道具は人の夢を見るか
微睡から呼ぶ声に誘われて、目を開けた先で見えた人の姿に薄ら微笑みを浮かべて見せながら口上を述べる。
一応第一印象?というのは大事だというしな。そう思いながら目の前にいるまだ少女といっても差支えのない人間を見つめると、茫然とひどく間の抜けた顔をしてこちらを見やる人間・・・審神者の姿にうん?と小首を傾げる。
「山姥切・・・長義・・・・?」
信じられないのか事態が呑み込めていないのか、掠れた声で俺を呼んだ審神者は・・・事態はようやく脳みそで処理が追いついたのか、次の瞬間に目尻を吊り上げて、ギッときつい眼差しでこちらを睨みつけた。おや?と眉を動かすと、審神者なる人間はなんで、と低い声を出す。
「なんであんたなんかが来たのよ!」
「・・・うん?」
「本科が、今更なんで!あんたのせいで切国がどれだけ辛い思いをしたと思って・・・!」
そういって、今にも胸元に掴みかからんばかりの様子に、はて、と小首を傾げる。出会い頭に随分と苛烈な出迎えだが、まぁこれはお世辞にも歓迎されている様子ではないなぁ、と審神者を見下ろせば益々目つきが厳しくなる。
「私の山姥切は切国だけよ!大体、山姥を斬ったのだって切国の方だっていうじゃない。そんなのが本科だなんて、切国が可哀想だわっ」
そういって、あんたなんて切国の足元にも及ばない癖に、と吐き捨てる審神者にほう、と頷く。なるほど。とにかく俺はこの審神者に歓迎されていないどころか嫌われているらしい。何をした覚えもないけれど、どうもそれには「切国」という刀が関係していると。はて、切国とは誰なのやら、と思いながら顎先に手をあて、つるりと指先で撫でながらふぅふぅと肩を上下させて息を荒げる審神者にこくり、と頷いた。
「一つ聞こう。切国とは誰だ?」
「なっ!!」
俺の知ってる名前に「切国」なんてものはいなかった。とはいってもそう関わった記憶もないし、ぶっちゃけ関わってても興味はさしてなかったから碌々覚えてはいないのが大半なのだが。眉一つ動かさずに問いかければ、審神者はざっと顔色を変えて・・・あ、これマジ切れした顔だ。血の気も失くすほど怒髪天衝いた?
「最っっっ低・・・!自分の写しも知らないなんて、どれだけ偉いつもりなの!?」
「写し?・・・あぁ、アレのことか」
「アレ!?アレって何よ!!切国は私の刀よ、大事な大事な刀なの!もう消えてよ!あんたなんかに切国と顔を合わせる資格なんてないわ、二度と顔も見せないでっ」
「あぁ、了解した」
写し?写し・・・はて。
ある意味「俺」でこいつよかったな、と思いながら坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とばかりに睨みつける審神者ににこやかに頷く。
「・・・えっ」
「必要とされないところに居座っても仕様がないな。安心しろ、お前の元にはもう「二度と」降りることは無い。じゃあな、審神者」
俺マゾじゃないですしー。歓迎されないところにいても空気が悪くなるだけだしー。
ひらり、と大して名残惜しくもないが片手を振って、腰に差してある刀を抜いて抜き身の身体に手を添える。そぉい!と、そんな掛け声はかけていないが、気分的にそんな感じで力をいれれば、中ほどからパキン、と乾いた音をたてて刀身が折れた。
さすが自分。折ろうと思えば簡単に折れるもんだな。まぁ憑代だからこんなもんだよなぁ、と思いながら、目を見開いて絶句している審神者を見やって――その後ろ、入口に佇む人影を一瞬だけ映して、意識を溶け込ませていく。
それにしても、降りたはいいけどこんなんじゃ、そう時間が経たなくとも試用期間が終わりそうだなぁ。他の俺はどういう扱いをされるのやら、と思いながら目を閉じた。
※
「主、今・・・」
「き、切国!?」
びくり、と肩を揺らして振り向いた主の姿によく歌仙や燭台切に叱られている姿を思い出して、それが後ろめたいことであることを察する。うろうろと落ち着きなく彷徨う視線に、血の気の引いた顔はあまりにもわかりやすい。いや、それもそうだろう。だって、あれは。
「主、今、そこに、」
「な、何もいないわ!あ、いや、何もというか、ダブりの刀剣だったから、刀解したのよ。さ、切国。向こうに行きましょ?」
「主、待って、待ってくれ。だって、今、確かに、」
ふらり、と身体を揺らして、鍛刀場に足を踏み入れ、名残のような霊力の気配に、ぐっと言葉を詰まらせた。微かに感じる、この、ひどく冷たい、懐かしい気配。
そして、ほんの一瞬前まで佇んでいた、鮮やかな紅葉を纏う、漆黒の存在は。
「山姥切・・・」
「違うわ!!」
ぽつりと口にすれば、間髪入れずに主が叫ぶ。その声の大きさにびくりと肩を震わせ、襤褸布の下から主を見れば、顔を真っ赤にして駆け寄ってきた主が飛びつくように抱きついてきた。胸に顔を埋めるようにして抱きつく主の、背に回った腕がきつく力を籠めて布を握りしめる。
「私の山姥切はあなただけ。それ以外の山姥切なんていないのよ」
そういって、胸元に頬を摺り寄せる主を感じながら。その身体を抱きしめることもできないで、その言葉すら耳を通り過ぎて。いつも肯定してくれる、全幅の信頼の言葉が、いつもは確かにこの胸に落ちていたはずなのに・・・それすらも空虚に通り過ぎていくかのような、ただの言葉の羅列に聞こえて。見つめる一点。最早名残さえ消えそうな、きっと、つい一瞬前までそこにいただろう存在の―――色のない眼差しに、奥歯を噛みしめた。
確かに見つめ合った紅い瞳は、遠い遥か昔と、何一つ変わっていなかった。