、狩衣の男は烏帽子を被り顔の前に白い布を垂らして一切の表情を隠して佇んでいる。どちらもまともに顔を見せるつもりはないらしい―――全くもって不審者極まりない。
 寝起きに見るにはあまりに不気味且つ、到底目も合わせたくない存在感に僅かに眉を潜めて再び目を閉じようとすると、慌てた様子で男たちが口を開いた。
 ぎゃんぎゃんと時折黄色い声をあげる観覧者達よりもあまりに五月蠅いので、しようがなく目があけてやれば、サングラスの男はあからさまにほっとした顔をした。
 狩衣は知らない。白い布は全てを隠して表情どころか顔立ちすらもわからないからだ。まぁ、興味もないが。気だるい視線を向けてやれば、サングラスの男が滔々と語り始める。嫌に熱の入った演説染みた内容だったが、やはり興味の一欠片も見いだせなかったので返事を求められても無視をした。答える気にもならないし、応えてやるつもりもさらさらない。そうするとまたぎゃんぎゃんと喚いてきたが、シャットアウト。
 こういったものを遮ることには慣れている。ふい、と軽く手を振ればたちまち音は小さくなり、やれやれ、と肩を竦めて再び目を閉じた。
 それから、度々男たちはやってきた。毎回同じ人間ではなかったように思うが、覚える気はなかったのでよくはわからない。毎回同じようなことを語っては喚きたて、人の眠りを妨げていくことは実に鬱陶しかった。その内起きることもなくなったのは、まぁ慣れたというものだろう。時々話を聞いていた別の物が男たちの熱弁に絆されたのかなんなのか、応える姿もあったけれどどうでもいいから覚えていない。誘われたような気もしたけれど、夢現では碌に覚えてもいないので多分返事すら返していないだろう。
 そうして幾度目かの呼びかけか。無理矢理に起こされる感覚に目を開けて、この感じは一番最初に似ているな、とぼんやりと思考を巡らせる。いい加減人の安眠を妨げることをやめてはくれないだろうか。ただひたすらに迷惑なだけなのだが、その辺りは考慮はして貰えないらしい。営業マンには欠かせない粘り強さというものなのだろうか――いや俺にはその経験はないんだけども。つらつらとどうでもいいような取り留めのないことを考えていると(なにせ内容はいつだって変わらない)最後に付け足された言葉にふぅん?と語尾をあげた。お試し、ねぇ。興味を引いたことに気が付いたのか、そこから怒涛のごとくセールストークを投げ込まれて辟易とする。強すぎる押しは逆効果だとわからんのか。大体言いたいことは変わらないし。あぁでも試用期間、試用期間ねぇ・・・まぁ、それぐらいならいいか。
 諾、の返事を返すと、男の喜びようったらなかった。その様子を眺めやり、浮かれている中でちょいちょいと言葉を足していく。一つの達成感に満たされているからか、ほいほいと頷く様はなんというか馬鹿だなぁというしかない。上の人間に話は通すらしいが、まぁ、こちらとしてはどっちでもいい。受け入れられないなら試用期間も何もないし、受け入れられるならそれはそれでこちらに不都合なことは何もない。
 嬉々として踵を返した男の背中を見送り、これからどんなやり取りになるのだろうなぁと気だるく視線を斜めに流す。まぁ、どちらにしろ結果は変わらないか。
 結論を出すと、ゆっくりと目を閉じて意識を閉ざしていく。微睡はすぐさま全てを飲み込んで、深く、深く、沈めて。



「山姥切長義だ。山姥を斬ったかどうかは・・・さて、どうだろうな?」



 さぁ、つかの間の戯れに、誰が付き合ってくれるんだ?